第四十七話「不快な帰路」
赤みがかった砂煙を立てながら牛車を進めていると、黒鎧に身を包んだ巨体が仰向けに転がっていた。
「回収を頼んでも宜しいでしょうか?」
野牛に乗った同行者のエルヴァがこちらを振り返りながら聞いてくる。仕方がないので荷台から飛び降りて、先ほどからピクリとも動かない鎧姿へと歩み寄った。
何気に全身頭装備まで付けているところは初めて見たかもしれない。王国で合っていた時はいつも顔は見えるようにしていた筈だ。
きっと今まで会っていた時は王前だったからだろう。
「生きているかい?」
返事を待ってみるも数秒の沈黙が続いた。意識はあるようだが喋る気力がないみたいだ。
近づいて分かったが未だに穴を開けられた箇所から出血が続いている。
「火魔法で焼いてくれ。俺と違って少しは使えるだろ」
「簡単な初級魔法くらいしかまともに使えないけどね」
要望通り見えている傷口に手を当て、炙ることで穴を塞いでいく。その間グレイスはこちらを観察するようにジッっと見つめていた。
「ハッ、いつから詠唱無しで魔法を使えるようになったよ」
「身近に良い先生がいたからね。魔法っていうのは何でもできるらしいよ」
聞くだけ聞いて満足したのか、そうかよと短く呟き後は黙って荒治療を見守る。これだけ血を流したにも関わらず、まだ余裕がありそうだ。流石将軍という名を冠するだけはある。
ひとまず一通り出血を抑えたころ再びグレイスは口を開いた。
「あの魔族の女は魔王だな?あんな出鱈目な魔法が使えるやつが何人もいてたまるかってもんだ」
ため息とともに彼にしては珍しく愚痴を吐く。
王国の将軍を任せられるような人物だ。手も足も出ない存在などそうそういる訳がない。
正体を明かしていないとはいえ、リリィーが魔王であると言うのは隠しようがない事実だった。
起きあがる気が無さそうなので勝手に担ぎ上げ移動を開始する。エルヴァが牛車をすぐ近くに止めてくれている為、そこまで労力は要らなそうだ。
されるがままのグレイスは身体の回復に専念しているのか、脱力したまま会話を続けようとする。
「それで?他の奴らはなんだ。俺をこんなところに一瞬で転移させるような奇術に、勇者の斬撃すら幾度か防ぐ盾ときた」
「簡単に言うと転生者と神様だよ。詳しい事は牛車の中で三人で話そう」
「ケッ、つまらなねぇ冗談だ」
吐き捨てるように言ったグレイスは強者との戦いの後だというの意気消沈している。まともに戦闘すら出来なかったことが余程こたえているらしい。
巨体を担ぎながら牛車に戻るとエルヴァが荷台を指差しているのが見えた。そこに放り込めということかな。
荷台にグレイスを押し込めると僕が座るスペースが無くなってしまった。仕方がないので荷台の屋根へ登り腰掛ける。
骨組みに布を掛けてあるだけなので、その骨組みに座るような形だ。進行方向を向いて座った為に自然とエルヴァが視界に入る。
気丈に振る舞う彼女だが頬は焼け、破れた服がその身体への損傷を物語っていた。
ユウキとリリィーを相手にしていたんだ。このくらいで済んで良かったとさえ言える。
エルヴァは野牛の手綱を握り、グレイスは揺れる荷台に背中を預けて、互いに顔を見る事もなくこれからについて話始める。
「私は国王からの手紙の内容を知っています。やはりアレが魔王で間違い無いのですね」
「なんだよ。魔王を殺さないと妹さんを殺すとかそんなところか?けどそんな事最初から分かってたことだろ」
「いえ細かい条件付などしなかったのは王国側の落ち度でした。大衆向けに平和なんて言葉で濁していたせいで、まさか別の方法を取ろうとするなんて思いもしなかったです」
それでも僕は失敗したのだ。国王の思惑を外れ、僕と妹が国の傀儡から抜け出す唯一、一度きりのこの機会を僕は失った。
リリィーとなら魔族との共存だってできた筈なんだ。
イブとなら妹だって助けられた筈なんだ。
ユウキが教えてくれてたじゃないか。二人なら協力してくれるって。
結局のところ僕は臆病だったんだ。みんなの好意に甘えていた。僕自身がみんなに歩み寄らなきゃならなかったのに。
「参考までにどうしてあの街の存在がバレたのかな」
「簡単な話ですよ勇者。あなた達は確かに強い。事戦闘に関してはこの世界であなた達とそれ以外で分けて考えなければならない程です」
人差し指を立てたエルヴァが、ですがと前置きを置いて続ける。
「他の技能については別です。原因は一つに社会的知識不足でしょう。世の中には流れというものがあるのですよ。物にお金に人に魔力に、細分化すればもっとあるでしょう。その最初の違和感に気づけさえすれば、後は私達暗部が調べるだけです」
確かにあの街を作るため多くの金と人と物を動かした。けどこんな辺境の地の出来事が王国に勘付かれるなんて。
「そっか。僕は焦っていたんだね」
「ええ、流石にこんな短期間で大きな動きがあれば誰でも分かります。というか、転生者と神と名乗るあの二人がサイクロプス事件の時に好き勝手やっていたじゃないですか」
「僕が関わっていることは分からないと思っていたからね。予想外だったのは王国の諜報能力だよ。こんなあっさりと僕の居場所がバレるなんてね」
「気を付けろよ。その女はお前の情報を確定させるのに既に何人も犠牲にしてる。人も魔族も片手じゃ数えきれない」
聞き捨てならないグレイスの言葉を聞いて、反射的に剣の柄へ手を伸ばす。
「人聞きが悪いですね。ちゃんと勇者と関わった、勇者とは無関係の人を選んで殺してますよ。知り合いの人は殺していないので、安心して下さい」
そうだ。こういうやつがいるから争いが無くならないんだ。本当に殺さないといけないのはこいつなんだ。
「落ち着けよ。分かってたことだろーが。それに今ここでそいつを殺しちまったら、国王は本気でお前の妹を殺すぜ」
「今私に憎悪を抱きましたね?結局あなたも同じなんですよ。誰かを憎むことは止められない。復讐は復讐を呼び戦争は無くならない」
彼女には彼女なりの確かな考えがあるのだろう。こちらを見る彼女の瞳には揺るぎない確信があった。
きっと分かり合えることは無いんだろう。住んできた世界が違うのだ。けれど、言われっぱなしというのは腹が立つ。
確かに争いを無くすというのは出来ないのかも知れない。けれど戦争は無くせる筈だ。お互いに剣を納め、怒りを納め、自らの領分を弁え、互いを尊重出来るのであれば。
抜剣しかけていた手を柄から離す。言いたいことは山ほどある。が、今の僕には取れる選択肢など残っていない。魔王を殺す、それ以外に道はない。
僕が反論してこないと分かるとエルヴァは再び前を見据え手綱を握り直す。
しばらくは沈黙が続いた。ここから王国に戻るまでこの二人の強者とて1ヶ月はかかるだろう。僕だけなら走った方が速いがそういう訳にもいかない。
「で、これからどうするつもりだよ。話す事があるならさっさとしてくれ。俺は寝てぇんだ」
痺れを切らしたグレイスが下から問いかけてくる。
「王国に戻ったら先ず装備を整えようと思う。魔王を殺すっていうのにこんなちょっと丈夫な剣くらいじゃお話にならないからね」
「そりゃ今までがおかしかっただろ。どこにいるんだよ魔王討伐にただの剣を持って行く奴が」
「それでは、初代勇者の剣を使うおつもりですか?」
「いや、半身半魔の僕があの剣に選んで貰えないのは王国を出る前に試してる。まあ、過去の勇者達も扱えなかったらしいから、それが原因って訳でも無さそうだけどね」
「困りましたね。あの魔王を相手にするのに適した物などそうそう無いと思いますが」
「当てはあるんだ。【聖剣】デュランダル。あれはとにかく丈夫で壊れないんだ。きっと僕が本気で振るっても耐えられる。ちょっと丈夫でダメならもっと丈夫な剣を用意すれば良い」
僕の言葉に沈黙が返ってくる。名の知れた武器では無いから不安なのか。魔王の強さを知ればそうなるのかな。
一人で納得しているとエルヴァから嘆息が聞こえてくる。
「化け物退治は化け物に任せましょう。私たちも手伝えることは手伝います。英雄にも声をかけておきましょう」
「助かるよ。流石の僕でもあの三人が揃ってたら勝ち目がないからね」
「そんな奴ら俺たちで相手できるか怪しいところだがな」
「たしかに特殊な技を使うようですが、ある程度一緒にいたのです。手の内は多少知っているのでしょう?」
「情報共有はするつもりだけど、あんまり参考にしない方がいいよ。魔王と神は底が知れないし、転生者は次戦う時までにどのくらい手札が増えているか分からないからね」
「本当に同じ人かよ」
「同じ『人』だよ、僕たちと何も変わらない。まあ、人間では無いけどね」
僕の言葉にまた沈黙が返ってくる。顔を合わせて喋っている訳ではないので二人がどんな表情で、今何を考えているのかは想像つかない。
「人間やめた奴の言葉はちげーな」
「辞めさせられたんだよ。同じ人間にね」
「ははは、おもしれー冗談だ」
久しぶりに聞いた将軍の笑い越えはうるさくて不快だった。




