第四十六話「怒り」
「クソッ、なんでだよ!」
これからだったろうが……。
「和解してこれからが!!二人にとってかけがえの無い時間になる筈だったんだろうが!!!」
後悔と怒りがゴチャ混ぜにった感情を、クソッタレの現実に向けて吐き捨てる。
背後に庇っているエノラの近くから人の気配が続々と現れ始めた。
リリィーの言葉を聞いて我先にと焦って自分一人だけ瞬間移動で飛んできたが、他のみんなも追って来たようだ。横目で確認すればリリィーの他にイブ、シオン、クロメリアがいる。
「そんな……」
エノラの項垂れた姿を見ながら、先の言葉が続かないのかリリィーは口を閉ざしてしまった。
後ろのことが気になるが、一先ず目の前の事へ注意を向ける。
警戒はまだ解かない。怒り任せに蹴ったせいで、人一人殺すには十分すぎる威力だったというのに、帰ってきた感触には違和感があった。
あのメイド服の下何か仕込んでやがるな。
「ゲホッ。ぐっ、なんて馬鹿力してるんですか。並の人間なら蹴られた時点で身体が破裂してますよ」
「そりゃ殺すつもりで蹴ったからな」
土煙の奥から脇腹を抑えながらメイド服が現れる。突っ込んだ先で引っ掛かって破けたのか、整えられていた衣服には穴が空いていた。
アレはなんだ。素肌じゃない。
(スキル『鑑定』を発動しました)
【聖糸】シル・フィールム
糸を自分の身体に巻き付けて補強しているのか。
実を言うと先ほどエノラを助ける際に、ナイフでそのまま切るだけでは駄目だった。称号の『空間掌握者』を使って、空間ごと切断する力技でなんとかしていたのである。
その強度のものを何重にもして身を守っているとなると。
「面倒だな」
「面倒ですね。まさか『鑑定』待ちとは」
そういえば瞳の色が変わるのでバレるのだったか。まあ、別に良い。取れる情報の方がずっと多いからな。
「小細工がしづらくなるとなると私では相性が悪いですね。将軍あなたが対処してください」
「あちちち、なんで急に発火なんて。お!あれ、勇者じゃね?」
黒鎧も健在とは……、思ってた数倍の強さだったか。
だが丁度良い。それなりの強度を持った敵という事は、ある程度強い攻撃をしても苦しみを与えられるという事だ。
「ユウキ、こっちは私が貰うわよ」
普段の声から一段落ちた怒気を含んだ声色が震えていた。誰よりも他を気に掛けられる優しい彼女のことだ。今の俺よりも感情が溢れて仕方ないのだろう。あまり自分を責めすぎなければいいが。
「ああ、任せた。気をつけろよまともに戦うタイプじゃない」
「分かってるわ。絶対に逃さないから」
前を見据えたまま真剣な表情で言う彼女にこれ以上かける言葉はない。俺は俺で鎧の奴を逃すつもりは無いのでお互いさまだ。
先ほどエノラはこの黒鎧へ向かって手を伸ばしていた。何があったか詳しくは分からないがこいつがシルフィアさんのあの状態を作ったのと無関係とは思えない。
絶対にここで殺してやる。
「私たちはそこの勇者に用があるだけです。そこを通してください」
「はいそうですか、と通すとでも?ふざけるな、死ね」
「おい、聞いてねぇぞ。なんだこの化け物たちは」
「愚痴はいいので働いて下さい。何の為に連れてきたと思ってるんですか。強い奴と戦いたいんでしょう?」
「俺は別に自殺志願者じゃねぇんだよ!」
「それなら良かったです。目的を忘れないでくださいね」
「あ?それはどういう――」
相手の会話を待ってやる必要はない。『万有引力』によって、翳した手元へ引き寄せる。
(スキル『操水』を発動しました)
兜の隙間から水を流し込み続け呼吸を奪う。浮いた体では身動きも取れず逃げ場は無い。
どうやらこの鎧は「聖鎧」フォルトレスというらしい。とにかく硬いというのが特徴らしいが水攻めによる苦しさを緩和する力は無いだろう。この鎧は痛みを極限まで減らせるが苦しみまで請け負ってくれるわけでは無い。
「苦しんで死んでくれよ」
鎧がくぐもった唸り声をあげる。丈夫さは大したもののようだが、こういった絡め手には弱いようだ。
「さあ、私たちも始めましょうか」
「いいのですか?私の糸に触れて怪我ではすみませんよ。せっかくの綺麗な肌だと言うのに。あ、魔族ということはそれもただの擬態なんですかね」
「心配要らないわよ。攻略法はさっき見せて貰ったし。ユウキに倣う事にしましょう〈アイスワールド〉」
リリィーの周辺が先程俺が使っていた『氷の世界』の様に辺りに霜が降り始める。張り巡らされいた糸に水滴がつきキラキラとその存在を顕にしていく。
「これで見えないという利点は消えるわね」
「ええ、ですが少々遅かったようです」
「この糸!ユウキ!」
怪訝な顔で何かに気づいたリリィーが声を上げる。
掲げていた左腕が何重もの糸により引きちぎられていった。
左手を支点に発動させていた『万有引力』と『操水』が解除され、慌てて空間の座標指定に切り替えて再発動させようとする。
「うぉーーらぁ!」
一瞬の隙をついて鎧野郎が剣を振るう。水の牢獄が吹き飛ばされた。鎧と違いアーティファクトでは無い筈だがそれなりの性能をしているらしい。
「チッ、めんどくせぇ糸だな!」
(称号『氷の世界』を発動しました)
リリィーの〈アイスワールド〉に重なった部分から周囲が凍てつき、あらゆる物体を固定していく。
よく見れば糸は周囲の屋根や木々を経由して張り巡らされていた。力を上手く伝えるために支点となる部分を作る為だろう。
そこを固めてしめえば糸を従前に扱う事は難しい。あのメイド服の技量であれば使え無い事は無いだろうが、凍てついた部分を剥がして糸を操るにはタイムラグが発生する。
「俺には効かないな!」
鎧野郎が突撃してくる。やはりあいつには効きづらいか。
袈裟斬りをバックステップで躱し距離をとる。
「〈アイシクルレイン〉!」
リリィーが放った氷の針がメイド服目掛けて降っていく。
氷の雨が降る中、女は周囲へ伸びる糸を足場に跳躍した。流れるような動作でスカートの中からナイフを取り出し空中でリリィーへ投擲する。
「私に遠距離戦は悪手だと思うわよ?」
リリィーが手を振れば風のシールドがナイフを弾き、もう一振りすれば風の刃となり襲いかかる。指揮者のように振るう姿と、繊細な技術による糸から糸へ飛び回る軌跡は一種の芸術のようだ。
「アドバイスをどうも。では距離を詰めてみる事にしましょう」
足場にした糸にたわみを持たせた事により、勢いをつけたメイド服が弾丸のように突っ込んでいく。
(スキル『投擲』を発動しました)
「横やりと投げナイフはお前だけの特権じゃねーよ」
どうせこの全身鎧に半端な物理攻撃は効かない。それ相応の武器が無いなら俺の拳を喰らわせたほうがダメージは入る、そう判断して獲物を手放した。
こちらの援護に気づいたメイドが空中で身を捩ってナイフを躱し、通りすぎようとする短剣の柄を捕まえる。そのまま二刀流となったメイドがリリィーを切り刻んだ。
「おいおい、なんだよ。利敵行為かぁ?」
「うるせぇよ鎧野郎。つまらねぇ煽りで気を引こうとするな。リリィーをあの程度で傷付けられる訳ないだろ」
切り刻まれたように見えたリリィーの形が崩れて、瞬く間に水蒸気となって消える。
その水蒸気がメイド服の周囲を漂い絡みつき腕の足を空中に固定した。
「何ですかこの魔法は。見たことも聞いたこともない」
「当然でしょ?私が今考えたんだから」
上から声が降ってきたので見上げていれば、リリィーが偉そうに腕を組み空中で漂っている。
「なるほど、相当な水魔法使いのようですね」
「たしかに水魔法しか使ってないけど、それ以外だとあなた簡単に死んじゃうじゃない。別に他の系統が使えない訳じゃ無いわ」
不思議そうに答えたリリィーが天に向かって手をかざす。そこに作られたのは真紅の炎だ。この何もかも凍てつく世界に、その炎は弱まること無く勢いを増していく。
「ひとまず絶望してちょうだい。そして後悔して」
下唇を噛み悔しそうに呟やいたリリィーは、一番自分が後悔しているだろうにそう呟いた。
デカい火の玉から火の粉のようにまばらに炎が降ってくる。
そいつは凍てついた世界を瞬時に溶かしていった。凍っていた部分は水となり水蒸気となり上空へ登っていく。
「いったい何のつもりで……そんな!フィールムの糸です!!燃える訳が!!」
ついには凍らされていた奴の糸までもが燃え始めた。
誰しもが地獄のような光景に天を仰いだ。
そして、気づく。
業火を振り翳すリリィーの真上にまた一つ、今度は水の玉が浮いていることに。
「がぁっ」
水色に煌めいた一筋の光が水の玉から放たれ、視界の端で隣の鎧野郎を貫き血しぶきが舞う。
「魔力耐性つきの魔道鎧だぞ。俺自身の魔防壁まで貫きやがって……」
「〈ウォータージェット〉。圧縮された水を高出力で放出すればミスリルでさえ分断できるそうよ、昔教えてもらったの。」
吐血しているのか咳き込みながら鎧野郎が蹲る。
「将軍!どうにかして手紙を!」
「ゲホッ、勇者ぁ!!!おめぇの妹だ!!手紙だ!!こぉぉぉい!!!」
あいつら何を狙ってやがる。そもそもこいつら何をしにここへ来た?
少なくとも面識のなかったシルフィアさんな訳はない。
「おい、何を狙ってやがるか知らねぇが好きにさせるかよ」
(スキル『万有引力』『操炎』『操水』を発動しました)
右手で掴んだメイドの顔を燃やし、左手の掴んだ鎧の頭を水没させる。
火傷に苦しむ声と、ごぽりという声にならない声が鎮魂歌となればいい。
「ア、グッ。私たちが国に帰らなければ勇者の妹は死にます。手紙を……国王の要求を飲まなければ勇者の妹は死にます」
「ふざけるな。そんな馬鹿な話——」
いつの間にか接近していたのかすぐそこまで来ていたシオンに気づく。
「それで手紙っていうのは?」
「将軍の懐に」
シオンが鎧野郎から手紙を取り出し目を通し始める。
「まてシオン、こいつらの言うとおりに従ったところで――」
「従わなかったら殺されるかもしれない。ユウキは僕に妹を見殺しにしろっていうのかい?」
「そんなわけあるか!今からこいつらを利用して妹の奪還作戦でも考えればいいだろ!」
「言った筈だよ。もしかしたらで妹の命は預けられない」
そう宣言したシオンの瞳には揺るぎない覚悟と確かな殺意が渦巻いていた。その視線の矛先に気づき寒気が走る。
「うそだ……」
信じたくない思いで呟いた言葉を現実が上書きする。シオンが抜刀したと認識した時には既に俺の両足は切り刻まれた後だった。腱を切られたのだろう、力が入らず崩れ落ちる。
それを確認もせずシオンは助走もなしに一足でリリィーへ向かって跳躍した。
この足では止めに入ることはできない。
「リリィーを守れ!!!!」
シオンにそれだけはさせてはならない。決死の思いで声を荒げイブを呼ぶ。
瞬間移動により二人の間に割って入ったイブが両手を掲げバリアを展開した。
「え……?」
困惑したリリィーが襲ってきたシオン見つめ、その殺意に身体を強張らせる。
「なんで……」
理解したくないと首をゆるりとふるリリィーの表情は、知っている中で一番の動揺だった。
シオンの斬撃は二度の切り替えしを経て、三撃目でバリアにヒビを入れる。割れると確信したシオンは空中で体勢を入れ替え、回し蹴りで破壊しようとした。
その途端にバリアは消え、代わりに蹴りがイブに撃ち込まれる。後ろにいたリリィーを巻き添えに二人は彼方まで飛ばされていった。
「やられた」
空を飛べないシオンは着地すると渋い顔をしながらそう言う。
そうか。今のはイブがわざとバリアを消して吹き飛ばされる事を選んだのだ。
これで上手いことあの二人は戦線離脱できた。
なら俺にはやるべき事がまだある。二人を追撃しょうとするシオンより先に最善の行動を取らなくては。
(スキル『操土』を発動しました)
鎧野郎とメイドの足元を隆起させ、操った土が二人を雁字搦めに押さえ込む。鋭利に尖らせた土の先端を二人の喉元へ突きつけた。
「いいのか、俺は本気だぞ」
捕まった二人を見てシオンが逡巡するのを確かに見た。シオンも分かっているのだろう。
追撃する為にこの場を離れれば俺は二人を殺す。そうすれば妹の命は無いと。
いったい俺は何をしているんだ。助ける、力になると言っておきながら俺は今シオンの妹の命に手をかけシオンを脅している。力をいれた奥歯が嫌な音を立てた。
「わかったよ。僕らは一度王国へ帰る」
腕の振りだけで固めていた土を粉々にし、二人の拘束を解きシオンが宣言する。
「待てや勇者。三対一だぞ。こいつはここで殺しておいた方が良い」
「わかりやすい冗談だけど今は笑える気分じゃないかな」
「あ!??冗談だぁ!?」
声を荒げ、文句を言おうと一歩前へでた隙だらけの顔面へ拳で殴り込む。
(スキル『縮地』『思考加速』『瞬間移動』を発動しました)
殴った感触が手に伝わったと同時に、鎧野郎が掻き消える。初めてのスキルコンボだったが上手くいったらしい。タイミングがシビアだったが思考加速の補助により一発成功させられた。
「王国への帰り道に飛ばしておいた。荒野だし見つけられるだろ。さっさと行けよ」
「ありがとう、君もそれでいいね?」
「私は将軍のような冗談のセンスはありません。足手纏いである事は理解しています」
聞きたくも無いお礼を聞かされた後、シオンとメイドは方針を即座に決めこの場を去ろうとする。
このままシオンを行かせていいのか?次の一手に何をうってくる?俺は何をするべきだ?
何をするにしてもシオンの動向は知っておきたい。イブとリリィーなら分かるだろうが俺自身にもシオンを追う能力が必要だ。リリィーを守って、シオンの妹も助ける。シオンからリリィーを守り、シオンの目を掻い潜って助ける。
思い出せ。この世界で見た目で判断しない人の見分け方を。あの日、魔法とスキルの違いを教えてもらうために直接流し込まれて知ったシオンの魔力を。
あの感覚をもう一度焼き付けろ。
「おい、やっぱり一発殴らせろ」
「一発で済ませてくれるかい?」
振り向いたシオンが、困ったように笑う。
仕方が無いとそう言うように。
やはりシオンは俺の事を舐めている。けど今だけは好都合だ。
この攻撃は当てることに意味があるのだ。
己の中のスキル群を知覚し、普段から発動させている耐性系と感覚鈍化・無効化系を全て切っていく。今この時ばかりは己の感覚を頼りにする為に邪魔になる。
(スキル『集中』『観察眼』『精密動作』を発動しました)
あとは出来ることをしよう。考えつく限りの補助スキルを起動させていく。
俺からシオンを逃そうとメイドが身構えたのが分かった。
ただし関係はない。縮地まで使った俺のスピードに割り込んでくるような技量はない。
初速から最高速度に達したことに空気の破裂音が鳴る。鎧野郎を殴った時を超える速度で拳がシオンの顔面へと吸い込まれていった。
「それで止める奴がいるかよ。今のは殴られる流れだろうが」
相も変わらずの化け物っぷりに苦笑する。少なくともスピードだけは本気だったというのに、それを受け止めたシオンは僅か数十センチ後退させられただけだった。
「いやー君に本気で殴られたら僕もただじゃ済まないからね」
だが好都合だ。受け止められた手から拳に伝わる魔力を必死に探す。
この世界の人であれば自身の強化も魔力で自然と行っている。シオンも例に漏れず大なり小なり行っているはずなんだ。
受け止められている拳を尚も押し進めようと力を籠める。それに合わせてシオンも押し返す力を強めてくる。
見つけた!
(スキル『感覚強化』『追跡』『刻印』を獲得しました)
即座に獲得したスキルを発動させて、目を瞑り拳から込めていた力を抜いてく。
「ようやく諦めてくれるかい?」
「いや、あきらめねーよ。何よりリリィーが諦めないだろうさ。あいつはお前のいう平和な世界ってやつを本気で夢見てる」
俺の言葉を聞いたシオンの顔が諦めような笑いから僅かに歪む。
それを見て多少溜飲の下がった俺は再度拳に力を入れなおす。不意を突かれたシオンが蹈鞴を踏んで一歩下がった。
らしくないシオンに笑いながら俺は指を突きつける。
「忘れるなよシオン。これはお前が始めた物語なんだぜ」




