第四十八話「後悔」
スカートが土で汚れることも気にせず、クロメリアは膝をつきただ黙祷を続けていた。
「期待するなよ。俺様にはこの人を助けられない」
クロメリアの言葉で目の前の光景が覆ることない決定的なものなのだと、改めて認識させられる。
呪術を生業とする彼女の身体が死体である事を俺たちは知っている。もしかしたら助けられるのではないか、そう思ってしまったのは、未だに俺が、目の前の光景を受け入れられていないという事なのだろう。
何故こうも上手く行かない。俺が甘かったのか。シルフィアさんの事も、エノラの事も、シオンの事も、何とかなると楽観的になっていた。
すごい力を手に入れて、それだけ。
本当にただそれだけだった。
「クソッ」
「落ちつけ。まだ終わってない」
クロメリアの無責任な言葉で頭に血が昇る。
「終わってない!?終わってないだと!?シルフィアさんは死んだんだぞ!!!」
そう、死んでしまったのだ。他ならぬユウキの怠慢によって。救えた命だった筈なのだ。
「そうだな、救えた命だった。それでお前は今後の救える命も落とすのか?」
「もうやめて!!二人とも落ちついて!!!」
感情に任せて大きくなる俺の声よりも、更に大きな声が場を黙らせた。近くの木によりかかり蹲るリリィーの姿は、普段から気高く振る舞う彼女に比べて小さく見える。
「お願いだから……、少し、静かにして」
目を伏せた彼女は今何を考えているのか。
シルフィアさんが亡くなった事を全て自分のせいだと考えてもおかしくない。この街の防衛はリリィーの魔法に頼りきりだった。
だが、誰が人の手による襲撃を予測できる。この街は魔族と人族、多種族の受け皿として作ったものだ。人の流れを断ち切るなんて選択肢は無かった。
「リリィーだけの所為じゃない……」
イブが慰めるがリリィーは目線は下を向いたままだ。
「あいつらは何なの?なんでシルフィアさんが殺されなきゃならないのよ」
ボソボソと喋るリリィーの声は、声量に反して嫌に聞き取りやすかった。
「ねぇ、みんな。私たちの関係って……何?」
リリィーが指に嵌められたリングを、もう片方の手で弄っている。それを見て、俺も思わず自身についた同じリングに指を這わせた。イブの指にも同じ物ものを見つけて、シオンの事が頭を過ぎる。
このリングは、リリィーが魔法で作った物だ。
リリィーがどんな思いで渡してくれたと思っている。
「本当にそれで良かったのかよ……!」
妹を助けるために魔王を殺すと決めたシオンへの恨み事が漏れた。
「ユウキは何か知ってるの?」
自身無さげに問うてくる赤い瞳は、悲しさと希望が入り混じった複雑な表情をしていた。
何故自分には教えてくれなかったのか。それでも、何か理由があるのなら、それでシオンの行動にも納得出来るかもしれないと、彼女は僅かに顔をあげる。
本来であれば、これはシオンが自分の口で言うのが一番良かった。俺が勝手に喋っていい事ではないし、シオンがみんなに話すと決断することに意味があると思ったから。
しかし、状況はそうも言ってられなくなっている。
「シオンは王国に妹を人質に取られてる」
「どうしてユウキは知っていたの?」
「それは……」
青い月光のが降り注ぐ夜。
魔王城の屋根上で隠し事をするなら協力はしない。そうシオンに告げた。
果たして俺はどこまで話すべきだ。
この世界に来て右も左も分からない中、転生者だと明かしたあの日を思い出すかのようだ。
「ユウキはシオンに信頼されていたのね」
俺が上手く説明出来ないでいると、リリィーは目を細めて苦しそうに微笑む。
「そうじゃない、俺がたまたまシオンの隠し事に気づいて無理矢理聞いたんだ」
「でも、私じゃ気づけなかった。男同士だから分かることでもあるのかしら」
目を逸らしながらリリィーは言った。
「ごめんなさい。私、今嫌な事を言ったわ」
「違う!!俺が……、みんなを信じきれて無かったんだ。だから、些細な事でも疑って、言いたくない過去の話をシオンにさせたんだ」
瞬間移動という便利な手段を手に入れた事で、誰かを信用するのでは無く、逃げ出す選択肢が生まれた。それを利用して、シオンを交渉と称して譲った。自分の有利な部分を押し付けて、楽になろうとしたのは俺の弱さだ。
本当に信頼する勇気と優しさがあれば、イブとリリィーの様に信用して、何も言わなくても良いのだから。
「俺が信頼を怖がったせいだ」
「けれど、今は違う?」
「ああ、それはリリィーだって分かってるだろ」
「ええ。でも、私はシオンにも信頼されていると感じていたわ。私の感覚なんて当てにならないわよ」
そんな事はない。きっとリリィーの感覚は合っている。シオンは俺たちへ信頼を寄せていた。
そうでなきゃ、もしかしたらで世界平和を目指す訳がない。妹さんを助ける事だけ考えるなら、最初からあいつは化け物みたいな力で魔王討伐を目指した方が早かったのだ。
ようは期待してくれたのだ。リリィーとなら最善の未来、戦争を終わらせて勇者という存在が必要無くなるそんな世界を信じて。
「なら……、私とユウキを信じればいい……。クロメリアも言ってた……。まだ終わってないって……」
突然名前を出されて驚いたのか、以外そうな顔でクロメリアがイブを見る。
そうだ、俺はまだ諦めちゃいない。
その為に出来る事はしたんだ。後はコイツを使ってどう動くが重要だ。
己の中で起動しっぱなしになっている《刻印》と《追跡》を知覚して、王国へ向かう一つの反応を確かめる。
俺に初めて出来た感知系スキルだが、《刻印》はいくつまでマーキングできるか分からない。シオンの存在を追い続けるなら、非常事態を除いて他へ《刻印》を使うのは辞めておこう。
おそらく負傷者二人を連れての移動となれば、王国までそれなりの時間がかかるはずだ。それからシオンが動き始めるのであれば俺たちは俺たちで出来る準備をしなくては。
「まずは方針を決めておこう。俺は一度シオンとちゃんと話がしたい」
「それなら私も!」
「リリィーが同じ気持ちなのは嬉しい。けど、最初は俺に行かせてくれ」
「みんなで一緒にじゃダメなの?」
「3対1の構図になったらあいつは本気で魔王を討伐するために動き出すだろ。それに討伐対象のリリィーが一緒に居て冷静な話合いになるかが分からない」
余裕がある状況下で、俺だけの接触ならシオンは油断してくれる。
イブは口下手で、実力の底が知れず警戒されているから、話合いには向いていない。
「だからこの中で一番弱い俺が行く。大丈夫、やばくなったら逃げる事くらいは出来るさ」
「気を付けて……、あの勇者、実力の底が知れない……」
考えていた事とイブの言葉が重なり苦笑する。正直、本気になった皆が、誰が一番強いのか俺には分からない。拮抗した実力なのかもしれないし、案外実力差があるのかもしれない。
だからこそ戦わせてはいけない。結果が予測できないことを勘定に入れるべきではないのだ。平和を願った奴らが戦死したなんて笑い話にもなりはしない。
「イブはリリィーの護衛をしてやってくれ。最悪の事態を想定して動くんだ。敵はシオンだけじゃない」
「わかった……。リリィーの事は任せて欲しい……」
イブも心配なのだろう。リリィーの側にいる事にかなり乗り気なようだ。
「よし、いい感じに話がまとまったな」
話がひと段落したところでクロメリアが手を叩く。
「それじゃあ、賢者からのアドバイスだ!」
わざわざターンを決めながらピースする姿から、いつものノリが戻って来たと実感した。
「と言っても俺様が何かしてやる必要なんてないんだが、『いのちをだいじに』だ☆」
リリィーに向き直りながら言ったクロメリアの真意は分からない。聞き及んだことのあるフレーズと、先の未来を見透かすようなセリフに驚きもある。
『いのちを』というのは、他者ではなく自身の命のことを指す。本気でリリィーを気遣っていることが分かるのだから、そんな些細なことは今はどうでもいい。
(スキル《悪意感知》を獲得しました)
クロメリアに隠し事があるのは分かっている。ただ、秘密があるから信用できないなんてのは、自分の思い通りにならないのが許せないという甘えだ。
人には言えないことがある。許容して、信頼して、信用する。
大事なのはそいつの本音がどういったものかってところだ。それを判断するのは俺自身でなければ意味がない。
この世界で初めて使うことのないスキルが手に入った。
シオンだってきっと、リリィーを殺したい訳がないんだ。俺はそう信じている。




