CALL5:「何笑ってんだよ」
結局昨日は寝れなかった。学校なんてサボってしまいたかった。でもそう言うわけにもいかない。大嫌いな数学の単位がギリギリなのだ。昨日の出来事から、まるっきり現実に引き戻された私は、いつものように制服を身にまとうと、駅に急いだ。
「おはよーハルナ、リョウちゃん」
いつもなら時間ぎりぎりまで来ないハルナが珍しく今日は早い。ハルナはゆっくりとこちらを振り返ると、無言のまま睨みつけた。
「ハ、ハルナ、こ、怖いよ」
「ずっとこんなんだよ。ナツミ何したんだよ」
リョウちゃんは、欠伸をひとつ。争いごとにちょっとは興味もとうよ。
「……」
「ハルナ、昨日は心配かけてごめんね?」
「……」
「あれ、化粧変えた?いつもより綺麗じゃない?」
「……」
「今日ハルナの好きな俳優の新番組が始まるらしいよ」
「……」
「……ごめん」
「―――ったく。心配かけて〜〜〜〜!」
先程までの表情とはうって変わって豪快に笑ったハルナは勢いよく抱き付いてきた。
「ハルナ〜〜〜〜!」
「お前ら何してんの?朝っぱらから駅のホームで」
「リョウうっさい」
「いつもこれだもんなぁ、ふぁああ」
その後、授業を無難にこなし、いつもどおりの放課後を迎えた私たちは、いつもの教室に集まった。私は昨日あったこと、そして四之宮を好きになったことを打ち明けた。二人は困ったような嬉しそうな複雑な表情をした後、応援するよと言った。
「そうは言うものの、その四之宮ってやつの情報が少なすぎるよな」
リョウちゃんの言う通りだ。知っているのは、名前と携帯番号だけ。何をしている人かも、どこに住んでいるのかも、本当に何にも知らないのだ。
「ナツミの為だもん、何とかするしかないっしょ」
「ハルナ〜ありがとう〜〜!」
「なんだかんだ言ってハルナはナツミに甘いんだから」
四之宮を好きなことを認めたら、今までのイライラが嘘だったかのように心が晴れた。私は四之宮ハジメが好きなのだ。この気持ちを大切にしよう、そう思えた。
――――
CALL
――――
ハルナとリョウちゃんは私の為に色々な作戦を考えてくれた。題して『四之宮ラブラブ大作戦』。リョウちゃんのネーミングセンスの無さは、この際良しとして。しかしその内容は決して良いと言えるものではなかった。探偵を雇うだの、四之宮という表札を虱潰しにあたるだの。結局のところ、結論としては私が四之宮に電話をするということに落ち着いた。
「思い立ったら吉日!」
「はい電話〜」
「携帯……携帯っと」
私は鞄の中から携帯を探した。しかし携帯があるわけも無かった。
「ハルナ、リョウちゃん、どうしよう〜〜〜」
「何!?」
「携帯、栗沢さんにとられて無いんだった」
「マジかよ!」
「よし、ナツミ諦めなさい」
「そんなぁ」
誰もが諦めかけたその時。
「ナっちゃん!」
運命の扉が開く。それより先に教室の扉を勢いよく開けた人物は、先程別れを告げたばっかりのクラスメイトだった。その慌てた様子を見て、一体どんな言葉が告げられるんだろうと、私たちは興味津々だった。
「帰ったんじゃなかったの?」
「帰ろうとしたら……はぁはぁ、校門に超カッコイイお兄さんが……ナツミって言う子いますかって!もしかしたらナっちゃんの知り合いかと思って……はぁはぁ」
息を切らして走って来てくれた友人にお礼を言うと、私は二人を振り返った。リョウちゃんはまさかと言う顔で、ハルナは満面の笑みでこちらを見ていた。
「ナツミ、早く行ってこい!」
私はそんなことあるわけないと思った。運命なんて信じるタイプじゃなかったし、現実をしっかりと見据える今時の女子高生だし。でも校門の前に立つ、学校があまりにも似合わないその男の姿を見たら、運命ってやつもちょっとは信じたくなった。
「遅い」
そう言うと、私に向かって携帯を投げた。その携帯は紛れも無く私の携帯で、その男は紛れも無く私の大好きな男だった。
「四之宮さん、この携帯どうして……それに、なんでここが分かったの……」
違う、こんなことが聞きたいんじゃなくて。
「栗沢は俺の部下なんでね。ったく。今日はお前のお陰で女子高生にいっぱい会えたよ。この街の学校を「ナツミ」って名前だけで虱潰しに探したからな」
私は四之宮が、高級車で学校を一軒一軒周り、女子高生に声をかけている姿を想像した。
「何笑ってんだよ」
「だって……。それで見つからなかったらどうするつもりだったの?」
「探偵でも雇うつもりだった」
冗談か本気か、ともかく冷静に見える四之宮も、私たちと考えることが一緒だと思ったらちょっと嬉しくなった。
「ねぇ四之宮さん!また会ってくれる?」
「考えとく」
「私四之宮さんの事好きかもしれない!」
四之宮は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに挑戦的な笑みを浮かべた。
「考えとく」
「また電話するから!」
「考えとく」
そう言って綺麗に笑う彼には勝てる気なんてしない。大人の女の人みたいに色気もない、気の利いたセリフも言えない、でも気持ちなら誰にも負けないと思った。
車に乗り込む彼を見送ると大きく手をふった。
一本の間違い電話から出会った私たちの物語は、ここから始まった。敵は手強い。けれども、私はまた彼に電話をかけるだろう。
「間違い電話は俺だけにしとけよ」
そう聞こえた気がした。
ナツミと四之宮の話はまだまだ続きますが、区切りのいいところで終わります。とにかく書くことって楽しい。小説になっているかも分かりませんが、いい経験になりました。ありがとうございます。