第8話 公爵令嬢は図書館で会う
「アリスさん!」
ハロルドは、直属の上司である一般書部門の司書長と新人家庭教師だと言った令嬢の間に挟まれて困っていた。
いや正確には令嬢はとても素晴らしい人だった。威圧的な司書長を完全に無視し、ハロルドにだけ気を遣い、にこやかに立ち去ろうとしたのだ。
それなのに、司書長は『女性』というだけで食ってかかろうとした。
そこに。
「何の本を探しているんだ?」
地下の資料室の新人君が現れた。
もっさりとした前髪に少し丸まった背。配属された時から、その陰気な雰囲気で注目され、浮き、それでいて周囲の目を一切気にすることなく、淡々と仕事をこなしている。ハロルドも部署は違えど同じ職場ということもあり、たまに彼と話すことはある。だが、本当に仕事の話しかしない。
そんな彼が、資料室に配属されてから一か月もしないのに、行方不明の本、『紛失書』の発見が早くなっていると聞く。随分と優秀らしい。
「あのですね、ソフィア様からキングスフォード大橋の開通に関する質問を受けまして」
美しい令嬢は、新人君に事情を説明している。
「……あの馬鹿」
「いえ、答えられないわたくしが悪いのです」
「とりあえず地理棚の方に行く」
「え? 目録棚で確認……」
「いいから、行くぞ」
新人君と令嬢は知り合いらしい。というか、新人君……司書長を完全なる無視。前髪が邪魔で視界が狭いのだろうか。
「おい!」
耐え切れず司書長が声をあげた。
新人君はぺこりと一礼すると、そのまま去る。
(……すごいな、新人君)
令嬢も司書長の声が聞こえないかのように、新人君の後をついて、さっさと消えてしまった。
微妙な空気が受付カウンターを包む。
ハロルドはちょっとだけ胃が痛かった。
* * *
「あ……本」
クラリッサはアリスさんの後をついて行くことに熱中しすぎて、せっかく選んだ本二冊を置いてきてしまったことに気づく。
「どうした?」
足を止めたクラリッサに気づいて、先を歩いていたアリスさんが戻ってきた。
「借りるつもりの本を置いてきてしまって」
「さっきの司書のところか?」
「はい」
「それなら預かってると思う」
「……そうでしょうか?」
「あの司書はちょっと動きが遅いが、仕事はきちんとする」
「お知り合いですの?」
「いや、顔を合わせることがある程度だ」
「……それってお知り合いってことでは?」
「……たぶん、違う」
クラリッサはアリスさんの認識がおかしくて笑いそうになる。
でもここが図書館であることをすぐに思い出して、堪えた。
そうして、アリスさんをじっと見る。
(……図書館の制服、よくお似合いですわ)
白いハイカラーシャツに濃い茶色のベストとスラックス。
採寸されて支給されているのだろう、アリスさんの体の形にきちんと合っていて。
(腰の位置が高くて、脚が長いのが分かります)
学園の制服の時にはちょっと誤魔化していたスタイルの良さが、よく見れば分かる。
(猫背にして、いまだに隠していますけれど)
クラリッサは本を探しに来たはずなのに、思わぬ収穫にちょっと嬉しくなった。
* * *
アリスさんは相変わらず完璧でした。
ソフィア様からの課題について説明すると、『ハイアム地方誌』と『ウェストベリー大橋開通前後の西部交易』の二冊を薦めてくださった。
ただ、もしもっと調べたいなら、公式の報告書を閲覧した方がいいかもしれないと言われた。それは二階の専用エリアにあり、専用エリアを利用するには手続きが必要で、その許可がすぐに下りるかまでは分からないそうだ。
それと、助言もしてくださった。
――あいつの質問だけで図書館に来ても、目的のものは見つけられない
――どういうことですの?
――道筋……そうだな。あいつ自身にも考えさせた方がいいと思うが、たとえば『大橋の開通でどのような影響が出るか?』という疑問なら、考えることを細かく分けるんだ。
――えっと……
――周りの地方の情報、過去の歴史、他の大橋に関する情報
――なるほど!!
――やみくもに探しても見つけられるわけがない。あと、ソフィが何もしないのはおかしい
――……わたくし先生として
――考えさせることも、授業の一環だと思う。回答を与えられただけでは何も考えなくなる
――……なるほど。分かりましたわ! 次からはお互いに話し合う形をとります
アリスさんの方が遥かに先生に向いているのでは? と思ったけれど。
でもアリスさんは図書館で静かに過ごされるのが好きなのだ。
「もぐらみたいですわ」
思わずそう言ったら、アリスさんは何も返してくださらなかった。
* * *
「というわけで、ソフィア様、やり直しです」
クラリッサは翌週の授業で、ソフィア様に『キングスフォード大橋の開通』に関して、二人で一緒に考えることを提案した。
ソフィア様の目はとてもキラキラしていて、そして知りたいことがたくさん出てくる。
(う……課題はとっても分かりやすくなりましたけど)
あまりの分量にクラリッサは心の中で泣きそうになる。
「クラリッサ先生!!」
ソフィア様が元気よく手を挙げる。
「はい、なんですか?」
「わたくし、ハイアム地方とキングスフォードの過去、現在、そして未来への展望を調べますわ」
「ええ……」
「ですから先生は、専門性の高そうな公式の記録を調べてくださいません?」
(……アリスさんの妹さんですわ!! とっても頭が良くて効率的です!!)
クラリッサは、家庭教師としての自信がなくなっていく。
だが!!
「それから、全然関係ないんですけど」
「はい?」
「帝国語で書かれた本を一冊読めるようになりたいので……お勧めの本を選んで欲しいです」
まだ、教えられることはあってホッとする。
「お任せください。そちらは何があっても、絶対に、来週までに用意しますね」
どんと胸を叩いて見せると、ソフィア様はとても可愛らしく微笑んでくださった。




