第7話 公爵令嬢は見つかる
「あの、キングスフォード大橋の開通に関する本を探していまして……」
ハロルド・ウィンスローは緊張していた。
図書館勤務、おおよそ半年。
武官の家系ということもあり、以前は王都警備隊に勤めていたのだが、性格的にあわず、たまたま見かけた『王立図書館・司書募集』に応募し合格して、司書として一階の一般書籍の受付カウンターに座るようになった。
仕事には慣れてきたけれど。
「この二冊は見つけたのですけれど、他にはどんな本がいいでしょうか?」
さらりと揺れるピンクブロンドの髪。ハロルドを見つめるローズピンクの瞳。
(か……可愛いし、綺麗だし、なんかいい匂いがする!!)
さっきから彼女が館内を歩き回っていたのは見ていた。一階にいる司書は全員見ていたし、みんなで『おい、可愛いなぁ』『早くこっちに来ないかなぁ?』『誰のところに来るんだ?』『受付したい。並んでくれ』とコソコソと騒いでいた。
ハロルドはまだまだ新人なので、その会話に入ることはせず、ただコクコクと同意を示す頷きだけをしていたのだが。
(まさか……僕のところに来るなんて!!)
嬉しさを通り越して勘弁してほしいと思った。
さっきから先輩たちの視線が痛い。
しかも彼女は本を借りに来たのではなく、質問に来た。そうなるとやり取りは通り一辺倒のものではなくなり、何往復もすることになる。先輩たちの視線は鋭くなるばかり。それでも、仕事なのだから対応しないわけにはいかない。
ハロルドは喉の奥で震える声を、なんとか絞り出した。
「あ、あの、キングスフォード大橋の開通……? ということですけど、何をお知りになりたいのですか?」
* * *
アリステアは見ていた。
ウロウロと館内を歩き回る、その姿を。
アリステアは、いつものように『行方不明の本』を求め、地下の資料室から一階の書架を見に来たのだ。ある意味、公爵令嬢と同じでウロウロと歩き回っていた。
そこで見覚えのある侍女を伴って、館内を歩いている彼女を見つけた。
彼女は、貴族令嬢の外出用のドレスではなく、サロンで見せた家庭教師用の服を着ていた。
(……あの色は、見たことがないが)
紺色の細身の腰丈のジャケットに、同じ色のロングのスカート。
ピンクブロンドの髪に、紺色がよく映えて綺麗だった。
遠目から見つめていると、侍女がこちらの視線に気づいた。
アリステアが侍女に頭を下げると、向こうからも挨拶が返ってきた。
しばらく様子を眺めていたが、侍女もいるのだし問題ないだろうと判断して、アリステアは自分の仕事に戻る。探している本は、一階の書架にはなさそうなので、今度は二階だ。
(しかし……すごい注目度だな)
一階の司書たちだけではなく、利用者が皆、ちらちらと彼女を見ている。
(女性が図書館に来ること自体、珍しいしな)
余計な騒ぎにならないようにと、アリステアは祈った。
* * *
「……大橋の開通による影響」
「はい、わたくし家庭教師なのですけど、ソフィア様、あ、生徒さんからそのような質問を受けまして」
「……なるほど」
「御覧の通り新人ですので、何をどうしたらいいのかも分からず」
「……」
「とりあえずこの二冊を手に取り、他にどのような本を資料とすればいいのか……」
司書さんは、クラリッサの話に耳を傾けて下さって、そしてきちんと対応して下さった。
「そうなりますと……まず、大橋が繋ぐそれぞれの地方の状況を知るのがいいかと」
「まぁ、そうですわね。……えっと、北部の状況? みたいな本がございます?」
「えっと……」
司書さんは手元の分厚い本を、ペラペラとめくり始める。
クラリッサはそこを覗き込んだ。
数字がたくさん並んでいて、その横に本の書名らしきものがある。
「これは、わたくしでも見ることができますの?」
「あ、同じようなものは、あちらの目録棚で」
司書さんが示したのは、カウンターの向かいにある壁に収められている棚。
小さな引き出しがたくさんある。
「目録……」
「ええ、これは本の形をしていますが、あちらはカード形式になっていまして」
そう言って司書さんは見ていた本の向きを、クラリッサが見やすいようにと反対にした。
「これが本の書名ですね。この所蔵番号というのが、本の管理番号になります。そして配架番号というのが、本がどこにあるのかを示しています」
「所蔵番号……配架番号……」
「書名が分かれば、これですぐに探せるわけですが」
「ごめんなさい……」
「いえ、ちょっと時間が掛かりますけど……」
司書さんは、先ほどの分厚い本を自分の方に向けて、すごい勢いでページをめくり始めた。
クラリッサは自分でもすべきだと思い、司書さんが教えてくれた目録棚へと向かおうとした。
「おい! いつまで掛かっている」
静かな図書館で、なかなかの声の大きさだ。
その声の主がまさか、図書館の制服を着ているだなんて思いもしなかったので、クラリッサは驚いてしまう。
イーディスが守るように、クラリッサの前に立った。
しかし、常識のない図書館の職員はクラリッサたちを無視し、司書さんを責めた。
「仕事は山ほどある、そんなくだらないのに時間を掛けるな」
「いえ……あの」
司書さんは困ったように眉を寄せている。
常識のない男の方が偉いのだろう。司書さんはクラリッサより少し年上のようだが、あちらはお父様と同じ年齢ぐらいに見受けられる。
「司書さん」
クラリッサは、やさしい司書さんに声を掛けた。
「あ……はい?」
「お嬢さん、今、私が話しています」
常識のない方の話をクラリッサは聞く気はない。
「わたくし、こちらの目録から探しますわ」
「ですが……」
「他にお仕事がおありなのでしょう?」
司書さんが返事をするよりも先に、常識のない男の方が反応した。
「その通りです。あとはご自分でお探しください」
慇懃無礼に返ってきた言葉を、クラリッサは敢えて無視した。
優しい司書さんにだけ、にこりと微笑みを向け、
「気になさらないでください」
と一言告げると、目録棚へと踵を返した。
そこに。
「何の本を探しているんだ?」
聞き慣れた声が、クラリッサの耳に届いた。




