第3話 公爵令嬢は早くも困る
「……ど、どうしましょう」
クラリッサは、早くも困っていた。
イヴリン先生がお帰りになるのを見送った後、クラリッサは自室でソフィア様の指導計画を練り始めた。
しかし、万年筆を持つ手はすぐに止まった。
契約では週三回、午後一時から午後四時の三時間。
授業内容は、礼法、刺繍などの淑女としての芸事、絵画や文学への理解といった淑女としての基礎教養、そしてソフィア様の強い要望により帝国語、歴史、地理、数学、基礎政治学まで含む。
それをどう割り振るかと、手帳に書き始めたのだが。
「イヴリン先生の仰る通り、週三回では無理だわ」
帝国語と礼法は毎回取り扱うべきとクラリッサは思っている。そうすると、それ以外を週三回の空いたところに押し込む……無謀だ。
ひとつひとつの授業間隔が空いてしまう。ソフィア様に自主学習をお願いするにしても酷い。
「もうこれは……週四回にして下さいってお願いするしかないわ」
クラリッサはこの時ばかりは簡単に諦めた。
まだペンフォード家から許可を得ていないうちから、週四回を前提とした指導計画へと切り替えた。
* * *
「馬鹿なんですか?」
アリステアは母の部屋で契約書を見ながら、我慢できずに声をあげた。
「……わたくしは一応止めましたわ」
「それならどうして、この契約書なんですか?」
母を責めるのは違うとは分かっているが、どうしても言わずにはおれない。
なんで学園の基礎課程まで教えることになっているのか。
そもそも礼法の範囲だって予想以上に広い。
「刺繍や絵画……ってそこまで彼女が教える必要がありますか?」
「……それをお願いした時には、まだ基礎課程が入ってなかったのよ」
「この基礎課程、入れる必要ありますか?」
「ソフィアは本気なのよ」
「……王子妃になりたいというのなら、なおさら他の家庭教師に」
アリステアは半ばイライラしていた。
どうして出来もしないことをやろうとするのか。
妹にも、そして公爵令嬢にも腹が立っていた。
「あの方だけだったのよ」
「は?」
「あの子の夢を馬鹿にしなかったのは」
「……」
アリステアは何も言えなくなる。
自分だってソフィアの夢に対して本気で向き合っていない。いつかは覚める夢だと思っている。
(……そのまま、受け止めたか)
あの公爵令嬢らしくて、ため息が出る。
無理だとか、そういうことは頭に無いのだ。
ソフィアがやりたいと言えば、『分かりましたわ』と頷き、同じくらい目を輝かせて引き受けたに違いない。
「母上」
「……なに?」
「これは週三回では無理です」
「……そうね」
「おそらく週四回に訂正してくるでしょう」
「……そうなの?」
「ええ、どれか捨てればいいとか、さらっと流せばいいとか、そういう発想はおそらく持っていないので。どれも全力で押してくると思います」
「……ずいぶん詳しいのね」
アリステアはそれには何も返さなかった。
ただ。
「決めるのは母上だと分かっていますが、少し考慮していただけると」
その後、なんと続ければいいのか分からず、そこで言葉を止めた。
(ありがたい……って俺はどこの立場なんだよ)
この提案はソフィアのため、と言えなくもない。けれど、ソフィアのためだけに言っているのではないと、頭のどこかで分かっていて、続けるべき言葉が出てこない。
母はしばらくアリステアの言葉を待っていたようだが、アリステアが何も言わないままでいると、先に口を開いた。
「……そうね。そもそもソフィアが無理を言い始めたのだから、考えておきます」
「ありがとうございます」
アリステアは頭を下げる。
母のどこか探るような視線を感じながらも、それでも、ぐっと深く頭を下げた。
* * *
そうして、顔合わせから三日。
ペンフォード家の馬車寄せに、家紋の無い馬車が止まる。
「行ってきますわ!」
護衛騎士と侍女を馬車に残し、クラリッサはひとり馬車から降りた。




