第33話 公爵令嬢は我儘を言いたくなる
アーサー殿下を呼ぶようにお願いされた日から、約二週間。
「……そういうわけで、とても助かった」
いつものサロンで、珍しくアリスさんの方から長く話をしてくれた。
その声をずっと聞いていたかったのに、ひとまず終わってしまったらしい。
アリスさんが話したのは、アーサー殿下を呼び出した理由だった。
驚いたことにそれは、最近世間をにぎわせていた『王立図書館館長による貴重書の不正売却事件』の話だった。
事件は、図書館の館長が貴重書を悪徳古書商に売り、不正に利益を得ていたというもの。
アリスさんは、館長の不正に気づいていたわけではなく、ただ、クラリッサが伝えた『四季の花冠』の国外オークションの話で、貴重書の紛失が作為的なものではないかと考え、自分の手に余ると判断して、アーサー殿下を呼び出したそうだ。
――室長さんには相談しませんでしたの?
――……のらりくらりされてたからな。それにアーサー殿下に変なことも言われていたし。
――変なこと?
――まぁ、うん。
変なことについては教えてくれなかった。
結果、館長の不正が発覚。
アリスさんの上司の室長さんが証拠を持っていて、アーサー殿下に提出したらしい。室長さんは家族を監視されていて、外部へ訴えることができなかったそうだ。
「解決して、良かったですわ」
「ああ。……ただ、最近室長の機嫌が良くて、少しうるさい」
「まぁ。でも仕方ないですわ。……これまでのことを考えれば」
「……そうだな」
アリスさんの口元がわずかに緩んだ。
(あ~……段々、口元だけではなくて、目も見たくなってしまいますわ)
あれほど見てはいけないと念じているのに、最近ではアリスさんの目を見たくてたまらない。
その瞳の色が何色なのか。
クラリッサに向けられている眼差しがどんなものなのか。
(本当にわたくし、わがままですわ)
心の中だけでため息を吐いたつもりだったのだが。
「……どうした? 何か気になっていることでもあるのか?」
どうやら本当にため息を零していたらしい。アリスさんが心配そうに声をかけてきた。
(……アリスさんが優しくするからダメなんですわ)
その優しさに甘えて、もっと、もっと、と心が訴えている。
でもそんなわがままを言ってはいけないのだ。
「なんでもありませんわ」
そう返すと、アリスさんは納得はしていないようだけれど、それ以上は追及してこなかった。
* * *
公爵令嬢はムニムニと唇を動かして、落ち着かなげにしている。
ちょっと淑女らしくないが。
(可愛い)
アリステアはそう思った。
ただ、なにか言いたいことがあるのかと気になり、訊いてみたが「なんでもありませんわ」という返し。
それにアリステアの心が少しだけ抉られる。頼られていないのかと感じてしまう。
(まぁ、頼りがいなんてどこにもないが)
「そういえば、もうすぐ『月の夜』だな」
「まぁ! アリスさんから夜会の話」
驚いたような顔をする。そして嬉しそうだ。ムニムニと動いていた唇が、いつも通りになる。
「アリスさんはどんな衣装にしますの? わたくしアリスさんの黒以外の衣装を見てみたいですわ……あ、もちろん、黒はよくお似合いですけど」
「今、このタイミングで言われたところで、間に合うわけがないだろう」
「……そ、そうですわね」
ちょっと抜けたところも可愛くて、アリステアはずっと口元が緩んでいる。
というか、彼女への気持ちを抑えなくなると、ただただ可愛いという、そればかりになっていき、なんだか自分が馬鹿みたいだ。
「君は?」
「え?」
「どんな衣装にするんだ?」
彼女の目が大きく見開かれて、パチパチと瞬きを繰り返す。
それからまた唇がムニムニと動いた。
ただ、先ほどと違って、なぜかほんのりと頬がピンクに染まっている。
(……くそっ!!)
アリステアは久しぶりに悪態をつきたくなった。
いつものように侍女へと視線を逃がせば、侍女はコクリと頷き、すぐに水を用意してくれた。
「あ……アリスさんに」
一人動揺しているアリステアに、公爵令嬢は言う。
「『君』って呼びかけられたの、初めてかもしれませんわ」
何故それを、そんなに嬉しそうに言うのか。
頼むから勘違いさせないでほしい。
頬だけでなく耳まで染める彼女が悪いと、アリステアは思った。




