第31話 公爵令嬢は頼まれる
アリステアは家に帰るとすぐにソフィアに声を掛けた。
そうして問題の帝国の新聞を借り、記事を探す。
(……書名は一緒だが)
『王立図書館の所蔵書』であったのか、それとも全く別の、誰かが所有していた本なのか、判別できないかと、記事をくまなく読んでいく。
(本来の所有者は不明。本の裏表紙に謎の数字が刻印されている……か)
それ以上の情報は得られない。
だが、『数字の刻印』という言葉が引っかかる。
王立図書館の本にはすべて所蔵番号として数字が刻印されているのだ。
もし本当に王立図書館の所蔵書がオークションに出されているのなら、紛失などという可愛い話ではない。
(これ以上は、俺では無理だな)
アリステアは、そう結論づけた。
* * *
翌日――
(ペンフォード君が休み……)
エドガー・クロフォードはその知らせを受け、仕事など放り出して、すぐにでも家に帰りたかった。
(……くそ)
こんなことなら彼にもひっそりと情報を共有すべきだったかもしれない。
彼が休むのは珍しい。奴らがそれをどう見るのか。単なる休みだと受け止めてもらえるのか。
ここで自分まで帰ってしまえば、それこそ奴らを刺激しかねない。
ただ、定時まで時間が過ぎるのを待つしかなかった。
* * *
「お兄さま?」
ソフィアの授業が終わったちょうどその時、お兄さまが顔を出した。
クラリッサ先生と二人驚いていると、お母さまがソフィアを手招きした。
そしてソフィアだけが追い出され、お母さまとお兄さま、そしてクラリッサ先生の三人だけでサロンに残った。
* * *
アリスさんが、この時間に伯爵邸にいるのは珍しいことだった。
「あの……お仕事は?」
不思議に思って訊けば、「休み」と短い答えが返ってきた。
伯爵夫人は少し離れた場所で立ち止まり、アリスさんだけがクラリッサの傍まで来た。
椅子に座るよう促され、クラリッサは腰を掛けたが、アリスさんは立ったまま。
クラリッサは、アリスさんを見上げることになった。
(……喉、ぼとけ)
アリスさんの首のぼこんと出たところに目を向けてしまった。
(わたくしには、ないもの)
それとなく自身の首筋に触れそうになって、なんだかはしたない気になり、途中で手を止めた。
「頼みがある」
「……え?」
喉ぼとけが動いて、声がした。
クラリッサは今度こそ、アリスさんの目があるあたりへと視線を向けた。
「アーサー殿下に、資料室に来るように伝えて欲しい」
「……はい?」
「それも誰にもバレないように、こっそりと」
アリスさんは何を言っているのだろうか?
だがとても真剣で、否なんて言えない。
それに。
(……このために、休みを取ったのですね)
それならクラリッサは、アリスさんの願いを叶えるだけだ。
「急いでいるのですね」
「ああ」
「今日帰ったら、すぐにお母さまにお伝えしますわ」
クラリッサとてアーサー殿下と連絡など取れない。
だが、おそらくお母様は違う。
きっとなにか手段を持っているはずだ。
「すまない」
すっと頭を下げられた。
(……あ、アリスさんのつむじ)
初めて見るそれに触れたくなり、ムニムニしたらどんな感じなんだろうと、考えた。
もちろん、しなかった。




