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家庭教師になった公爵令嬢は、我儘をつき通す  作者: 星見蒼


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第1話 公爵令嬢は顔合わせをする

 名乗りを終えたクラリッサは、ペンフォード伯爵夫人に勧められるままにソファに座る。

 先ほどまではいなかった侍女が壁際に待機している。

 テーブルの上には紅茶とクッキー。


(……アリスさんの仰る通り、家名は言わない方が良かったのかしら)


 家名を伝えた途端、伯爵夫人とソフィア様が物凄い勢いで頭を下げた。

 謝られる覚えはないが、クラリッサは筆頭公爵令嬢である。そういう訳にもいかないのだろう。


(難しいですわ……)


 なんの経験もないクラリッサは、家名以外で信用を得ることができない。だが今後も家庭教師を続けることを思えば、なんとかしなくてはならない。これは新たな課題だと頭に入れる。……課題だらけでちょっとだけ嫌になった。


(ダメですわ。初日からこんなんでは)


 クラリッサは改めて伯爵夫人とソフィア様へ視線を向ける。


 ソフィア様はとっても可愛い。

 灰黒色の髪には白銀のレースのリボンが揺れ、クラリッサを見る瞳はサマーホワイトの実のような優しい琥珀色。

 隣の伯爵夫人はとても美しい。

 アリスさんと同じ艶のある黒髪と、透明感のある白い肌、そしてソフィア様と同じ琥珀色の瞳。不思議な色気を感じてドキドキしてしまう。


(……もしかして、アリスさんの瞳も琥珀色なのかしら?)


 お二人が琥珀色なら、その可能性がある。

 思わずじっと見つめていると、ソフィア様が緊張した面持ちでクラリッサに声を掛けてきた。


「あ、あの本当にわたくしの家庭教師をしてくださいますの?」

「……ええ、というよりも、わたくしでよろしいのかを、本日の顔合わせで確認するのですよね?」


 クラリッサは今日に備えて、かつての家庭教師イヴリン・ハーコートに教えを請うた。顔合わせでは何をすべきなのか、そもそも家庭教師とはどうあるべきなのか。服装や持ち物に至るまでありとあらゆることを相談した。


(ふふ、先日お会いしたアリスさんにも、服装は問題ないと仰っていただきましたわ)


 クラリッサにソフィア様を紹介したのが、彼女のお兄様のアリスさん。先日、公爵家ご用達のサロンに来てもらい、クラリッサの家庭教師用の服を見ていただいた。

 アリスさんに『問題ない』と言って貰えれば安心だと思って呼び出したのだ。

 アリスさんに甘えてばかりで申し訳ないのだが、どうしても甘えてしまう。

 

(ええ、ですから恩返しという意味でも!! ソフィア様をどこへ出しても恥ずかしくないご令嬢にしてみせますわ!!)


 クラリッサはそう意気込んで、今日の顔合わせに挑んでいる。


「わたくし、是非とも雇っていただきたいと思っておりますの」

「ブランデルウッド公爵令嬢に家庭教師をしていただけるなんて、こちらこそ是非にですわ!!」


 ソフィア様が感激したように胸の前で両手を組んでいるが、先ほどはとても険しい表情をされていた。きっとそちらの方が本音なのだろう。


「わたくしは学園を卒業したばかりで、なんの経験もありません。不安に思われて当然です」


 これはクラリッサのお母様にも、そしてイヴリン先生にも言われた。

 だから安心させるためにも、クラリッサは口を開いた。


「けれど、淑女の作法は幼い頃からイヴリン先生に徹底的に叩き込まれましたわ。そのおかげで礼法は学園で一位でしたの」


「まぁ」

「さすがですわ」


 ソフィア様と伯爵夫人の声が重なる。


(うん、予定通りですわ)


「ですから、わたくしを模範としてソフィア様が努力なされば、素晴らしい淑女となられますわ」


 ソフィア様の琥珀色の瞳がきらきらと輝く。

 そして、テーブルの向こう側から身を乗り出してきた。


「では、わたくしを王子妃に相応しい淑女にして下さいます?」

「ソフィ!!」


 伯爵夫人の鋭い声が応接間に響いた。


「お母さま、とても重要なことですわ!!」

「あ、貴女、お相手はブランデルウッド公爵令嬢ですよ」

「でも!!」


 目の前で言い合いが始まった。

 どうやらソフィア様は王子妃を目指しているらしい。

 クラリッサは、ますますやる気に満ちていく。

 

「分かりましたわ。わたくしがどれだけお手伝いできるか分かりませんが、ソフィア様が王子妃に相応しい淑女になられるよう、精いっぱい努力いたします」


 そう、二人へと高らかに宣言した。



 * * *



 同日、同じ頃――


 ソフィアの兄、アリステア・ペンフォードは王立図書館の地下にいた。


 勤務初日だというのに、他部署への挨拶周りなどもなく、地下の隅の一室、資料室で『行方不明の本』を探し出すという仕事をしていた。

 資料室にはアリステアのほかに、室長のエドガー・クロフォードがいるのみ。他の人間が外に出ているとか、欠勤しているとかではなく、資料室に在籍しているのが室長と本日配属されたばかりのアリステアの二人だけらしい。


 朝、アリステアが資料室に行くと、制服を渡され、更衣室で着替えるように言われた。着替え終えて、資料室に戻ると、自席の場所を教えてもらい、その向かいの空いた席に置いてある箱についての説明を受けた。

 その箱の中にある紙が『依頼書』で、アリステアたちが片付けるべき仕事。箱は二つあり、アリステアの前にあるのが優先度の低いもので、室長の机の端に置かれているのが優先度の高いものだという。

 新人のアリステアは目の前の箱の中身を片付ければいいと言われ、さっそく仕事をするようにと指示を受けた。だが、依頼書の内容は読めても、どうすればいいのか分からない。仕方なく室長に訊くと、きちんと答えが返ってきた。そして、教えてもらった通り、分厚い台帳をめくり、一階の書架へと確認に行き、それでも分からなければ再び室長に確認するという、その繰り返し。


 チクタクと壁に掛けられた時計の針の音と、紙をめくる微かな音。


(……仕事内容はともかく、望んだ環境ではあるな)


 人の目に触れたくない、静かな環境を求めるアリステアにとっては、最高の勤務先となりそうである。


(あちらは、どうなのか)


 淡い青の家庭教師用の服を着た、公爵令嬢を思い出す。


 腰のあたりまであった髪は肩まで短くなり、服の雰囲気と相まって、とても大人っぽくて目を奪われた。

 だが、そんな気持ちを悟られるわけにはいかない。

『問題ない』と返すだけにとどめた。


(……ソフィアは気に入るだろうな)


 生意気な妹は、王子妃になりたいなどという野望を持っている。それが意外と本気なことは、家族皆知っている。そんな妹にとって公爵令嬢は、馬の目の前にぶら下がったにんじんだ。すごい勢いで食らいついていることだろう。


(暴走しなければいいんだが……)


 馬とにんじんの双方に対して、アリステアは思った。

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