第15話 公爵令嬢はバレる
クラリッサたちの前に現れたのは、物々しい一行。
その中心で護衛騎士に守られている人物は、にこやかな表情でこちらを見ている。
「……で、殿下!?」
司書長が慌てている。
これだけ物々しいのだから、視察で来ていたのだろう。
どうして騒ぎを起こす気になれたのか、クラリッサには理解できない。
アーサー殿下は司書長を華麗に無視して、クラリッサに声を掛けてきた。
「久しぶりだね」
「ええ、久しぶりですわ」
「アリステア、君も」
「……お声掛けいただき、ありがとうございます」
「へぇ、君からそんな風に言われるとは思ってなかったよ」
殿下がくすくすと楽しそうに笑っている。
ふたりが話しているところを、近くで見るのは初めてだ。想像以上に、殿下が砕けている。
「そうだ。クラリッサ」
「はい?」
「蕾の夜の準備は進んでいる?」
「ええ」
「そうだよね。伯母様がとても張り切っていると聞いたよ」
(……なるほど、そういうことですのね)
クラリッサは殿下の意図を理解した。
ここであまり身分を晒したくはないが、あの司書長の態度はクラリッサとて我慢ならない。今後もアリスさんに失礼なことをするかもしれない。今、ここでとどめを刺すべきだ。
「ええ、お母様がブランデルウッド公爵家の娘として恥ずかしくないようにと、それはもう、頑張っておりますわ」
「……頑張るのは、君では?」
殿下は少し呆れたような目でクラリッサを見てから、今度はアリスさんへと視線を向ける。
「アリステア、君もたまには僕に会いに来て欲しいな」
「……」
(……アリスさんがどうやって王宮に行くのよ!!)
おかげでアリスさんは答えることができない。
だが、司書長には効いているようだ。
さっきからブルブルと震えている。
そんな司書長へと、アーサー殿下がようやく目を向けた。
「さて、僕の従妹と友人が、なにかした?」
司書長は、口をパクパクさせるだけで何も答えなかった。
* * *
「ペ……ペンフォード君!! いつから殿下と仲良しだったの?」
昼。地下の休憩室に飛び込んできたウィンスロー先輩の第一声。
「いつからもなにも、一度も仲良しだったことはありません」
「へ?」
「あれは、嘘です」
「う……嘘?」
「はい」
「え? なんで嘘?」
「まぁ、場を収めたかったんじゃないんですか?」
「……うーん?」
ウィンスロー先輩が首を傾げている。
しばらく考えても分からなかったのだろう、話題が変わった。
「それにしても、あの子がブランデルウッド公爵家のご令嬢だったなんて」
「……」
「貸出カードには名前が記載されないし、貴族だから個人登録もしないじゃん。毎年、各家に配布されるものを使うわけだし」
「……まぁ、そうですね」
「みんな驚いて、貸出カードの番号から本当なのかって確認してたよ」
「……暇ですね」
「暇じゃないよ!! それだけ衝撃的だったんだから!!」
はぁ~とウィンスロー先輩がため息を吐く。
「司書長、大丈夫かなぁ? 再起不能だったんだよね」
「……仕方ないのでは?」
「そうなんだけどさぁ。さすがに可哀想で」
「……優しすぎでは?」
「ん~、でも完膚なきまで!! って感じでやっぱり可哀想だよ。それに、高位貴族のご令嬢が家庭教師なんて……あり得ないし」
「あり得たんですよ。でも、これでどんな人にも普通に接するのでは?」
「……そうだね」
ウィンスロー先輩の手が、本日のデザートへと伸びる。
今日はプリンだ。食堂のプリンは硬めでウィンスロー先輩の好みらしい。
どうでもいい情報をいつも伝えてくる。
「言われてみればさぁ」
「はい?」
「侍女がきっちりついてたし、所作はすごく綺麗だったし……」
「……」
「家庭教師の服着てたけど、確かに高位貴族のご令嬢と言われれば、納得でしかないよね」
「……まぁ、そうですね」
「しかも、ブランデルウッド公爵閣下と同じピンクブロンドの髪……あれ? 思い込みって怖いね」
うんうんと今度は頷いている。
だが、しばらくして、スプーンを口にくわえたままアリステアを見た。
その目が真ん丸に見開かれている。
「え? ペンフォード君の妹さんって、ブランデルウッド公爵家のご令嬢に教わっているの!?」
「……」
「どういうこと? なんで? っていうか、よく考えたら、ブランデルウッド公爵家のご令嬢とめちゃくちゃ仲良しだし」
「……普通です」
ウィンスロー先輩はアリステアの訴えを無視した。
「っていうか、アーサー殿下に覚えられてて、筆頭公爵家のご令嬢と仲良しって、ペンフォード君、凄くない?」
勝手に盛り上がっているので、アリステアもウィンスロー先輩の発言を無視することにした。
* * *
クラリッサの左の手首には、うっすらと赤い痕が残っている。
(……アリスさんの、手)
図書館からの帰りの馬車の中で、クラリッサはそれに気づいた。
イーディスも気づいていたのか、クラリッサの手首を見る目が険しい。
「……お嬢さま」
「アリスさんは何も悪くないわ」
「……」
「そうでしょう? あの時、わたくしをかばって下さったのです」
「……それはそうですが」
「見て、アリスさんの手、わたくしの手より大きいわ」
そっと赤い痕の上に自分の手を重ねる。
(不思議だわ。なんだかドキドキする)
その痕をなぞって、じっと見つめていると、向かいに座ったイーディスから厳しい声が掛かった。
「お嬢さま、そのように嬉しそうに話されることではありません」
「え?」
「……今回の件は、確かにペンフォード様に悪意などはございませんが」
「当たり前だわ」
「ですが力加減を間違えていらっしゃいます」
「……仕方ないわ。とっさのことでしたし。それに」
(アリスさんは男性だわ)
自分とは違う。力が強くて当然だ。
クラリッサが言葉にせず、イーディスを見つめ返すと、なぜか大きくため息を吐かれた。
「そのままお戻りになりますと、旦那様たちが大騒ぎされることは間違いありません」
「それは……そうね」
「ハンカチで誤魔化しておきましょう」
そう言ってイーディスが、自身の鞄の中から白いハンカチを取り出し、クラリッサの左手首に丁寧に巻いた。
「……大丈夫かしら?」
なんだか却って目につくような気がする。
イーディスも自信がないようで。
「旦那様たちがお戻りになるまで、まだ時間があります。公爵邸に着きましたら、すぐに奥様に相談しましょう」
その言葉に、クラリッサは頷いた。




