第14話 公爵令嬢は許さない!!
アリステアは優先度の高い箱から『依頼書』を取り出した。
「……ん?」
その依頼書には、『レイヴンズクロフト博物誌の彩色原本』と書かれていた。
つい先日も探されていた本だ。どうしても借りたい人がいるのだろう。ここに回ってくるまでの期間も短い。おそらく司書室でも簡単に所在確認を済ませて、資料室へ『依頼書』を提出したのだろう。
「室長」
「ん?」
室長はいつもの呑気な声で返事をし、のんびりと顔を上げた。
「これ、この間も来ました」
アリステアが『依頼書』を見せると、室長は「ん~」と唸り。
「これはこっちでやっとくよ」
「え?」
「君が見つけられなかったんだから、次は僕がやっておくよ」
「……あの」
そこでアリステアは、ウィンスロー先輩が提案した『紛失書のリスト化』について室長に相談した。
「なるほど? 紛失台帳ね……」
「正確には、捜索記録、ですが」
「ん~」
室長は考え込むように目を閉じた。
しばらくして、ゆっくりと瞼が上がり、茶色がかった琥珀色の瞳がアリステアを見る。
「そういう台帳って、申請が必要なんだよ」
「え?」
「手続きが面倒な上に、時間が掛かるんだ」
「……」
「しかし君もだけど、ウィンスロー君も、意外といいところを突いてくるね」
「……はい」
室長はにっこりと笑った。
目尻の皺が深くなる。
「仕事熱心で嬉しいな。その勢いでがんばってよ。……というわけで、他の依頼書をこっから取って?」
アリステアが見せた依頼書はすでに、室長の机の引き出しの中。
仕方なく他の依頼書を箱の中から取り出す。
手の中の紙には、『リューネライヒ帝国博物誌―初版』と書かれていた。
(……初版。これも貴重本だ)
アリステアはちらりと室長を見る。
だが彼は興味を失ったかのように、開いていた台帳へと視線を落としていた。
(さすがに次は見つかるだろうか)
アリステアは依頼書を手に自席へと戻り、分厚い台帳の頁をめくった。
* * *
(……今日もいらっしゃらないのかしら?)
クラリッサは図書館に行くと、まず館内を一巡する。
これは本探しが目的ではない。
アリスさん探しの、一巡である。
クラリッサは以前、アリスさんを偶然見かけたのだ。
声を掛けようとしたのだが、初夏仕様の琥珀色のベストを着たアリスさんは、真剣に本を探していた。邪魔になってはいけないと、声を掛けずに、その姿を見守るだけに留めた。
――え? ペンフォード君? あ、本を探すのが仕事なんだよ
以前、アリスさんのお友達のウィンスロー先輩にそれとなくアリスさんの仕事について聞いたら、そう答えが返ってきた。
つまり、運が良ければお仕事中のアリスさんを見ることができるのだ。
(今日もいない、と)
クラリッサは、ちょっとがっかりした。
この間のサロンが、なんだか不安なままで終わってしまったので、できれば遠目からでもアリスさんを見たかった。
でも、いないものはしょうがない。
(さて、ソフィア様の本を探さないと)
今回は目当ての本の書名が分かっているので、必要以上にウロウロすることはない。
目録棚へと向かい、棚から目録カードを探そうとしたのだが。
(と……届かないわ!!)
引き出しの位置が、高い。
クラリッサは辺りを見渡す。踏み台がどこかにあったはずだ。
イーディスが気づいて、目録棚の前まで踏み台を持ってきた。
その踏み台に足をかけようとしたところで、イーディスに止められる。
「お嬢さま、わたくしが取りますので」
「大丈夫よ。このくらい」
「ですが……」
小さな声で言い合いをしていると。
「取りますよ」
ウィンスロー先輩が来てくれた。
男性だし、司書さんだし、それならお願いしようと思ったところで。
「ウィンスロー君、他に仕事があるだろう。……お嬢さん、申し訳ないけれど、職員の仕事の邪魔をするようであれば、お帰り頂きたい」
久しぶりにその声を聞いた。
クラリッサは、なるべくこの男に会わないように気を付けていたのだ。
それなのに、わざわざ向こうから嫌味を言いに来るとは。
(……暇なのかしら? それこそ他に仕事があってもおかしくないのでは?)
クラリッサはそう思った。
相手をするのも馬鹿らしいので無視をしたいのだが、クラリッサが見たい目録の前にいて邪魔なのだ。
(いつになったら……どいてくださるのかしら?)
しばらく待っても、その男は動く気配がない。
ウィンスロー先輩が困ったように眉根を下げている。
危険を感じたのか、イーディスがクラリッサを庇うために前に立った。
と、そこへ――
「司書長、その位置は邪魔かと思われます」
本を抱えたアリスさんが、ツカツカとこちらに来た。
「ぺ、ペンフォード君……!!」
ウィンスロー先輩が小さな声でアリスさんを止めている。
でもアリスさんは、クラリッサを追い越しさらにイーディスの前に立つ。
イーディスは勝手に場所をアリスさんに譲って、一歩下がった。
「……邪魔?」
「はい、見ての通り利用客は目録を探しに来ています。いつまでもそこにいられては邪魔かと」
「……地下室の新人が随分と生意気な口を利く」
「生意気かもしれませんが、事実は事実です」
アリスさんは一歩も引かない。
意外と頑固なのだ。クラリッサは知っている。
クラリッサの後ろでは、ウィンスロー先輩がハラハラしている。
「……そもそも、お前のその髪型はなんだ!!」
正論を吐かれて他に言うことがなかったのか、司書長とやらがアリスさんの前髪へと手を伸ばした。
パン!!
響き渡る音。
「アリスさんの髪に勝手に触らないでください!!」
男の腕を弾いたせいで、クラリッサの手が痛む。
けれど、これだけは譲れないのだ。
クラリッサはアリスさんの前に飛び出した。
「馬鹿!!」
アリスさんがクラリッサの手首を掴んで、すぐに後ろへと戻す。
その力が強くて、痛い。
でも、アリスさんがクラリッサを守ろうとしてくれていることは分かるので、痛みも痛みではない。
「……女が俺の手を弾いただと?」
低い声が威圧するように響く。だが、怖くもなんともない。
クラリッサが手を弾いたから、なんなのか?
最初に会った時からこの男の言い分がさっぱり分からない。
「し、司書長。ここは図書館ですから……」
後ろから弱々しい声でウィンスロー先輩が、場を収めようとしている。
「うるさい。お前も俺に逆らうのか?」
完全に目が座っている。周りの状況が見えていない。
注目を浴びていることにも気づいていないらしい。
「女と、新人どもが……」
男が怒りに身を震わせながら、何かを言いかけた、その時。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
聞き慣れた明るい声が、楽しげに乱入してきた。




