第12話 公爵令嬢は贈り物を考える
「クラリッサ先生、いつもありがとうございます」
本日の授業を終えると、伯爵夫人が少し厚みのある封筒を差し出してきた。
その隣ではソフィア様がにこにこと笑っていた。
「あ……」
「ええ、お給金です」
中身を覗きたくなったけれど、さすがにそれは品がなさすぎる。
クラリッサは封筒を受け取ると、鞄へとしまった。
「こちらこそありがとうございます。至らないことばかりですのに」
「いえ、ソフィアにこんなにも寄り添って頂いて」
「クラリッサ先生のおかげで、帝国語の本がだいぶ読めるようになりました」
「……ソフィア様はとても努力家ですから」
アリスさんに甘やかされて羨ましくて堪らないソフィア様だが、クラリッサから見ても可愛い。ちょっと生意気なところがあるのも見えてきたけれど、やっぱり可愛いのだ。アリスさんが甘やかしてしまう気持ちはよく分かる。
「先生、それで何を買うの?」
「こら、ソフィア!」
「え?」
お給金の使い道については全く考えていなかった。
でも、お金は使うためにある。
「そうですわね……」
クラリッサは考えた。
「アリスさんにお礼でもしましょうかしら?」
「え?」
「は?」
伯爵夫人とソフィア様がとっても驚いた顔をされているけれど、アリスさんはクラリッサの先生で、ソフィア様を紹介して下さった恩人でもある。
「何がいいかしら?」
「……あの、愚息にお礼など」
「まぁ、アリスさんは愚息ではございませんわ」
「いえ……あの……」
「先生、さすがにお兄さまも困ると思います」
伯爵夫人がおどおどと、そしてソフィア様が手を挙げてクラリッサの考えに反対してきた。
日頃のお礼を伝えられる、とてもいい案だと思ったのだが。
「……ダメですのね」
しゅんと項垂れるクラリッサに、伯爵夫人とソフィア様が顔を見合わせた。
それから、ソフィア様がポンと手を叩いた。
「あのね……」
ソフィア様はとても素敵な提案をしてくださいました。
* * *
「クラリッサ先生、結局何にしたんですか?」
今は刺繍の時間。
そして、ソフィアは重大な任務を遂行中だ。
(……お母さまも酷いわ。わたくしは名案だと思ったのに)
ソフィアはお母さまから、この間ソフィアが提案したことをクラリッサ先生にやめさせるように、という任務を受けている。
それなら、あの時にお母さまが反対すれば良かったのに。うやむやにするから悪いのだ。それをソフィアに尻拭いさせるなんて。
「なにって?」
「今、縫っているそれです」
ソフィアと一緒に、クラリッサ先生も刺繍をしている。
真っ白なハンカチにスッスッと刺している。縫うスピードがとても速い。得意だと聞いていたけれど、ここまで速いとは思ってなくて、ソフィアは純粋に驚いた。
「もぐらですわ」
「……も、もぐら?」
公爵令嬢がハンカチにもぐら。ソフィアはクラリッサ先生が分からなくなってくる。
「ええ、ソフィア様は何を縫われているんでしたっけ?」
「あ……お父様に家紋を」
ソフィアは返事をしながら、使命を思い出して話を続けた。
「あの、男性に刺繍を贈るのは」
「ソフィア様、ちょっと言葉が足りない気がしますわ。正確に」
「あ、えっと、男性に刺繍を刺したハンカチを贈るのは」
「そうですわ、いつでもきちんとお話にならないと」
(……クラリッサ先生も、たまにおかしなときありますけど?)
ソフィアはちょっとだけ理不尽だなと思った。
それでも、きゅっと唇に力を入れて言葉を続ける。
「男性にそういった贈り物をするのは、特別視されかねないので」
「まぁ。ソフィア様、しっかりされているのですね。だからお父様に?」
「はい。まして家紋となりますと」
「ええ、そうですわね」
クラリッサ先生は朗らかに笑う。
今、手元で刺しているのはなんなのか? もぐらは確かに家紋ではないけれど。
「……どうして、もぐら、なんですの?」
ソフィアは使命より興味が勝った。
「アリスさんは、図書館の地下で人に会わないところでお仕事されているでしょう?」
「……ま、まさか、それで?」
「ええ、もぐらみたいだなぁって思いまして」
(……ちょっと、無理かなぁ?)
ソフィアは悟った。
礼法や帝国語は完璧なはずなのに、クラリッサ先生の感覚はどこかおかしい。
お兄さまへの贈り物だって、絶対に、本当に、お礼の意味しか持っていない。
それが周りからどう見られるかなんて、これっぽっちも気にしていない。
ただ、ひとつだけ、加えておくべきは。
「あの、お兄さまが万一勘違いをしてしまったら?」
「勘違い?」
そう、お兄さまが勝手に勘違いしたら、どうするのだろう。
そのハンカチに特別な意味を見出してしまったら。
「もぐらに見えないかしら?」
「いえ、もぐらに見えます」
「それでは大丈夫ではなくて?」
ダメだ。遠回しでは全然伝わらない。
お母さまはすでに悟っていたのだ。
だから、『ソフィア十二歳、無邪気さを装って、任務を遂行せよ』と出撃させられたのだろう。ソフィアは賢いから理解した。
「ほら、お兄さまが、クラリッサ先生からハンカチを貰って、浮かれちゃったら」
「まぁ、嬉しいわ」
「クラリッサ先生が、お兄さまのことを好きなんだと勘違いしたら」
「あら? 好きですわよ」
(……どうしたら伝わるの~!!)
ソフィアは泣いた。心の中でめちゃくちゃ泣いた。
これはもう、お兄さまの方に釘を刺すしかないのでは?
「大好きなアリスさんに、満足してもらえるもぐらを刺しますわ」
クラリッサ先生はとても楽しそうだった。




