表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

第9話:自分で良くする

 朝の空気は、少しだけひんやりしていた。


 市場の一角。


 いつもの場所に、カクは先に来ていた。


 「……よし」


 小さく息を吐く。


 今日は、最初から自分でやると決めていた。


 耕太はまだ来ていない。


 だからこそ、ちょうどいい。


 机の上には、ひとつの椅子。


 昨日、客から預かったものだ。


 「ちょっと座りにくいんだよな」


 そう言われた一品。


 壊れてはいない。

 ぐらつきもない。


 だが――


 「……なんか違う」


 カクは椅子に座る。


 体重をかける。


 背もたれに寄りかかる。


 (……分かりにくいな)


 昨日までとは違う難しさだった。


 “壊れている”わけじゃない。


 だから、“どこを直せばいいか”がはっきりしない。


 もう一度座る。


 今度は、少し姿勢を変える。


 足の位置を変える。


 背中の当たり方を意識する。


 「……あ」


 気づく。


 ほんのわずかな違和感。


 「ここか」


 座面に手を置く。


 角度。


 ほんの少しだけ、合っていない。


 立ち上がる。


 椅子を横から見る。


 確かめる。


 「……やるか」


 工具を手に取る。


 刃を当てる。


 ――止まる。


 (どれくらい変える)


 考える。


 削りすぎれば、また壊す。


 足りなければ、変わらない。


 「……ちょっとだけ」


 ほんのわずかに削る。


 音は短い。


 座る。


 ……まだだ。


 「もうちょい」


 再び削る。


 座る。


 さっきより、少し良い。


 だが、まだ足りない。


 「……ここもか?」


 別の場所にも目を向ける。


 さっきなら気づかなかった部分。


 少しだけ削る。


 また座る。


 「……お」


 小さく声が漏れる。


 さっきより、明らかに楽だ。


 (いいかもしれない)


 もう一度、全体を見る。


 角度。高さ。バランス。


 それぞれが、どう影響しているか。


 完全には分からない。


 それでも――


 「もう少しだけ」


 最後に、ほんの少しだけ手を入れる。


 そして、座る。


 「……」


 沈み込む感覚。


 背中の当たり方。


 無理がない。


 「……できた」


 自然と、言葉が出た。


 “直した”ではない。


 “良くした”。


 そう思えた。


---


 「早いな」


 後ろから声がする。


 振り向くと、耕太が立っていた。


 「……見てたのか?」


 「途中から」


 短く答える。


 カクは少しだけ照れたように顔を逸らす。


 「これ、やった」


 椅子を指す。


 耕太は近づき、座る。


 軽く体を動かす。


 何も言わない。


 その時間が、少し長く感じる。


 やがて――


 「……いいな」


 ぽつりと、言った。


 その一言で、胸の奥がじわっと熱くなる。


 「ほんとか?」


 「ああ」


 耕太は立ち上がる。


 「理由は」


 試すような問い。


 カクは少し考えてから答える。


 「座面の角度と……たぶん、こっちの高さも」


 指で示す。


 「さっきより、体が楽になってる」


 耕太は小さく頷く。


 「ちゃんと見てるな」


 それだけ。


 だが十分だった。


---


 そのとき。


 「お、終わったかい?」


 椅子の持ち主がやってくる。


 「どうだ?」


 少しだけ不安そうな顔。


 カクは椅子を差し出す。


 「座ってみて」


 男はゆっくり腰を下ろす。


 体重をかける。


 背もたれに寄りかかる。


 そして――


 「……おお」


 顔が変わる。


 「なんだこれ、楽だな」


 何度か座り直す。


 そのたびに、納得したように頷く。


 「前と全然違うぞ」


 カクは息を吐く。


 力が抜ける。


 「良かった」


 自然に言葉が出た。


 「いくらだ?」


 「……いつも通りでいい」


 まだ少しぎこちない。


 それでも、しっかりと答える。


 男は代金を置きながら笑う。


 「いい仕事するな」


 その言葉を、今度はちゃんと受け取れた。


---


 客が去ったあと。


 カクは自分の手を見る。


 削って、直して、考えて。


 そして――良くした。


 「……できたな」


 もう一度、呟く。


 今度は、はっきりと。


 耕太はその横で、静かに作業を始める。


 特に何も言わない。


 だが、それで十分だった。


 カクはもう一度、椅子に触れる。


 次は、もっと良くできる。


 そんな感覚があった。


---


 少し離れた場所で、神が満足そうに笑う。


 「いいねぇ」


 ぽつりと呟く。


 ひとりだった“こだわり”が、ふたりになり。


 そして今、自分の中で回り始めた。


 教えられたものではなく、

 自分で考え、選んだものとして。


 「これで、もう大丈夫だな」


 小さく頷く。


 静かだった世界に、確かな変化が根付く。


 その中心で――


 カクはもう、ただの見習いではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ