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第8話:初めての責任

 「これ、頼めるかい?」


 昼下がり。


 ひとりの男が、椅子を抱えてやってきた。


 背もたれの高い、少し立派な作り。

 装飾も入っていて、昨日まで扱っていたものより明らかに手が込んでいる。


 「ぐらついてな。座れないほどじゃないんだが」


 耕太が手を伸ばしかけた、そのとき。


 「……それ、俺やる」


 カクが一歩前に出た。


 男の視線がカクに向く。


 「この子が?」


 少しだけ不安そうな声。


 耕太は短く答える。


 「問題ない」


 「……本当に?」


 「壊したら直す」


 あまりにもあっさりした言葉に、男は苦笑する。


 「まあ、任せるよ」


 椅子がカクの前に置かれる。


 重みが、いつもより少し違った。


 (できる)


 心の中で言い聞かせる。


 これまでやってきた。

 見て、考えて、削る。


 大丈夫だ。


 カクは椅子を揺らす。


 ――わずかに、傾く。


 (ここだ)


 目をつけた部分に、刃を当てる。


 削る。


 ほんの少し。


 合わせる。


 ……まだ。


 もう一度、揺らす。


 さっきと同じように見える。


 (いや、違うか?)


 少し迷う。


 だが――


 「……ここだろ」


 もう一度、同じ場所を削る。


 合わせる。


 ……変わらない。


 「なんでだよ……」


 小さく舌打ちする。


 焦りが混ざる。


 もう一度削る。


 今度は、少し多めに。


 合わせる。


 ――ぐらつきが、大きくなった。


 「……あ」


 手が止まる。


 削りすぎた。


 分かる。


 だが、戻らない。


 「どうだい?」


 後ろから声がかかる。


 カクは答えられない。


 椅子をそっと床に置く。


 座る。


 ――前よりひどく揺れた。


 「……悪化してるな」


 男がぽつりと言う。


 その言葉が、重く落ちる。


 カクの喉が、ひくりと鳴る。


 「……ごめん」


 絞り出すように言う。


 視線が、思わず横に向く。


 「コータ、俺――」


 助けを求める。


 だが。


 耕太は腕を組んだまま、動かなかった。


 視線だけで、カクを見る。


 「どうする」


 短い一言。


 責めるでも、慰めるでもない。


 ただ、選ばせる声。


 カクは言葉を失う。


 逃げることはできる。


 「無理でした」で終わらせることもできる。


 でも――


 目の前の椅子を見る。


 自分が壊した部分。


 崩れたバランス。


 (……直せるか?)


 分からない。


 でも。


 「……やる」


 顔を上げて言う。


 耕太は何も言わない。


 ただ、わずかに顎を引いた。


 カクは深く息を吐く。


 もう一度、椅子に触れる。


 さっきまでは、“ズレを直す”ことしか考えていなかった。


 だが今は違う。


 削りすぎたなら――足りない。


 「……足す」


 小さく呟く。


 端材を探す。


 形を合わせる。


 削る。


 合わせる。


 今度は、“作る”。


 慎重に。


 少しずつ。


 何度も確認しながら。


 時間がかかる。


 周囲のざわめきが、一度静まり、また戻るくらいには。


 それでも、手は止めなかった。


 「……できた」


 息を吐く。


 椅子を床に置く。


 座る。


 ――揺れない。


 完璧ではない。


 だが、さっきより確実にいい。


 「……どうだ」


 男に向けて言う。


 男はゆっくり座る。


 体重をかける。


 少し動く。


 「……最初よりいいな」


 その一言で、全身の力が抜けた。


 「見た目はちょっと変わったがな」


 補強の跡が残っている。


 それでも、男は笑った。


 「ちゃんと直した。それで十分だ」


 代金を置いて、椅子を持っていく。


 去り際に、ひとこと。


 「いい職人になるな」


 カクは何も言えなかった。


 ただ、その場に立ち尽くす。


---


 「……なあ、コータ」


 しばらくして、口を開く。


 「見てたよな」


 「見てた」


 「止めなかったよな」


 「止めなかった」


 即答だった。


 カクは少しだけ笑う。


 悔しさと、納得が混ざった顔で。


 「性格わる」


 「そうかもな」


 耕太は工具を手に取りながら言う。


 「でも、お前はやった」


 それだけ。


 短い言葉。


 だが――


 何よりも重かった。


 カクは自分の手を見る。


 さっきまでとは違う感覚が残っている。


 「……次は、最初からやる」


 「そうしろ」


 それで会話は終わる。


 カクはもう一度、椅子に触れる。


 今度は迷いが少ない。


 “直す”だけじゃない。


 “良くする”ために。


 手を動かす。


---


 少し離れた場所で、神が静かに頷く。


 「いいねぇ」


 ぽつりと呟く。


 失敗して、壊して、直して。


 ほんの少しの工夫と、ほんの少しの意地。


 それだけで、変わる。


 「“困らない”から、“良くしたい”へ」


 静かな世界に、確かな揺らぎが生まれていた。

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