第7話:考えて削る
削る音が、静かに響く。
カクは無言で椅子に向き合っていた。
目の前にあるのは、さっきと同じ椅子。
だが、見え方はまるで違っている。
(どこがズレてる)
手で触る。
軽く揺らす。
角度を変える。
視線だけじゃなく、感覚で探る。
(ここ……いや、違う)
一度離す。
もう一度揺らす。
さっきより、少しだけ分かる。
力がかかる場所。
わずかな傾き。
「……ここか」
小さく呟く。
刃を当てる。
――止まる。
(どれくらい削る)
そこまで考えて、ようやく動く。
ほんの少しだけ、削る。
音が短い。
合わせる。
……まだ甘い。
「……もうちょい」
再び削る。
今度は、さっきより少しだけ多く。
合わせる。
揺らす。
「……」
さっきよりいい。
だが、まだ足りない。
(削りすぎるな)
自分に言い聞かせる。
焦ると失敗する。
さっき、それをやったばかりだ。
深く息を吐く。
もう一度、確認する。
どこが、どうズレているか。
どこを、どれだけ動かせばいいか。
考える。
そして――削る。
少しずつ。
確かめながら。
何度も繰り返す。
時間はかかる。
だが、不思議と焦りはなかった。
(……これだ)
手応えがあった。
椅子を床に置く。
そっと体重をかける。
――揺れない。
「……」
もう一度、座り直す。
前後に動く。
やはり、揺れない。
「……できた」
小さく、呟く。
その声には、はっきりとした実感があった。
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「コータ」
振り向くと、耕太がこちらを見ていた。
「終わったか」
「……たぶん」
まだ少し不安が残る。
耕太は近づいて、椅子を軽く確認する。
座る。揺らす。
「……いいな」
短い評価。
それだけで、胸の奥がじわっと熱くなる。
「ほんとか?」
「ああ」
耕太は立ち上がり、椅子を軽く叩く。
「ちゃんと見てる。無駄に削ってない」
カクは自分の手を見る。
さっきまでと同じはずなのに、違う感覚があった。
「……できたな」
ぽつりと呟く。
誰かに言われたわけじゃない。
自分で、分かった。
それが何よりも大きかった。
だが――
「ただし」
耕太の声が入る。
「……まだあるのかよ」
思わず顔をしかめる。
耕太は少しだけ口元を緩めた。
「今のは“直した”だけだ」
「……あ」
言われて気づく。
揺れはなくなった。
だが、それだけだ。
「“もっと良くする”なら、どうする」
同じ問い。
だが、今度は違う。
カクは椅子を見下ろす。
さっきまでは“ズレ”しか見ていなかった。
今は――
「……ちょっと、固いかも」
「どこが」
「ここ」
座面に手を置く。
「角度、かな」
耕太は何も言わない。
ただ、見ている。
カクは少し考えてから、工具を持つ。
削る。
ほんのわずかに、角度を変える。
もう一度座る。
「……」
さっきより、楽だ。
完全じゃない。
でも、確実に違う。
「……これか」
小さく呟く。
“直す”だけじゃない。
“良くする”。
その意味が、ようやく分かった気がした。
耕太はそれを見て、小さく頷く。
「悪くない」
それだけ。
だが十分だった。
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少し離れた場所で、神が静かに笑う。
「いいねぇ」
ぽつりと呟く。
ただ直すだけだった手が、
“より良くする”ために動き始めている。
ほんの小さな違い。
だが、その一歩が大きい。
「一人目は、順調だな」
視線の先で、カクが再び椅子に向き合う。
その背中には、さっきまでとは違う意志があった。
静かな世界に、少しだけ音が増える。
削る音。考える時間。
そのすべてが――
ゆっくりと、世界を揺らし始めていた。




