第6話:なんとなくの限界
「……よし、やってみるか」
カクがぽつりと呟いた。
目の前には、少しガタつく椅子。
客から預かったものではなく、練習用に回された品だ。
耕太は少し離れた場所で、別の作業をしている。
「コータ、これ俺がやる」
「いいぞ」
短い返事。
止められなかったことで、逆に少し緊張する。
(できる)
そう思った。
これまで見てきた。
ズレを見て、削って、合わせる。
やることは分かっている。
カクは椅子を持ち上げ、軽く揺らす。
――ぐらつく。
(ここだな)
脚の接合部に目をつける。
迷いなく、刃を当てた。
削る。
少しだけ。
合わせる。
……まだズレる。
「もうちょいか」
再び削る。
合わせる。
まだ。
「なんでだよ……」
眉をひそめる。
もう一度、削る。
今度は少し多めに。
合わせる。
――合わない。
どこかが違う。
だが、分からない。
「……いや、ここだろ」
さっき削った部分を、さらに削る。
合わせる。
……合わない。
それどころか――
ぐらつきが、大きくなった。
「は?」
思わず声が出る。
もう一度確認する。
削った部分が、目に見えて薄くなっている。
(やりすぎた)
頭では分かる。
だが、手が止まらない。
「……ちょっと戻せば」
さらに削る。
――結果は同じだった。
むしろ、悪化する。
「なんでだよ……!」
苛立ちが混ざる。
気づけば、最初より明らかに状態が悪くなっていた。
カクは手を止める。
椅子を見る。
削りすぎた跡。
崩れたバランス。
どう見ても、失敗だった。
「……ダメだ、これ」
小さく呟く。
その声に、耕太が顔を上げる。
「どうした」
「……いや」
言葉に詰まる。
少し迷ってから、椅子を差し出す。
「やりすぎた」
耕太は受け取り、軽く揺らす。
一瞬で状態を把握する。
「削りすぎだな」
「分かってるよ!」
思わず強く言ってしまった。
空気が、少しだけ張る。
カクはすぐに目を逸らす。
「……悪い」
小さく付け足す。
耕太は特に気にした様子もなく、椅子を見たまま口を開く。
「なんで削った」
「ズレてたから」
「どこが」
「……そこ」
曖昧な指差し。
耕太はわずかに息をつく。
「“なんとなく”で削ると、こうなる」
静かな声だった。
責めるでもなく、ただ事実を言う。
「ズレてるのは合ってる。でも、“どこがどれだけズレてるか”を見てない」
椅子を軽く揺らす。
「見てみろ」
カクは近づいて覗き込む。
最初は分からない。
だが、何度か揺らしているうちに――
「……あ」
気づく。
ほんのわずかな傾き。
力のかかり方の偏り。
「そこだ」
耕太が言う。
「全部削る必要はない。必要な分だけだ」
カクは黙る。
自分がやったことを思い返す。
見ていなかった。
ただ、“それっぽい場所”を削っていただけだ。
「……」
悔しさが、じわっと滲む。
しばらくして、ぽつりと呟く。
「……もう一回、やっていい?」
「いいぞ」
即答だった。
カクは椅子を受け取る。
さっきより、ずっとゆっくり触る。
揺らす。見る。角度を変える。
時間をかける。
そして――
ほんの少しだけ、削る。
音が、さっきより慎重になっていた。
合わせる。
……まだ甘い。
もう一度、確認する。
今度は別の角度から。
少しだけ削る。
合わせる。
「……」
無言で、何度も繰り返す。
時間はかかる。
だが、焦らない。
やがて――
「……できた」
小さく息を吐く。
椅子を差し出す。
耕太はそれに座る。
軽く体重をかける。
揺らす。
「……良くなってる」
その一言で、肩の力が抜けた。
「ほんとか?」
「ああ。“考えて削ってる”」
カクは思わず顔を上げる。
さっきまでとは違う手応えが、確かにあった。
「ただし」
「……まだあるのかよ」
「ある」
淡々と続ける。
「今のは“ズレを直した”だけだ。“もっと良くする”ならどうする」
カクは固まる。
さっきまでで精一杯だった。
だが――
もう一度、椅子を見る。
今度は、“直す”だけじゃなく。
「……ちょっと座りにくいかも」
「どこが」
「ここ、角度」
「じゃあ?」
「……変える」
その答えに、耕太は小さく頷いた。
それ以上は言わない。
カクは再び工具を握る。
さっきより、少しだけ迷いが減っていた。
(分かってきたかもしれない)
そんな感覚が、手の中にあった。
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少し離れた場所で、神がその様子を見ている。
「うんうん」
満足げに頷く。
削って、失敗して、考えて、やり直す。
ほんの小さな積み重ね。
だが、それこそが――
「“こだわり”だ」
ぽつりと呟く。
静かな世界に、少しずつ音が増えていく。
その変化を、神は楽しそうに眺めていた。




