表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第10話:静かな揺らぎ

 市場の朝は、相変わらず穏やかだった。


 石畳の道。

 ゆるやかに流れる人の波。

 変わらない風景。


 ――の、はずだった。


 「これ、もうちょっと良くならないか?」


 そんな声が、あちこちから聞こえる。


 「壊れてはないんだけどな」

 「なんか気になるんだよ」

 「もう少しだけ、使いやすくできないか?」


 以前なら、出てこなかった言葉。


 “困っていない”ものに、手を入れようとする発想。


 それが、当たり前のように交わされている。


 「……増えたな」


 耕太がぼそりと呟く。


 視線の先では、カクが客と向き合っていた。


 「どこが気になる?」


 自然な口調で聞く。


 以前のような戸惑いはない。


 「ここ、ちょっと固くてさ」


 「座ってみて」


 やり取りは滑らかだった。


 カクは椅子に触れ、少し考え、そして手を動かす。


 迷いは少ない。


 必要な分だけ削り、必要なら足す。


 “なんとなく”ではなく、“考えて”動いている。


 「はい、これでどうだ」


 客が座る。


 「……おお」


 小さく声が漏れる。


 その反応を見て、カクは少しだけ口元を緩めた。


 「いいじゃないか」


 「まあな」


 短いやり取り。


 それだけで十分だった。


---


 少し離れた場所では、別の光景があった。


 「ここ、もうちょっと削ればいいのか?」


 別の若者が、ぎこちなく工具を持っている。


 「いや、削りすぎるとズレるぞ」


 それを見ていた別の男が口を出す。


 「じゃあどうする」


 「……ちょっとだけ、だな」


 試しながら、手を動かす。


 ぎこちない。


 だが――


 確かに、“考えている”。


 その様子を見て、耕太は小さく目を細めた。


 (広がってるな)


 教えたわけではない。


 押し付けたわけでもない。


 ただ、やってみせただけだ。


 それでも――


 「十分だろ」


 ぽつりと呟く。


---


 「コータ」


 カクが声をかけてくる。


 「なんだ」


 「これ、どう思う」


 手に持っているのは、調整途中の椅子。


 耕太は軽く確認する。


 座る。揺らす。


 「……悪くない」


 「まだ良くできるよな」


 「できるな」


 カクは少しだけ笑う。


 その顔には、迷いがなかった。


 「やってみる」


 それだけ言って、また手を動かす。


 耕太はそれを止めない。


 もう、止める必要はない。


 (自分で回ってる)


 そう思う。


 “こだわり”は、もう他人から与えられるものではない。


 自分の中で生まれ、動いていくものになっていた。


---


 少し離れた場所で、神がその光景を見ている。


 「……いいねぇ」


 静かに、満足そうに呟く。


 かつては、何も起こらなかった世界。


 誰も競わず、誰も工夫しなかった世界。


 それが今は――


 ほんの少しだけ、揺れている。


 「争いはない。競争もない」


 それでも。


 「“もっと良くしたい”と思うやつがいる」


 それだけで、十分だった。


 大きな変化はいらない。


 ほんの小さな違いでいい。


 「これくらいが、ちょうどいい」


 神は小さく笑う。


---


 市場では、今日も人が集まる。


 壊れていないものを持って。


 少しだけ良くしたいと願って。


 その中心で――


 耕太はいつも通り、手を動かす。


 「……まあ、悪くない」


 ぽつりと呟く。


 元の世界に帰れるかどうかは、まだ分からない。


 理由も、目的も、はっきりしないまま。


 それでも。


 目の前にはやることがある。


 手を動かせば、少しだけ良くなる。


 それで十分だ。


 隣では、カクが同じように手を動かしている。


 少し前より、ずっと迷いなく。


 その音が、静かに重なる。


 削る音。


 考える時間。


 そして――


 ほんの少しだけ、良くなっていく日常。


 それが、この世界に生まれた変化だった。


 静かで、確かな揺らぎ。


 その中心で、職人は今日も手を動かす。


 ――こだわりは、世界を揺らす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ