番外:寄木細工のからくり箱と少女ミュカ
昼下がり。
市場の端で、コータはいつものように手を動かしていた。
削る音が、静かに続く。
隣でカクが唸る。
「……これ、どこ削るんだよ」
「触って見ろ」
「見てるって。分かんねえんだよ」
コータは一瞬だけ手を止める。
「“どこが気になるか”で見ろ」
短いが、少しだけ補足が入る。
「……あー、そこかよ」
カクがもう一度椅子に触れる。
――そのとき。
「……あの」
小さな声。
ふたりが顔を上げる。
少女が箱を抱えて立っていた。
「ここって……直してくれるところ、ですよね?」
「見る」
コータが短く答える。
カクが続ける。
「まあ、直すっていうか、良くする感じだけどな」
ミュカは少しだけ安心したように頷く。
「これを……開けてほしくて」
箱を差し出す。
コータが受け取る。
「寄木だな」
「それ分かるのか?」
「仕掛け箱だ。壊さないと開かない作りもある」
カクが顔をしかめる。
「え、それダメなやつじゃね?」
ミュカがすぐに首を振る。
「壊さないで、開けてほしいんです」
少し強い声。
コータは箱を見たまま言う。
「難しい」
正直な一言。
ミュカの表情が曇る。
――そこで、少しだけ間が空く。
コータが続ける。
「でも、やる」
さらに一言、足す。
「壊さずに開く形なら、必ずどこかに“動く理由”がある」
カクが少し驚いた顔をする。
(今日ちょっと喋るな)
とは言わないが、顔に出ている。
「カク」
「はいはい」
「見ろ。違和感を探せ」
「違和感ね……」
カクが箱を観察する。
「全部同じに見えるんだけど」
「同じにはならない」
コータが続ける。
「人が作ってる。必ずズレる」
「……あ」
カクの目が変わる。
「ここ、ちょっと段差ある」
「そこだ」
短い肯定。
だがすぐに続く。
「押すな。滑らせろ」
「おう」
カクが動かす。
――動かない。
「動かねえぞ」
コータが手を添える。
指先で、横にずらす。
カチリ。
「おおっ!」
ミュカが小さく息をのむ。
コータが言う。
「一つじゃない。順番がある」
「めんどくせえな……でも分かる」
試行錯誤が続く。
「これじゃね?」
「違う」
「さっきの方が良かった気がする」
「戻せ。今の動き、覚えろ」
「え、覚えんのかよ」
コータが少しだけ言葉を足す。
「“なんとなく”でやると、同じ場所に戻れない」
カクが一瞬止まる。
「……あー、それ前も言ってたな」
「同じだ」
短いが、繋がる言葉。
「……あ」
カクが気づく。
「これ連動してる」
「どこが」
「ここ動かすと、こっちズレる」
コータはすぐに確認する。
「いい」
一言。
そして、ほんの少しだけ続ける。
「見えてきてる」
カクが一瞬だけ黙る。
「……マジか」
少しだけ嬉しそうに笑う。
最後の一手。
カチリ。
箱が開く。
「……開いた」
カクの声。
ミュカがそっと中を見る。
指輪。
「お母さんの……」
震える声。
しばらくして、顔を上げる。
「ありがとうございます」
コータは言う。
「壊してない」
カクがすぐ突っ込む。
「いや、そこじゃねえって」
ミュカが少し笑う。
「でも、それが一番大事なんです」
「これも……直してくれたんですか?」
箱を見ながら言う。
コータは少し考える。
ほんの一拍。
「直してない」
いつもの答え。
でも、そこで終わらない。
「元の動きに戻しただけだ」
さらに――
「作ったやつが、そう動くようにしてる」
ミュカは静かに頷く。
「……ちゃんと意味があったんですね」
「ああ」
短い肯定。
ミュカが帰ったあと。
カクがぽつり。
「なあコータ」
「なんだ」
「今日ちょっと喋るじゃん」
「必要だった」
「出たよそれ」
笑う。
コータは工具を動かしながら言う。
「伝わらないと意味がない時もある」
カクが少しだけ驚く。
「……へえ」
少し間。
「じゃあさ」
「なんだ」
「さっきの箱、どこが一番むずかった?」
コータは手を止めない。
「全部だ」
「雑だな!」
カクが笑う。
そのあと、コータが少しだけ付け足す。
「でも」
ほんの一言。
「お前、途中から見えてた」
カクが止まる。
「……マジで?」
「ああ」
それだけ。
でも十分だった。
カクは少しだけ照れたように笑う。
「……じゃあ、次は最初から見えるようにするわ」
「そうしろ」
コータはいつも通り手を動かす。カクも同じように作業に戻る。
どこか似てきた2人はただ目の前の作業に集中する。
お読みいただきありがとうございます。
ひとまずここで完結ということで。
ネタが思いついたら続きも書くかも??




