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第4話:ちょっと良くします

 「それ、何?」


 声をかけてきたのは、買い物帰りらしい年配の女性だった。


 耕太は手元の紙を軽く持ち上げる。


 「修理」


 「修理?」


 「壊れたやつ、直す」


 簡潔な説明に、女性は紙を覗き込む。


 『修理します。ついでにちょっと良くします』


 「……ちょっと良くするって何?」


 「気になるとこ、直す」


 「壊れてなくても?」


 「気になるなら」


 女性は少しだけ考えてから、「へえ」と頷いた。


 「じゃあ、ちょっと見てもらおうかしら」


 そう言って取り出したのは、小ぶりな木の椅子だった。


 「これね、ガタつくのよ」


 「見せて」


 受け取って、軽く揺らす。


 一瞬で分かる。


 「ここだな」


 脚の接合部。わずかなズレ。


 「削って合わせる。あと少し補強」


 「そんなにやるの?」


 「やる」


 理由は単純だ。


 そのままだと、気になる。


 耕太は工具を取り出し、その場で作業を始める。


 削る音が、小さく響く。


 最初は気にしていなかった周囲の人間も、少しずつ視線を向け始めた。


 黙々と手を動かす。


 ズレを見て、削る。

 合わせて、確認する。


 ほんのわずかな調整を、何度も繰り返す。


 「……そんな細かくやるんだねえ」


 女性が感心したように言う。


 耕太は答えない。


 手を止めない。


 やがて、補強を入れて、全体を整える。


 最後にもう一度、軽く揺らす。


 ――問題ない。


 「終わり」


 椅子を差し出す。


 「え、もう?」


 女性は半信半疑のまま腰を下ろす。


 そして――


 「あら?」


 小さく声を上げた。


 体を揺らす。

 前後に動く。


 「……なにこれ」


 もう一度、座り直す。


 「全然揺れないし……なんか、座りやすいんだけど」


 周囲にいた人たちも、興味を持って覗き込む。


 同じ椅子のはずなのに、明らかに違う。


 それだけは誰の目にも分かった。


 「少し角度も直した」


 「そこまでやるの!?」


 女性が思わず声を上げる。


 耕太は肩をすくめる。


 「気になったから」


 それだけ。


 だが――


 その一言に、妙な説得力があった。


 「いくら?」


 「……適当でいい」


 「適当ってなに!?」


 笑いながらも、女性はしっかりと代金を置いた。


 「またお願いするかもね」


 椅子を持って去っていく。


 その背中を見送りながら、耕太は小さく息を吐いた。


 すると――


 「それ、俺のも見てくれないか?」


 別の男が声をかけてきた。


 手には、少し歪んだ棚。


 「これもなんか、使いにくくてな」


 「見る」


 耕太は短く答える。


 さらに後ろから声が続く。


 「こっちもいいか?」

 「壊れてないんだけど、ちょっと気になるんだ」

 「なんか違う気がするんだよな」


 気がつけば、人が集まっていた。


 耕太はそれを見て、少しだけ目を細める。


 「……まあ、いいか」


 やることは変わらない。


 気になるなら、直す。


 それだけだ。


 工具を手に取り、次の品に触れる。


 その手は迷いなく動く。


 ――この日を境に、“ちょっと良くする”という考えが、この場所に生まれた。

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