第3話:困らなければそれでいい
市場は、小屋から歩いて十五分ほどの場所にあった。
思っていたより、いい立地だ。
人通りは多い。
だが騒がしくはない。
呼び込みの声もどこか穏やかで、全体的に落ち着いている。
「……平和だな」
耕太はぼそりと呟く。
争いの気配はない。
焦りもない。
悪くはない。
だが――
「なんか、引っかかるな」
理由はまだ分からない。
その違和感を抱えたまま、店先を見て回る。
野菜。果物。日用品。
そして――
「……ん?」
手が止まった。
並べられていた椅子の一つを持ち上げる。
軽く揺らす。
わずかに、ぐらついた。
「あー……これ」
指で押してみる。
やはりバランスが甘い。
「それ、買うのかい?」
店主が声をかけてくる。
「いや」
耕太は首を振る。
「ちょっと作りが甘い。ここ、ズレてるし補強も足りない」
店主はきょとんとした顔をした。
「でも使えるよ?」
「使えるけど、そのうち歪む」
「でも困らないしなあ」
あっさりと返される。
迷いも、疑問もない。
それが当たり前だと言わんばかりの口調。
「……そうか」
耕太は椅子を元に戻す。
その言葉で、理解した。
(なるほどな)
この世界は――
“困らなければ、それでいい”で止まる。
それ以上を求める理由が、最初から存在していない。
だから、直さない。
だから、工夫しない。
だから――
「静か、なのか」
ぽつりと呟く。
ふと、昔の客を思い出す。
「とりあえず安く済ませて」
「使えればいいから」
そう言っていた人たち。
耕太はそういう仕事を断ってきた。
中途半端が、気持ち悪いからだ。
「……まあ」
少しだけ考えて、結論を出す。
「関係ないな」
この世界がどうであれ、自分は変わらない。
やることは一つ。
気になるなら、直す。
それだけだ。
「……仕事、作るか」
近くの店で紙を借りる。
ついでに、炭も。
さらさらと書く。
『修理します。ついでにちょっと良くします』
書いてから、少しだけ考える。
「……“ちょっと”って説明しづらいな」
だが、まあいい。
分かるやつには分かる。
分からないなら、それまでだ。
紙を持って、耕太は市場の端に腰を下ろした。
風がゆっくりと吹く。
人が通り過ぎる。
誰も足を止めない。
それでも、耕太は動かない。
急ぐ理由がない。
やがて――
「それ、何?」
声がかかった。
顔を上げる。
最初の客だった。




