アニー・コーマック
どうでもいい話
転生前ラウル君は、幽霊に膝蹴りをぶちかました事がある。
会合が始まってから15分で、ミストルテインを除く最大手レギオン5つは諦めムードに突入したのは言うまでもないと思う。
今回の会合の議題は協商連合とミストルテインの軍事衝突について。両者の紛争が長引けば第二次天地戦争を誘発しかねないし、既に今回の軍事衝突を受けて世界経済に少なくない影響が生じている。レギオンはその名の通り冒険者ギルドの集合体のような組織で、冒険者稼業以外にも色々と手広く事業を展開しているのだ。我々のような大手レギオンの規模にもなれば、拠点のある国や地域の経済を支えていると言ってもいいだろう。
というわけでこれ以上の紛争継続は、当事者含め誰の得にもならないからやめましょうね、というのが今回の会合の趣旨。それにはこちらも全面的に同意するしこれ以上の紛争継続は本意ではないので、落ち着きましょうねやめましょうね、とみんなでミストルテインを諫めているのではあるが、しかし当のミストルテインが一歩も譲らない。
やれ「カッパドキアは我らの領土だ」だの「掠め取っていったのはあの泥棒猫だ」と、発言は落ち着き丁寧なトーンになったものの依然として主張は変わらず、カッパドキアの割譲を要求してくる始末。
もしこれがこう、こちらに落ち度のある案件だったら多少は妥協して要求を呑んでやっても良かったのだが、しかし(非公式な強盗行為は置いといて)カッパドキアはこちらが先代代表から許可をもらい、購入のための巨額の資金を支払って正式に購入した浮遊大陸である。
国際法に照らし合わせてもこちらに一切の落ち度はなく、ミストルテインの越境行為に加えて軍事侵攻は明確な侵略行為でしかない。
こんな相手にどう妥協しろと言うのか。
そもそも、連中が躍起になっているのはあの大陸に未知の技術の塊―――テンプル騎士団の空中艦が眠っていた事に起因する。正式な譲渡の後、こちらが入植地として開発をする過程で発見した産物なのだ。こちらだって買った土地を掘ってたらいきなり未知の超技術が出てきたわけなのだから。
それを後になって「返せ」というのも無理な話である。
―――まあ、これらすべては分かっていた事なのだが。
そして―――これから起こる事も。
「どうするのよ、アレ」
午前中の会合が終わり、昼食と休憩時間を挟んで15時から午後の会合が始まる―――それまでの間はS&D代表のアニーとの個別会談の時間として有効活用していた。
6大レギオンの中でも友好的な関係にあるレギオンである。イライナや対消滅機関絡みの関係で何度か顔合わせしているし、まあそれなりに親しい間柄だ。
「どうするも何も。向こうがあの勢いじゃあねえ」
「もうカッパドキアにはその、テンプル騎士団とかいう連中の技術は眠ってないんでしょう?」
「ああ。どこにでもある住みやすい浮遊大陸だよ、ただのね」
「連中に渡す―――って選択肢はないのよね?」
「まあね」
協商連合で受け入れている奴隷たちや傷痍軍人、その他の難民たち―――その受け入れ人数にも限度がある。
アルカディアの面積は日本の北海道と同じくらいだ。最新技術で居住環境は整っているし、気流結節点が存在するおかげで防護も強固。更には戦闘人形やドローンを中核とした最新技術の軍隊で守られている。
そんな浮遊大陸が、世界中で爪弾きにされた人間を無条件で受け入れているというのだからそりゃあ難民も殺到してくるというもの。受け入れ人数の急増もあって人口は右肩上がりとなっており、大陸内の経済状況も良く好景気という事もあってベビーブームが到来しつつある。
開発できる土地も段々と減少しているため、今の協商連合にとっては住民を住まわせるための『入植地』の確保が課題となっているのだ。
カッパドキアも、その一環としてミストルテインから購入し今の座標まで移動させてきた浮遊大陸の1つ。居住環境が整っているのならば尚更手放すわけにはいかない。あんな国際法をガン無視して侵略してくるような連中に返還するなどもってのほかである。
「どうする? S&Dで仲裁しようか? 何か良い条件を提示してやれば連中も引き下がるんじゃない?」
「いや、大丈夫」
問題ないよ、と付け加えたところで、クラリスが中華茶を持ってきてくれた。
もう1人、和服姿の獣人女性がクラリスと一緒に中華茶を持ってきたのが視界の隅に映る。暴龍同盟の使用人ではないようだ(暴龍同盟の使用人だったらチーパオ姿である)。
ん、S&Dにあんな和服姿の子居たかな、と思いながら中華茶を冷ましつつ啜っていると、すぐ隣から彼女とアニーの親し気なやり取りをする声が聴こえてきた。
「ボス、中華茶をお持ち致しましたわ」
「うん、ありがとうしゃもじ」
「ブフーッ!?」
「ご主人様!?」
げほげほと咳き込みながらもハンカチで口元を拭き取り、隣へと視線を向けるミカエル君。そこにはアニーと一緒にびっくりしながらこちらを見つめるエゾクロテン獣人の少女が、「あの、私何かやっちゃいました?」的な視線を投げかけてくる。
見知った顔だった。
いや、雪船家の船があった(※アニーが乗ってきたものらしい)時点で彼女もこっちにいるであろう事は薄々勘付いていたのだが、よもやアニーと一緒にいるとは思わなかった。
落ち着け、彼女は俺の知っている雪船ハナとは違うのだ。そう、中身が違う。俺の知ってる彼女は中身転生者だったけどこっちの彼女は違う筈だ。雰囲気が全然違う。あの、海鮮喰えなかったからって理由でエンシェントドラゴンの首を刎ねるようなやべー女とは別人だろう。
「し、失敬……その人は? 見ない顔だけど」
問うと、彼女はお淑やかな大和撫子の如く一礼して名を名乗った……俺もよく知っている、彼女の本名を。
「初めまして、ボス……アニー様の付き人をさせていただいています、【雪船ハナ】と申します。どうぞよしなに」
「あ、ああ……ミカエル・パヴリチェンコ。協商連合の代表やってます」
よろしく、と自己紹介を済ませて確信する。やっぱり別人だ、と。
「彼女ねぇ、なかなか素質あるのよ。魔術学校では”鈴蘭のハナ”なんて呼ばれてたらしくてね」
「まあ、ボスってば。褒めても何も出ませんわ♪」
鈴蘭……鈴蘭か。確か毒草なんだよなアレ。
中身が違うだけでこうも変わるのか……あまり比べ過ぎたら次元の壁を越えて『殺すわよ』ってデスエゾクロテンが出てきそうだからこの辺にしておこう。
「で、さ」
中華茶の湯気でアビエータースタイルのサングラスを曇らせながら、アニーは話題を切り替えた。
声のトーンで分かる。そろそろ本題に入りたいんだけど、というニュアンスが声音から滲んでいた。
「お宅のところの新人……”ラウル・エルマータ”君。彼、序列30位の転生者倒したんだってね」
「耳聡いな」
「まあね、ウチの巫女がマザーに問い合わせてるし」
ちらり、とアニーの隣に立つ牧師の服に身を包んだ彼女の巫女―――メリーに視線を向けた。一言も言葉を発さず、ただ黙って転生者×2の個別会談の成り行きを見守っているように見える。
さて、巫女がいる時点でお分かりだと思うが……目の前にいる彼女、アニー・コーマックは序列4位の転生者である。
協商連合がそうであるように、戦後に発足した新興レギオンがこうも大躍進したのは指導者の手腕によるものが大きい。特に、前世の世界の知識とユニークスキルとかいうチート能力を手にしている転生者がそのトップならば理屈も通るというものだ。
「とりあえず、おめでとう。序列圏外が30位撃破って下剋上も良いところじゃない」
「ありがとう、”彼”にも伝えておくよ。もっとも天地戦争で転生者も大勢死んだからね。繰り上げで30位になった奴を倒したところで……ってところだけど」
「辛口ね。あなたにしては珍しく」
「それだけ期待してるって事だよ。で、アイツの話を始めたって事はただウチの新人を労うだけってわけじゃあないんだろ?」
「そう……30位の、何だっけ。あのカシスオレンジみたいな名前の奴」
「弱者の名前なんかいちいち記憶してる趣味はないんだ。で、聞きたいのはアイツの巫女がなぜ生きているか……違う?」
「あなたと話してると話が早く進むから助かるわ」
ニッ、と笑みを浮かべながら、彼女は肩をすくめた。
「―――削除の途中で巫女のメダリオンを叩き割ったんだそうだ」
「それでマザーとの通信が切れて……なるほど、そんな裏技があったのね」
傍らに立つメリーは少し驚いたような表情をしていた。まあ、無理もないだろう。彼女ら巫女にとってマザーとは絶対神のような存在である。そしてそのマザーとの交信、そして不安や悲しみ、絶望、怒り……あらゆる感情の揺らぎを(マザーの判断で)取り除き”調律”するための触媒があのメダリオンなのだ。
アレがなくなれば、巫女はただの人間に成り下がる。それが巫女たちにとってどれだけの絶望か―――語るまでもあるまい。
「なるほど、ありがとう」
「で、それだけではないだろう?」
コポコポ……と中華茶のおかわりを淹れてくれるクラリス。本当に気遣いのできる巫女だ。俺なんかにはもったいない。
「―――カッパドキア紛争の時、随分探りを入れてたみたいじゃあないか」
アニーならば動くだろうな、とは思っていた―――いや、そうなるだろうなという確信があった。
協商連合による、戦略級の新兵器の投入。そんなパワーバランス崩壊の序章を黙って見ているほど、彼女は愚かではない。むしろ各方面に向かってアンテナを立ててはどんなに小さな情報だろうと仕入れ、最新のPCもびっくりの解像度で真理まで至ってしまう。
どうせあの戦乱のどさくさに紛れ、グローバルアイの1機や2機でも飛ばして見張っていたのだろう。こっちの観測できない戦闘空域外から。
「そう、ね。それについても聞こうと思ってたの」
だろうな。
あんな超兵器を世に放ったのだ。探られない方がおかしい。
「―――あんなものを造って、いったいどうするつもり?」
「俺が全部のレギオンを牛耳ろうという下らん野望を持っているとでも?」
「いいえ、そこまであなたを見くびってはいないわ。ただ私の知り合いが、とんでもなく危険な火遊びをしているように見えたから」
危険な火遊び、とは適切な例えだ。
力こそ全て―――確かにまあ、それはそうだ。100点満点だったら80点はあげてもいいだろう。
力の使いどころを見誤ってはならない。強大すぎる力は身を滅ぼすし、見せつける瞬間と状況を見誤ればより大きな力を呼び寄せる。いつの時代もそうだ。”力は力によって滅ぼされる”。
「ミストルテインの主力艦隊を殲滅できるあの威力……今回の議題には挙がってないけど、他のレギオンも注視している筈よ」
「心配ご無用。大惨事にはしないと約束する」
「……それもあなたが”視た”結果の確信なのかしら?」
「どうだろうね」
ぐいっ、と中華茶を一気に飲み干した。
そろそろ午後の会合が始まる。
そして―――俺が懸念していた事態も。
ここまでは、しゃもじが居た事を除いては全て予想通りに動いている。
そしてこれからもきっと、予想した通りにシナリオは推移していくのだろう。
『すべてはこれから起こる事』―――なんとも退屈な人生である。
「待って」
「まだ何か?」
「情報を教えてくれた礼に一つ―――今回の紛争、ミストルテインを炊きつけた奴が居るわ」
―――やっぱりそうか。
俺が”視た”どの結果も同じだった。ミストルテインが単体で、今回の領空侵犯と侵略に踏み切るとは何とも考えられなかった。いくら俺たちに散々煮え湯を飲まされた挙句、テンプル騎士団の遺産という未知の技術を目にしたとしても、ミストルテインは明確に国際法を破ってまであの規模の侵略に動く事など無かった。
「どうも、もう一度戦争を起こしたがっている奴が居るみたいね」
「―――なんともまあ、迷惑な話だ」
―――ヘンリック。
やはりあいつだ。アニーの情報提供で確信した。
ヘンリック・アンデルセン。天地戦争の獣人側の英雄で、数多の二つ名を持つ英雄。拳一つで戦場を駆け抜けては死体の山を築き上げ、あの100年も続いた大戦争の只中でただ一人、戦争を心の底から楽しんでいた異常者。
今の平和な世の中は、あの根っからの戦争狂にはさぞ居心地が悪いのだろう。だから各地の紛争地帯を練り歩いて渇きを癒しては、しかし再び大戦争が起こる日を夢見ている。そういう男だ。
「さ、午後の会合が始まる……そろそろ行こうか」
あと1時間、か。
さて―――どう転ぶか。
どうでもいい話
転生前ラウル君は、金縛りを筋力でぶち破った事がある。




