事態急変
ヴォイテク「ミカエル君&ラウル君の肉球スタンプ、好評発売中」
ミカ&ラウ「Huh??? H u h ? ? ? 」
レギオン会合と同時刻
浮遊大陸『ルビコンE-89』
《10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0》
竜人語のカウントダウンが終わると同時に、ごう、と爆音にも似た轟音が未明の空に響き渡った。
ラッパ状のノズルから吹き上げられる噴煙。ロケット燃料の爆発的な燃焼と、それで得られる推力に背中を押されて―――回遊型浮遊大陸『ルビコンE-89』が、その1900㎢の巨体を緩やかに、しかし徐々に加速させて、本来の軌道から逸脱し始めていた。
「Machinae rochetae ab 1 ad 100 feliciter accensae sunt(第1から第100ロケットエンジン、正常に点火)」
「Machinae ab numero 101 ad numerum 200 ad ignitionem paratae sunt(第101から第200番エンジン、点火準備ヨシ)」
軌道を離れ、徐々に予定通りのコースへと遷移していく浮遊大陸ルビコンE-89の巨大な後ろ姿を見送りながら、ミストルテイン艦隊の空中巡洋戦艦『ソリ・デオ・グロリアCCX』の艦長はまるで、取り返しのつかない事をしてしまったかのような、しかしもう後戻りはできないのだと覚悟を決めるような表情で、艦長席のアームレストをぎゅっと握っていた。
ルビコンE-89に取り付けられてるジェットエンジンは、空中艦を浮遊大陸の重力圏から離脱させるための外付け式ロケットブースターだ。その中でも特に大型艦、戦艦や”重戦艦”用のハイパワータイプを勢力圏の中からとにかくかき集め、比較的動かしやすい回遊型浮遊大陸に設置。その軌道の偏向を試みたというわけである。
綿密な計算の上にそれは成功し、今やルビコンE-89は元々決まっていた回遊コースを逸脱して、遥か空の果てへと飛び立とうとしている。
それを追うように、ソリ・デオ・グロリアCCX指揮下の20隻余りのミストルテイン艦隊も増速。空の彼方へと飛び去っていかんとするルビコンE-89に追随していく。
―――この一撃は、本当に今の状況を覆す一手なのか。
全てはミストルテインの首領、ブルータスからの命令。
協商連合にナメられたままでは終われない―――天地戦争では自由天空連合の一翼を担い、それ以前からも空を統べる竜人の艦隊として名を馳せてきたミストルテイン。しかしその栄光も今は昔、現在では過去の栄光に縋り新興レギオンの後塵を拝すばかりの斜陽レギオンである。
新興レギオンに身の程を思い知らせる―――そんな事のために、取り返しのつかない作戦を実行に移そうとしている組織に、ソリ・デオ・グロリアCCXの艦長も、そして艦橋にいる乗組員たちも懸念を抱いていた。
こんな事をして何になるというのか。
こんな―――こんな、天地戦争以来のおぞましい作戦の果てに待ち受ける結果が、本当に良いものなのか。
しかし組織のトップからの命令は絶対である。
組織とは、軍隊とはそういうものだ。
「Capitane, nuntium accepimus a nave praetoria classis diversionis, "VictoriaCCX," operationem incepisse(艦長、陽動艦隊旗艦『ウィクトーリアCCX』より作戦開始の通告が)」
「……Alea iacta est(賽は投げられた、か)」
腹を括り、ソリ・デオ・グロリアCCXの艦長は窓ガラスの向こうを睨む。
「Omnes naves maxima celeritate! Scopus noster: sedes Foederis Ententiae, "Arcadia"!(全艦最大戦速! 目標、協商連合本部『アルカディア』!)」
こちらに落ち度も妥協の余地もなく、しかし相手が一方的に屈服を強いる場合の穏便な解決方法というものがもし存在するのならば、ぜひともご教授願いたいものである。
用意された中華茶を優雅に啜りながら、ミカエルは表情一つ変えず、しかし内心代わり映えの無いミストルテイン側からの一方的な要求にうんざりしていた。
彼らの要求は『浮遊大陸カッパドキアの即時返還』である。
ミカエルたち協商連合がその要求に応じれば済む話ではあるが、しかし協商連合としてもそれに応じる事の出来ない事情がある。
カッパドキア紛争終結後、浮遊大陸カッパドキアは協商連合で受け入れている難民のための入植地として整備が始まっているのだ。第一、今の場所までカッパドキアを移動させて来るのにも莫大なコストを割いているし、開発も進んでいて一部地域では既に入植者の受け入れも始まっている。
それを、武力をちらつかせながら「返せ」と迫ってくる相手に応じる義理が果たしてあるのだろうか?
それも相手から奪ったわけでもなく、正式に許可を得て、相応の対価を支払い双方の合意の下で正式に譲渡された浮遊大陸である。一度決まった決定を覆すなど、相手は”契約”という概念をよく理解できないまま大人になってしまったのではないだろうか。
(あー、うっぜ)
表情を変えず茶を啜り、月餅を口へと運ぶミカエル。よく噛んでから呑み込みもう一度茶を啜り、口の中の甘みを芳醇な香りで洗い流してから、彼女は反論する。
「ですから、そう捲し立てられてもこちらの立場は変わりません。あの浮遊大陸はそちらの先代代表との取り決めで譲渡を受けた我らの領土です。そちらに対し相応の対価も支払っています。返せというのならばせめて返金対応とそれなりの猶予を与えて頂かねばなりますまい」
まあ、無理だろうな―――目を細めながらミカエルは断ずる。
今のミストルテインはかなり懐事情が厳しい。カッパドキア沖での戦闘で主力艦隊を喪失し、失った分の戦力の補填に躍起になっている状態だ。しかもつい最近、フレイヤ率いるトランス・コンチネンタル・エアライナーとくまさんハウスの合同作戦で資金源の1つであるサン・パライソ島を失ったばかりである。
かなり厳しい経営状態にある事は、水面下で情報交換をしているS&Dからの情報提供でも裏付けが取れている。
元々、戦後の時点でミストルテインは厳しい資金繰りを強いられていた。如何せん天地戦争での損失が激しく、戦後の経営は基本的に戦時中のミストルテインが遺した遺産を切り崩しながらなんとか持ちこたえていたような有様なのだ。
そんなボロボロな経営状況だったから、カッパドキア購入の打診には目先の利益欲しさにすぐ飛びついてきたというわけだ。何とも考えの浅い経営陣である。
会社であればそろそろ破産申請をしていてもおかしくないレベルの苦境にあるミストルテイン。カッパドキアを買い戻すだけの金が、この斜陽レギオンに果たして用意できるものか。
力による恫喝に訴えかけているのも理由はそれだろう。占領し有耶無耶にできればそれでよし、先頭の泥沼化からの第二次天地戦争勃発を恐れた協商連合は本気を出せない、と踏んでの武力行使なのかもしれない。
そういうロジックでのこの行動ならば、あの強気な姿勢も理解できるというものだ(やられる側はたまったもんじゃないが)。
「あれは無知蒙昧な先代の経営陣が勝手に決めた事、我らの総意ではない」
「しかし契約は契約です。あなた方の総意でなかったとしても、それは組織の節々までその意見を浸透させられなかった先代経営陣の落ち度に他なりますまい。あなた方はまず、矛を収め、腰を据えて対話で解決する事を学ぶべきだ」
説き伏せるように、落ち着いた物腰で言葉を投げ返す。
すると眉間に皺を寄せるブルータス代表の傍らへと駆け寄った秘書官らしき人物が、彼にそっと耳打ちをした。
ブルータスの怒り狂ったような表情に余裕が生まれたのは、それからだった。
―――始まった。
開演のベルが鳴ったと断ずるに、それだけで十分だった。
「会合中失礼します」
深々と一礼したシェリルが、いつも通りの無表情を貼り付けながらミカエルの傍らへと歩み寄る。赤い唇を耳元へと寄せるなり、淡々と事実だけを述べた。
「―――ミストルテインが再び侵攻を開始しました」
「……うん、ありがとう」
短く応じ、視線をブルータスへと投げかける。
先ほどまでの怒り狂った表情はどこへやら、今ではもう勝ち誇ったような笑みを顔に貼り付けて腕を組んでいた。まるで「今すぐ土下座して許しを請うなら何とかしてやる」と言わんばかりの嘲るような笑みに、隣に立っているクラリスが拳を握り締める。
落ち着いて、と銀色の瞳でクラリスを射抜くミカエル。感情的になっては何も良い事はない―――怒り狂いたくなる局面こそむしろ冷めるべきだ、というのは彼女の持論だ。何事も淡々とタスクを処理していくだけでいい。タスク消化というシチュエーションにおいては、感情とは完全なノイズでしかないのだ。
人間としての自分と機械としての自分―――都合のいい自分という仮面を使い分ける事こそが人生を成功に導くカギである、とミカエルは信じている。
「なるほど、これがあなた方の”答え”ですか」
「―――そちらの対応に対し、こちらも相応の手を打ったまでの事です」
「ミカエル殿、いったい何が」
「協商連合領にミストルテインの残存艦隊が襲撃を仕掛けた模様です」
議場がざわついた。
前々からこの動きを察知していたのであろうアニーだけは、腕を組み茶を啜る余裕を見せていた。彼女のレギオン”S&D”は、ミストルテインと不可侵条約を結んでいる。人材の交流もそれなりにあり、そういった部分から情報を得ているのだろう。
「ブルータス殿、何という事を!」
「正気なのか!? 会合中に軍事侵攻など!」
「今迂闊に紛争を本格化させればどうなるか分かっているのか!?」
他のレギオンからも非難の声が飛んだ。
それもそうだ。紛争の平和的解決のために対話の場をセッティングしたというのに、当事者の片割れがそれを反故にするかの如き暴挙でそれに応えたのだ。いわば他の5大レギオンの面子に泥を塗ったようなものである。
「それだけではありますまい」
静かな―――しかし確かな怒りを含んだミカエルの声は、怒号飛び交う議場の中に良く響いた。
「―――艦隊を陽動にした、浮遊大陸アルカディアへの大陸落とし」
まだ公表すらしていない作戦内容だった。
極秘中の極秘である―――残存艦隊を囮とし、協商連合の注意がそちらに向けられている間に、ありったけのロケットエンジンで軌道を偏向した浮遊大陸『ルビコンE-89』をアルカディアへ落とすという、”浮遊大陸に対する大陸落とし”。
前代未聞の作戦内容に―――そしてそれを、知るはずのない相手に言い当てられたブルータスの表情が明らかに凍り付いた。
物の怪を見るような目だった。
それこそミストルテイン内部に、こんなにも早く情報を漏洩させられるような中枢にまで入り込んだ工作員か裏切者が居るか―――未来を見ない限りは知り得ない情報だったからだ。
ミカエルの言い放ったミストルテインの作戦とブルータスの表情で、その場にいる誰もがそれを事実と認めるのに十分だった。
先ほどまでは顔色一つ変えていなかったアニーですら、信じられないといったような表情でミカエルを見つめるばかりである。
「自分たちの要求を押し通すならば武力行使も厭わない。そして我らの大陸にいる何の罪もない人々を蹂躙する事すら躊躇しない。それがミストルテインのやり方か。我らの大陸には、あなた方の同胞も居るのですぞ」
「な、何故……なぜそれを」
「我々も対話での解決を模索していましたが、事態がこうなってしまった以上は致し方ない。理不尽な暴力には理不尽な暴力で応じさせていただく」
よろしいですな―――言外にそう述べながら、視線をブルータスとリーフェイ代表へと向けた。
もはや議場は、ミカエルの独り舞台だった。誰も異論を差し挟めない。誰もその決定を覆せない。覆したい、阻止したいという思惑を胸に抱けど、しかしそれを実行しても止められないという妙な確信がそこにはある。
まるで世界そのものが、ミカエルを中心に回っているかのよう。
まるで運命そのものが、ミカエルの言葉の辻褄を合わせるために動いているかのよう。
まるで彼女そのものが、女神に愛されているかのよう。
全てを見透かし、総てに先んじ、故に誰も彼女を阻めない。
全知全能、オールノウイング―――数多の転生者、その頂点に立つが所以。
「ブルータス殿、覚えておくといい」
ここまでは全て彼女の”視た”通りの展開―――故に驚きも何も無い。
しかしその顔には怒りがあった。もしかしたら、もしかしたらと期待していたそれを裏切られた怒り。無防備な市民たちにまで矛を向けられた怒り。つまらない矜持のために命を弄ぶ者への怒り。
その言葉が血を、肉を得たかのように、確かに議場の隅々まで響き渡る。
「我々協商連合は、屈服を強いる相手には断じて膝を折らない」
力は、それ以上の力で叩き潰すのみである。
※巡洋戦艦ソリ・デオ・グロリアCCXですが、名前についている『CCX』はローマ数字で『210』を意味しています。ⅡとかⅢ的なアレです。つまり【ソリ・デオ・グロリアという名を名乗っている210代目の艦】という事になります。まあ戦争が100年も続いて同型艦の数が4ケタなのは当たり前というぶっ飛んだ世界なので少しもおかしくないですね(作者は疲れているようだ)
※最初は『CXCI』にしようと思ってましたがギリギリ踏み止まりました。




