ミニマムサイズの賢者
観測歴38000年 7月23日
回遊型浮遊大陸『アルカディア』回遊コース内 第一警戒ライン
モニカ、リーファ艦隊
”それ”はまるで、世界の悲鳴だった。
本来であればこの時代に存在しえない兵器―――常軌を逸したエネルギーの塊で、空間を引き裂くが如きプラズマの濁流。
複数の艦から放たれた超高出力戦略プラズマ砲【ズメイ砲】の一斉射撃。空を漂う雲を吹き飛ばし、弾道上の大気を瞬く間にプラズマ化させながら突き抜けたその一撃が、哀れにも逃げ遅れたミストルテイン艦隊を呑み込んだ。
直撃を受けた艦はプラズマに触れるよりも先に蒸発して完全消滅し、直撃を免れた艦もその余波を受けて装甲を融解、機関停止の憂き目に遭い、船体を赤く赤熱化させながら雲海へと墜落していく。
砲撃を終えた重巡洋艦『フギン』、『ムニン』、『スコル』、『ハティ』の4隻が、エンジンポッドのプロペラを逆回転させながら後進して退避。大きく解放された艦首から覗く砲身にスパークを迸らせ、白煙をたなびかせながら退避に入っていく。
それと入れ違いになるようにして前に出たのは、モニカ艦隊旗艦『スラヴァ』、リーファ艦隊旗艦『定遠』の2隻だ。
かつてのイライナ海軍の戦艦と、それを基に協商連合空軍工廠で建造された同型艦である。
前弩級戦艦を思わせる、ほぼ垂直に切り立った艦首と大きく突き出た衝角が外見上の特徴だった2隻。
しかし今は違う―――艦首に剥き出しの状態で搭載された巨大な砲身と冷却ユニットのせいなのだろう、艦首周りのシルエットは大きく様変わりしていた。
艦首方向へと大きく伸びたリーゼントの如きズメイ砲の砲身。スラヴァと定遠の基礎設計が古く、内部容積に余裕がなかった事からやむなく艦首上部ブロックを切除して、そこに冷却ユニット込みで砲身を搭載するというぶっ飛んだ構造になっているのが2隻の外見的特徴である。
なお、砲身を防護する装甲を搭載する案も存在したが、冷却の邪魔になる懸念を受けて実現しておらず、ズメイ砲の砲身は艦首に剥き出しの状態で装備されている。
当たり前である―――巡洋艦クラスに搭載されている小型ズメイ砲ならばまだしも、チェルノボーグ級に搭載されているようなフルサイズのズメイ砲を旧式艦にそのまま強引に搭載したのだ。当初の設計では想定されていなかった装備を無理矢理搭載してもなお兵器としてのバランスを欠かない辺りは、基礎設計の優秀さを賞賛するべきなのか、それともバランスを崩さぬ塩梅で仕上げた協商連合の技術陣に万雷の拍手を送るべきなのか。
砲身に蒼い輝きが宿り始める―――砲身表面を蒼いスパークがうねり始め、獣の唸り声にも似た重低音が敵艦隊を威圧する。
「ズメイ砲―――」
《―――放!(発射!)》
カッ、と蒼い輝きが弾けた。
限界まで膨張したそれが、血に飢えた獣さながらに前方の空間へと放たれる。戦艦用の3基直列型フリスチェンコ式対消滅機関、それを4基並列に搭載した両艦のズメイ砲は、しかしそれでも2%の出力に制限された状態で敵艦隊目掛けて投射された。
通常、ズメイ砲には10%までのリミッターがかけられている。
これはフルパワーで発射した際、TNT換算で145.6テラトン、すなわちかのソビエト連邦が開発した史上最強の水爆『ツァーリ・ボンバ』の300万倍にも達するとシミュレーションで恐ろしい結果が叩き出されたためである。そんなものを発射すれば舞い上がった粒子により日光が遮られ、地球規模の寒冷化―――いわゆる”核の冬”が到来するのは確実だ。
それ故に基本は10%までの出力とし、それ以上の出力での発射にはミカエルの承認が必要となるという制約が存在する。
まあ、もし仮にそれがフルパワーで発射される局面があるのだとすれば、それはまさに第27文明終焉の時なのであろう。
放たれた2発のズメイ砲は互いを求めあうかの如く螺旋状に捻じれ、やがては1つの光に融合。極太のプラズマ砲としてミストルテイン艦隊の艦列を真正面からぶち抜いた。
光に触れる事すら許されない―――直撃を待たずにその高熱で装甲を溶かされ、熱風に吹き飛ばされて、殆どの艦が蒸発していく。
直撃コースに無い艦も同じだった。プラズマ化した大気の余波を受けて装甲が大きく損傷。艦橋の窓ガラスもぶち割れて艦橋要員が瞬く間に焼死し、金属製の装甲で覆われた船体そのものが巨大な鍋と化す。艦を操るべき乗員を蒸し焼きにされ、生じたプラズマで電気系統に異常を生じた艦が航行する力を失い墜落、あるいは味方艦との激突を繰り返し、ミストルテイン艦隊は阿鼻叫喚の地獄に包まれた。
しかしそれでも、与えた被害は限定的だった。
「何なのよコイツら!」
ガァンッ、と鞘に収まったサーベルを、八つ当たりするかの如く床に打ち付けながらモニカは悪態をつく。
確かにズメイ砲は強力だ。従来の火砲よりも射程距離、威力、加害範囲の3点で申し分ない性能をしている。
しかし、それは敵が密集しているか、それとも機動力とは無縁な巨大な要塞規模の敵だからこそ真価を発揮する”大物狩り”用の兵器である。
敵艦隊もそれを理解しているのだろう……最初の一撃こそ密集隊形の敵艦隊を屠ったが、しかしそれ以降は学習したのか、艦と艦の間隔を広めに取る事で戦隊もろとも一網打尽にされるという最悪の被害を防ぎ続けているのである。
これではいくらズメイ砲搭載艦を揃えたところで、効率が悪い戦いを続けざるを得ない。
《敵、学んだネ》
「あーもう、うざったいわねぇ! 砲身冷却急いで!」
砲撃を終えたスラヴァと定遠が後退に転じる。その下方から入れ違いになるようにフギンとムニン、スコル、ハティの4隻が前に出てくる。
小型ズメイ砲による一斉射を指揮しつつ、スラヴァを一旦後方へ下がらせるモニカ。艦首上部に舳先と差し替える形で搭載された砲身に、専用の冷却材が注入されていく。
艦首側面の放熱パネルが大きく展開、蒸発した冷却液が蒸気となって排出されていった。
「艦長、カーチャ艦隊より入電!」
「何事?」
「はっ……”第二警戒線北北東、高度3500m、アルカディアニ向カウ浮遊大陸見ユ”、以上です」
まさか、とモニカは息を呑んだ。
アルカディアに向かう浮遊大陸―――そして、協商連合の主力を担うモニカ艦隊とリーファ艦隊を釘付けにするかのように戦いを引き延ばす目の前の敵艦隊。
ズメイ砲を警戒して艦列を分散、遅滞戦闘に徹する敵艦隊の動きも、もし考えている事が事実なのであれば辻褄が合ってしまう。
「まさか……コイツら囮だっていうの!?」
《他們竟然要讓一塊漂浮大陸撞向另一塊漂浮大陸?這些人腦子有病嗎?!(浮遊大陸に対する大陸落とし? コイツら正気!?)》
「転舵反転!」
「しかしそれでは敵艦隊に横腹を晒す事に―――」
「構わない! アルカディアには……あそこには民間人が居るのよ!」
考えたくもない事だ―――自分たちの家族がいる浮遊大陸に、別の浮遊大陸をぶつけられるなど。
規模にもよるだろうが、大陸を移動させられるだけの推力を得ているという事は気流結節点突破のための推力を十分に確保していると見做す事ができる。もしそうでなかったとしても、浮遊大陸ほどの質量を気流結節点で阻む事など不可能に近い。
アルカディアの防御は、あの天然の守りに依存している部分もあるのだ。さながら魔法の杖、しかし杖を折られてしまった魔法使いがどれほど脆弱なのかは言うまでもあるまい。
損害を覚悟の上で反転命令を出そうとするモニカ。しかし頭上から響いた声が、モニカを―――交戦中の艦隊全員を思いとどまらせる。
【いいや、その必要はないよ】
「ミカ……?」
戦艦スラヴァの艦橋、発令所の天井。設計の旧い艦にありがちな無数のパイプが連なる複雑な天井の隙間から、眉間に白い線を持つハクビシンの幼獣がつぶらな瞳を覗かせていた。
すぽんっ、とパイプの隙間から抜け出すなり、ふわりとモニカの頭の上に着地。そのまま肩の上に乗り、ミカエル本人の声で喋り始める。
―――彼女の”使い魔”だ。
【この状況は既に織り込み済みだ。君たちは引き続き、敵艦隊の遊び相手をしてやってほしい】
「でも、あの浮遊大陸はどうするのよ!?」
【問題ない】
にっ、とハクビシンの幼獣が笑みを浮かべたような気がした。
勝利を確信し、余裕に満ちた笑みを。
【アルカディアには―――くまさんハウスがいる】
会合の会場は紛糾していた。
ミストルテインの秩序を軽んじるかの如き暴挙に、このレギオンを6大レギオンの中から除名するべきと主張する代表や経済制裁を声高に訴える意見、挙句の果てには5つのレギオンが合同でミストルテインを討つという天地戦争開戦待ったなしな意見まで噴き出て、会場の中は混沌の坩堝と化している。
そんな中でもミカエルとアニーの2人だけは、ただただ静かに中華茶を啜り、茶菓子の月餅をパクついてマイペースに過ごしていた。まるで周囲の喧騒とは程遠い場所にいるかのように、呑気に「あ、この月餅美味しいわね」とか「お土産に買っていこうかな」という言葉すら出ている。
特にミカエルは被害者であるというのに、表情を殆ど崩していない。
そんな主兼夫を見て、時折クラリスは思う。
―――この人は機械なのではないか、と。
この色白の皮膚をめくってみれば、中から出てくるのは肉や臓器ではなく機械部品とフレームなのではないか、と。
そう思ってしまうまでに、ミカエルはこういう公の場では表情を崩さない。
さすがに2人きりになった時や妻たち、心を許している相手の前では甘えてくる姿を見せてくれるし、そんなギャップで魅せてくれる夫が大好きだ。
しかし今のミカエルは、得体のしれない不気味さを放っている。
まるで100年―――いや、1000年くらいは人生経験を積んでいるかのように。
無論、クラリスはその理由を把握している。
彼女のユニークスキル『全知全能』があるためだ。このユニークスキルがある以上、何人たりともミカエルに勝つ事はおろか、出し抜く事すら出来やしない。
勝利は確定しているのだ。
故に彼女はいつも退屈そうにしている。
「ミカエル殿」
リーフェイ代表が眉間に皺を寄せながら、老練さを思わせる落ち着いた声で告げた。
「会合が紛糾してしまった以上、中止に致しましょう。あなたはすぐにアルカディアへと―――」
「いいえ、リーフェイ殿。ご心配には及びません」
フェルデーニャのレギオン、【ミネルヴァ】の代表に胸倉を掴まれそうになっているブルータスの方をじっと見つめながら、ミカエルは中華茶を飲み干した。
「皆様、ご静粛に」
「ミカエル殿?」
「リーフェイ代表、会合はこのまま続行しましょう」
「しかし……しかしミカエル殿、この会合はあなた方と彼らの戦いを止めるための場である筈だったのです。ミストルテインがそれを反故にした今、もう会合の意義は何も……」
「いいえリーフェイ殿。意義ならばあります」
パンパン、と手を叩き、ミカエルはそれだけで会場の中を制した。
「さあさあ皆様、ご静粛に。席について議論を続けようじゃあないですか」
被害者である筈なのに。
本拠地に大陸落としを受けようとしているのに。
主力艦隊は陽動に引っかかっているというのに。
絶体絶命の窮地だというのに。
なぜ―――なぜこの獣人は、あんなにも落ち着いていられるのか。
アニーとメリー、クラリスを覗いた全員が、その得体のしれない不気味さに恐怖すら抱いた。
この女には、いったい何が見えているのか、と。
「ミストルテインとの戦いの”戦後処理”―――敗戦を経てレギオンとしての体裁が保てなくなるであろう彼らの効率のいい後片付けについて、新たに議題に挙げさせてもらいたい。よろしいですな?」
戦艦『定遠』
全長
・230m
全幅
・45m(エンジンポッド含む)
全高
・50m
重量
・18000t
乗員数
・1120人(現在は省人化され570人)
主機
・3基直列型フリスチェンコ式対消滅機関×4(大型艦用のハイパワータイプ)
・混焼式大型多気筒レシプロエンジン12
武装
・36㎝3連装砲×4
・15㎝単装砲×18
・12.7㎝連装高角砲×8
・12.7㎜対空機銃多数
・艦首533㎜対艦ロケット発射管×6
・艦尾533㎜対艦ロケット発射管×2
・突入用衝角
・ズメイ砲×1(フルサイズ)
協商連合の保有する超弩級空中戦艦の1隻。イライナ公国海軍黒海造船所で建造された戦艦スラヴァの譲渡を受けた協商連合が、イライナ側から購入した図面を基にアルカディア空軍工廠で建造した同型艦である。戦艦スラヴァの戦力化により協商連合の艦隊戦力は飛躍的に高まったが、同型艦が存在しないという事は定期的なドック入りでの整備の際に戦艦としての戦力に空白ができてしまう事を意味しており、同型艦を建造しての戦力補強は急務であった。そのために建造されたのがこの定遠であり、ミカエルの妻の1人『チャン・リーファ』に託されている。
元となった戦艦スラヴァ(キリウ級空中戦艦)の設計が旧い事もあり細部がアップデートされているものの、旧い設計という事は信頼性の証でもある事を受け、敢えて根本的な見直しをせずほぼ同等の仕様で就役した。誕生と同時に旧式艦となる事が宿命付けられていたが、リーファは「言う事をよく聞く仔」として好んでいたようだ。
ミストルテインとの軍事衝突を予見していたミカエルによる『ズメイ砲艦隊構想』を受け、戦艦スラヴァにやや遅れる形でズメイ砲を追加装備。艦首ブロック上部、舳先を大きく切り欠いてズメイ砲を露出した状態で装備するという武骨な姿となったが、これは基礎設計の旧さゆえに内部容積に限界があり、システム一式を外付けせざるを得なかった事によるものであり、被弾した際には切り離す事でダメージコントロールが可能となっている。
観測歴3800年7月、モニカ艦隊と共に艦隊を率いて第一警戒ラインにてミストルテイン艦隊と遭遇。その火力を遺憾なく発揮した。




