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ハヤブサ、未だ飛ばず


 モッツァレラチーズとたっぷりのトマトソース、それから輪切りにされたサラミがたっぷりとトッピングされたアメリカンなサイズのピザを口へと運びながら、資料に目を通して頭を悩ませる。


 資料に記載されているのは艦の設備の図面だ。事細かに記されたイラストと、実際の操作に用いる部位にそれぞれ記号と番号が振られ、下の欄の中に対応する番号や記号が割り当てられた設備名称、そして役割の解説欄がある。


 改修を受けてもはや別種の空中艦として生まれ変わりつつある、ソーキルの操艦マニュアルだ。


 改修前の140m級から、色々と追加装備や設備の増設により”190m”までサイズアップしたソーキル。こないだ改装中のソーキルを見学しに行ったが、まあ何というかその……抱いた感想が「あれ、君ちょっと太った?」といった感じだった。


 ソーキル(ハヤブサ)の名の通り、すらりとしていて一撃離脱戦法に特化した足の速い駆逐艦。しかし浮遊大陸アルカディアの周辺、その重力圏の中にコバンザメよろしく浮かんでいる浮遊島の秘匿ドックの中で艤装を受けるソーキルの姿は、もはや”駆逐艦”などではなかった。


 図面に視線を落とす。


 ソーキル最大の特徴だった前部甲板、艦橋構造物とほぼ一体化する形で前方目掛けて固定装備された20.3㎝連装砲は艦橋構造物と独立した砲塔に発展。艦橋の前方、前部甲板に背負い式で2基4門も装備されている。


 艦首もより鋭角的な形状のものへと変貌を遂げており、船体も延長された分バランスを取るためなのかどっしりと幅のあるものへと変わっていた。


 元々、ソーキルの属する”670型飛行駆逐砲艦”はブロック構造となっているのが特徴だ。各地の造船所で例えば艦首ブロックや中央ブロック、居住ブロックに艦尾ブロックなど、複数のブロックに分けた状態で建造しそれらを結合する事で完成する工法であり、前世の世界でも軍民問わず様々な船の建造に用いられてきた。


 こうする事で破損したブロックを予備のブロックに交換するだけで素早い戦列復帰が可能となるし、今回のように大規模な改修を行う場合に新しいブロックを組み込む事で比較的容易に船体の延長が可能となる、というわけである。


 もっとも、それは徹底した部品の規格管理によるものであり、部品の1つ1つを職人が手直しする事で互換性がなかった時代では考えられなかったものだ。


 そういう事もあって、ソーキルは比較的ズメイ砲搭載のハードルが低かったのだという。


「しかし、武装貨物船がいよいよ本格的な軍艦みたいになってきたな」


 ピザにタバスコを垂らして口へと運びながら、ユリウスが小さな声で素直な意見を漏らした。


 最初の頃と言えばやけに重装備な貨物船、といった感じだった。空賊も出るし戦後8年で世界各地の情勢が不安定というご時世もあって、あれでも十分に”自衛用”の武装の範疇となるのであろう、とも思っていた。


 荷物を運ぶ仕事―――それが今では、さながら軍隊の尖兵だ。


 それだけ世界がヤバくなっている、という事でもあるのだろう。


 身を守るには、力をつけなければならない。自分の身に降りかかる火の粉を払えるだけの力を持たなければ、この残酷な世界を生き抜くことは難しい。


「うー、覚える事いっぱい」


「仕方ありませんよ。こんなに設備も増えたんです……前みたいに艦長たち4人で艦を運行するのはもう無理でしょうし、私たちも戦力にならないと」


 さすがに190m級―――もはや重巡洋艦レベルとなったソーキル(※実際に図面には【ソーキル級強襲型重巡洋艦】という記載がある)をヴォイテク、機関長、ソコロフ、チャンさんの4人で動かすのは不可能である。いくら戦闘人形(オートマタ)たちで省人化を果たしても、だ。


 それに交代要員の確保という意味でも、俺たちも操艦を覚える必要がある。機関の調整とか主砲の撃ち方とか、レーダーの操作方法といった具合の仕事をだ。


 主砲の操作マニュアルを見ながら、ピザをもう一切れ口へと運んだ。


 主砲で砲撃する際はまず砲弾を、続けて装薬を装填する必要がある。砲塔のバーベット内部を通っている揚弾筒(※砲弾と装薬を運搬するエレベーターのような設備)から上がってくるそれらを装填するまでは、戦闘人形(オートマタ)と自動装填装置がやってくれる。砲手がやるべきなのは照準と発砲だがそれも簡単な事ではない。


 観測員や艦長の指示に従って交互撃ち方とか斉射とか、砲撃のやり方も切り替えていかなければならない。覚える事が多い、というロザリーの弱音も頷ける。今まではただ走って撃って殺してればよかったからなぁ。


 午後からまた訓練あるぞ、と思いながら時計を見上げた。あと30分と少しで昼休みが終わる。


 もうちょい教本を見ておくか、それとも昼寝して頭をすっきりさせるべきか。さあどっちにしようかな、と残ったピザをフルールにあげながら考えていたその時だった。艦内の休憩所、その天井に備え付けられたスピーカーからヴォイテクの声が聴こえてきたのは。


《艦長より達する、総員戦闘配置! 繰り返す、総員戦闘配置! これは演習ではない! 総員直ちに戦闘配置につけ!》


「戦闘配置……アルカディア(ここ)で?」


 とにかく、疑問を抱いていても始まらない。


 まだ口の中に残っているチーズとトマトの旨味を水で押し流し、ジャケットの袖に腕を通しながら艦内の通路を突っ走った。改修で少し船体の幅が増えたとはいえ依然として通路は狭く、タラップも半ば梯子みたいな急な角度。手すりを掴んで身体を持ち上げる要領で上へ上へと駆け上がり艦橋へ転がり込むと、艦長席に座るヴォイテクは深刻そうな顔で軍帽を目深に被っていた。


「ヴォイテク、これはいったい?」


「おうお前ら、面倒な事になったぞ」


 アームレストに搭載されたリモコンのようなスイッチを弾くヴォイテク。するとミラーボールよろしく天井に吊り下げられていた立体映像投影装置(今回の改修で追加されたものだ)が起動して、空中に映像を投影し始める。


 無数の光が織り成す立体映像。やがて像を成したそれが映し出したのは、現実のものと受け入れがたい光景だった。


「これってまさか」


「浮遊……大陸……?」


 そう、浮遊大陸だ。


 映像には『ルビコンE-89』という記載があるが、そんな事はどうでもいい。それよりも重要なのはこの浮遊大陸が何者で、何のために後方にロケットエンジンをフジツボみたいに大量に搭載しているのか、という事だ。


 しかもそれらは燃焼が終了するなり次のエンジンに点火し、用をなさなくなったエンジンは爆裂ボルトに点火し切り離し(パージ)を行っている。


 この世界におけるロケットエンジンの需要と言うのは、思っているよりも大きい。


 浮遊大陸の重力圏を自力で離脱できないような空中艦に外付けで搭載される事もあれば、回遊型の浮遊大陸に大量に設置して噴射、軌道修正を行うケースも多いのだそうだ。かつては浮遊大陸の航路を守り、空中艦を天空の海原へと押し出すための技術として発達したそれが、100年にも及ぶ天地戦争でロケット弾として兵器転用されたのは何とも悲しい話である。


 映像が切り替わった。


 現在の浮遊大陸ルビコンE-89がこのままの進路で南下すれば―――その進路上で接触の恐れが生じる浮遊大陸が、不幸にも1つだけ存在する。





 ―――アルカディア(ここ)だ。





「2時間前、ミストルテインの連中が協商連合領空を侵犯。再度の侵略戦争に踏み切ったのは周知の事実だ。現在はモニカ艦隊、リーファ艦隊が迎撃に当たっているが……どうやらそっちでドンパチやってるのは囮らしい。”本命”はコイツだ」


「浮遊大陸に……浮遊大陸をぶつけようってのか」


「正気の沙汰じゃない」


 いつもの景品に満ち、芝居がかった声はどこへやら。憤りを隠そうともせずに言ったのは、意外にもクロエだった。


 人の事を”仔犬ちゃん”だなんて呼んでからかういつもの彼女の余裕は、微塵もない。


「これ以上……これ以上母なる大地を失って、それで何が得られるというんだ……ッ!」


「クロエ……」


 無理もない―――天地戦争では、浮遊大陸までもが兵器に転用された。


 地上に住む獣人たちを畏怖させ、戦争を早期に集結させるために用いられた竜人たちの最終兵器『大陸落とし』。ああやってロケットエンジンを大量に括りつけた浮遊大陸を目標地点上空まで運び、そこでコアとなる賢者の石を爆破。重力場を喪失させ大陸を落とす悪魔の所業。


 結果としてそれは竜人たちの生活圏縮小を招いたし、獣人側も恐れるどころかそれで家族を失った兵士が復讐のために戦いに身を投じる結果となり、戦略的意義があったかと言われると疑問符がつく結果となってしまった。


 獣人にも、そして竜人にも深い爪痕を残した大陸落とし。竜人として生まれ、その痛々しい歴史を目撃してきたからこそクロエは思う事があるのだろう。


「……いずれにせよ、この浮遊大陸を止めにゃあならん。協商連合の無制限戦略指揮AI【ルシフェル】による予測だと、アルカディアへの衝突までのタイムリミットはあと1時間だ」


「気流結節点は? 越えられずに崩壊する可能性だって……」


「いや、ルビコンE-89は元々アルカディアと同じく回遊型の浮遊大陸だ。おまけにあれだけのエンジンで加速に乗ってる。気流結節点で多少は崩落するだろうが……それでも大部分がアルカディアを直撃する公算だ」


 状況は絶望的だった。


 協商連合の主力艦隊―――自慢の”ズメイ砲艦隊”はミストルテイン討伐に出払っているし、代表のミカエルはジョンファの上海でレギオン会合に参加中。残っているのはズメイ砲搭載のため改修中の艦か、搭載を後回しにされた旧式艦ばかりだ。


 艤装作業を終え、これから新型対消滅機関のマッチングテストを控えていたソーキルくらいのものだ。今すぐ動ける戦力と呼べるのは。


「―――最後の楽園(アルカディア)の運命が、俺たちに懸かっている」


 乗組員たちの顔を見渡しながら言うヴォイテク。全員の覚悟が決まっているのを確かめた彼は、アームレストに内蔵されている艦内電話の受話器を引っ張り出した。


「機関長、機関始動。出航用意」


《了解、機関始動》


 ズメイ砲―――戦艦に搭載されているフルサイズのズメイ砲ではなく、巡洋艦クラスでも搭載できるよう小型化された”小型ズメイ砲”の搭載に合わせ、ソーキルの機関部は従来の対消滅機関を3基直列に繋いだ戦艦用の『高出力タイプ』に換装されている。


 巡洋艦に艦級が格上げされたソーキル。この化け物じみた機関出力で、ソーキル(ハヤブサ)の名に恥じぬ足の速さを確保しているのであろう。


 問題はまだ、機関部のマッチングテストが済んでいない事だ。特に以前の対消滅機関単機での稼働は問題がなかったが、直列型はそうはいかない。接続された3基すべてを同調させなければ機関始動すらできない。


 アルカディアは俺たちが守る―――その責任感を胸に、相変わらず爆撃機のコクピットみたいなデザインの艦橋の中、砲雷長として自分の席に腰を下ろす。


 手元にあるコンソールは沈黙したままだ。今のソーキルは、秘匿ドックの外部電源から供給されるなけなしの電力で最低限の設備だけが生きている状況である。だからまずは機関部が正常に始動しなければ話にならない。


《真空破壊、秒読み開始。10、9、8、7、6……点火時期近付く。3、2、1……真空破壊弁、解放!》


 真空状態を維持されてきた対消滅機関に、大気が流れ込んだ。


 これで対消滅柄エネルギーは大気と反応して活性化、一気に燃え上がるだろう。3基直列型のパワーをこの目で拝めるのかと期待していたが、しかし無線機の向こうから漂う沈黙と、スイッチを切られた機械のような音が全てを物語っていた。


《……ダメじゃ、エンジン失火。繰り返す、エンジン失火》


「了解。原因究明を」


 クソ、と悪態をつきたくなった。


 これだから新品は嫌なのだ―――工場から出荷されたばかりの新品、と言えば聞こえはいいが、機械というのはどれだけ理論上で確実な動作を確信していても、”実際に動かすまでどうなるか分からない”というものである。


 設計に不備があった可能性は否めないし、想定外の問題点が実際に動かして初めて発覚するという事も少なくないのだ。だから機械とうのは新品よりも、初期不良をクリアしてある程度馴染んできた個体の方が素直で付き合いやすい存在である、と俺は考えている。


 よりにもよって今か。


 これがマッチングテストだったらもっと落ち着いて問題点の洗い出しができたのだろうが……よりにもよって浮遊大陸衝突までのタイムリミット付きである。


 急いでくれ、機関長。


 緊張で手汗が滲む手のひらを見つめながら、焦燥感に苛まれた。


 



ソーキル級強襲型重巡洋艦


全長

・190m

全幅

・48m

全高

・55m

重量

・13700t

乗員数

・10名程度(オートマタとAIにより大幅に自動化)


主機

・フリスチェンコ式高出力型対消滅機関×1(3基直列型)

・混焼型大型多気筒レシプロエンジン×10


武装

・60口径20.3㎝連装砲×2(前部甲板に背負い式に装備)

・艦首対艦ロケット発射管×6

・艦尾対艦ロケット発射管×2

・37㎜速射砲×8

・自爆ドローン攻撃システム『スイッチブレード弐式』

・12.7㎜対空機銃多数

・小型ズメイ砲×1(艦首格納型)

・艦首突撃破砕プラズマ衝角『ズメイファング』

・その他ペイロードが許す限り爆装可能


同型艦

・カナレイカ(改装中。ノヴォシア語で”カナリア”)

・チャイカ(改装中。ノヴォシア語で”カモメ”)


備考

・ソーキルは艦底後部に簡易デッキを持ち艦載機運用能力あり(※カタパルトはないので自力発進、着艦はクレーンアームでの引き込み)



 イライナが建造した670型飛行駆逐砲艦に属するソーキルを、協商連合が『ズメイ砲艦隊構想』に基づき最新技術を投入して改修した艦。670型に限らず、イライナ製の空中艦は早い段階(戦艦スラヴァ以降と推定)からブロック構造を取り入れて建造されている点で先進的であり、その恩恵もあってソーキルはズメイ砲を搭載したモジュールや追加のブロックを従来の船体に”継ぎ足す”形で改装された。そのため船体は140mから190mまで大型化しており、艦種も駆逐艦から重巡洋艦へ格上げとなっている。


 670型をベースとした【ソーキル級】は持ち前の速度と絶大な火力で前線を切り開く艦として協商連合上層部から期待を寄せられており、モニカ艦隊のフギン級重巡洋艦と並んで増産、協商連合艦隊のワークホースとして数を揃える計画であるとされている。


 現在はエンジェルパレス内部のドック内にてカッパドキア紛争でも肩を並べた同型艦『カナレイカ』、『チャイカ』の2隻が同様の改修を受けている最中であり、ソーキルの運用データは逐次同型艦へフィードバックされる予定となっている。



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― 新着の感想 ―
鉄パイプだ!鉄パイプ持ってこい!機械は叩けば直る!(壊れてない、なんなら新品)
ルシフェル君、こっちでは無制限戦略指揮AIになってるんですか… 浮遊大陸を兵器に使うの、竜人からしてもトラウマでしょうね。ある日、故郷を使い捨ての兵器として徴収され、それは二度と戻ることもなく戦争は更…
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