新生ソーキル、抜錨
天空目掛けて屹立する巨大な積乱雲―――”気流結節点”は、もう既に肉眼で見える距離だった。
一発逆転を懸けた、ミストルテインによる浮遊大陸アルカディアへの大陸落とし。既に衝突までのタイムリミットは1時間を切っており、一刻の猶予もない。
もっと早い段階でモニカ艦隊とリーファ艦隊を下がらせればこんな事にはならなかったかもしれないのに、とカーチャは唇を噛み締める。しかし文字通り全てを見透かすミカエルが「このままでよい」と判断したのならばその通りなのだろう、その通りになるのだろう。
結果が分かっていても、しかし実際に窮地に追いやられるというのは心臓によろしくないものである。
「対艦ロケット、発射準備完了!」
砲雷長の報告に、カーチャは発令所の中で腕を組んだまま頷いた。
普段の任務では敵を監視するため、黙って見ている事が多いカーチャ艦隊。しかし今ばかりは―――自分たちの子供たちが危険に晒されている今だけは、指を咥えて見ている事など断じてできない。
「―――攻撃高度まで浮上!」
カーチャの鋭い声を受け、潜雲艦『U-2207』は上昇へと転じた。後続の『U-2205』、『U-2202』、『U-2199』も艦首ロケット発射管を一斉に開放、浮遊大陸を誘導・護衛している敵艦隊に居場所を察知されるのを承知の上で上昇するなり、その舳先を敵艦隊へと向けた。
「目標浮遊大陸後部、ロケットエンジン! 敵艦隊には目もくれるな、全弾発射!」
「1番から8番、撃てぇッ!」
スイッチを弾くなり、諸元入力の完了した対艦ロケットたちが一斉に点火した。どう、とロケットモーターから炎と噴煙を激しく拭き上げながら、ロケット弾が幾重にも擦れた痕が生々しく残る発射管から放出。そのまま加速に乗り、一気に浮遊大陸『ルビコンE-89』へと向かって伸びていく。
他の潜雲艦たちも一斉にロケット弾を発射、合計32発の対艦ロケット弾が一直線に浮遊大陸の後部、加速用のロケットエンジンがフジツボの如く連なる部位へと向かって伸びていく。
突然の奇襲に、嚮導艦隊旗艦『ソリ・デオ・グロリアCCX』の観測員が気付いた。悲鳴じみた声で艦橋に報告するなり、旗艦ソリ・デオ・グロリアCCXを始めとする20隻もの艦隊から、一斉に対空砲火が放たれ始める。
機銃と高角砲の乱舞に絡め取られ、1発、また1発と撃墜されていく対艦ロケットたち。しかしそれでも天空に咲き乱れる爆炎の花園を突っ切ったロケット弾の一団は、カーチャの狙い通りにルビコンE-89の後端部、ロケットエンジンが据え付けられた推進部を直撃した。
大型の空中艦すら浮遊大陸の重力圏外へ押し出すほどの推力を持つロケットエンジンたちが、戦艦の船体をも叩き割る対艦ロケットに殴打されて吹き飛ばされていく。根元からぶち折られ、爆風でふっ飛ばされ、ひしゃげ、焼けたロケットエンジンの残骸たちが炎の弧をこれ見よがしに曳きながら飛び散って、戦勝記念日の花火さながらの派手な色彩を空に刻んだ。
「―――ダメです、コース変わらず。浮遊大陸ルビコン、依然として衝突コース!」
「第二射撃を―――」
「―――敵艦発砲ォ!」
カーチャの命令を遮る形で悲鳴じみた報告が飛ぶなり、ドン、と腹の奥底に響くような爆音がU-2207の船体を下から激しく突き上げた。
ミストルテイン艦隊の放った主砲の砲弾、その時限信管がU-2207の船体側面を掠め、遥か下方まで落下したタイミングで起爆に転じたのだ。幸い距離が離れていたから、爆風と衝撃波で船体を下から突き上げられて竜骨をぶち折られる憂き目には遭わなかったものの、それでも爆風に煽られて装甲が軋み、飛び散った破片がただでさえ薄い潜雲艦の装甲をぶち抜いて損傷を与えてくる。
獣の唸り声を思わせる、不快で重々しい警報音が艦内に響き渡った。
「第二射はまだか!?」
「装填中、装填中!」
「くっ……」
潜雲艦はあくまでも、雲に身を潜めて敵艦隊を奇襲する運用に特化した艦艇である。
雲の中という特殊な環境に適応しつつ、ステルス性を限界まで高める必要がある事から、与えられる装甲は本当に必要最低限だ。搭載する武装も敵艦を確実に一撃で破壊し離脱する運用に適したものが揃っており、どう間違っても敵艦隊と真っ向から殴り合っていい類の兵器ではない。
しかし今ばかりは、背に腹は代えられなかった。
「―――対艦ロケット、装填ヨシ!」
「全艦最大戦速!」
艦尾の二重反転プロペラが、一際甲高い唸りを発した。
雲の中に潜んでいた4隻の潜雲艦。本来奇襲に特化した兵器であるそれらが、決死の想いで吶喊を始めたのである。
せめて、せめて軌道だけでも逸れてくれれば。
「主砲撃ち方!」
「撃ちーかたー始めッ!」
前部甲板に出た砲手が、自分の腰に命綱を括りつけながら露天式の15㎝単装砲を操作し始める。ハンドルを回して巨大な砲身を旋回、その砲口を浮遊大陸推進部へと向けた。
元々はロケット弾を節約するための副兵装である―――だが、今は手段を選んではいられない。とにかく火力を叩きつけ、浮遊大陸ルビコンE-89の軌道偏向を試みなければ。
最悪の場合、この船体をそのまま質量弾として―――二度とアルカディアの土を踏めぬものと腹を括るカーチャ達であったが、しかし観測員からの報告でその悲壮な覚悟は撤回される事となる。
「―――艦長、援軍です! ”トキ”が!」
「最大戦速!」
気流結節点を抜けたトキが、乱気流の渦を利用したスイング・バイでさらに加速。船体が軋むほどの速度でルビコンE-89へと突撃していく。
激震する艦橋内で揺れに耐えながら、ムン艦長は目を見開いて浮遊大陸の姿を睨みつける。全くとんでもない事をしてくれたものである。あんなものが激突すればアルカディアは無事では済むまい―――第一、あそこに住んでいるのは7割が民間人であってギルドやレギオン関係者は3割に届くかどうか、というレベルだ。
トキの乗員のほぼ全員がコーリア出身者だが、一部の乗員はアルカディアに住まいを移しており家族も移住している者だって居る。ムン艦長にしたって、妻子をアルカディアに移住させているし子供たちを学校に通わせて、しっかりした初等教育を受けさせてもらっているのだ。
もはや第二の故郷とも言えるアルカディアを背に、彼らの戦意は燃え上がっていた。
「砲雷長、頼んだぞ!」
「了解!」
「敵艦発砲!」
「主砲撃ち方始め!」
「撃ちーかたー始め!」
船体前方寄りに配置された艦橋。そのすぐ前に搭載された15㎝連装砲が旋回、敵艦隊へと向けて砲火を見舞い始める。
協商連合の所属艦艇は続々とズメイ砲搭載のための改修を受けているが、トキはその中には含まれていない―――元より優秀なペイロードを持つ艦として、輸送任務や軽空母としての任務に対応できる柔軟性を維持しそれらの任務を全うする”縁の下の力持ち”というのがトキに期待された役割である。
全ての艦をズメイ砲搭載艦艇にすれば戦術的柔軟性を著しく欠く、というミカエルの判断によるものだった。
それ故に有事の際は軽空母や強襲揚陸艦、平時は武装貨物船としての任務を行う艦となったトキはズメイ砲の搭載を見送られ、設備の近代化改修のみに留められた。
ソーキルのようにトラブルを起こす事なく、いち早く出撃できたのもそれが理由だった。
敵の空中モニター艦の船体で火の手が上がり、黒煙を吹き上げながら高度を落としていく。トキの主砲を受けて大破したのだ。
空中モニター艦とは、小型の船体に大口径の主砲を搭載した空中艦の形態の1つである。安価であり火力も確保できる事から天地戦争中盤ごろより大量に建造され、末期には両軍の艦隊戦力の一翼を担うほどになった。
しかし火力に特化した設計のため、如何せん装甲が薄いのだ。15㎝砲どころかそれ以下の主砲でも致命傷となり得るほどに。
戦艦や巡洋艦といった主力艦艇ではなく、こうした補助艦艇まで引っ張り出してくるところにミストルテインの窮状を見る事ができるが、しかし今はどうでもいい。
「―――”グランドスラム”投下用意。爆弾槽開け」
ゴウン、とトキの船体両舷に追加されたコンテナユニットの下部が大きく解放される。内部に収まっているのは艦載機のコルセア……ではなく、鋼鉄で造られたソーセージのような姿の大型爆弾だった。
かつてイギリス軍が第二次世界大戦に投入、ドイツ軍のUボートバンカーを破壊し猛威を振るった貫通型の爆弾である。
大型の爆撃機でも1発しか搭載できなかったそれを、トキは左右のコンテナユニットから艦載機や設備を全て下ろす事で片側4発、合計8発ものグランドスラムを搭載している。
加速の勢いを乗せたまま緩やかに降下、そのままルビコンに投下する事ができれば軌道を変えられるかもしれない―――いつ発進するかもしれぬソーキルに頼れないのならば、これが今できる最良の手段だった。
幸い、爆撃コース上に敵艦は殆ど居ない。後方から奇襲する形となったカーチャ艦隊が引き付けてくれたおかげだ。一部の敵艦隊が慌てふためいて反転、砲撃してくるが、しかしもう遅い。トキはもうコースに乗っていて、今更爆撃の阻止は不可能である。
「投下時期近付く……」
航法室で爆弾の照準器を覗き込む爆撃手の視界にルビコンの地表が見えたのと、ムン艦長が目を見開いたのは同時だった。
「爆弾投下!!」
ゴゴン、と固定具が外れた。
コンテナユニットに内蔵されていた合計8発のグランドスラムたち。第二次世界大戦終盤、ドイツ軍にとっては安全地帯であり破壊も困難を極めたUボートバンカーをぶち抜いた恐るべき威力のそれが、8発も浮遊大陸ルビコンE-89へと殺到した。
堅牢な弾頭部が地表に突き刺さり、急降下と加速の勢いも乗せたそれは破城槌の如く奥へ奥へと潜っていく。
爆弾を投下し終え、上昇に転じたトキの遥か後方―――どどう、とルビコンE-89の地表が間欠泉よろしく盛り上がった。
舞い上がる土壌と、それをかき分けて顔を出す火柱。ルビコンの大地を深々と抉り大陸をも揺るがした巨人の一撃は凄まじい威力を誇ったが、しかしそれでも期待通りの結果には及ばない。
「ルビコン……軌道、変わりません……ッ!」
「……ッ!」
これ以上どうしろというのか。
トキは元々真っ向から戦う艦ではない。武装も対空機銃にロケット弾、15㎝連装砲くらいのものだ。襲ってくる敵から身を守るには十分でも、浮遊大陸を破壊ないし軌道偏向まで追いやるには火力が足りなすぎる。
「航海長、ルビコンに接近しろ。船体で大陸を押す!」
「無茶言わんでください! 先にこっちが潰れますよ!」
「構うものか、守るべき故郷を失って……我々だけ生き残って何になる!?」
こうなれば、腹を括るしかない。
武装貨物船1隻の犠牲でアルカディアが助かるのであれば安いものだ―――命と引き換えに故郷を守る、男としてカッコいいではないか。
ついに自分の元へと周ってきたお鉢に、ムン艦長は腹を括っていた。
が、しかし。
「艦長、エンジェルパレスより入電!」
通信手の顔は―――絶望の中でも、希望に満ちていた。
「―――”ハヤブサは舞い降りた”、です!」
《炉心内正常加圧中―――船体全区画へのエネルギー伝導開始を確認》
重々しい振動が、足元の床越しに伝わってくるのがはっきりと感じられた。それはまるで獣の息遣いにも似ていて、巧妙に気配を殺しているようでありながら、しかし明確な意思が感じられる。
機関室で点火プラグの総点検を終えた機械油まみれのソコロフが隣の操縦席に座り込んだ。計器類を一通りチェックするなり「各所動力伝達異常なし。エンジンポッド1番から10番、起動準備ヨシ」と報告する。
いけます―――ソコロフの蒼い瞳が、確かにそう訴えていた。
その視線に応えるように頷くヴォイテク。
これで発進準備は整った―――後はこの忌々しい岩盤の衣を脱ぎ捨てて、新たに生まれ変わったソーキルを天空の海原へと解き放ってやるだけだ。
「―――岩盤爆破、スイッチオン!」
ヴォイテクの命令に従い、手元にあったスイッチのガラスカバーを開けた。安全装置を解除してからスイッチを指で弾く。
バババババン、と爆竹を鳴らしたような乾いた音が連鎖した。ソーキルの改装に利用した小型の浮遊島、その内部に穿たれた秘匿ドックに設置された爆薬が立て続けに起爆して、崩落してくるであろう岩盤から船体を守るためのフレームに収まったソーキルを外へ外へと追いやり始める。
屋根型に傾斜の付いたフレームを滑っていく岩塊たち。破壊され、アルカディアの重力場の軛から解き放たれた岩塊たちが崩壊し、下へと転がり落ちていった。
「エンジンポッド始動。メインエンジン起動、10秒前」
車のハンドルにも似た操縦桿を握りながら、しかしソコロフは緊張した面持ちだった。
またすぐに機関不調となる可能性だってある―――しかし今は、それでもやらなければならない。アルカディアを救う事ができるのは俺たちだけなのだから。
「メインエンジン起動!」
「―――抜錨、ソーキル発進!!」
崩壊する岩塊の中から、より鋭角的になった舳先と衝角がせり上がった。艦の衝角というよりはもはや巨大な槍、あるいは大剣とも見紛うほどのサイズのそれが岩塊を蹴散らし、船体を外へ外へと引っ張るように突き進んでいく。
木目調の前部甲板が、そしてその上に搭載された20.3㎝連装砲の砲塔が、やがては爆撃機のコクピットを思わせるガラス張りの艦橋が。
元は駆逐艦であった、とは信じられないほどの威圧的な姿に生まれ変わった”新生ソーキル”がついに、空へと漕ぎ出していった。
空中モニター艦
小型の船体に大型の主砲を搭載した補助艦艇の1つ。低コストで数を揃えられ、尚且つ戦艦に対抗できる火力を有している事から天地戦争の疲弊が見え始めた中盤から多用され、次第に戦力の一翼を担うようになった。しかし主砲の火力に特化するため防御や飛行性能、機動性が犠牲となってしまっており、自力で浮遊大陸の重力圏を突破できない程度の推力の艦が大多数であったとされている。
実際、メルキアへと出撃していくイーランド空軍の空中モニター艦がロケットブースターを装備し打ち上げられる記録映像が残されている。
メルキア沖の戦いでも多くの艦が投入されており、戦艦や巡洋艦に曳航されながら必死に砲撃を行った。しかしその防御性能故に生存率は悲惨の一言で、メルキア沖から生還したモニター艦は竜人側が僅か4隻、獣人側のモニター艦は全滅している。
構造が単純で低コストである事から戦後も製造が続いており、現在活躍している艦は殆ど戦後に製造されたものである。




