プラズマの煌めき
「荷物は最小限に。落ち着いて避難してください、まだ間に合います!」
「大丈夫です、シェルターには全員収容できます!」
市民の避難誘導をしているのは戦闘人形の兵士たちだった。人間に酷似したシリコン製の人工皮膚に覆われ、人間の感情や言語を学習した個別のAIにより制御されるロボットの兵士たち。安価に製造できるため喪失しても痛手とはならず、故に人的損失が見込まれる現場に第一に投入される尖兵達でもある。
万一浮遊大陸ルビコンE-89がアルカディアに落着しても兵員の損失を軽減するべく、避難誘導は彼らに一任されていた。
とはいえ彼らを統括・管理する無制限戦略指揮AI『ルシフェル』によると、このままルビコンがアルカディアに衝突する可能性は0.0002%というシミュレーション結果が叩き出されている。
心なしか彼らが危機感を抱いているようには見えないのは、そのせいなのだろう。
「兵隊さんも早く!」
避難誘導をしている兵士に、角の折れた子供を連れた竜人の女性が言った。
元々、竜人たちにとって戦士とは最も尊く勇敢なものという価値観がある。故に頭に頂く角は戦士の象徴であり、種族としてのアイデンティティでもあった。
役目であるのは分かっているが、しかし兵士を犠牲に自分たちだけ生きながらえるのは……という思考回路に至ってしまうのも仕方のない事である。
しかしそんな親子に、戦闘人形の兵士は笑みを浮かべながら言い切った。
「ご心配なく。我々は機械ですから何度でも再生産できます。しかしあなた方の命はそうはいかない……1つだけの尊いものです。ですからさあ早く、ここは我々に任せて」
「でも……」
「お二人に、神のご加護がありますように」
その笑みは本心からのものか、それともAIが学習した末に身につけた模倣か。
ごめんなさい、と兵士に小さく言い残し、子供を連れてシェルターへ向かおうとする母親。しかし手を引く幼い息子が「ママ、あれ」と空の方を指差し、母親の背を凍り付かせる。
ごう、と風が哭いた。
浮遊大陸アルカディアを覆う、巨大な積乱雲『気流結節点』。傍から見ればアルカディアを中心とした巨大な台風、あるいはハリケーンにも見えるそれ。雲の壁とも思えるそれの表面に、黒く巨大で歪な、どこかひしゃげた金平糖のようにも見える影が映ったのである。
大型の空中艦が帰ってくる時はそのシルエットが浮かび上がる事もある。しかしあそこまで巨大な影が雲の向こうに見えた事など、未だかつてない。
直後だった。アルカディアを取り囲む気流結節点―――その表面を突き破るようにして、1900㎢にも達する巨大な岩塊が侵入してきたのは。
空中艦すら空中分解に追いやりかねない気流結節点、その流れに逆らう形で突っ込んだものだから、突入してきた岩塊―――浮遊大陸ルビコンE-89の表面は悲惨な状態だった。元々資源採取用の浮遊大陸であった事もあって環境破壊が著しく、植物も何もあったものではない荒涼とした台地が広がっていたものだが、気流結節点によりさらに深々と抉られた大地は生々しい破壊の痕跡をその表面に晒している。
多少の面積の減少こそあれど、勢いもサイズも陰りは無く、侵入コースにも大きな変化は見られない。
このままでは、アルカディアに激突する。
空中艦のおもちゃを持つ息子を抱き抱え、母親はシェルター目掛けて走った。もし避難が間に合わなければ、自分の身体を盾にしてこの子だけでも守ろう―――母親としての本能がそう声高に叫んでいる。
「あなた……どうか、この子を守って」
メルキアの戦いで帰らぬ人となった夫に祈りながら、必死に走った。
その祈りが、天に通じたのかもしれない。
重々しい音を立てながら、アルカディアの周囲に浮かぶ浮遊島―――浮遊大陸の重力圏に抱かれた小規模な岩塊の一つが、唐突に崩れ始めた。
「え」
ルビコンE-89とアルカディア、双方の重力場に板挟みにされてそれに耐えかね圧壊した―――わけでは、ない。
崩壊の直前、設置されていた爆薬により発破された瞬間を竜人の母は視界の端で何となく見ていた。人工的な爆発により破壊されたのだ。
その浮遊島から、”異物”が姿を現す。
鋭角的な舳先と、それよりも前方へ大きく突き出た大剣のような衝角。
艦尾から突き出た竜の尾を思わせる長いシャフトと、そこに据え付けられた大口径の二重反転プロペラ。
やや前屈みになる格好で配置されたガラス張りの艦橋と、前部甲板に据え付けられた2基の連装砲。
水上艦をモチーフとしているのだろう―――喫水線から上を黒く、そして喫水線から下を赤く塗り分けたツートンカラー。着水という概念がない竜人製の空中艦には無いデザインだった。
あんな所にも空中艦を隠していたのか、と母親が驚いている間にも、その空中艦は重力場の影響を受けその場を漂う岩塊群を背にしながらゆっくりと空へ漕ぎ出していく。
息子が手に持っている空中艦『ソーキル』のおもちゃ―――それの面影が感じられるデザインの艦だった。
接近してくる浮遊大陸ルビコンE-89へ挑まんとするその後ろ姿は、竜人親子の目にはこれ以上ないほど勇ましく見えた。
きっと祈りが天の夫に通じたのだと、そう思えた。
「信じられん……なんてパワーをしておる」
計器類の数値を見ながら、ヨルゲンセン機関長は思わずそんな声を漏らしていた。
改修前の対消滅機関とは比較にならない出力である。それもそのはず、今のソーキルに搭載されているのは駆逐艦用のタイプではなく、戦艦用の高出力タイプ。3基の対消滅機関を直列に繋げた『高出力型』と銘打たれた代物だ。
始動時には3基すべてを同期させる必要こそあれど、その出力は単純計算で3倍―――有り余る電力を生み出している。
確かに機関を始動させる際はとんでもないデリケートさだったし、工場で完成し出荷されたばかりの新品同然だったから動きにも新品特有の”堅さ”があった。やはり扱いやすいのは何度も動作を重ね馴染んだ個体だと相場が決まっているが、しかし一度立ち上がってくれれば後は素直なものだ。
機械油にまみれた顔で、機関長は笑みを浮かべた。
まるで実家に遊びに来た孫を出迎える祖父のような―――孫にこれ以上ないほどの愛情を注ぐかのような、純粋な笑みだった。
「ああ、いい子じゃ」
そっと機関部に手を触れ、そこから感じられる熱と振動に満足する。
機関は生き物だ―――合理では測りきれないほどのとんでもない気分屋で、だからこそしっかりと面倒を見て育ててやる必要がある。
こんな素直な子は久しぶりだ……機関部の動きに満足しながら、機関長は作業を続けた。
「―――艦首ズメイ砲、発射用意!」
ヴォイテクの命令と共に、砲雷長の席にあるコンソールをマニュアル通りに操作。キーボードを叩いてズメイ砲の発射シークエンスを立ち上げていく。
確認画面が表示されたところでエンターキーを押すと、艦首に変化が現れた。
水上艦の舳先を思わせる艦首と、その下から大きく前方へと突き出た衝角。船体の黒と喫水線下の赤の塗分け、ちょうどその境目から……重々しい音を立てて艦首が上下に割れ始めたのである。
解放された艦首の奥から、螺旋状に回転しながらせり出してくるのは巨大な砲身だ。戦艦の主砲が豆鉄砲に思えるほどの、大口径の砲身。
―――ズメイ砲の砲身である。
「機関部より電力供給開始。第一から第十キャパシタ、蓄電率安定上昇中」
座席の目の前にあるモニターを確認。各キャパシタには3基直列型の対消滅機関から送電された電力が順調に充填されつつある。あとは艦内に取り込んだ大気と合わせて点火し放出する事で、イライナ公国に伝わる邪竜ズメイのブレスを科学的に模倣した”ズメイ砲”の発射が可能となるのだ。
今になってやっと再現できるようになった兵器―――そんな代物を、当たり前のように放射していた竜がかつて存在していた事に驚きを隠せない。
なるほど、伝承に遺るわけだ―――ヒトが竜を畏れるわけだ。
「大気流入安定中。各キャパシタ、電力充填率8%から10%へ」
「目標、艦首軸線に乗った。照準固定」
船体各所に設けられたスラスターが青い光を放ち、ソーキルの艦首をぴったりと目標の浮遊大陸ルビコンE-89へと固定。全く照準のブレない姿勢制御能力に驚きながらも、「電力充填安定中」と報告する。
艦首から展開したズメイ砲の砲身に蒼いスパークが迸り始め、砲口から蒼い光が漏れ出る。
もう既に十分な量のエネルギーが充填されている。それこそ、浮遊大陸1つを吹き飛ばす事ができるほどに。
「ズメイ砲出力、10%に固定」
出力10%―――ミカエルが承認している、ズメイ砲の最大出力。
それ以上となると世界レベルの災厄をもたらしかねないため、100%での発射は許可がない限り厳禁だ。
スペック上では最大射程3000㎞、TNT換算で145.6テラトン。ミリオタ的に分かりやすく表現すると、その威力は【ツァーリ・ボンバの300万倍】。
だから威力の調整は厳格に行う事―――世界を滅ぼしたくないのであれば。
「遮光フィルター展開。各員、対ショック姿勢」
艦橋の窓ガラスの表面に塗布されたナノマシンにより、まるで夜の帳が下りたかのように艦橋のガラスが黒く染まっていく。スモークガラスというか、アーク溶接の際に使うあのお面みたいな感じと言えば分かりやすいだろうか。
閃光に網膜を焼かれ視力を失わないための措置である。
それでもなお、はっきりと見えるズメイ砲の輝き。
まだ出力10%だというのに、その輝きは今にもはちきれんばかりだった。
「―――ラウル、生きるも死ぬもお前次第だ」
分かっている―――ヴォイテクに言われるまでもなく、それはよく理解している。
「発射10秒前」
落ち着け、落ち着け……。
座席の前方からせり上がってくるレティクル付きのスクリーン。照準用レティクルのど真ん中に浮遊大陸ルビコンE-89を収めながら、呼吸を整えて自分に言い聞かせる。
落ち着け、と。
この肩にアルカディアの住民の命が懸かっているのだ、と。
520万人の命がこの一撃に懸かっているのだ、と。
「発射10秒前。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――」
ガラスカバーを開け、スイッチの上に指を乗せた。
「―――ズメイ砲、発射ァッ!!」
発射スイッチを押し込んだ瞬間に、プラズマが呪縛から解き放たれた。
遮光フィルター越しに見てもなお、網膜を焼かんばかりの激しい閃光。それは瞬く間に周囲の大気までもを焼き尽くし、蒼いスパークを周囲に纏いながら直進するや、ソーキルの周囲を浮遊する岩塊を瞬時に蒸発させ雲をぶち抜きながら、ルビコンE-89へと牙を剥いた。
ルビコンE-89の表面に辛うじて残っていた植物が、ズメイ砲の着弾を待たずに燃え尽きる。赤い炎すら残さずに瞬時に不毛の地と化したルビコンE-89の大地が赤熱化し、爆ぜ、炭酸の泡が弾けるように地中の水分が蒸発。プラズマの塊に触れてしまった大地が砕け、蒼い光の中で崩れていく。
紅茶の中で角砂糖が崩れていくかのように、傍から見ればひしゃげた金平糖のような形状のルビコンE-89の姿が、閃光の中で溶け、崩壊し、そして消えていった。
融解した地表がマグマのように赤々と燃え盛り、重力に導かれるままに地表へと落ちていく。
プラズマの塊は、しかしまだ消えない。
浮遊大陸1つでは物足りぬと言わんばかりにそのまま直進すると、気流結節点を躊躇わず直撃。空中艦すら崩壊させてしまう積乱雲に一瞬ばかりとはいえ深々と巨大な風穴を穿って、純白の城壁に覆われたアルカディアの空に外部の空を映し出した。
船体側面に展開された放熱パネルから、艦内で生じた熱が排出されていく音が聴こえる。
すぐさま埋まっていく風穴を見つめながら、俺はまだ実感が抱けずにいた。
さっきまでそこに、巨大な浮遊大陸が迫っていた筈だ。それなのに空は蒼く晴れ渡って、今はもう目の前に何もなくて……。
ぽん、と肩に大きな手が置かれた。
肉球と爪、それからもっふもふの体毛で覆われたヴォイテクの手だった。
「よくやった」
その言葉が、この金縛りから解放してくれた。
そっと顔を上げると、そこには笑みを浮かべるヴォイテクの姿があった。
「アルカディアは―――俺たちが守ったんだ」
視線を右隣に向けると、ソコロフもまだ驚きを隠せないといった表情をしながらも、こっちに向かって親指を立てている。
まだ手を震わせながらも、ソコロフに向かって右の拳を差し出した。
コツン、と互いの拳を突き合わせて、やっと実感が追い付いてきた勝利を祝った。
小型ズメイ砲
『ズメイ砲艦隊構想』に基づく艦隊整備計画の発令により、協商連合は搭載可能なすべての艦に対するズメイ砲の搭載を決定。当初は戦艦クラスにのみ装備し他の艦がそれを支援する案が有力視されたが、ミカエルより「戦艦を喪失した場合火力の低下が予想されるので、ほぼ全艦に搭載する標準装備とするべき」と提案され、協商連合所属のほぼ全艦へ搭載される運びとなった。
しかしフルサイズのズメイ砲は電力充填用のキャパシタを始め、冷却機構もかなりのスペースを占有してしまう事から、戦艦はともかく巡洋艦や駆逐艦への搭載は困難を極めた。そこで立案されたのがフルサイズのズメイ砲から過剰な充填設備を省き、威力の上限を落とす事で全体的にコンパクトにまとめた『小型ズメイ砲』である。
システムの小型化は高い技術力が要求されるが、しかしズメイ砲はその過剰極まりない威力から100%での発射は滅多に行われず、10%までのリミッターがかけられている事から最大威力に関してはいくらでも妥協の余地があった事から、小型化はトントン拍子に進んでいった。それでも威力はフルサイズズメイ砲の50%に達しており、依然として10%までのリミッターが存在している。
小型ズメイ砲は現時点でフギン級重巡洋艦、スコル級重巡洋艦などに搭載されミストルテイン艦隊との戦闘に用いられたほか、ソーキル級強襲型重巡洋艦に搭載され浮遊大陸を吹き飛ばした事例が特に有名である。この一連の成功体験で協商連合はズメイ砲艦隊構想の成功を確信、艦隊戦力の更なる増強を行うに至ったほか、浮遊大陸カッパドキアの領土問題に端を発する一連の紛争は他のレギオンにも協商連合の技術力を知らしめる機会となった。
なお、この小型ズメイ砲の出力上限を50%から10%まで落とした『マイクロズメイ砲』が計画中であり、こちらは駆逐艦クラスやズメイ砲の後付けができない旧式艦への搭載が予定されている。




