落日のレギオン
どうでもいい話
ロザリーは激高すると口からビームを発射する。
「ほ、報告しますッ!」
息を切らしながら駆け込んできた竜人男性―――ミストルテインの制服に身を包んだ彼は、顔を真っ青にしながらブルータスへと駆け寄った。
耳打ちされるなり、ブルータスの顔からすっと血の気が引いていくのが誰にでも分かった。到底信じられない内容の報告だったのだろう。認めたくない内容の報告だったのだろう。絶対に勝てると踏んで仕掛けた戦が、そのような結果となればそうもなるのだろう。
勝ち誇ったような顔もせず、人形さながらに表情を崩さぬまま、ミカエルは流暢な竜人語で言葉を紡いだ。
「―――まだ、続けますか?」
「ば、ば……ッ、馬鹿な……ッ」
すべて、こうなると分かっていた事だ。
ズメイ砲艦隊の整備がある程度進んだ時点で、こうなる事は確定していたのだ。もしこれが何らかの理由で遅れていればミストルテインの目論見を阻止できず、残存戦力を率いてミストルテインとの泥沼の戦争に雪崩れ込んでいたところだった。
(間に合わせてくれたスタッフには感謝しないと)
中華茶を飲みながら、せっかくのジョンファだしお土産をドカ買いしていこうかな、と考えるミカエル。きっとみんな喜ぶな、と仲間たちの笑顔を思い浮かべていた彼女の思考を、しかし脂汗を浮かべたブルータスの怒号が遮る。
「有り得ないッ! 何をした……何をしたんだ、ミカエル!?!?」
「何をした……そんな事、決まっています」
茶を飲み干しブルータスを見据えるミカエルの瞳は、これから振り下ろされる剣の如く鋭かった。
「平和を欲するが故に戦に備えた―――先人たちの教えに、素直に従ったまでの事ですよ」
「ふざけるなぁッ!!」
「じゃあなんです、イカサマだとでも言うのですか?」
「どこでッ、いったいどこで攻撃の情報を掴んだ!?」
ブルータスの言いたい事も、痛いほど分かる。
この攻撃計画は極秘で進められていたものだ。あれだけの大敗北を喫したのだから仕掛けてくる筈はない、と悠長に構えていた協商連合の諜報部にもミカエルから直々に『ルビコンE-89の様子を注視せよ』と直々に提言した事で、今回の動きが発覚したのである。
そうしていなければ、見過ごしていた筈だ。
なるほど確かにイカサマである―――そうなる未来を視て対策を打ったというのであれば。
だが、答えなかった。
腕を組み、不気味な沈黙と口元の笑み―――それがミカエルの返答だった。
「答えろミカエルッ!」
ガチャ、と扉の開く音。
薄暗い広間の中へ、外の光を背に受けながらやってきたのは第二世代型の猫型獣人―――協商連合所属、トランス・コンチネンタル・エアライナーのギルドマスターにして転生者、フライング・アルビオン号船長、『フレイヤ・ラリー』その人だった。
「Hello everyone」
「な、何だ貴様は!?」
ざわざわ、と会場内がざわつき始める。会合中の軍事侵攻にその軍事侵攻の失敗、そしてレギオンの長が一堂に会する会場に部外者が現れたとなればそうもなるだろう。
パンパン、とクラリスが手を叩いた。ざわめく声を上塗りしたところで、ミカエルが凛とした声で告げる。
「静粛に、皆様方。彼女は我がレギオン所属のフレイヤ・ラリー。本日は皆様にお見せしたいものがございまして、彼女に持ってきてもらった次第です」
「見せたいもの?」
「フレイヤ、頼む」
言われるまでもなく、すたすたと立体映像投影装置の方へと歩いていくフレイヤ。リーフェイ代表に「ちょっとお借りしますね」と断りを入れるなり、持参してきた端末をセットして何かをインストールし始めた。
アップロードの進行度を示すバーが100%にまで達するなり、立体映像が切り替わる。
新たに映し出された映像は、衝撃的なものだった―――映像を目にしたレギオン関係者の全員が、ブルータスも含めて真っ青になってしまうほどに。
手枷に足枷をはめられ、ボロボロの衣服を着せられた人々。
牢の中を埋め尽くす痩せ細った奴隷たち。母親から引き離されていく幼い子供。
復員事業と偽って連れて来られた兵士たち―――サン・パライソ島、この世の地獄。
積み上げられる白い粉の入った袋の山。それはケースに丁寧に詰め込まれ、マフィアの売人たちの手によって世界中へと拡散していく。
そして地下にある秘密の工場では密造された武器が大量に生み出され、これも世界中へと売り捌かれていった。
その資金の最終的な結節点として表示されたのが―――老舗レギオン、ミストルテイン。
「これは以前、我々トランス・コンチネンタル・エアライナーが主導したマフィア殲滅、及び奴隷救出作戦の結果得られた情報です」
フレイヤの声が合図になったかのように、会場の中が思い出したようにざわつき始めた。詳細を知る協商連合の関係者以外のレギオン首脳が、信じられないといったような、あるいは失望に満ちた視線をブルータスへと突き立てていく。
当のブルータスはと言うと、真っ青だった。血の気がすっかり引いた死人のような顔で、目を丸くしたまま映像を見つめて凍り付いてしまっている。
「人身売買が行われているとの情報を基に行った強襲作戦。詳しくマフィアを調べたところ、資金の流れは最終的にミストルテインへと行き着いていました。これはマフィアの構成員を尋問し裏付けも取れています」
ゆっくりと、ブルータスが視線をミカエルへと向けた。
なんて事を、なぜ知っている―――そう言いたげな視線を向けられてもなお、ミカエルは表情一つ崩さない。事前に展開を知っていた映画を見ているような、あるいは隠し要素をコンプリートするレベルでやり込んだゲームを作業同然にプレイしているかのような真顔で、じっとブルータスを見つめていた。
「これはどういう事だ、ブルータス!」
「人身売買どころか麻薬に銃の密造だと!?」
「それが老舗レギオンのする事か! 恥を知れ!!」
「落ちるところまで落ちたかミストルテイン!!」
数秒の空白の後、嵐のように罵声が吹き上がる。
ミストルテインと言えば、天地戦争以前から浮遊大陸の軍事分野において秀でていたレギオンである。戦時中も軍に戦力を融通したり、メルキア防衛戦では投入可能な戦力総てをつぎ込んでメルキア陥落を防いだりと、竜人たちからすれば祖国の守り手たる存在なのかもしれない。
獣人からすれば竜人と共に打倒せねばならぬ不倶戴天の敵で、だからこそ畏怖すべき存在として映ったのだろう。
それ故に、ここまで落ちぶれた姿に落胆してしまう。
加えて数々の非合法事業―――奴隷の人身売買という禁忌を犯してしまっている。
この世界において奴隷制度そのものは違法ではない(西欧では違法化する国も出てきている)。しかしそれは吟味に吟味を重ね、度重なる裁判の果てに重罪と断じられた罪人だけに科せられる『人権剥奪刑』によるものだ。
この刑が科せられると罪人は人権を失い、法律上は”物品”に成り下がる―――虐待を受けても、性的暴行を受けても、何をされても法律では保護されない。最低賃金も労働時間も関係なく、ただただ罪状に応じ設定された金額を稼ぐまで人権が戻ってくる事はないのだ。
それだけの厳しい刑罰なのだから、然るべき手順を踏んでから人権を剥奪される事となっており、各国はそれを徹底している。
だからもちろん、人を連れ去って勝手に奴隷にするなどもってのほかだ。発覚すれば人身売買に関与した全員に死刑か人権剥奪刑が言い渡されるのは確定と言っていい。
そんな、汚れに汚れた金をレギオンの活動資金にした挙句、正当な手続きを経て領土を得た協商連合に領土の返還を迫り、叶わぬと悟れば軍事的手段に訴える―――挙句の果てには会合中での軍事行動である。
レギオンとしての信用は、すっかり地に落ちた。
冷ややかな視線を浴びせられながら、しかしブルータスは口をパクパクさせて反論する。
「ち、違う! これは罠だッ、我々を陥れようとするミカエルの罠だッ!」
「罠? 証拠も出そろっているのに、まだそんな事を」
「第一、罪人はそっちもじゃないかッ! 我々の拠点に入り込んで金を盗んでッ!!」
「何を言っているのかさっぱり分かりませんな」
「裁かれるべきなのはこいつらだッ!」
「いい加減にしなさい、見苦しい」
脂汗を浮かべながらなおも捲し立てようとするブルータスに、鋭く輝く切っ先が幾重にも突きつけられる。
暴龍同盟の警備兵たちだった。手にした青龍刀の切っ先をブルータスや側近たちに突き付け、鬼の形相で睨みつけている。
「―――ブルータス殿、今日のところはお引き取り願おう」
「り、リーフェイ殿! これは誤解で―――」
「本日以降、あなた方との取引は全て取りやめにさせていただく。またこの証拠の情報は国際裁判所へと提出する。きっと厳しく罰してもらう故、追って沙汰を待たれよ」
「ま、待っ―――」
リーフェイ代表の眼光が一段と鋭くなった。
ジョンファに拠点を持つ暴龍同盟。その起源はこの中華という帝国が、群雄割拠の戦国乱世であった頃にまで遡る。
ジョンファという極東の巨人と共に歴史を刻んできた最古のレギオンなのだ。
そしてそれを統括する代表にも、皇帝並みの器量と人徳が求められる。
その言葉は、その視線は、どれもこれもが重い。
歴史と、血と汗と、そして覚悟の重みだった。
「ブルータス殿」
先ほどまでの進行役を買って出ていたリーフェイ代表の落ち着きは、鳴りを潜めている。
今の彼はまるで、戦国乱世を駆け抜けた武将のような―――会合の場でなければ刀を引き抜き飛びかかっていてもおかしくないような、恐ろしい気迫であった。
「疾く去ね。私が部下たちに、お主の首を刎ねよと命じる前に」
このままでは本当に首を刎ねられる―――そう本能に訴えかけられたのだろう。
ブルータスは部下を引き連れると、逃げるように立ち上がって部屋を後にしていった。捨て台詞の1つも残さずに去っていったところを見るに、よほどリーフェイ代表の気迫が恐ろしかったとみえる。
「……リーフェイ殿」
「なんですかな、ミカエル殿」
「せっかく用意してもらった和平の場、荒らしてしまって申し訳ない」
「いえいえ、ミカエル殿に非はありませぬ。それはここにいる皆が分かっている事。全てはあの無礼者共に非があるのです」
違いますかな、と笑みを浮かべるリーフェイ代表は、先ほどとは別人のようであった。
「まあ、その通りですね」
「いずれミストルテインにも厳しい処分が下るでしょう……レギオンとしての規模縮小は免れますまい」
「ではこれから、彼らの遺したパイを如何様に分配するか―――残った5つのレギオンで話し合っておきましょうか」
「ええ、それは名案ですな」
後から利権の奪い合いになっても困る―――そんな思惑が、ミカエルにはあった。
そんなつまらない理由でS&Dや暴龍同盟との関係が悪化するのは防ぎたいし、これまでミストルテインと取引していた分の暴龍同盟のリソースを協商連合側に割り振ってもらうためにも、ここは穏便に話を進めておくべきであろう。
全てはミカエルのシナリオ通り。
タイムラインに、何一つ狂いはない。
それがこれ以上ないほど、退屈極まりなかった。
同時刻
カフリア バンザビア
「はぁ~~~~~~~」
退屈そうに溜息をつきながら、男は草原に転がる無数の死骸の上に腰を下ろした。
猛獣やゴブリン、トロールにオーク……奥に見える巨大な死骸は、”征服竜”の異名を持つ巨大な竜、『ガノンバルド』のものだ。通常Aランク以上の冒険者が複数のパーティーで挑み、一般的に7割の損害を覚悟してやっと勝利できるレベルの難敵である。
ついさっき仕留めたばかりのガノンバルドを、ゴブリンの死骸の山に腰を下ろしながら見つめ、呟いた。
「つまんねえ」
どいつもこいつも弱すぎる。
もっと闘争本能を刺激してくれる相手は居ないものか。血沸き肉躍るような、身体中の細胞が喜ぶような戦いを提供してくれる強敵は居ないものか。
やはり戦争だ―――戦争が一番だ。
あの戦火の中でこそ人間は本来の姿になれる。理性だの、良心だの、道徳だの、そんな堅苦しい建前の一切合切を脱ぎ捨てた醜悪極まる本性を剥き出しにしてこそ人間であると、彼はそう考えている。
彼の名は”ヘンリック”―――【ヘンリック・アンデルセン】。
二足歩行の獣ともいうべき第一世代型の獣人男性―――ハイイロオオカミの獣人だった。
天地戦争で活躍し、地獄と評されるメルキア沖空戦にて生身で8隻の空中戦艦を撃沈に追いやった事から『八艘飛びのヘンリック』、『皆殺しのヘンリック』、『鉄拳のヘンリック』とも呼ばれている。
戦時中は13回に渡り赤星英雄突撃勲章を受章。記念切手も発行されるなどまさに英雄の如き扱いを受けた御仁であるが、しかしそんな事では彼の本心は満たされない。
―――戦いを。
―――地獄のような大戦争を。
だから何度も暗躍した。裏でミストルテインにコンタクトを取り、協商連合と泥沼の戦争をさせる事で天地戦争の再燃を促そうともした。
しかしそれもうまくいかず、さてどうしたものかと考えながらヘンリックは不機嫌そうにゴブリンの死骸を踏みつける。
ぐしゃあ、と潰れ吹き上がる血肉も、しかし彼の心を慰めるには至らない。
「はぁ~…………殺してえなぁ」
戦いへの渇望が満たされる事は―――ない。
暴龍同盟
ジョンファ帝国、上海に拠点を置く極東最大規模のレギオン。代表はユァン・リーフェイ。『世界の商人』を標榜するレギオンであり、その豊富かつ強靭な物流ネットワークを駆使しあらゆる国や地域で商売をしている。世界の商人の自負は伊達ではない。
起源は複数の説があるが、ジョンファ帝国が群雄割拠の戦国時代であった頃にはもう既に原型となる商人たちの共同体が構築されていたとされ、西欧から極東までを結ぶ物流ルートを構築し帝国の繁栄に大きく貢献した。
天地戦争が勃発するとその輸送能力で兵站を支え、獣人軍の撤退戦から反転攻勢に大きく関与した。反転攻勢を主導したノヴォシア共産党をして『極東の大動脈』と評されるほどである。
ジョンファ帝国が多種多様な民族の上に成り立つ多民族国家である事、そして旧い時代の記録が良好な状態で残っているが故に地域や民族ごとの対立も多少なれど残っており、暴龍同盟の代表にはそれらをまとめ上げられるだけの器量と人徳が求められる。並大抵の人物では代表に選出される事はなく、『影の皇帝』と呼ばれる事も。
余談ではあるが、チャンさんも食材を仕入れる際は暴龍同盟傘下の商人から仕入れている。曰く『故郷の味を再現するには故郷の商人から買うのが一番』。




