陰の支配者たち
『这是迈克尔。谢谢您今天的到来(これはこれは、ミカエル様。本日はお越しいただきありがとうございます)』
ジョンファに立ち寄った際にいつも利用しているホテル『雲上宮』にチェックインするなり、総支配人がわざわざ出向いて挨拶してくれた。
『对于临时通知的预订,我深表歉意。谢谢你接受我(こちらこそ、急な予約になってしまい申し訳ない。受け入れていただき感謝しています)』
我ながら流暢なジョンファ語で彼に応じると、ルームキーを手渡された。他の部屋とは違うスイートルームのものだ。
一応言っておくが、ミカエル君はマルチリンガルである。母語たるイライナ語、歴史的経緯から第二言語として習得しているノヴォシア語を始め、イーランド語、スパーニャ語(南米含む)、ドルツ語、フランシス語、フェルデーニャ語、北京語、上海語、広東語、コーリア語、倭国語、カフリア諸語、そして竜人語……協商連合と取引があったり政治的関係性のある言語は一通り網羅している。
ジョンファ語に関してはまあ、妻の1人のリーファとの間に生まれた娘の”ウリエル”がイライナ語が喋れずジョンファ語でやり取りしなければならないという特殊な家庭環境なので、第三の言語としてジョンファ語は死ぬ気で覚えた。そうでなければ愛娘とコミュニケーションがとれないからだ。
仕事が多忙でなかなか子供と遊ぶ時間を確保できなかったのも悪いが、リーファと義母のランファさんがイライナ語ではなくジョンファ語で話しかけるものだからそっちを先に覚えてしまい、イライナ語は現在お勉強中なのだ。分かっていた事ではあるのだがなかなかプライベートの時間を確保するというのは難しいものである……レギオンの舵取りを担う身となれば猶更だ。
さて、話が脱線した。
部屋に案内されるなり、荷物を置いた。さて、このまま4万年の歴史を持つ極東の大国の観光……と洒落込む事ができたら最高なのだが、今回の目的は観光ではない。レギオン会合である。
荷物を部屋に残して、クラリスとシェリルの2人を伴いホテルを出た。見送ってくれたホテルの従業員に礼を述べて外に出ると、頼んでいないのに車まで手配してくれた。至れり尽くせりとはこの事か。
まあ、リーファがジョンファ出身者である事、そしてそんな妻の1人が今の皇帝の血縁者である事、そして協商連合としてはジョンファとも色々仲良くやっている事もあってこのVIP待遇なのだろうが。
車の後部座席に俺とクラリスが、助手席にスーツ姿のシェリルが乗り込んだ。彼女が助手席から運転席に頷くなり、運転手は無言で車を走らせ始める。
上海は天地戦争の影響を受けなかった事もあって、戦前の歴史的建造物が数多く残る旧市街が良好な状態で残っていた。
その前方に、海を臨むかたちで屹立する新市街地。そこが現在、極東における交易の中心地となっている。
しかし今回の会合で指定されたのは旧市街地の方だった。新市街地の方がビジネス関係の設備も発展しているから会合の会場くらい簡単に見つかるだろうと思っていたのだが……主催の『暴龍同盟』のホームグラウンドで会合を開こう、という事なのだろう。
連中は「世界の商人」を標榜するレギオンだ。軍事力もそうだが、冷酷なまでに損得勘定で動く。だから今回の議題に間違いなく挙がっているであろう協商連合とミストルテインの軍事衝突は彼らにとっても大きな痛手であり、今回の会合で収束を図りたいという魂胆が透けて見える。
協商連合はご存じの通り各方面にパイプを持っており、一方のミストルテインも浮遊大陸では一大勢力を築いている。両者が激突すれば燃料を始め、色々と物価が高騰してしまうのだ。暴龍同盟からすれば面白くない話であろう。
さて、レギオン会合は通常、8月と12月の2回開催されるのが恒例となっている。皆が夏休みやらクリスマスでチキンを頬張ったりBBQを楽しんでいる間、こっちは薄暗い部屋の中で神経を尖らせながら言葉を選んで会合をしている、というわけだ。
そして今回のは、その2回の”定例会”とは別の臨時会合。何か早急に解決せねばならない問題が発生した場合に臨時会合が開催される事となっており、天地戦争終戦から8年の間に5回ほど開催されていると記憶している。
やがて会場が見えてきた。
古代中国の宮廷を思わせる、豪華な造りの建造物。入り口には青龍刀を手にした見張りの兵士が2名ほど立っており、車が近付いてくるなり停車するよう促して身分証の提示を要求してきた。
後部座席の窓を開けて身分証を提示するクラリス。こっちが協商連合のトップだと知るや、見張りの兵士は「お待ちしておりました。どうぞ」と一声かけてから進むよう促す。
敷地内で車を降り、運転手にチップを支払ってから建物の中へ。
中に入ると、同じく武装した見張りの兵士が会場に入る前に俺たちを呼び止めてくる。
『很抱歉,场馆内禁止携带武器。如果您有武器,请在此处交出,我们会为您保管(申し訳ありませんが、会場内への武器の持ち込みは禁止です。お持ちの武器はこちらに提出をお願いします。我々が責任をもって保管いたします)』
『是(分かりました)』
だってよ、とシェリルに目配せすると、彼女は上着の内ポケットからグロック29を、それから袖の内側とズボンの裾の中に仕込んでいた小型ナイフを取り外して全て提出した。
俺とクラリスは丸腰だ。まあ、どっちも武器を持っていようがなかろうが、万一の時には前線を張れるくらいの実力はあると自負しているのだが。
手持ちの武器を全て提出し終わるのを待ち、身分証を提示してからやっと会場内へと足を踏み入れる。
「おやおや、これはこれは皆さんお揃いで」
円形のテーブルと、6つの大きな椅子。
既に協商連合を除く5つのレギオン最大手の代表が腰を下ろしては、中華茶を飲んだり腕を組んだりタバコを吸ったりとくつろいでいる様子だった。一番遅れたのは俺たちだったらしい。
席に案内され腰を下ろす。クラリスは傍らに控え、周囲へと視線を向けて警戒を崩さない。特に俺の座っている席と対角線上にある席に座っているレギオン”ミストルテイン”の新たな首領―――【ブルータス】に向けて厳しい視線を向けている。
まあ、過去に乱闘沙汰になりかけた事があったからな……あれは浮遊大陸カッパドキアを正式に協商連合が購入した時か。ミストルテインだけが反対し他のレギオン5つは賛成、その結果に憤慨したミストルテインの代表が掴みかかってきた事があった(すぐにクラリスが投げ飛ばして鎮圧したが)。
まあ、それはどうでもいい。
ミストルテインなど、歴史に残らぬ弱者だ。
何気なく視線を右隣の席に座っているレギオンの代表へと向ける。
隣にはオオヤマネコの獣人の女性が腰を下ろし、静かに中華茶を啜っている。アビエータースタイルのサングラスをかけていて、椅子に座っていても分かる猫背が特徴的だ。ネコ科だからなのだろうか。ジャコウネコ科のミカエル君はそんな事はないのだが。
彼女の名は【アニー・コーマック】。冒険者兼トレジャーハンターという変わったスタイルで仕事をしている人物で、6大レギオンの一角【S&D(サバイバーズ&ドリーマーズ)】の創設者である。
傍らには牧師の服装を身に纏った灰色の髪の竜人【メリー】も控えている。護衛として連れてきたのだろう、男装の麗人といった雰囲気を纏っている。微塵も隙が無い辺りはさすがアニーの巫女と言ったところか。
協商連合がそうであるように、S&Dも戦後になって発足した新興レギオンだ。中核となっているのは彼女が設立した冒険者ギルド『アニー&メリー』。
「最強のギルドはどこか」という問いはこの業界にいるとよく耳にする。ありがたい事に血盟旅団の名を挙げてくれる人もいるのだが、それはさておき「最も武闘派なギルドはどこか」という問であれば真っ先に名が挙がるのが、アニー率いる『アニー&メリー』である。
10倍以上の敵をワンサイドゲームで殲滅した『カリナゴの虐殺』を始め、とにかく空賊狩りで有名なギルドであり、「戦う相手以外は空賊と変わらない」とまで評されるほど敵対者に容赦がない。しかし一方で非のない相手に対しては寛大であり、アニーの人柄もあって義賊的な存在と目されている。
そんなギルドを母体とするレギオンなのだ。この6大レギオンの中で最強なのは、おそらく協商連合かS&Dであろう。
幸い、そんな彼女と対立した事はない。
S&Dは世界中に拠点を持っており、イライナにも拠点を有している。イライナ公国と技術提携をしているレギオンであり、主に対消滅機関関連で余計な摩擦を生まないよう何度も彼女と会合を行ったりしているのでむしろ関係は良好だ。
「……結構大胆な事するのね」
「何が?」
中華茶のおかわりをもらいながら、アニーが言った。
「またミストルテインのリーダー変わったじゃない」
「人は過ちを繰り返す」
それだけの事だよ、と付け加えたところで、レギオン『暴龍同盟』の代表『ユァン・リーフェイ』が席から立ち上がった。
”陰の支配者”とも呼ばれる6大レギオン、その頭目全員が揃っている事を確認すると、威厳に満ちた声で会合の開会を宣言する。
「それでは紳士淑女の皆様、定刻となりましたので臨時のレギオン会合を開催いたします。皆様ご多忙でしょうからお世辞は抜きにして、単刀直入に本日の議題に入らせていただきます。内容は”ミストルテインと協商連合の軍事衝突について”です」
ほらきた。
オイオイお前らのせいだぞ、とミストルテイン側の代表ブルータスに向かって肩をすくめてやると、向こうは鬼の形相でこっちを睨んできた。
おー怖い怖い。あんな怖い顔で睨まれたらミカエル君失禁しちゃうにゃん。
「先月、浮遊大陸カッパドキア沖で発生したこの一連の軍事衝突は我々も注視しておりました。ミストルテインは天地戦争で軍事力の一翼を担った老舗レギオン、そして協商連合は最高峰の技術力を誇る新興レギオン。あまり派手にやり合ってもらわれては困りますな」
「ええ、こちらとしてもあのような紛争は本意ではなかったのですが……なにせ我らの庭を土足で踏み荒らす輩が現れたわけですから」
「戯言を!」
発言を遮るように憤ったのはブルータスだった。まだ若いだろうに、般若みたいに険しい顔をしながら立ち上がり、立体映像をテーブルの上に投影させてから捲し立て始める。
「元よりカッパドキアは我らの大地! それを後からのこのことやってきて掠め取っていったのは貴様らだろうが!」
「落ち着いてください、ブルータス殿。カッパドキアは元々無人の浮遊大陸で、戦前から開発も行われずに半ば放置されていた大陸です。それを我らが国際法に則り、当時のミストルテインの代表にお伺いを立て正式に購入したものです。掠め取るなどそんな人聞きの悪い。そんなに言うのであれば先代の代表に確認を―――」
ここで言葉を一旦止め、口元に冷笑を浮かべた。
「―――ああ、失敬。先代代表は既に灰になっておりましたな」
「ミカエル貴様ぁッ! 貴様が殺したんだろうが!」
「私が? はて、どうやって?」
「とぼけるんじゃない! 貴様が我らの本部に乗り込んで―――」
「私はずっとエンジェルパレスでカッパドキア紛争の指揮を執っておりました。証拠をと言うのならば……クラリス」
「こちらに」
リーフェイ代表に目配せし、クラリスにブリーフケースを渡すよう促した。
「当時の全ての通信記録です。ご検証をよろしくお願いします」
「承りました」
「本当はブルータス代表にお渡ししたいのですが、あの剣幕です。変な色眼鏡をかけて見られてしまってはたまったものではない」
困ったものである。
カッパドキアは元々、無人の浮遊大陸だった。
アルカディアの人口も増えてきたので将来的な入植地が欲しかった協商連合は、気候条件なども考慮し住みやすい場所としてカッパドキアを正式に購入。当時のやり取りに使用した書類もしっかり保管されている。
さて、そんなカッパドキアで地質調査をしていた最中に発見されたのが、例のテンプル騎士団の空中艦だ。明らかにこの世界の技術ではないそれの存在を知るなり、一度カッパドキアを明け渡したミストルテインは態度を豹変させ「返せ」とゴネ始めたのだからたまったもんじゃない。
「ブルータス殿、先代代表の不幸には哀悼の意を表する。願わくばミストルテインの長い歴史に、これ以上泥を塗る事の無い振る舞いを期待したい」
これ以上怒鳴り散らせば”会合の秩序を乱した”として強制退席させられる恐れもあるからなのだろう。ブルータスはそれ以上喚き散らす事なく、血が滲むほどきつく拳を握り締めてそっと席に着いた。




