表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
97/149

レギオン会合

どうでもいい話


 ミカエル君は生まれてから一度たりともコイントスで裏を出した事がなく、逆にラウル君は生まれてから一度もコイントスで表を出した事がない。


 意識をより深く潜航させると、自分とそれ以外の境界線が曖昧になっていく感覚すら覚える。


 そっと瞼を開けたミカエルは、目元に涙の痕が残っている事に気付いた。どうやら”向こう側”を観測、そこにいる()()()と対話している間に涙を流していたらしい。


 無理もない事だな、と思う。


 もし自分も同じ立場に立たされたのならば、きっと涙が枯れるくらい泣くだろう。


「ああ、ご主人様」


 部屋に入ってきたクラリスが笑みを浮かべ、傍らへとやってきた。手には温かいミルクティーがなみなみと注がれたティーカップがある。


 砂糖をたっぷり入れた甘いミルクティー。主人の好物をしっかりと把握し、言葉に出さなくとも欲しいタイミングで持ってきてくれるクラリスにはいつも頭が上がらない。


 今でこそ平民の身分でありながら、冒険者ギルド『血盟旅団』の団長として、そして血盟旅団を中心に、くまさんハウスやトランス・コンチネンタル・エアライナーといった名だたるギルドの連合組織、レギオン『協商連合』を統括する代表にまで上り詰めたミカエル。


 しかしそれは自分一人の力で得た権力では決して無い、と彼女は常々考えている。今日まで支えてきてくれた家族や仲間たち、そしてミカエルを信じてここまで付いてきてくれる人々の力添えがあるからこそ今の栄達があるのだ、と。


 故にミカエルは、慢心や増長を知らない。


 故にミカエルは、権力に溺れる事を知らない。


「また、()()()()のですか」


「……本当、不便な能力だよ」


 ハンカチで涙を拭い去り、ありがとう、と礼を述べてからティーカップを受け取るミカエル。彼女が今のような、どこか冷めきった退屈そうな雰囲気になってしまったのもこのユニークスキルが原因だった。


 ユニークスキル『全知全能(オールノウイング)』。


 全知全能とはすなわち、文字通りの”総て”を知る事に他ならない。


 知りたい事も、そして知りたくない事も―――情報の濁流さながらにどっと頭の中に流れ込んできては、それらの取捨選択も済まないうちに次から次へと情報が、記憶が、総てが流れ込んでくる。


 ミカエルは今年で31歳。しかし彼女は、体感では1000年にも匹敵するほどの人生を経験したと錯覚している。


 時折思うのだ。ミカエル・パヴリチェンコという個人にこのような能力を与えたマザーは、ミカエルを死ぬほど憎んでいるのではあるまいか、と。


 そうでなければこのような、拷問にも近いスキルを与えたりはしない筈だ。


 俺って何かマザーに恨まれる事をしただろうか、と考えながらミルクティーを静かに啜り、いつも通りの笑みを浮かべる。


「うん、美味しい。甘さ加減が絶妙だね」


「お褒めの言葉、痛み入ります」


「これ、砂糖変えた?」


「はい。リューキュー産の砂糖を使いました。甘みが濃厚でご主人様のお口にも合うかと」


「ん、いいチョイスだよクラリス。ありがとう」


 コンコン、と扉をノックする音に、ミカエルはハクビシンのケモミミをぴょこっと立てた。


 誰だ、と問う事はしない。微かに聞こえていた足音からその人物の体重や体格は推定できるし、匂いも分かる。仮にそれらの情報が一切なかったとしても、ミカエルにはすべて分かるのだ。


 いずれにせよ、()()()()()()()()なのだから。


「どうぞ」


「失礼します」


 堅苦しい挨拶と共に入ってきたのは、妻の1人のシェリルだった。いつも通りのマルチカム迷彩のコンバットパンツとコンバットシャツ姿ではなく、黒いスーツにグレーのワイシャツ、赤いネクタイという正装だ。


 男装の麗人、という表現がぴったりである。まあ彼女の場合はミカエルに付き従う執事というよりは、要人警護を務めるSPのようである。実際、上着の内ポケットにはコンパクトサイズのグロックでも携行しているのだろうな、とミカエルは既に看破している。


「たった今、アルカディアより連絡がありました。サン・パライソ島襲撃作戦は成功。奴隷たちは全員解放し、投降した15名のマフィア構成員は身柄を拘束。こちらの損害はゼロ……完璧な作戦遂行となった、とフレイヤ様から」


「そうか、誰も死ななかったか。よかったよかった」


 この人はこういうお方なのだ、とクラリスは口元に笑みを浮かべた。


 敵にどれだけの打撃を与えたのか、戦には勝てたのか―――普通の将軍であればそちらを気にするだろう。戦争とはそういうものだ。どれほどの犠牲を払ってでも勝たなければならない局面というのは必ず存在する。


 人間の命とは、必ずしも最も重いとは限らないのだ。時にはその尊い命を切り捨て、勝利を選ぶという非情な決断が必要になる事もあるのだから。


 しかしミカエルには、それがない。


 戦いの勝利よりも仲間が無事に帰ってきたという事を喜ぶ―――軍人として考えるならば異端とも言えるであろう。


 だが、その優しさがあるからこそ皆がついてくるのだ。


「……やはり、驚きませんか」


「まあ、ね。()()()()()()()()()()()()


 ミカエルにとっては、既に結果が見えていたのだろう。


 サン・パライソ島襲撃作戦の成否も―――そしてそこから何が出てくるのかも。


「……得た証拠はフレイヤが端末に送ってくれました。人身売買の他にも武器、麻薬の密輸までやっていたそうです」


「……協商連合(ウチ)も真っ当な商売とは言えないけどさ、連中も真っ黒だよなぁ」


 ひょこ、とミカエルの頭の上にペットのハクビシンが顔を出した。頭から膝の上まで器用に降りてくると、遊んでくれとでもいうかのようにお腹を見せつけながらゴロゴロ喉を鳴らし始める。


 膝の上でハクビシンを撫でると、ミカエルの口元にも笑みが浮かんだ。


 ハクビシンと、ハクビシン型の獣人―――お互いに意思の疎通ができる組み合わせである。傍から見れば人間とペットがじゃれ合っているようにしか見えないが、何か会話でもしているのだろうか。


 そんな事をぼんやり考えていたクラリスは、しかしすぐに口元から笑みが消え失せた瞬間を見逃さなかった。


「で、ズメイ砲艦隊の整備状況は」


「タイムライン通りにつつがなく。ソーキルへの小型ズメイ砲の搭載も完了、現在は新型機関部とのマッチング及び最終調整の段階です。あと2日もすれば飛べるレベルになるかと」


「そうか……」


 果たして間に合うかな、という言葉をミカエルは呑み込んだ。


 あと2日で飛べるレベル―――そこから各種テストや乗員の慣熟訓練も含めて、実戦配備までにかかる期間はさらに伸びるだろう。


 シェリルは「タイムライン通り」と報告したが、ミカエルの想定と比べると少し遅れている。


 念のためのプランBも用意しておくべきか―――顎に指を当てながら考えていると、天井にあるスピーカーから艦長からのアナウンスが流れ始めた。


《ミカエル様、ジョンファ帝国の領空に入りました。上海まであと1時間です》


 もうそんな時間か、とミルクティーを啜りながら思う。


 サン・パライソ島襲撃作戦をフレイヤたちトランス・コンチネンタル・エアライナーに一任し、浮遊大陸アルカディアを留守にしている理由は他でもない。上海で開催される【レギオン会合】に出席するためである。


 天地戦争後、100年に渡る大戦を経て疲弊した両陣営の穴を埋めるかの如く大頭してきた6つの最大手レギオンたち。その頭目たちが一堂に会し活動や情勢について議論を交わす場。


 ミカエルもまた、最も歴史の浅い新興勢力の長としてその会合へ出席するべく、こうして協商連合代表専用艦【ラ・ピュセル】で上海へと向かって飛んでいたのである。


 大国を補完するように経済を回し、軍事力や技術力に至っては自由天空連合、統一獣人戦線両陣営のそれを上回る事から【影の支配者たち】とも呼ばれる6人のレギオンの長。


 その議題に挙がるのが何なのか―――ミカエルはもう、分かっている。


 そしてこの会合の結果がどうなるのかすらも。






 ―――全てはもう、決まった事だ。






 一度決まった運命は、決して覆らない。


















 天地戦争中、ジョンファもまた100年も続いた大戦の影響を大きく受けた。


 国土の北方、その一部は戦場にもなった。さすがにイライナやノヴォシア、ポルスキーのように国土のほぼ全域が戦場になるような事はなかったけれども、極東経済の中心である事や豊富な資源を有する国家であった事から竜人側の標的とされ、戦時中は二度に渡る大陸落としを受けたとされている。


 旧首都だった重慶はそれで壊滅し、天地戦争末期より首都は北京へと移った。


 もしもっと早い段階でノヴォシアが斃れていたならば、竜人たちはその矛先を東欧と西欧、そして極東に向けていたであろう事は想像に難くない。搦め手としての侵攻であったとはいえ本土決戦となってしまった事に変わりはなく、記録によると兵士たちだけでなく農民たちまでもが決死の覚悟で竜人たちの前に立ちふさがったのだそうだ。


 記録ではそうなっているが、結局は当時の皇帝の采配による精鋭部隊温存と敵に物資の浪費を強いるための捨て石として農民や二線級の部隊を矢面に立たせ、反転攻勢に温存していた精鋭部隊を投入したというのが実情だろう。正直言って、俺の嫌いなやり方だ。


 合理で考えればそうなのだろうが―――何もかも合理性を優先していたら、それは果たしてヒトと呼べるのだろうか? 肉体を持ち、熱い血を宿すだけの機械と何も変わらないのではないだろうか?


 実際に、そういう道を選択してしまった自分も見ているから解る。それは最早ヒトではない、と。ヒトの道を踏み外し、けれども機械にもなり切れなかった”何か”でしかないのだ、と。


 上海空港へと、協商連合代表専用艦『ラ・ピュセル』がゆっくりと降りていく。操縦補助にAIを用いているとはいえ、ランディング・ギアが滑走路に触れた事すら感じさせぬ綺麗な着陸は見事であろう。おお、と思わず声に出してしまったほどだ。


 誘導員の誘導に従い、ラ・ピュセルはタキシングしながらゆっくりと駐機場へ。民間の空中艦や飛行機の駐機場とは異なる、専用の駐機場へと案内されていく。


 既にそこには複数の空中艦が停泊しているところだった。いずれも非武装で、自分たちの属するレギオンの資金力や権力を誇示するかのようにこってりと装飾されたデザインが目立つ。それらと比べるとラ・ピュセルは装飾が控えめで、しかし曲線を多用した優美で前衛的なデザインが特徴だった。装飾よりも技術を見せつける方向性のデザインなのだ。


 鞘から抜き払われた騎士の剣、あるいは翼を広げる白鳥のようだ、とよく言われる。


 レギオン会合はあくまでも議論と対話の場である。だからいくら軍事力を有するレギオンとはいえ、武装した艦で会合の会場へと乗り付けるのはご法度だ。レギオンのトップを襲撃しようとしている、と見做され開戦と相成っても文句は言えない。


 だから細心の注意を払わなければならないのだ。自衛用の武装ですらよく吟味しなければならない。


 ラ・ピュセルは完全非武装の空中艦である。まあクラリスの存在自体が武装みたいなもんだし大丈夫だろう。この人、月までサキュバスを殴り飛ばした事あるし。


 そのうち空中艦も投げ飛ばすんじゃないかと妻の馬鹿力に背筋が寒くなる感覚を覚えていた俺の視界に、1隻だけ他の空中艦とは趣の異なる空中艦が停泊していたのが見えた。


 サイズは他の艦と比較するとやや小ぶりで、ラ・ピュセルと同じくらいか一回り小さいくらいだろうか。過度な装飾こそないが、富裕層向けの豪華客船を思わせる優美なフォルムをしており、マストでは倭国の所属を意味する日の丸と……それから企業のロゴらしき旗がはためいている。


 艦首のハルナンバーのところには【ハナマル】という船の名前らしき記載が、艦尾や船体側面には【雪船航路飛船】という企業名の表記がある。


 ん……”雪船”?


 いやまさか、と頭の中の二頭身ミカエル君ズの顔がちょっと青くなる。


 雪船ってあの雪船か?


 倭国の蝦夷を拠点としている極東の商人だ。確か海外進出をしたがっていたところに大手レギオン【S&D】から声がかかり、最近色々と組んで仕事をしている……的な情報を聞いた事がある。


 今まで認識した事の無い事例だったので注視していたからよく覚えているが、それはさておき。


 ―――”雪船”って、()()()の実家だ。


 頭の中、記憶の奥深くから垂直に浮上してくる記憶。衝動のままに炎と日本刀をぶん回す某エゾクロテン剣豪の姿が、目元に黒線の修正が入った状態で浮かんでくる。


 え、アイツいるの? 


 こっちにも居るのアイツ?


 おおうマジか……待って知らない、ミカこんな展開知らない。


 予想外ですわコレ、と白目を剥きつつも、少し楽しくなった。


 今だから言える―――予想外の波乱ほど刺激に満ちたサプライズはない、と。







 




 

協商連合代表専用艦『ラ・ピュセル』


全長

・190m

全幅

・48m(エンジンポッド、艦尾放射状スタビライザー含む)


動力

・フリスチェンコ式対消滅機関(直列型)×2

・反重力推進


同型艦

・1番艦 ラ・ピュセル

・2番艦 ジル・ド・レ


武装

・非武装



 協商連合の保有する代表専用艦。代表がレギオン会合に出席する場合に搭乗する事が殆どであるが、居住設備や優れた生存性、通信システムが整っている事から他の友好ギルドやレギオンから要人を招いた場合、あるいは後ろ盾となっているイライナのキリウ大公がアルカディアを訪れる際の御召艦となる事もあるという。


 レギオン会合とはその名の通り、最大手となっている6つのレギオンのトップが一堂に会し行われる会合であり、当然ながら敵対関係にあるレギオンのトップとも顔を合わせる事となる。その際、原則として武器の持ち込みが禁止される会合での無用な誤解を避けるためにも代表専用艦は非武装を徹底されており、ラ・ピュセルもミサイルを欺くためのチャフやフレア、ECM程度しか搭載していない。


 『抜き払われた剣』『羽ばたく白鳥』とも例えられる通り、純白の船体に優美な艦首、艦尾に向かい放射状に広がる機関部とスタビライザーが外見的な特徴。艦橋は船体後方、居住ブロックと機関ブロックの付け根付近に存在し、楕円形のゴンドラ型艦橋を艦底部から下へ吊るす方式となっている(つまり艦橋が下にある)。また生存性向上のため、艦橋を艦内へと引き込み収納する事も可能。


 装甲はチタン合金に人工タイプの賢者の石をインサートした複合装甲となっており、更に装甲の層の間に対衝撃ジェルを充填する事により被弾時の衝撃を完全に抑え込む設計となっている。貫通されてもジェルが瞬時に硬化し破孔部を塞ぐため、艦内への被害は最小限となる。

 機関部には2基直列接続したフリスチェンコ式対消滅機関を2基搭載する他、人工タイプの賢者の石が発生する重力場を制御する事で重力ベクトルを操作、補助的に船体を浮遊させたり回頭の際の推力として活用するなど、チェルノボーグ級にも採用された最先端技術が惜しみなく導入されている。


 1番艦ラ・ピュセルはミカエル専用艦、2番艦ジル・ド・レはヴァシリー(レギオン代表補佐官)専用艦となっている。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
絶対、アイツじゃん
実時間31年で体感1000年分の知識と経験を否応なしに…ですか。知識と情報の時間断層(強制)というのはミカエル君が何度もぼやいてますが、本当に拷問に等しいですよね。何かマザーに嫌われるようなことしたか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ