英雄の血脈、悪魔の血脈
どうでもいい話
チャンさんは料理の修行のため倭国を訪れた際、ラーメン+餃子+ライスのセットを見て思考停止した事がある(※ジョンファでは全部主食)。
肩を思い切り殴りつけられたかのような衝撃と共に、7.62×51㎜NATO弾が人型の的の頭を撃ち抜いた。
パタン、と倒れる標的。それと時を同じくして、別の場所から人の姿をした的が跳ね起きてくる。そいつらにも同じようにAimpoint comp M2のレティクルを瞬時に重ねて発砲、頭を撃ち抜き撃破する。
段々と作業じみてくる射撃訓練。撃って倒して、撃って倒して、撃って倒して……その繰り返しだった。
そろそろ弾切れだな、と脳内の残弾カウントが0になる。銃を左に傾けて薬室内をチェック。残弾ゼロを目視確認してからマガジンリリースボタンを押しつつ銃を振る。するりと20発入りのマガジンが抜け落ちるのを確認するまでもなく、チェストリグからマガジンを引っ張り出して装着。ボルトリリースレバーを手のひらでぶっ叩くようにして初弾を薬室へと装填、射撃を再開する。
この一連の動作がもう、考えなくても身体が勝手にやってくれるようになった。もちろんマガジンは原則としてダンプポーチに回収、再利用する事となっているが、緊急時はそうもいかない。ケースバイケースなのだ。
訓練用に用意した弾薬を全弾撃ち尽くしたのを確認。念のためチャージングハンドルを何度か引いたり、薬室の中を目視で確認。残弾がない事を確認しつつ空撃ちして確実に弾が出ない事を確信してから、安全装置をかけて休憩用のブースへと戻った。
MARS-Hのクッソキツい反動にも、もう慣れた。
分解整備のためにグリースやらクリーニングキットを用意していると、カチ、カチ、とマガジンに弾薬を装填する音が聴こえてきたのでふと顔を上げる。
視線の先にはシスター服姿の褐色の少女―――フルールがいた。
20発入りのマガジンに7.62×51㎜NATO弾を1発ずつ、指が赤くなるくらい力を込めながら押し込んで、20発フル装填するなりトントン、とマガジンの背中を軽く叩く。ああする事で装填された弾丸がキッチリと揃い、装填不良を起こす確率が減るのだそうだ……本当かどうかは定かではないが(一応俺もおまじないのつもりでやっている)。
「……悩んでるのか」
主語も何も無しに、まるで最短距離で突っ切って来るかの如く話を振ってくるフルール。
言うまでもないだろうが、俺の事だ。サン・パライソ島での一件の事に違いない。
クラルテだけではなく、他の皆にも心配をかけていた事を恥じながら頭を掻いた。今までこんなに葛藤するような事に直面した事ってあっただろうか……幼少の頃、空手の道場の先輩にひたすらボコられ続け「もう空手やめたい」と母に泣きついた時以来だろうか。
あの頃は同年代の子供が殆どおらず、俺の組手の相手はもっぱら2~4歳くらい年上の先輩が当たり前だった。ライバルなんて居なかったから切磋琢磨なんて概念も理解できず、ただただ絶望的な壁を乗り越えるために血反吐を吐きながら鍛錬を続けたものだ。
懐かしい……って今そんな話じゃないか。
「あ、ああ……ごめん、なんか心配かけちゃって」
「いい。誰しも悩む事はある」
むしろ悩まない奴の方が怖い、とフルールはぶっきらぼうに言い切った。まあそりゃあ確かに、悩む事も無ければ躊躇もせず突っ切っていく馬鹿の方が怖い……色んな意味で。
「―――あのリカルドって人、ラウルの大切な人なんだろ?」
「ああ、兄貴分だよ。血の繋がりはないけど……俺にとっては歳の離れた兄ちゃんだ」
だからこそ、そんな家族同然の相手を傷付けられて怒りが限界に達した。
孤児院で誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも賢くて多くの弟妹たちから慕われていたリカルド兄ちゃん。戦争さえなければもっとまともな職に就いて、スパーニャ国内と言わず世界で活躍できる人材だったに違いない。
そんな人が戦争で徴兵され、復員事業だと嘘をつき奴隷にして、あんな姿にした連中が憎くて憎くてたまらなかった。だからこそ簡単には殺したくなかったし、許すつもりもなかった。自分たちのした事を悔い改めさせながらじわじわと殺してやりたかった。
俺が正義の裁きを下すのだ、なんて思い上がった事を言うつもりはない。事実、あの場で俺がやったのは【戦い】ではなく明確な【殺し】だった。抵抗も許さぬ一方的な【殺し】だ。
「……じゃあ、ラウルが怒るのも当たり前だな」
さらりと肯定するような事を言い出すフルール。
「大事な人を傷付けられて怒るのは当たり前だ。逆にそんな事をされて冷静な奴が居たら、私はソイツを絶対信用しない」
「……」
「そ、それに……私が散々やられた姿を見て、ラウルは怒ってくれただろ? あの時………そ、その、嬉しかったんだからな、私っ。私のためにこんなに怒ってくれるんだ……って」
「お……おう」
そりゃあ、ねぇ?
助けに来た人があんな無残な姿にされていたらそりゃあキレる。
もじもじと恥ずかしそうにするフルール。気のせいか、頬がうっすらと赤く染まっている。
「だ、だからっ! そ、その、だな……ラウルは間違ってないから、そんな気にしなくていいと思うぞっ!」
「お、おお……ありがとう」
「ん……すっきりした?」
「ん、すっきりした。ありがとうフルール」
まあ、攻撃的過ぎた事だけは注意しておくべきだが……。
なんだかあんな深刻に悩んでたのが馬鹿らしく思えるレベルには、落ち着いた。
そっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。真っ黒なヴェールの下でキンイロジャッカルのケモミミがピコピコ動いているのが感じられる。これヴェール取ったらすっげえ勢いで動いてるんだろうなぁ……なんて思っていると、フルールはもじもじしながらもすすすっと隣にやってきた。
「……もっと」
「……ん?」
「もっと……もっと撫でて。5分くらい」
「……ん」
「~♪」
クラルテにも、フルールにも―――皆に心配かけちゃったな、と少し反省した。
けれども、もう大丈夫。
皆のおかげで不安は晴れた。
もう、1人で何とかなる。
ありがとう―――感謝の気持ちを抱きながら、フルールの頭をしばらく撫で続けた。
キンイロジャッカルの尻尾が、嬉しそうに左右にぶんぶん揺れていた。
この後ロザリーに「浮気???」って詰められたのはまた別の話である。
エンジェルパレスからは、星空がよく見える。
地上よりもずっと星空に近い場所。黒い空の向こう、宇宙という暗黒の海原にほど近い場所。
けれどもそんな場所にあって、手を伸ばしても星には決して届かない。
単に星がよく見えるから、という理由以外にも―――宇宙という存在の大きさを肌で感じられる場所だからこそ、フレイヤはここがお気に入りの場所だった。
「―――で、君は何が知りたいのかな?」
口元に不敵な笑みを浮かべながら、振り向きもせず星を直視しながらイーランド語で言葉を紡ぐフレイヤ。
まるで影の中から滲み出てきたかのように、いつの間にか展望台にいるフレイヤの背後には巨大な人影があった。骨格からして明らかに人間ではない―――獣により近い形態を持つ、第一世代型獣人の男。ヒグマの獣人ヴォイテクだった。
その眼光には、いつもの頼れる兄貴の面影はない。
ただただ戦に備える戦士のような、隙を見出す事すら難しい雰囲気があった。
「……”ヘンリック”という男を知っているか」
フレイヤは何も答えなかった。
何も言わず、星空を見上げ続ける。その視線の先に瞬くオリオン座を見上げながら、少しだけ手を伸ばしてみるフレイヤ。
「―――【ヘンリック・アンデルセン】」
ヘンリック・アンデルセン―――もし仮にこの世界における有史以来の邪悪な人間の名前を列挙しろと言われれば、おそらく早い段階で出てくるであろう男の名。
今でこそ”天地戦争の英雄”だなどと持て囃されているが、あれはそんな男ではないのだ。
実際に最前線で戦っていたヴォイテクだからこそ、分かる。
そして断片的にその情報を知るフレイヤも、だ。
「出身地はデンマルク王国ホリング。天地戦争末期に活躍、メルキア沖空戦にも参戦し生身で8隻の空中戦艦を撃沈に追いやった事から【八艘飛びのヘンリック】、【皆殺しのヘンリック】とも呼ばれる……」
そこまで話を続けて、初めて彼女はヴォイテクの方を振り向いた。
「最近、やけにコイツの名前を目にするんだ。どうしてだろうね」
「……」
「もしや……あの子が呼び寄せてるのかな?」
「気付いてたのか」
「可能性の1つとして考えてただけだよ。なにせ、ヘンリックの血縁者は世界中にいるからね」
「……アイツ、女癖は悪かったからな」
英雄色を好む、という言葉があるがそれはヘンリックにこそふさわしいのかもしれない。あの男は好戦的で現れた戦場では必ず敵に大損害を与えていた事から英雄視された一方で、女に目がなく出会った女性と肉体関係を持っては次の戦地へと渡っていったものだ。
ヴォイテクの記憶が正しければ、ヘンリックは既婚者であった筈である。
「どこかの不幸な女に産ませた子……まあ、そんなところだろうね」
「で、そんな戦争の擬人化みたいな遺伝子を世界中にぶちまけやがった性欲の化身は今どこに?」
「たぶんカフリア辺りじゃない? あの辺民族対立とか宗教対立とか色々凄いし」
「カフリア……」
天地戦争の最中でも、あの地域では紛争が絶えなかった。
要因は様々だ。民族対立や宗教対立、そしてあの地に眠る石油やダイヤモンドといった資源の採掘利権の絡んだ紛争。天地戦争が始まると竜人たちはそれに目をつけ、イライナやノヴォシアでは獣人と竜人の全面戦争が、カフリアでは両陣営の代理戦争が繰り広げられるこの世の地獄が繰り広げられた。
そして100年続いた天地戦争が終結してもなお、カフリアでの紛争は続いている。
戦を何よりも愛するヘンリックにとっては、まさに楽園のような場所であろう。
「どうしたのさ、序列2位の転生者がそんな奴を気にしてるの?」
「……俺が危惧してるのは、奴が協商連合とミストルテインの紛争に介入してこないかどうか、だ」
それはフレイヤも危惧していたのだろう―――いざ口に出すと、彼女も目を細めた。
仮にも老舗レギオンと新興レギオンの対立である。竜人側の軍事力の一翼を担うミストルテインと、獣人のミカエルが率いる協商連合。両者を煽り代理戦争に仕立て上げても良し、長引かせて天地戦争の再演を初めても良し―――火が付けばたちまち世界を吹き飛ばしかねない火薬庫のような状態なのだ。
そしてヘンリックは、それに火を点そうとしている。
自らの好む戦乱の世を生み出すために。
「嫌だねぇ―――父との望まぬ再会、か」
アイツはラウルと会わせたくねえなあ、とヴォイテクは呟いた。
ヘンリックの血脈―――”呪い”という概念を言い表すのに、これ以上適切な言葉はないだろう。
自分の出生と父の正体を知ったラウルがどうなるか、考えたくもなかった。
星空の只中で、紅い星がぎらりと煌めいた。
第六章『果てなき空の航路』 完
第七章『大地が落ちた日』へ続く




