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作戦を終えて

どうでもいい話


 ソコロフ君は動物保護団体のデモ行進の隣で並走しながらステーキを食べるのが趣味。


 サン・パライソ島を飛び立つフライング・アルビオン号と入れ違いになる形で、船体両舷に大型のコンテナユニットを搭載したトキがサン・パライソ島へと降り立っていった。


 コンテナユニットからぞろぞろと降りてきたのは航空隊ではない。防護服に身を包み、K2小銃や火炎放射器で武装した死体処理班だ。


 最終的に、サン・パライソ島のマフィアは投降した15名を除いて皆殺しにした。その15名も一旦アルカディアに移送してから尋問、その後に法に照らし合わせて厳しい処罰を行うとの事だ。


 それはさておき、今のサン・パライソ島は死体の山である。


 戦闘終結からそろそろ24時間。奴隷たちの収容と後始末に色々手間取ってしまったし、まさかこんなに死体が増えるとはこっちも思っていなかった。そこでアルカディアの協商連合本部に要請し死体処理部隊を送ってもらった、というわけだ。


 にしても貨物船から軽空母にジョブチェンジさせられたり死体処理班を乗せて強襲揚陸艦じみた仕事をしたりと、なんだかんだで仕事を選ばない空中艦トキ。艦のスペック的にも拡張性に余裕があり、組織からすれば「痒い所に手が届く」便利屋といった感じなのだろう。


 西へ東へと突っ走らせられるトキに哀愁にも似た感覚を抱きつつ、窓を離れた。


「はーい、並んでくださーい! 大丈夫、全員分の医療品とベッドは確保できてまーす!」


「そっち押さえて。いくよ、1、2の……3ッ!」


 フライング・アルビオン号の船内に設けられたダンスホール。


 普段であれば富裕層の乗客たちが、楽団の生演奏に合わせてダンスパーティーを楽しんでいるであろう優雅な空間は、しかし衰弱した奴隷たちと医療スタッフでごった返していた。


 空飛ぶ豪華客船でありながら、協商連合の保有する最大の空母でもあるフライング・アルビオン号。有事の際には負傷兵の受け入れも行う想定がなされていたのだろう、よく見るとダンスホールの床には傷病者を収容できるようベッドの固定具や酸素供給用のホース、電源が目立たないよう埋め込む形で用意されているのが見て取れる。


 受け入れた奴隷たちの健康状態は劣悪だった。ただ単に風呂に入っておらずシラミに苦しんでいるだけならばまだ良い方で、栄養失調や感染症での衰弱が6割を占めていたのだから笑えない。連中は大事な売り物をこんな雑に扱って問題はなかったのかと思ったが、どうせ替え(スペア)はいくらでも用意できるとか、そんな感じで軽く見ていたのだろう。


 船内の売店で水を買ってから、さっきフレイヤから教えてもらった部屋へと向かった。


 感染症と栄養失調の患者は隔離されているが、中でも重症の奴隷たちはダンスホールではなく個室で手厚い看護を受けている。


 E-731、と記されたプレートが目に入り、ドアの前で足を止めた。


 コンコン、とドアをノックしようとするとドアが開き、ちょうど看護師が出てきたところだった。マスクをした彼女は会釈すると、足早に隣の部屋へと入っていく。


 息を吐き、部屋に足を踏み入れた。


 ベッドの上ではリカルド兄ちゃんがいた。個室の窓から覗く真っ赤な夕焼けをぼんやりと見つめていて、一瞬そのまま眠っているのではないかと思ってしまう。


 ベッドの傍らにあるテーブルの上には、空になったお椀とレンゲがあった。


 作戦が終わってからというもの、チャンさんはフライング・アルビオン号船内の中華レストランの厨房を借りてずっと中華鍋を振るっている。消化器官に優しい料理を、固形物の摂取が難しい奴隷たちにはお米の原型が崩れるほどとろとろに煮込んだ中華粥やスープを振舞っているのだ。


 それはしっかりとリカルド兄ちゃんのところにも行き届いていたらしい。あんなに衰弱していたのに、小さめのお椀とはいえ平らげるほどなのだからよっぽど美味かったに違いない。


『Hermano mayor Ricardo(リカルド兄ちゃん)』


 慣れ親しんだスパーニャ語で語り掛けると、兄ちゃんの頭に生えてるイベリアオオヤマネコの耳がぴくりと揺れた。


 こっちを向こうとするリカルド兄ちゃん。でも動きがぎこちなかったので、『Oh, no, hermano mayor. Si no descansas(ダメだよ兄ちゃん、安静にしてないと)』と慌てて駆け寄る。


 水のボトルを傍らの机の上に置いて笑顔を作ると、リカルド兄ちゃんの目からぽろりと涙がこぼれた。


『Te has convertido en un buen joven, Raúl……(立派になったな、ラウル……)』


『Me alegra mucho que estés vivo, hermano mayor(兄ちゃんこそ、生きてて本当によかった)』


『¿Cómo están todos en el orfanato?(孤児院の皆は……元気か?)』


『Sí. La guerra ha terminado y poco a poco estamos recibiendo más comida. Estoy enviando mucho dinero al orfanato, así que la vida de todos debería ser un poco más fácil ahora(うん。戦争が終わって、少しずつ食料が手に入るようになってきたんだ。俺も孤児院にたくさん仕送りしてるし、少しは皆生活が楽になってるはずだよ)』


 安心したのか、リカルド兄ちゃんは『Veo……(良かった……)』と小さな声で囁くと、再び眠りに落ちた。


 一瞬、まさか逝ってしまったのではないかと心配になり、残った左手の脈を確認してしまう。大丈夫、この人は生きている。五体満足ではないけれど……まだ確かに生きているのだ。


 部屋の外に出ると、壁に寄り掛かるようにしてフレイヤが待っていた。


「―――人生、何があるか分からないものね」


「……そうだな」


「この船には義肢の移植を請け負ってくれる技師は乗ってない。でも」


 まあ座りなよ、と言葉を続けたフレイヤと一緒に廊下の休憩用ベンチに腰を下ろした。傍らにある自動販売機には飲み物がずらりと並んでいて、気が付いた頃には彼女はコインを投入して冷たいブラックを購入していた。


 ブラックを俺に、彼女はペットボトルの紅茶を購入してベンチに座り、キャップをあけてストレートティーを口に含む。


「ミカエルなら……アイツなら、きっと」


「……」


「知ってる? アイツ、今じゃ世界随一の錬金術師だって」


「……ああ」


 協商連合に加入した後、ミカエルの事は色々と調べた。


 イライナの生んだ”奇跡の仔”、ミカエル・パヴリチェンコ。


 天地戦争末期にアレーサに生まれ落ちた彼女は幼い頃から勉学に勤しみ、あっという間に読み書きを習得したかと思えば複雑怪奇な数式や物理法則を次々に解き明かし、ついには難解極まる学問とまで言われている錬金術まで習得してしまう。


 それだけならば驚く事は……ゴメンフツーにある。中身が転生者とはいえ、前世の知識で無双するにも限度というものがあるのだ。ミカエルの場合はそれをあざ笑うかのようなレベルである。


 生前は博士号でも取得できるレベルの頭脳の持ち主だったのか、それとも努力から習得までの期間(スパン)が短いタイプの天才だったのか。


 それはさておき、ミカエルが習得した錬金術で最初にやった事は、母のヘルニアを治した事であったとされている。


 それを皮切りに、アレーサで癌に苦しむ病人や認知症の老人、医者や治療魔術師(ヒーラー)でも匙を投げた不治の病でもたちまち治してしまい、手足を失って帰郷した傷痍軍人たちにも再び立ち上がるための足を無償で提供した、と。


「……じゃあ、頼めばリカルド兄ちゃんの手足も?」


「うん、やってくれる筈。アイツ優しいから」


 希望が見えた。


 これで手足のない兄ちゃんに、再び立ち上がるための足を……。


 気付かれないように涙を拭い去り、そっと声を絞り出した。


 ありがとう、と。



















『皮蛋粥在这边,蛋花汤在这边。请把这些一起给B区的病人。请稍等两分钟,炒饭和炒蔬菜马上就好!(ピータン入りのお粥はこっち。卵のスープはこっち。これをセットでBエリアの患者さんに。チャーハンと野菜炒めはあと2分待って!)』


 湯気を発する鍋から中華粥をお椀に盛り付け、スープの入ったお椀と一緒にお盆の上へ。中華レストランの店員がそれを受け取って奴隷たちの元へと運ぶ姿を尻目に、素早く中華鍋を振るい始めるチャンさん。


 額を伝う汗を拭い去りながら、何百、何千回と繰り返してきた調理過程をこなしていく。彼にとってもはや中華鍋やお玉は身体の一部だ。ここで食材をどう調理するべきか、どのように火を入れるべきか、味付けはどの程度が理想か―――それが全て、一瞬のうちに脳裏に浮かんでくる。


 出来上がった野菜炒めとチャーハンを大皿に盛りつけて提供口へと置くと、すぐに店員たちが奴隷たちの元へと運んでいった。


 厨房の外に視線を向けると、子供たちの喜ぶ顔が見えた。見た事もない料理を美味しそうに頬張る子供たち。温かい中華粥を口へと運んで笑顔を浮かべる奴隷たち……。


 一瞬だけ、戦時中の記憶がフラッシュバックした。


 血まみれの塹壕の中、転がっているのは無数の死体。


 ……やはり、人を殺すよりは料理を作っている方がいい。


 天地戦争を生き延び、亡霊大隊(ファントムバタリオン)で生き延びた7人のうちの1人として―――いつもそう思うのだ。


『请问,您是……张浩然先生吗?(あの……もしかしてあなた、チャン・ハオランさんですか?)』


 野菜炒めを仕上げ、中華鍋に油を敷こうとしていると、若い料理人が声をかけてきた。


 無下にするわけにもいかず、『是(ああ、そうだよ)』と短く返すと、その料理人の顔色が変わっていった。無垢な少年のように目を輝かせて、ポケットから鉛筆とメモ用紙を取り出し始める。


『真是荣幸!真没想到我竟然会在这里见到那位传奇大厨……!如果您不介意的话,能否教我做饭呢?(光栄です! あの伝説の料理人にここで出会えるなんて……! もしよろしければ、私に料理を教えてくださいませんか!?)』


『当然可以。不过,我最近会比较忙,所以没办法一步一步地教你。如果你不介意的话,那我就教你(いいとも。ただし少し忙しくなるから、手取り足取りは教えてあげられないよ。それでも構わないというのならば教えるよ)』


 笑みを浮かべながら、チャンさんは中華鍋を振るい始めた。


















「なあ、俺って何なんだ?」


 自分でもびっくりするくらい唐突に、そんな言葉をクラルテに投げかけていた。


 アルカディア到着まであと2時間と少しくらい―――彼女と2人っきりになった部屋の中、つい喉から零れ落ちた言葉がそれだった。自分の意思で言い放ったというよりは、まるで心が勝手に胸の奥でぐるぐるしていた感情を言葉という形で凝り固めて押し出したような、そんな感覚すら覚えてしまう。


 とんでもなくアバウトな、相手が話を理解している前提で放った必要最低限の言葉。


 クラルテはまるで、今にも泣き出しそうな我が子を見つめる母親のように柔和な笑みを浮かべると、ベッドに腰を下ろした。ぽんぽん、と隣を優しく叩き、隣に座るよう促してくる。


 そういや2人きりになるのいつぶりだろう……そう思いながら言われるがままに隣に腰を下ろすと、ぐいっ、とそのまま引っ張られて強制膝枕が開幕。まさかこんな事をするとは思っていなかったので目を白黒させてしまう俺。


 しかしそんなラウル君を他所に、クラルテはそっと頭を撫でてくれた。口元には全てを赦す聖母のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら。


「……そんなに気にしてはいけませんよ」


「でも」


 途端に彼女の目を真っ直ぐ見るのが怖くなり、思わず目を伏せた。


「……怖いんだ。アレが俺の本当の姿なんじゃないかって」


 そんなつもりはなかった。


 個人的にはただ淡々と戦っているつもりだった。仕事だから、と一切の私情を挟まずに、淡々と。


 けれどもいつからだろうか。怒りだとか憎しみだとか、そんな感情に任せて戦うようになってしまったのは。


 あんなのただの殺人者じゃないか……身体を丸めるようにして目を逸らし続けていると、ふわりと花のような香りと共に、頬に熱くて柔らかい何かが触れた。


 キスされた、と理解した瞬間に顔が真っ赤になる。


「―――でも、ラウルさんが戦ったおかげで大勢の命が救われたのですよ」


 リカルド兄ちゃんも、その1人。


 殺して救った大勢の命―――自分の事ばかり考えて、けれどもその結果得られた物の姿が何も見えていなかった事に、今になって気付いた。


 戦っていなければ、あの悪党共を始末していなければ、連中に虐げられていた人々は救えなかったのだ。


「だから、もっと胸を張って。あなたは戦士として当然のことをしたのですから」


 ね、と優しく語り掛けてくるクラルテ。


 やっと目を合わせる勇気をもらえたと思って見上げると、彼女は微笑みながら顔を近づけてきた。


 唇を何度か重ねてから―――彼女の全てを受け入れた。




どうでもいい話


 チャンさんは徴兵される前までは宮廷料理人を目指していたらしい。

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― 新着の感想 ―
こんなポストアポカリプスな世界で動物愛護団体っているんですね…デスクロー保存協会や自動販売機解放戦線かな?(ヘイトスピーチ) 海自のヘリ搭載護衛艦や補給艦もそうですが、この手の大型艦はマルチハザード…
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