邸宅突入
ラウル君の鉄パイプ
その辺にある何の変哲もない鉄パイプ。赤いバルブと壊れた圧力計がそのまま残っており、元々は水管か蒸気配管だった事が分かる。アキヤール要塞突入の際に敵兵と白兵戦になり、咄嗟にその辺にあった鉄パイプを拾って使ってからは敵兵を撲殺する快感にハマったラウル君がしれっと愛用。カシウス戦で両断されてしまうが、フライング・アルビオン号の船内にあった溶接機を借りて自力で修復したようだ。
尖った断面で突き刺したり単純にぶん殴ったり喉仏を潰したりとやりたい放題である。しばしば現代兵器を差し置いて大活躍するので作者も匙加減に困っている。
5.56㎜弾が、マフィアの戦闘員の眉間を無慈悲に貫いた。
ビッ、と紅い飛沫にピンク色の破片が壁に吹きかけられ、命を刈り取られた男がどさりと崩れ落ちる。命を奪った男の死体には目もくれず、ただただ淡々と抵抗勢力を”処理”し続けながら、保安隊を率いるセロ・ウォルフラムはドットサイトのレティクル目掛けて飛び出してくる敵兵を射殺し続けた。
トランス・コンチネンタル・エアライナーの保安隊長として歩兵部隊を任される事もあるセロ。フレイヤをして「仕事を頼むと100点満点中120点の結果を出してくれる」と評される通り、彼女はとにかく戦場を選ばない。
室内戦でも狙撃でも破壊工作でも対戦車戦闘でも、何事もハイレベルにこなすセロ。今回のようなCQBでも同様で、カッティング・パイで慎重に、しかし素早くクリアリングし敵兵だけを綺麗に排除していく。
埃が落ち切る前に建物内の制圧が完了。人身売買のために奴隷にされていた人々の救出を後続部隊に引き継いで、すぐに次の建物へと向かう。
分隊の兵士が扉をスレッジハンマーで殴打。へし折れかかっているそれを思い切り蹴りつけて破壊、L22A2を構えながら突入していく。
何やらスパーニャ語(南米で話されるアクセントのようだ)で罵声が聴こえてくるが、しかしセロは意に介さない。これから死んでいく相手の言葉など、記憶に留めて何になるというのか。そんな無駄な事に頭のリソースを割くよりは、存在するだけで害になる連中を始末し少しでもこの世界を綺麗にした方が得であろう。
室内にいた男を撃ち殺すセロ。しかし次の瞬間、ソファの影に隠れていたマフィアの戦闘員がマチェットを手に飛びかかってくる。明らかにサトウキビの収穫よりも人間を斬った回数の方が多いであろうそれをL22A2で受け止めつつ、無理に力比べには付き合わずにL9A1を引き抜いて至近距離で発砲。ガンガンッ、とダブルタップで腹に9×19㎜パラベラム弾を撃ち込むと、たまらず男は崩れ落ちた。
何やら呻き声をあげる男。しかしトドメを刺すよりも先に後方の部屋から別の戦闘員が飛び出してきて、セロは一瞬そちらに注意を割いた。
が、全ては杞憂に終わった。一緒に突入した分隊員がL2A3(※スターリング・サブマシンガンの英軍採用名)の指切り射撃で相手を撃ち倒し、トドメに頭に一発叩き込んだからである。
部下ならば大丈夫だろう、と判断したセロもまだ呻き声をあげる敵兵の顎を思い切り踏み砕き、L22A2のマガジンを交換してからクリアリングを再開した。
「隊長」
見てください、と部下に言われて様子を見に行ったセロ。部下が指し示す方向に視線を向けてみると、床板が剥がれた穴の向こう側に何かが見えるのが分かった。
下へと続く階段だ―――どうやら隠し部屋らしい。
普段は絨毯などで隠し、完全に秘匿しているものなのだろう。確かにこれはなかなか気付かない。もし部下が指摘してくれなかったら見落としていた可能性もあった。
べり、と床板を力任せに剥ぎ取って侵入経路を確保。フラッシュライトを点灯させ、階段の長さや奥にある扉、トラップの類が存在しないかどうかを確認する。
階段そのものはそれほど長くはない。せいぜいごく普通の家庭にあるような地下室くらいのもので、この下にある空間もそう広くはないのであろう、という事が分かる。
すんすん、と鼻を鳴らし、セロは顔をしかめた。
―――嫌な臭いだ。
ヘドロのような闇の中で、薄汚い連中が弱者から金を巻き上げる時に使う臭いがする―――ハイイロオオカミの獣人として生まれたセロの嗅覚は、鋭敏に地下室の中にあるであろう代物の臭いを嗅ぎ当てていた。
「こりゃコカインですかね」
L2A3に銃剣を装着しながら、ボーダーコリーの獣人の部下が言う。
確かにそうだ、この臭いはコカインのそれだ。
マフィアの連中の収入源と言えば麻薬が定番だ―――今回相手にする連中が人身売買だけで慎ましく稼いでいるほどお行儀の良い相手ではない、という事は分かっていた筈なのだが、しかしいざ現物の存在が明らかになると嫌な気持ちになる。
徹底的に焼き払わなければならない―――視線で部下たちにそう訴え、セロは地下室への突入を敢行した。
『¡¡¡Adelante, les arrancaré la cabellera a todos y cada uno de ustedes!!!(かかってこいよ、お前ら全員頭の皮を剥いでやる!!)』
スパーニャ語で連中に向かって罵声を浴びせながら、ユニバーサル・キャリアにマウントされたL4A4から7.62×51㎜NATO弾をばら撒いた。
飛行場の制圧は既に完了している。もう既にフライング・アルビオン号も飛行場に着陸、救出した奴隷たちの受け入れ準備を進めているところだった。
サン・パライソ島襲撃作戦もいよいよ佳境―――俺たち”くまさんハウス”のメンバーも内地への侵攻が命じられ、今はフライング・アルビオン号の船内に格納してあったユニバーサル・キャリアを拝借。内地に向かい爆走しながらひたすら撃ちまくっているところだった。
ドパンッ、と正面にマウントされていたボーイズ対戦車ライフルが吼える。
元々はその名の通り戦車の装甲をぶち抜くための代物だが、しかしこんなクッソ粗末な武装しか持たず、日の当たらない闇の中で細々とハイリスクハイリターンな商売をみすぼらしく続ける事しか出来ない連中に、装甲車だとか機甲鎧のような立派な装備がある筈もない。
従ってボーイズ対戦車ライフルが向けられているのは、残念な事に人間である。
ソコロフの放った一撃が、ヴォイテクの荒い運転の中でも正確に敵兵を捉えた。戦車をぶち抜くための弾丸が、たかが5.56㎜の金属片で穴を開けられただけで簡単に死ぬ人体を木っ端微塵に吹き飛ばす。赤く着色された水風船みたいに人体が弾け飛ぶのを見て、抱いたのはそのグロテスクさよりも先に「人体ってああいう壊れ方するんだ」という他人事のような感想だった。
自分に降りかかる危機はトラウマとして即座に心に焼き付いてしまうが、しかし赤の他人を襲ったショッキングな光景というのは、思いのほか他人事として頭の中に留まるものだ。しかしそのまま都合よく消えてはくれず、きっと物事が落ち着いて1人で考えられる余裕が戻ってきてから精神を蝕んでいくのだろう―――なんと悪辣な事か。
『¡¿Qué les pasa, malditos cerdos?! ¡Han estado huyendo todo este tiempo! ¿Nos tienes miedo? ¿Tanto miedo tienen a morir? ¡Deberías irte a casa y temblar de frío bajo la falda de tu madre!(どうした豚野郎共! さっきから逃げてばっかりじゃねえか! 俺たちが怖いのか? 死ぬのがそんなに怖いか!? とっとと家に帰って母ちゃんのスカートの中でブルブル震えてればいい!!)』
「艦長、ラウルの奴なんて言ってるんです?」
「ん、俺は熟女フェチだって言ってる」
『¡Oye, maldito oso, deja de enseñar mentiras!(オイコラクソ熊、嘘教えんな!)』
「ラウル?」
「ヒッ」
そのどす黒い感情は敵に向けてほしいです、はい。
どぐしゃあ、とユニバーサル・キャリアが何かを轢いた。ありゃあ人間だろうな、と履帯の下敷きにされベキベキと粉砕されていく音、そして短い断末魔を聞きながらそう思う。
前方に粗末なバリケードが見えた。おそらく戦前まではこの島の領主とか有力な貴族が住んでいたのであろう瀟洒な邸宅は、しかし悲しいかな、今となっては人身売買を生業にしているマフィアの巣窟と化してしまっている。
鉄格子の内側に机とか廃車とか、とにかく突破を阻止するための物品をありったけ並べた粗末極まりないバリケード。さすがに戦車でも持ってこない限り突入は難しいかな、と思ったが、しかしヴォイテクはアクセルを緩める様子はない。
スッ、とチャンさんが立ち上がった。
手には中国の狙撃グレネードランチャー『LG5』がある。40㎜のグレネード弾を、凄まじい弾速で射出して遠距離の敵兵を爆砕する恐ろしい武器だ。
しかし弾速を犠牲に40㎜のグレネード弾を辛うじて人間が耐えられる反動まで下げたのがグレネードランチャーである。弾速を上げるという事は常軌を逸した反動が射手に牙を剥くという事であり……21世紀のマウザーM1918とも言える性格をした兵器と言える。
『Panie Chan, liczę na pana!(チャンさん頼んだ!)』
『无论是战争还是烹饪,火力都至关重要!(戦も料理も火力が命ィ!)』
ドカン、と持ち運び式の大砲みたいな狙撃グレネードランチャーが吼えた。
従来のグレネードランチャーとは比較にならない勢いで射出されたグレネード弾がバリケードを直撃。錆び付いた粗末なバリケードを吹き飛ばすだけでは飽き足らず、後方に閂代わりにずらりと並べられていた机や椅子まで吹き飛ばして、ユニバーサル・キャリアが突破できる道を形成してしまう。
ごしゃあっ、と鉄格子を押し広げ、ユニバーサル・キャリアの巨体がついに邸宅の敷地内へと突っ込んだ。
「降車、降車!」
銃座から飛び降り、スリングで下げていたMARS-Lを構えた。邸宅の2階、バルコニーからボルトアクション式のライフル(なんかモーゼルっぽい奴だ)を構えるマフィアの戦闘員に銃口を向けるが、しかしまだユニバーサル・キャリアの荷台に乗っていたフルールが引き金を引く方が早かった。5.56㎜弾は敵兵の持つ小銃のフロントサイトをぶち抜いてタンジェントサイトを吹き飛ばし、照準のために覗いていた右眼をぶち抜いて見事なヘッドショットをキメてしまう。
ナイス、と労いながら邸宅の正面入り口にフルオート射撃を見舞った。遅れてクラルテがMG4Kのフルオート射撃をしこたまぶちまけ、降車したユリウス兄貴がカールグスタフの榴弾で入り口諸共敵兵の集団を吹き飛ばす。
もう、敵は総崩れだった。
しかしそれでも撤退という選択肢が許されないのは、ここが「浮遊島」という空の牢獄だからである。玄関口となる飛行場は既に協商連合の手に落ち、離脱するための航空機や空中艦も片っ端から叩き落された。
彼らの選択肢は一縷の望みをかけて降伏するか、死ぬまで戦うかだ。
個人的には死ぬまで戦ってもらった方がいい。
こんな人類の底辺みたいな連中を法の裁きに委ねたところで、処刑台に送るまでは税金で生かす事になるからだ。血税でクソ野郎を生かすほど無駄な事はないだろう。
《くまさんハウス、聴こえるか。こちら保安隊のセロ・ウォルフラム》
「聴こえてるよ」
葉巻を咥えるやわざと敵兵の射線の前に躍り出るヴォイテク。何考えてんだと思った直後、敵兵の放ったライフル弾を利用して葉巻に着火したヴォイテクは『Dziękuję(ありがとよ)』と不敵な笑みを浮かべながら、ベリルを片手でぶっ放して敵兵を仕留めた。
咥えタバコでベリルを肩に担ぎ、まるで風呂に入っているかのようにリラックスしながらセロ(あの色々でっかい姉ちゃんだ)の通信に応答するヴォイテク。
《保安隊は今、邸宅の反対側から侵攻している。こちらは2階を制圧し情報や犯罪の証拠を押さえるから、そちらは1階と地下室の制圧を頼みたい》
「了解した」
1階と地下の制圧、了解。
続け、とハンドサインを出すヴォイテクに続き、姿勢を低くしながら邸宅の中へと踏み込んだ。ユリウス兄貴のカールなグスタフの一撃で凄惨な事になった正面玄関では、身体中が黒焦げになり破片がぶっ刺さってもなお生きている奴がいたので、顎を踏み砕いてトドメを刺しておく。
「優しいなお前は……程々にな、ラウル」
「了解」
釘を刺された、と解釈しておこう。
あまり残忍になり過ぎるのもダメだ、と自分を戒めながらヴォイテクの後に続く。
ロマネスク様式の邸宅の中には、それはそれはもう価値がありそうな絵画や彫刻が飾られていた。ちょっとくらい盗んでもいいかな、と思っているとヴォイテクが素早く頭を引っ込め、直後に彼の頭があった空間を弾丸が擦過していった。
敵は3人、とハンドサインをするなり、クラルテが前に出た。特注の200発入り弾薬箱を装備したMG4Kで曲がり角から先の通路に向かって5.56㎜弾をばら撒き、圧倒的な火力で敵を制圧していく。
さすがに狭い通路の中で弾数200発の分隊支援火器に弾幕を張られればたまったものではないらしく、敵の攻撃が一気に弱体化した。
援護を彼女に任せ、ロザリーを伴って突撃。姿勢を低くしながら断続的な射撃で敵兵が隠れている遮蔽物に弾丸を撃ち込んで動きを封じ、その隙に前に出たロザリーがDP-12のスラグ弾で敵兵の旨に大穴を穿っていく。
ドカンドカン、と咆哮のような銃声が3回ほど響いて、敵の抵抗はなくなった。
「ラウル」
「……ここが地下室の入り口か?」
まるで教会のような荘厳な邸宅の中。地下室へと通じると思われる階段が右手へと伸びている。
「ヴォイテク、二手に別れよう」
「了解だ。1階は俺とチャンさんが」
ソコロフは若手の先導を頼む、と言うヴォイテクに、「2人で大丈夫かよ」とは言わなかった。
彼とチャンさんの実力はよく分かっている。あの地獄の天地戦争末期を生き延びたベテラン中のベテラン―――くまさんハウスをたった4人で切り盛りできていたのも、地獄から生還した優秀な兵士が4人中3人も居たからに他ならない。
1階をプロに任せ、俺たちは地下へと向かう事にした。ソコロフがポイントマンを務めてくれるようで、先頭に立った彼はMARS-LからイサカM37に持ち替えるなりスラグ弾で蝶番を破壊。続けてロザリーがドロップキックでドアをぶち破り、僭越ながら俺がいの一番に突入させていただいた。
地下室の中は饐えた臭いがした。埃にカビ、錆び付いた金属、そして何日も風呂に入っていないような人間の体臭。
一般的な家庭のリビングルームほどの空間の半分は牢で占められていた。鉄格子の向こうには、すっかりボロボロになった軍服姿の兵士らしき男性が3名ほど……すっかりやつれて動かなくなっている。
可哀想に、統一獣人戦線の軍服だ。
フレイヤの話では、故郷を失った兵士や復員事業と偽って彼らをここへ連れてきては奴隷にするビジネスが横行していたという。
祖国のため、故郷のため、家族のため……命を懸けて懸命に戦い抜いた彼らに対する、あまりにも酷な仕打ちだ。
残酷が過ぎる。きっとこんなビジネスを思いつく奴は、人間ではないのだ―――故郷への帰還が叶わず命を落とした3名の兵士たちに黙祷を捧げよう、と床に片膝をついたその時だった。
げほっ、と右側にいた兵士が咳き込んだ。
「まだ……生きてる……!」
クラルテ、と思わず叫んだ。
そこにいる兵士は戦闘で負傷したのか、右腕は肩から先が欠けていて、右足も膝から先が千切れていた。一応は包帯が巻いてあるようだが血や膿を吸って変色しており、衛生面については微塵も考慮されていない事が分かる。
鉄パイプで錠前を破壊し牢をこじ開けた。大丈夫ですか、と声をかけながら兵士の身体に触れる。
傷口が原因で感染症に苦しんでいるのだろう、酷い発熱だった。
発熱と飢え……この世の地獄を味わっている兵士と、目が合う。
「……リカルド兄ちゃん?」
10年前―――天地戦争終戦の2年前、孤児院から徴兵されていったリカルド兄ちゃん。
そこにいたのは、みんなの兄貴分だった。
優しくて、弟妹達が悪い事をしたらきっちり叱ってくれて、皆の遊び相手になってくれて。
親が居ない俺たちにとってはマチルダ先生が母親で、リカルド兄ちゃんが父親のような存在だった。そう本気で思えるくらい、兄ちゃんは孤児院の皆から慕われていたのだ。
すっかり痩せこけ、頬の肉もなくなって骨と皮だけになってしまっているが―――間違いない。見間違う筈がない。
目が合った途端、リカルド兄ちゃんの死んだ目に一瞬だけ、光が燈ったような気がした。
ラウル―――声はすっかり掠れ、もはや人語とも言えないレベルであったが、唇の動きから俺の名前を呼んだのだと、そう理解できた。
―――ぞわり、と身体の中を何かが駆け回る。
―――ああ、きっとこれが「殺意」という感情なのだろう。
―――理屈なんか、どうでもいい。
―――今はただ、猛烈に人を殺したい。
リカルド・エルマータ
エルマータ孤児院で育った孤児の1人。天地戦争の終戦の2年前、ラウルが5歳だった頃に統一獣人戦線の徴兵を受け前線へと向かい消息不明となる。戦死の知らせも特になかったため、マチルダ先生やラウルはいつか兄ちゃんが帰ってくると信じていたが、しかしラウルが孤児院を巣立つその日までついに戻ってくる事はなかった。
多くの子供たちから父親のように慕われていた人格者であり、ラウルもいつかリカルドのような男になりたいと目標にしていたようだ。
しかしそんなラウルを待ち受けていたのは、あまりにも残酷な兄貴分との再会だった。




