飛行場制圧
どうでもいい話
ラウル君はフリスビーを投げられると本能に勝てずつい追いかけてしまう。
シーキングHC.4のキャビンの中で、クラルテは幼少の頃に聴いた子守唄を口ずさむ。
真上で回転するメインローターの音のせいで、自分以外には聴こえない。
幼少の頃の記憶は、はっきりとは覚えていない……というより、物心ついた頃から”マザー”の施設で育てられ、読み書きや基本的な数学から魔術、歴史、国際情勢といった教育を受けながら軍事訓練を施されていてそれが当たり前だったから、これといった思い出がない故に記憶に残り辛い、というのが実情だった。
しかしおそらく、くまさんハウスのメンバーの中で一番恵まれた幼少期を送ったのは自分なのだろうな、と思うと退屈な幼少期だったなどとは口が裂けても言えない。
フライング・アルビオン号から出撃した複数のシーキングHC.4たち。それらに分乗したくまさんハウスの面々とフライング・アルビオン号の保安隊の二手に分かれ、それぞれ救出対象の救出と飛行場の確保に赴く事になる。
最新の報告では既に航路上の艦隊が撃滅され、航空隊はそのまま島の内陸部まで攻め入っているとの事だった。損害もなく、着陸地点の確保も時間の問題であろう、というのが航空隊の指揮を執るフレイヤからの情報である。
当然だ、私の転生者は強いのだから―――ラウルの強さを誇る一方で、しかし不安もあった。
彼女は戦いになると危うい一面を見せる。
戦いを好んでいる、というわけではない。それは本人も否定している(暴力は大好きらしいが)。
だがしかし、時折その後ろ姿がより大きく恐ろしいものに見える事があるのだ―――このままではラウルが何か得体のしれない怪物に変貌してしまうのではないか、という漠然とした不安が脳裏をよぎり、しかしそれもメダリオンによって「戦闘に不要な情報」として即座に調律されてしまう。
さざ波の立った心が、あっという間に波紋一つない静まり返った水面に変わっていく感覚。
隣では新たにくまさんハウスの仲間となったフルールが、UPR-15を肩に担いだままじっとしていた。っ緊張しているのかと思ったが、違う。狙撃手に必要なのは集中力と平常心、強靭な精神力―――その点、フルールは必要な要素を兼ね備えていると言えた。
視線を巡らせると、向かいの座席にはがっちりした体格の熊系の獣人が3名―――いずれも一般的なサイズの座席では身体が収まらないからなのだろう、特注の大型の座席を設けてもらい、そこに腰を下ろしている。
ついにAKから鞍替えしたのか、ソコロフはACOGとフォアグリップを装備したMARS-Lをメインアームに、グロック40をサイドアームに選択しており、目には眼球防護用のゴーグルを、頭には第一世代型獣人の骨格を考慮したヘッドギアを着用している。
隣では普段は中華鍋を振るい何でも作ってくれるチャンさんが、珍しくLG5狙撃グレネードランチャーと多数の予備弾薬を携行して座っていた。普段のいかにも近所の優しいおじさん、といった風貌のチャンさんはすっかり鳴りを潜めており、今の彼は鋭い眼光を放つばかりだった。普段のギャップで別人のようにすら思えてしまう。
そしてその隣にはくまさんハウスのギルドマスター、ヴォイテクがどっかりと腰を下ろして葉巻をもぐもぐと食べているところだった。M-LOKハンドガードを装備したwz.1996ベリルにホロサイトとブースターを乗せ、銃身を延長したものを装備している。ヘッドギアの下から覗く眼光はいつもと変わらないが、しかしその身体から発する威圧感はまさに数多の死線を潜り抜けてきたベテランのそれだ。
当然である。
ソコロフもそうだが、特にチャンさん、機関長、そしてヴォイテクは天地戦争に従軍し生き延びた正真正銘のベテランであり、特にソコロフ以外の3名はあのメルキアの地獄の最前線で戦い生還した百戦錬磨の猛者であるというのだ。
異世界転生後、物心ついた頃から訓練を受けて天地戦争に従軍し最前線で戦い続けてきたヴォイテクが序列2位に収まっているのも、その断片的な経歴を手繰れば納得であると言えよう。
猛者たちを動員しての強襲作戦。
負ける道理はない。
しかし漠然とした不定形の不安は、いつまでも晴れる事はなかった。
投下した爆弾が、今まさに離陸しようとしていた駆逐艦の前部甲板に乗り上げた。
竜人側の駆逐艦なのだろう、つるりとした楕円形の装甲は砲弾や爆弾の直撃を受け流す効果もあるのだろうが、しかし装甲がそもそも薄く無防備なところを攻撃されたうえ、パッチ溶接だらけで細かな凹凸にまみれたそれでは何の意味もなかった。
ごぉん、と銅鑼を叩くような音と共に装甲がぶち抜かれ、内部で起爆した爆弾の一撃が敵駆逐艦の船体を揺るがす。
後方に抜けながら高度を上げ、宙返りして上方から機銃掃射をお見舞いしてやろうと思ったラウル君であったが、俺の後に続くかのようにやってきたファントムFG.1のガンポッドによる射撃を受けて敵艦の艦橋が大破。そのまま艦首から艦尾まで20㎜弾を叩き込んで艦尾側へと抜けてきたファントムFG.1が、俺のスカイレイダーの脇を通過していった。
フレイヤ機だった。俺一人に大物撃破のスコアを横取りさせまいとしたのか、それとも手負いの獲物を沈めて数を減らす事を優先したのか。
後者だろうな、と思っている間にフレイヤのファントムFG.1が急上昇。オンボロの複葉機で溺れるように空を飛ぶ敵の航空隊に牙を剥く。
ヒュン、と曳光弾がスカイレイダーの周囲を掠めた。
減速しつつ操縦桿を引いて、頭上に広がる地表を見上げる。
見える―――土嚢袋を積み上げて構築した陣地で、空に向かい当たりもしない対空砲火を撃ち続ける対空機銃の姿が。
「こちらストレイド、敵対空機銃を確認。管制塔の南西に2基、北西に1基……まだいるな。分かるか?」
《確認しました》
「こっちは作戦通りに飛ぶ」
《了解、ご武運を》
ふう、と息を吐いてから操縦桿を引いた。
対空機銃というのは仰角が大きく取れるようになっている。頭上の戦闘機を撃墜するため、上方へと攻撃できなければ意味がないからだ。
だから相手の対空機銃もそういうものと思っていたのだが……どうやらそうではないらしい。
通常の機関銃を改造した急増品のようだ。『対空機銃』を名乗るにしてはあまりにもおこがましすぎるほどの不十分な仰角。ついには射手が機銃射撃を諦めて、拳銃で空に向かい射撃を始める姿に失笑してしまう。
爆弾を投下して機首を起こした。グォォォォン、と親の声よりも聴いた音と共にスカイレイダーが上昇に転じ、腹の下で爆音が響く。
水冷式の機関銃が吹き飛ばされ、射手たちが火達磨になってバラバラになる姿が視界の端に見えた。
いい気味だ。そのまま地獄でも焼かれるといい。
他の対空機銃でも火の手が上がっていた。頭上をバッカニアたちが勝ち誇るように通過して、次の獲物を求め急旋回していった。
残るもう1隻の駆逐艦も悲惨な状態だった。四方八方からミサイルを撃ち込まれ、機銃を叩き込まれて船体が火達磨になった敵の駆逐艦。完全に推力を喪失したのか、サン・パライソ島の地表に艦首を擦り付けるようにして墜落したかと思うと、そのまま島の縁から転落し蒼い大西洋へと真っ逆さまに落ちていった。
一旦高度を上げて状況を確認。飛行場周辺の対空機銃と内陸部に見えた対空機銃の一部はすっかりバッカニア隊に破壊され、暇を持て余したファントム隊もガンポッドで機銃掃射する始末。もっと内陸部まで飛ぶ必要があるかなとは思ったが、如何せんトランス・コンチネンタル・エアライナーの航空隊が優秀過ぎて早くも空の仕事がなくなりそうだ。
「ストレイドより各機、これより飛行場周辺の脅威を排除し強行着陸に移る」
《了解しました》
操縦桿を倒して急旋回。飛行場の方へと向かい、とりあえずそこにあったからというノリで管制塔へと爆弾を投下。随分と年季の入った管制塔が爆弾の直撃を受けて倒壊、航空管制官たちと共に地表へ崩落していく。
逃げようとする複葉機を20㎜弾で砕き、機体から飛び降りるパイロットもついでに20㎜弾でトマトケチャップにしておいた。戦後の貧困に苦しむ人々から甘い汁を啜るクソボケはこうなって当然だ。いっそのこと受精卵からやり直してほしい。いや、やり直さなくていい。こんな不良遺伝子が存在するだけで世界にとっての損失である。頼むからこれ以上こんなウジ虫のために余計なリソースを割かないでほしい。
機体を返り血に染めながら高度を下げ、地表へと爆弾を全弾投下。これだけ力の差を見せつけられたにもかかわらずまだ投降する気配を見せない連中を吹き飛ばし、機銃掃射で地表を赤く塗装。こりゃあ戦闘後の掃除が大変になりそうだ、と思いながら飛行場を離脱、旋回して滑走路へのアプローチへと入る。
事前に強行着陸の事を知らせていた……というかフレイヤの作戦計画に織り込まれていたからなのだろう。滑走路には特に目立った損傷はなく、邪魔な残骸もなく、ストレスフリーで着陸する事ができた。
機体を減速させながらキャノピーを開けた。ホルスターからカービン化したグロック40を取り出して、外にいる敵に発砲。敵兵の放ったライフル弾がスカイレイダーの装甲を打ち据えるが貫通までには至らない。
操縦桿を倒してちょっと加速。小癪にも資本主義の化身を小銃如きで止めようとする不躾な敵戦闘員へと突進すると、まだまだ回転しているプロペラで人体をミンチにしてようやく停止。エンジンを切って装備の入った荷物を手に、近くにいた敵兵を射殺してから飛行場に降り立つ。
バババババ、とヘリの音も聴こえてきた。クラルテたちの着陸も近いようだが、まあその前に俺1人で少し掃除していてもいいだろう。
荷物を開けてMARS-Lと予備のマガジン、グレネードと鉄パイプを装備。とりあえず鉄パイプは背中に背負う……つもりだったが足元にまだ息のある敵兵が居たので、喉元にパイプをぶっ刺してトドメを刺しておいた。
どうか安らかに。
鉄パイプを背負ってMARS-Lを構え、スライディングしながら土嚢袋の影に隠れた。
既に管制塔は倒壊、格納庫もバッカニア隊の攻撃で火の海だ。
ガガガ、と周囲で跳弾の音。振り向くと据え付け用の重機関銃がまだ健在だったようで、破片が突き刺さり血まみれになった敵兵が息を切らしながら、血走った目でこっちに向かい機関銃を射かけているところだった。
姿勢を低くしながらポーチに手を突っ込みスモークグレネードを引っ張り出す。安全ピンを抜いて3つ数え投擲、濛々と白い煙が噴き出して視界を遮り始める。
姿勢を低くしたまま遮蔽物の影を飛び出した。ドタタタタ、と重機関銃の銃声がまだ聞こえるが敵はどうやらまだ俺が土嚢袋の辺りにいると思っているらしい。明後日の方向へと射撃を続けている。
走りながらスライディング、敵兵の足に引っかけて転倒させるなり、至近距離で引き金を引いた。パシパシッ、と5.56㎜弾が敵兵の眼球をぶち抜いて脳にまで達し、穢れに穢れ切ったクッソ不潔な魂を神の下へと送り届ける。
そのまま立ち上がり照準、機関銃手のこめかみを撃ち抜いてやった。
本当はもっと苦しめて殺してやっても良かったのだが、まあ今は忙しいので仕方ない。
さて、よりにもよってこのタイミングで敵が勢いを盛り返してきたようだった。さすがに相次ぐ空中艦の喪失と飛行場陥落寸前ともなれば危機感も抱くものなのだろう。まだ無事だった建物からわらわらと戦闘員が飛び出して、飛行場のゲートを吹き飛ばして機銃を据え付けた車列が滑走路へと侵入してくる。
ポーチに手を伸ばして発煙筒を取り出した。
紅い光を発するそれを俺の後方へと投擲。後続のヘリに着陸地点を指示しながら、セミオートに切り替えたMARS-Lで応戦する。
何というか、所詮は威張り散らすばかりで戦闘に関しては素人なんだな、というのがよく分かる相手だった。
ゴールドのチェーンだとか立派な腕時計だとか、肩から覗くタトゥーだとかファッションはまあそれなりに趣味は良い(俺が悪趣味なだけか?)んだが、射撃の腕はとにかく酷い。どうせ彼らにとっての銃は敵ではなく脅迫するべき民衆や奴隷に向けるもので、威圧のためのファッション程度のものなのだろう。
車載機銃を撃ちまくる戦闘員の脇腹を5.56㎜弾で撃ち抜きながらそう思った。
中には銃剣付きの小銃で気合を入れて突っ込んでくる奴もいたが、ソイツにはとりあえず眉間に5.56㎜弾を撃ち込んで塩対応しておく。
あれだけ大勢で攻め込んできたのに、マガジンを4つくらい使い切った辺りには潮目は変わっていた。何故たった1人の15歳の少年(※俺はオスである)に勝てないんだろうか。恥ずかしくないのだろうか?
ドガガガガガ、と頭上から機銃掃射が降り注いだ。
見上げてみると、そこにはイギリス軍のヘリ『シーキングHC.4』が居座っていて、キャビンのハッチのところにはMG4Kに特注の200発入り弾薬箱を搭載したクラルテの姿があった。
やっと来てくれた―――仲間の姿を見て、これ以上ないほど安堵した瞬間だった。
MG4K
ドイツ製の汎用機関銃、MG4の銃身短縮モデル。5.56㎜弾を使用する分隊支援火器であり、銃身を短縮した事で取り回しの良さが向上。5.56㎜弾の槍衾を一気に叩き込む恐るべき火器と言える。
クラルテは今回のメインアームとしてこれを選定しているが、以前のようなMG3ではなくMG4Kを選択したのは室内戦闘が想定される事、相手が人間であるため過剰なストッピングパワーは不要であると考えた事、航空支援が受けられる環境である事から対処が難しい相手には航空支援で対応すればいいと割り切ったためと思われる。
なお、現実ではこのMG4の設計をベースに使用弾薬を7.62×51㎜NATO弾に改めた『MG5』と呼ばれるモデルもドイツ連邦軍に採用されており、MG3からの置き換えが進んでいる。




