発動、サン・パライソ島強襲作戦
「さて、楽しい旅の時間はここまでにして……ブリーフィングに移らせてもらおうかな」
フレイヤが言うなり、イヴが立体映像投影装置のスイッチを入れた。協商連合のエンブレムが浮かび上がるアニメーションの後、トランス・コンチネンタル・エアライナーのロゴが現れるアニメーションが続き、立体映像が立ち上がる。
投影されたのは複数の空中艦の写真だった。やはりマフィアなどの非合法組織の例に漏れず旧指揮官が中心で、いずれもオンボロだ。装甲表面には粗雑なパッチ溶接の痕がびっしりと残っており、装甲表面には細かな凹凸が不規則に刻まれている。塗装も剥げ落ち、搭載されている武装もバラバラだ。天空軍が使用した機関銃が乗っていると思いきや主砲は陸軍の野砲を転用したものだったりと、もうちぐはぐだ。彼らにはどうやら”規格”という概念がないらしい(厳しい懐事情など知った事か)。
「サン・パライソ島には現在、複数の空中艦の存在が確認されてる。現在だけでもマフィアが雇った空賊の旧式駆逐艦3隻、それから近隣の浮遊大陸『ムララ』の小規模艦隊……旧式駆逐艦2隻、旧式巡洋艦1隻が定期巡回と称して島に近い空域を警戒中。これらを突破しても、島内には少なくとも2隻の自前の空中艦の存在が確認されてる。工作員からの情報だから確かだよ」
「なんだ、正規軍が人身売買に肩入れか?」
「まあ、賄賂でしょうね。間違いなく」
参ったものだ。おそらくだが、この世界で最も蔑ろにされている概念はモラルなんじゃないだろうか、とつくづく思う。獣人は竜人を剥製にし、竜人は獣人を奴隷として売り捌く……どいつもこいつも狂っている。こんなのが俺たちと同じ人間だと思うと吐き気すら催すほどだ。
なるほど、よく悪役が「人間は愚かだ」とかその辺のスナック菓子より安っぽい理由でカジュアルに人類を滅ぼそうとするが、まあこんな醜い面をまじまじと見せつけられれば絶望もするだろう。
国を守る正規軍がここまで落ちぶれたか、と思いつつもブリーフィングの説明に耳を傾ける。
「まずはこの空中艦隊を撃滅しないとどうにもならない。幸い作戦展開地域一帯には多数の雲が確認されているから、航空隊はこれを隠れ蓑に接近。フライング・アルビオン号の航路上の敵艦隊を撃滅後、島を守る敵艦を殲滅。然る後にヘリで島を強襲し航空隊はその航空支援に。それと、島の対空兵器はせいぜい8㎜程度の水冷式重機関銃を複数束ねたレベルの粗末なものだろうけど、脅威である事には変わらないからこれも積極的に潰そう。ラウル、君には敵艦隊殲滅後、この対空兵器の位置特定を優先して行ってもらうよ」
「了解。んで、アルビオンの航空隊に逐一報告すればいい、と」
「そういう事。対空砲の排除が完了した後はキミは滑走路に強行着陸、陸戦隊と合流して地上戦をお願い」
「人使いが荒いな」
「期待の新人、だからね」
期待の新人、ねぇ。
随分と過大評価されてんじゃねーかな、と思いつつ作戦については了承した。要するに俺の役回りはこないだのアキヤール要塞襲撃の時とあまり変わらない。飛んで、敵を潰して、降りてからひたすらぶっ殺す。そういうわけである。
にしても、だ。
ブリーフィングを進行するフレイヤの格好に、俺はずっと視線が釘付けだった。
船内を案内してくれた時の船長の制服姿ではない。
身に纏っているのはどう見てもパイロット用の対Gスーツだ。まさかとは思うが、彼女も戦闘機を飛ばすわけじゃああるまいな?
「ん、なーに? どうしたの?」
「いやその、フレイヤその恰好……」
言いかけると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「ふふっ。アタシはCaptainである以前にAviatorなんだよ」
装置を操作しているイヴも同じだった。彼女もフレイヤと同じ対Gスーツに身を包んでおり、どこからどう見てもこれから飛ぶパイロットのようにしか見えない。
トランス・コンチネンタル・エアライナーはその優美で戦とは無縁の組織であるように思えながらも、しっかりと武闘派揃いのようだ。
「くまさんハウス陸戦隊はヘリボーン後、飛行場を確保。アルビオンの保安隊はそれと並行して島内の敵を殲滅し奴隷たちの救助を」
「了解です」
フレイヤの作戦指示にキレのある返事を返したのは、フライング・アルビオン号の保安隊の隊長のようだった。褐色の肌に銀髪、どうやら俺と同じくハイイロオオカミの獣人のようでケモミミと尻尾の形状はおおむね一致している。
だがしかし、色々と凄い御仁だった。
身長は明らかに2mオーバー(目測での推定2m20~30㎝弱)、胸と尻はソシャゲのキャラか何かなんじゃないかと思ってしまうほどむっちむちのクソデカサイズで、しかしただでっかいだけではなく戦うための筋肉を詰め込まれた肉体は明らかに兵士のそれだった。間違いなく腹筋はバキバキであると思われる。
彼女は【セロ・ウォルフラム】。このトランス・コンチネンタル・エアライナー所属の保安隊長で、フレイヤからの命令を淡々とこなす優秀な指揮官であると聞いている。フレイヤ曰く「いつも指示を出すと100点中120点の結果を出してくれるいい子」との事だ。
練度の高い仲間たち―――彼女らの足を引っ張るわけにはいかない。
作戦通りに、自分の成すべきを成すとしよう。そうすればきっと勝利はその先にある筈だ。
誘導員の指示通りに機体をタキシングさせ、ゆっくりとエレベーターへと進めていく。
既にフライング・アルビオン号の飛行甲板ではシーイーグル対艦ミサイルを4発搭載したイギリス軍の攻撃機『バッカニアS.2』がカタパルトにセットされるなり、けたたましい轟音と共に射出され飛び立っていたところだった。
続けて護衛を担当する同じくイギリス軍の『ファントムFG.1』が、20㎜ガンポッドやサイドワインダー、スカイフラッシュに増槽2基をパイロンにぶら下げて発艦。協商連合随一の空母を自称するその言葉に偽りなど微塵もなく、淡々と航空戦力を投射していくその力はまさしく航空母艦―――いや、船体のサイズもあってもはや”橋頭保”と言ってもいいレベルだった。
歩兵用の装備だけでなく、航空機までもが英軍装備が多用されているのはさすがとしか言いようがなかった。
いよいよ俺の番が巡ってくる。誘導員の指示通りに機体を進ませてカタパルトにセットされるや、そっと操縦桿から手を放す。
発艦要員にハンドサインで「頑張ってくるよ」と伝えると、彼は笑顔で送り出してくれた。カタパルト操作要員にGoサインを出すなり機体が一気に加速。魔力式なのか蒸気式なのか、あるいは電磁カタパルトなのかは定かではないが、フライング・アルビオン号の飛行甲板からついに俺のスカイレイダーも射出されて戦列へと加わっていく。
しかしジェット機はやっぱり速いもんだ。俺もそろそろ乗り換えるかなぁ、と考えている間に編隊の中央を飛行するファントムFG.1―――フレイヤ機の後部座席でレーダー士官をやっているイヴから各機に指示が飛ぶ。
《各機へ通達。高度2500、この進路を維持。前方の雲を受け次第全兵装使用自由。敵艦を優先し攻撃してください》
「”ストレイド”了解」
様々なコールサインの後に命令の了承を意味する返答の最後、俺も自分のコールサインと了承する旨の返答を返して操縦桿をぎゅっと握った。
まずは第一段階だ。フライング・アルビオン号の侵入経路を確保するため航路上の敵艦隊を撃滅する。
ふう、と息を吐いた。今のうちに計器類を再チェック、異常がない事を確認する。
やはりというか機内には上陸後に使用する武器を持ち込んでいる。今回は魔物との戦闘よりも人間の敵との戦闘が多い事を考慮してMARS-Lを持ってきた。一般的な14.5インチ銃身にUBRストック、ホロサイトのUH-1とブースター、ハンドストップにサプレッサーが装備されている。
後はグロック40と29、手榴弾3つにナイフ。それからアキヤール要塞で拾った思い出の鉄パイプを補修して持ち込んでいる。
大丈夫、やれる―――自分に言い聞かせていたその時だった。
《ストレイド、キミのエースパイロットとしての実力……見せてもらうよ》
フレイヤの声だった。
「……了解」
力むな、余計な身体の力を抜け。
今思い返せば、転生前も含めてやるぞやるぞと気合が入っている時に限ってろくな事がなかった。気合が入っている時はいつも当たり前のように空回りしていたものである。
だからこういう時はいつまでも奮い立たず、適当なところで少し戦意を”冷ましておく”のがポイントである―――俺はそう思っている。
イヴからの指示を受け、バッカニアの編隊が一斉に対艦ミサイルを放った。直後に編隊が雲に突入、視界が一気に悪化する。
周囲を飛ぶ友軍機のシルエットがぼんやりと、まるで幽霊のように見える。先ほど発射されたミサイルは命中したのかどうか。雲を抜けた瞬間に無傷の艦隊が……そんな事はごめん被りたい。
―――そう祈っている間に、雲を抜けた。
―――目の前には火達磨になり、無防備な横腹を晒す敵艦隊の惨状が!
《各機、全兵装使用自由! 攻撃開始!》
あんな粗末な駆逐艦や巡洋艦にレーダーなど積んでいる筈もない。索敵を有視界に頼らなければならない敵艦が雲から現れた所属不明の航空隊に反応できるはずもなく、俺たちの姿を目にした見張り員が艦橋に悲鳴じみた声で報告した頃には全てが遅かった。
既にシーイーグル対艦ミサイルを叩き込まれた駆逐艦の何隻かは真っ二つにへし折られて轟沈、あるいは大空に黒煙を大蛇の如く描きながら大西洋への落下コースに入っている。
慌てて艦載機を飛ばそうとしている敵巡洋艦―――浮遊大陸『ムララ』から派遣されてきた定期巡回任務中へと爆弾を投下してやった。
ごしゃあっ、と爆弾が敵艦の右横腹へとぶっ刺さりすぐさま起爆。水上艦艇と比較し、ペイロードの関係で装甲がそれほど厚いわけでもない空中巡洋艦の船体が揺らぎ、噴煙のような炎が天空を焦がす。
宙返りしながら被弾、炎上する敵艦の姿を逆さまの世界から仰ぎ見るなり、操縦桿を引いてそのまま逆落としの急降下。強烈なGが身体にかかり、背中が座席に縫い付けられてしまったかのような錯覚すら覚えた。
Gとはそういうものだ―――だからパイロットとは決して椅子に座って操縦桿を倒し、ボタンを押すだけの仕事などではないのだ。これ以上ないほど身体を酷使しているのである。
操縦桿のボタンを押し込んだ。搭載された4門の20㎜機関砲がボボボンッ、と重厚な砲声を発し、20㎜榴弾が敵艦のガラス張りになっている艦橋へと降り注ぐ。
対戦後期に建造された艦や戦後になって就役した艦の中には、脆弱な艦橋を艦内へと収納して艦橋要員を防護する機構が備わっているものも存在する。しかし生憎、ムララ軍から小遣い稼ぎのためにやってきた敵巡洋艦にはそんな装備は備わっていなかったようで、大型爆撃機の操縦席みたいな艦橋は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
人間の肉体など容易く消し飛ばす20㎜弾がしこたまぶち込まれたのである、無理もない。貫通してきた砲弾に身体をバラバラにされ、あるいは起爆した20㎜榴弾の爆風と破片に身体中を滅茶苦茶に引き裂かれて、砕けた窓ガラスと共に血飛沫が舞う。
そのまま敵艦の左舷すれすれを抜けて下方へと退避。艦橋の仇と言わんばかりに左舷の機銃が俯角を最大に取って13㎜弾を射かけてくるが、しかしそんなものは当たらない。既に射程外へ退避しているし、仮に命中したとしてもこちとら地上からの反撃も想定し設計された攻撃機である。13㎜弾の被弾程度では煙も吹かない。
グワッ、と後方で火の手が上がった。
艦内で損傷の影響が伝播していたのだろう。艦橋周りで小さな爆発が連鎖したかと思いきや、船体側面の装甲が内側からぶち破られて炎が芽吹き、敵艦の船体が折れ始めた。
―――巡洋艦撃沈。
操縦桿を引き起こした。トレーニング用のダンベルを彷彿とさせる重さのそれを腕の力だけで引くと、今度は身体中の血が足の方へと引っ張られるブラックアウトになりかける。
奥歯が砕けるのではないかと思うほど歯を食いしばりながら、Gの負荷に耐えた。
眼前にはこちらに柔らかそうな腹を晒す、敵の旧式駆逐艦。既にバッカニア隊によるミサイル攻撃を受けたようで激しく炎上している。しかし悪運は強いようで、ギリギリ飛行している状態のようだった。
どてっ腹に容赦なく20㎜弾を叩き込んで右舷を掠め上昇。
関を切ったかのような爆発の連鎖。それがトドメになったようで、敵艦は火達磨になりながら高度を落とし始める。
これで進路上の敵艦隊はクリアだ。
後は島内にいる敵の駆逐艦2隻と対空機銃のみ。




