トランス・コンチネンタル・エアライナー
エンジェルパレスの代表執務室の窓の向こうに見えるフライング・アルビオン号の後ろ姿が、気流結節点の向こうへと消えた。
きっと彼女たちならば大丈夫だろう―――クラリスが持ってきてくれたミルクティーを優雅に嗜みながら、ミカエルはそう確信を抱く。
いや、確信なんてものではない。
もう決まった事なのだ。
全てはもう決まっていた事。
浮遊大陸カッパドキアでの、レギオン『ミストルテイン』との軍事衝突も―――そして今回のサン・パライソ島強襲作戦も。
そしてその結果でさえも、既に決まっている。
「相変わらず退屈そうだねぇ、キミは」
ソファにどっかりと腰を下ろしながら、ヴァシリーはコーヒーを啜った。
協商連合の代表補佐官、組織の中ではミカエルに次ぐ権力者となっているヴァシリー。しかしその裏の顔は協商連合が誇る最高の諜報員である。彼に探れぬものは無く、彼に欺けぬものは無い。
しかしそんなヴァシリーにとって、ただ一つ分からないものがある。
それなりに長い付き合いになる親友、ミカエルの心の中だ。
慈悲深く、困っている人を決して見捨てない慈愛に満ちた指導者。しかしそれでいてどこか冷めていて、何をするにしても終始退屈そうな雰囲気は、レギオン結成前からずっと気にかかっていた事だ。
それが何なのか、ヴァシリーには未だ全貌が見えてこない。
ただ分かっているのは、それが転生者としてこの世界に生を受けたミカエルの持つユニークスキル『全知全能』に起因する事―――ただそれだけである。
「……面倒なスキルだよ、コレ」
ヴァシリーの胸中を見透かしたのか、そう話を切り出すミカエルの言葉に思わずびくりとした。そんな驚くなよ、と言わんばかりの親し気な笑みを浮かべるミカエル。窓ガラスにうっすらと映る友人の笑みは、地上に住まうすべての人間へ慈愛を振りまく大天使のそれだ。
「見たくないものまで見えてしまう」
「……キミにはいったい何が見えているんだい?」
「全部さ」
ミカエルは嘯く―――『”知”こそ力なり』と。
なるほど確かにそうなのだろう。自らの仮説を自ら体現しているからそうなのだろう。全てを知り、それが指し示す結果の全てに手を伸ばしているからこそ全知全能たり得るのだ。
いったい何を見ているのか―――どこまで見えているのか。
それは分からない。
しかしミカエルの言葉が本当ならば、文字通り”全て”を見ているのだろう。
「勝つよ、この戦い」
全てを見て、全てを知って、全てを身につけた。
だからこそミカエルは最強なのだ。
その地位は、未来永劫揺るがない。
「この戦いに勝って……その次は?」
「―――ヴァシリー、”例の計画”の進捗は?」
話題をすり替えるような問を投げられ、しかしヴァシリーも困惑したのは僅か一瞬の事だった。
「既に戦艦スラヴァにはズメイ砲の搭載が完了。ソーキルへの搭載も計画通りに」
「じゃあ勝てる」
まさか、とは思った。
”また大きな戦いが迫っている”―――ミカエルは、暗にそう告げているのだ。
ズメイ砲の実用化には成功し、ついには量産化にも漕ぎ付けた。今回のサン・パライソ島強襲作戦にソーキルを出さなかったのは単純に24時間以内での現場急行に間に合わないという理由だが、それ以外にもズメイ砲の搭載と船体拡張のために出撃を見送らざるを得なかったという裏の理由がある。
「大丈夫。ズメイ砲艦隊さえ配備が完了すれば第二次天地戦争のようなレベルにはエスカレートしない」
「……もし、間に合わなければ?」
「その時は―――」
―――第27文明の滅亡と、第28文明の誕生となるであろう。
言葉にしなくても分かる。
敵対勢力……おそらくミストルテインとの再度の軍事衝突は確定なのであろう。そしてその長期化が何を誘発するのか、今の国際情勢を考えればよく分かる事だ。
獣人が率いる新興レギオンと、竜人が率いる老舗レギオン。第二次天地戦争勃発とまではいかなくとも、それは獣人と竜人の代理戦争の様相を呈するはずである。そうなれば自然と規模は際限なく膨れ上がり―――第27文明を終焉に導く”最終戦争”になりかねない。
だからこそ、ズメイ砲を搭載した【ズメイ砲艦隊】を整備し一挙にこれを叩く。初手で相手の心を折る以外にないのだ。
「ミストルテインの新しい頭目は、そこまで愚かだろうか?」
「竜人ってのはプライドが高い……特に先代が惨敗を喫した相手は許さないだろうね」
空になったティーカップを、クラリスは無言でトレイの上に乗せて一礼し去っていった。ありがとう、と小さく彼女に礼を述べ、再び窓の外に視線を戻す。
まるでズメイ砲艦隊の完成と未完成、両方の未来を見てきたかのような親友の物言いに、ヴァシリーは底知れぬ不気味さを覚えた。
ピザが美味過ぎる。
もっちりとした生地にトマトのフレッシュな味わいとチーズの重厚な舌触り。そしてバジルとオリーブオイルの風味が見事に一体となっていて、いくらでも食べられるくらいである。
正直フェルデーニャ王国(※イタリアに相当するこの世界の国家)への移住を真面目に検討するレベルで美味い、実に美味い。そりゃあ本場の一流シェフが本場の食材を使い本場の技術を振るって焼き上げているのだから美味いに決まっている。
そしてそんな本場の味をカジュアルに楽しめるフライング・アルビオン号とかいう豪華客船の姿をした楽園がここである。そりゃあ富裕層が虜になるわけだ。こんな極上の旅を(作戦のためとはいえ)提供してくれたフレイヤには感謝しかない。
しかも何が最高って、この自分の顔よりもでっかいピザが全部俺のものなのだ。ピザっていうとみんなで切り分けて一緒に食べて……というイメージがあるし実際日本でもそうだったけど、フェルデーニャではそんな事はしないらしい。
そしてここはフェルデーニャ料理のレストラン。なのでこのクソデカピザは全部俺のものなのである。最高か?
「うまぁ♪」
「チーズが最高ですねぇ♪」
カルボナーラを口に運んでは幸せそうな顔をするロザリーと、チーズのたっぷり乗ったドリアを口へと運び舌鼓を打つクラルテ。毎日のような豪勢な中華も最高だが、こういう洋食も美味しいものである。
いやもう最高。あれだ、定年とかで冒険者を引退する事になったらフェルデーニャに移住しよう俺。真っ白な家を建ててガレージもつけて……おっほー夢が広がる。
さてフルールはどうかなと視線を向けてみると、彼女もまあ幸せそうな表情をしていた。
フルールが注文したのはペスカトーレ。魚介類の旨味が抽出された濃厚なトマトソースとパスタが絡み合った至高の一品である。隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、このモッツァレラチーズマシマシのピザも美味いんだが今になって「あー、俺もあっちにすればよかった」と思ってしまう。
皆こんな経験あるよね? 外食行った時に他の人が食べてる料理がやたらと美味そうに見える現象。結局それで同じ飲食店をリピートしてしまって……というのが転生前ラウル君にはよくあったものなのだ。おかげで店員に顔を覚えられた回数は一度や二度ではない。
あー懐かしい。よく高校の同級生と一緒に飯食ってカラオケ行って……ってよく遊んでたものだ。みんな今頃何してるかな……。
願わくば俺みたいにエナドリ漬けの社畜になっていない事を願いたいものだ。今の日本はいくら何でもストレス社会が過ぎる。
「フルール、それ美味しい?」
「っ、っ! っ、っ、っ!!」
口いっぱいにパスタを詰め込み、唇の周りをトマトソースまみれにしながらペスカトーレをがっつくフルール。言葉を発しなくても全身全霊で「美味しい」を表現している彼女の姿は微笑ましくて、厨房の方では手の空いたシェフがフルールを見守りながら「ほら、もっといっぱいお食べ」みたいな感じの笑みを浮かべている。
まあ、彼女は今までが本当に大変だったから……これからたくさん幸せになって欲しいものだ。そう願ってやまない。
向かいの席に座っているクロエはというと、チーズやプロシュート(※生ハム)がたっぷり乗ったふわっふわのピザをナイフとフォークでものすごく上品に食べていた。てっきりいつものノリで「はーっはっはっは!」とかクソデカボイスで長ったらしいセリフを吐くものかと思っていたが、さすがに食事中はそんな事はしないらしい。
というか、前々から思っていたがクロエは細かい仕草の1つ1つから育ちの良さが窺い知れる。今にしたってナイフとフォークを器用に使って物音ひとつ立てていないし、艦内で紅茶を飲む時だって香りを楽しんでからゆったりと味わっている。
おまけに手紙を開封する時はわざわざペーパーナイフを使う徹底ぶりだ。俺なんか素手でびりびりと……やめよう、彼女と俺を比べるのは止めよう。お上品な貴族と野蛮人みたいな対比になって自分の尊厳に笑えない傷がつきそうだ。
「ん、なんだい仔犬ちゃん?」
「え……あぁ、いや、何も」
いかん、見過ぎた。
「クロエのナイフとフォークの使い方が凄く綺麗でさ」
見惚れてたんだ、と本音をぶつけてみると、彼女はちょっとだけ恥ずかしそうに顔を赤くしてからすぐ笑みを浮かべた。
「ふふっ、ありがとう」
それ以上は踏み込まないようにしている。
以前、ロザリーがクロエに「貴族みたい」と発言した事があったのだが、どうやら彼女にとってはあまり触れられたくない過去だったらしく顔が一瞬強張ったのである。
気になるが、他人の経歴をあれこれと探るのはマナー違反だ。誰にだって触れられたくないものはある……そういうのはそっとしておいてあげるのが一番だ。
「察しはつくだろうけど、アタシたちトランス・コンチネンタル・エアライナーの表向きの仕事は旅客輸送。富裕層を乗せて世界中を飛び回るってワケ」
「で、裏の顔は? ただの巨大空母……ってわけじゃないよな」
「ご明察」
フライング・アルビオン号の休憩スペースの一角。食後の運動がてら射撃訓練でも受けてくるかと思い通路を歩いていたら同じく休憩中だったフレイヤがいたので、せっかくだし話を聞く事にしたのが数分前の事だった。
無論、同じレギオンの仲間でも話せる事と話せない事はあるだろうから、その辺の線引きはしっかりと弁えるつもりではある。
「裏の仕事はねえ、世界各地に協商連合の諜報員を派遣したり、輸送する郵便物を勝手に検閲させてもらって情報をもらってるの」
「……プライバシーも何もあったもんじゃねえな」
「諜報活動ってのはそういうものだよ。ベールの奥のヒミツを暴くのが諜報だもんね」
「それはそうだ」
って事はワンチャン俺が孤児院宛てに書いた手紙も検閲されてたって事か? まあ、見られて困るような事は書いてないが……。
俺の個人情報、ヴォイテクとかミカエルから聞いたって言ってたけど半分はその郵便物を覗き見して得た情報なんじゃ……?
「にしても、これだけの規模の船ってなると船員の確保とか大変だっただろ?」
「そうでもないよ。あんな戦争の直後だったらからね……動員解除された挙句、故郷を焼き払われて職を失った兵士がそこら中にごまんと居たから」
「あー……」
そういや重要区画を警備していたスタッフもやけにガタイが良かったし、眼光も実戦を経験した事のある猛者でなければ発する事のまずない鋭さだった。みんなL22A2とかL9A1(※イギリス軍採用型のブローニング・ハイパワー)を装備してたけど、トランス・コンチネンタル・エアライナーの保安スタッフとか陸戦隊の人ってみんな英軍装備で固めてる感じなんだろうか。
「他の乗務員は主に使用人派遣会社とか、後は没落貴族からクビにされた使用人をスカウトしたってワケ。天地戦争で貴族士官が片っ端から戦死してお家断絶なんて珍しくなかったし、戦費調達のための課税強化で富裕層も相次いで没落していったからねェ……」
「どこもかしこも地獄過ぎる」
だから嫌いなのだ、戦争は。
暴力は好きだ。気に入らない奴やムカつく奴をボコボコにして屈服させるのには興奮すら覚えるしワンチャンそのために人間やってるという自負もある。
だが戦争は違う。
確かに暴力の極致なのだろう。敵を殺し、殺される。そんなシンプルなものかと思いきや大間違いで、毎日毎時間毎分毎秒、人名と共に凄まじい額の資金と資源が浪費されていくのだ。
前線も地獄だが後方も地獄、国民も地獄なのである。
戦争で得るものなんか何もないくせに、爪痕だけは後世まで一丁前に遺りやがる。そのくせ国の指導者は戦死した兵士たちを英雄だの何だのと言って祭り上げ、クソの役にも立たない二階級特進と遺族への手当、投げるとよく飛ぶ勲章の授与で済ませるのだ……そんなものが戦死者の命の値段であってたまるものか。
「まあ、組織のためだとか色々理由あるんだろうけどさ……アンタ、良い人だ」
「え?」
「理由はどうであれ、結果的に多くの人を救ったんだ」
船内で働いていたメイドや使用人、料理人たち―――こんなご時世なのに、みんな目が輝いていた。自分たちが身につけた技能を全力で生かせる場所を、”居場所”を得たんだと言わんばかりの笑顔。絶望のどん底で打ちひしがれていた人間とは思えないほどに眩しかった。
「俺、どっちかというと”奪う側”の人間だ……フレイヤみたいにはなれないかもしれない」
「ふふっ、何それ」
そりゃあな、暴力の擬人化だの何だの言われてるからな……。
でもまあ、せめて―――その暴力の矛先が、守られるべき人々ではなく悪い奴らに向けられるよう努力していこうと思う。
暴力で救われる命もまた、存在するだろうから。
ズメイ砲艦隊構想
協商連合が極秘裏に進めている構想。協商連合艦隊総旗艦『チェルノボーグ』に搭載されたズメイ砲の量産化に成功した協商連合は、近いうちに再び衝突するであろうミストルテインとの戦闘に備え、量産化したズメイ砲を既存の艦艇に搭載する作業を推し進めている。
少なくとも現時点ではすでにフルサイズのズメイ砲がモニカ艦隊旗艦『スラヴァ』に搭載されたほか、エンジェルパレス内部の工廠へと搬入されたソーキルにも”小型ズメイ砲”の搭載が決定。現在、ヨルゲンセン機関長の指揮の下で船体の延長及び小型ズメイ砲の追加装備が進められている。
そのほか、協商連合首脳部はミカエルからの指示を受けてチェルノボーグ級戦艦の2番艦建造に着手。ミストルテインから盗んだ資金を湯水のようにつぎ込み、4番艦までの建造計画が既に承認されている。
ミカエルは『次の軍事衝突が短期で終わるか否かで世界の運命が変わる』と断言しており、ミストルテインとの戦いが第27文明の行く末を決定づける分水嶺であると位置づけズメイ砲艦隊の整備を急がせている。
まるで【短期決戦で終わった結果】と【泥沼化した結果】の両方を見てきたような物言いだが、ミカエルの目にはいったい何が見えているのだろうか?




