フライング・アルビオン号
どうでもいい話
ミカエル君は過去、『敵からの全ての攻撃を相手に反射する』ユニークスキルを持った転生者を錬金術で生成したオリハルコンの箱に閉じ込め餓死するまで放置して撃破した事がある。飢餓は敵からの攻撃ではないからである。
エンジェルパレス、中央作戦会議室。
遺物の回収とミストルテインとの戦闘の際に会議を行った時以来だから二度目の来訪になる。「天使の宮殿」の名に違わぬ荘厳な雰囲気は軍事施設というよりは博物館とか教会、あるいは大規模な宗教施設の雰囲気に近いと言えるかもしれない。
協商連合はこのアルカディアこそが最期の楽園である、と自負しているが、その中心が天使の住まう宮殿とはなかなか洒落ているではないか。
さて、ヴォイテクから「次の仕事の話がある」と言われてここに来たわけだが、部屋の中に入ると既にフレイヤとイヴもいた。椅子に座って優雅に紅茶を飲みながら「Hello everyone」とイギリス英語(この場合イーランド語というべきか)で出迎えてくれる。
「どうも、さっきは食事代ありがとう゛」
ぎゅー、と隣で手を握るロザリーの手に力が入る。あのごめんなさい、ゼロ距離でハイライト消えるの怖いからやめて。俺が悪かった、悪かったから。
「なに、報酬の前払いさ。ミカエルたちなら別件だよ。イヴ」
「はい」
「紳士淑女たちにご説明を」
「かしこまりました。では」
イヴが合図をするなり、室内の照明が落ち立体映像が投影され始めた。協商連合のエンブレムが表示されるアニメーションの後、映像が映し出され始めた。
小ぶりな浮遊島(※”大陸”と呼べないレベルの小さな浮遊する大地をこう呼ぶ)や複数の旧式艦の航路を示した線。
そこまでは良い。何か悪党が良からぬ事でも企んでいるのかな、くらいの心境で映像を見ていた。
話が一気に悪い方向へと傾いたのは、映像が切り替わった瞬間だった。
事情を知っているフレイヤとイヴの2人を覗き、映像を見せられたくまさんハウスの面々の表情が一気に強張り、空気も張りつめたものになっていくのがはっきりと感じられた。
「これ―――まさか」
ボロ布をかぶせられ、手枷に足枷を嵌められた人々が牢にぎゅう詰めにされている。やがて鍵を持った番人がやってきて牢を開けると、中から女性を無理矢理引っ張り出して客と思われる相手に引き渡して札束を受け取っていた。
「人身……売買……」
「ご名答」
フレイヤが答える。
「キケロー伯爵の件は覚えてるかな? キミたちの躍進のきっかけとなった強盗事件、あれで人身売買も発覚しただろう?」
「ああ」
書斎の引き出しを斧で破壊して出てきた手紙や記録用紙から孤児を拉致して奴隷にし、人身売買している証拠がわんさか出てきた。あの件でキケロー伯爵は最終的に爵位を剥奪され、いくつかの娼館やマフィアに憲兵が踏み込んで大騒ぎとなった。
メルキアを激震させた竜人貴族の大スキャンダルである。あの一連の事件は大々的に報じられ、キケロー伯爵は強盗の被害者から一転、人身売買という違法行為に手を染め竜人という種の品位を貶めたとして厳しく罰せられたとどの新聞でも報じられた。
強盗被害よりも人身売買というスキャンダルが報じられ、結果として誰も強盗犯の正体を追求しなくなったのはそれはそれで草が生えたものだが……。
「そして続きがあった、というわけさ」
「―――俺が報告した後、ミカはその後もヴァシリーに調査を続けさせた」
「ヴァシリーってあのエルクの獣人の人か」
「ああ。ああ見えて協商連合の№2で、しかも協商連合随一の工作員でもある」
……マジで?
いや、只者ではないとは思っていたがてっきり政治系のステータスに全振りした人だと思ってた。頭はキレるが戦闘はからっきしの非戦闘キャラみたいな印象を抱いていただけに、バリバリの諜報員だったというのは恐ろしいものである。
協商連合はとんでもない人材が運営している組織だ……トップも、№2も。そして末端に至るまで。
まともなのがいない。無論、いい意味でである。
「その結果、マフィアによる大規模な人身売買が発覚したのです。そして人身売買の売り上げの一部はいくつものペーパーカンパニーを経由してミストルテインに流れていることも」
イヴが説明しながら映像を切り替えた。おそらくペーパーカンパニーの1つなのだろう。南カフリアにある雑居ビルの1室がアップされる。
「もっとも、流れが複雑すぎて本人たちは大元の金の出どころはわかっていなさそうだけどね」
「ですが資金源を絶てるなら都合がよろしいかと。続けます」
映像が切り替わり、アルカディアと目標の浮遊島が表示された世界地図が表示される。
「場所は大西洋上空に浮かぶ【サン・パライソ島】。元々は竜人たちの居住地とされていましたが、天地戦争の際に大陸落としのための候補として強制疎開が行われた場所です。とはいえ戦局の悪化か、居住可能地域の縮小を懸念したのかは分かりませんが結局落とされずに済んだようで」
大陸落とし、というワードでヴォイテクの表情が険しくなった。
無理もない話である―――以前に機関長から聞いたが、彼の故郷はポルスキー共和国の首都『ワルハワ』。天地戦争末期、最後の大陸落としが行われ大きな被害を出した場所であるとされている。
多くの兵士が故郷と家族を失い、復讐を誓って死地へと赴き、死を恐れぬ復讐の鬼と化したのは有名な話だ。彼の過去について詳しく聞いたわけではないが……ヴォイテクもその中の1人だったのかもしれない。
【亡霊大隊】―――身体に自爆用の手榴弾を巻きつけ、亡き家族の名を叫びながら死んでいった彼らはそう呼ばれている。
創設時は875名いた隊員たちも、終戦時には僅か7名のみ―――天地戦争が、そして彼らの戦いぶりが如何に苛烈だったのかがよく分かる。
しかしヴォイテクって……いやまさか。
「戦後の混乱と絶海の孤島という条件もあって住人は戻らず無人島になっていた……それに目をつけたマフィアが拠点にし、世界中から戦災孤児を拉致したり、引き上げと偽って疎開した人々を集めて奴隷にして各地に売りさばいている」
フレイヤの説明に、いつの間にか拳を握り締めている事に気付いた。
俺は孤児院出身だ。父親の背中も、母親の愛情も知らない。ただただ貧困と迫ってくる戦火の中、弟妹同然の他の孤児たちと身を寄せ合って生きてきた。
年上の兄貴たちは皆、戦場に行った。そして帰って来なかった。
幸いにも祖国スパーニャは戦火が及ばず平和ではあったが、それでも戦争が原因で始まった物価高騰や食糧不足で多くの人々が苦しんだ。スパーニャでそれなのだから戦地となったノヴォシアやイライナ、ベラシアの人々の苦しみは察するに余りある。
そんな弱者からさらに搾り取ろうとしている連中がいる―――弱者を食い物にする社会の屑共。そんな連中がこの世界のどこかで甘い汁を啜っていると思うだけで虫唾が走る。
「今回の作戦はこの島に囚われている奴隷、協商連合の潜入調査員、そして情報提供者の回収だよ」
「情報提供者?」
フレイヤの発言とともにイヴが投影された映像を操作すると、犬系の男性獣人とウサギ系の女性獣人が映し出される。
「女性のほうは戦災孤児を装って潜入調査している協商連合の調査員、男性のほうはマフィアの情報提供者。どうやら良心の呵責に苛まれて打ち明けてくれたらしい。裏も取れているよ」
「ほぉ。ド底辺にもまともな奴はいるんだな」
「まあ、そうですね。情報提供者のおかげでマフィアの空中艦の経路や運航状況を把握することができたのです、今後足を洗うのであれば恩赦くらいは与えてもいいのかもしれません」
「作戦はいたって単純。マフィアの邪魔を排除しつつ島に乗り込んで制圧し、もろもろ回収して帰ってくる」
「走って殴って撃ち殺す。いつもの事じゃねえか」
「ただタイミングがシビアでねぇラウル君。今から24時間以内にサン・パライソに到着してないといけない」
「24時間だと?どんなに飛ばしても間に合うわけがない」
ヴォイテクの言う通り、投影されている地図にはアルカディアとサン・パライソ島との距離は1万キロと表示されている。
一応、ソーキルの最高速度は時速650㎞/hだ。火力と速度の両立をコンセプトに設計された艦だから、他の空中艦と比較するとソーキルは足の速さがウリである。
しかし最高速度で飛び続けることはできない。そんな事をしてしまえばオーバーヒートで船が吹っ飛んでしまう。だから普段はそれ以下の速度で飛ぶよう制限が課せられているのだ(そしてヴォイテクは短時間とはいえこの制限を無視しがちなのでいつも機関長が泣きを見ている)。
「そう、だからアタシたち【トランス・コンチネンタル・エアライナー】の出番ってワケ」
「トランス…なんだって?」
「トランス・コンチネンタル・エアライナー。キミたちの船が気流結節点に入る前に先に行かせてもらったでしょ。あれアタシの船なんだ」
え゛、と思わず声に出してしまった。
忘れる筈がない。気流結節点突入前、ソーキルの頭上を通過していった超巨大空中豪華客船【フライング・アルビオン号】。その大きさにも、そして協商連合がそのような艦を保有している事にもただただ驚かされたものだ。
「ソーキルの最高速度と同じ速度で巡航できて1000人規模で人を運べるのはフライング・アルビオン号ぐらいだからね。世界最速・最大の名は伊達じゃないよ」
「すげぇ…」
「それじゃ概要はこれぐらいにしといてアタシの船に移ろっか」
「待った、ソーキルはどうするんだ?」
「ソーキルは残念だけどお留守番だね。でもキミたちには一等客室を用意してるから退屈はさせないよ」
「それとソーキルは改修を受ける予定じゃ。ワシは責任者としてここに残る」
「改修?」
「うむ。まあ、戻ってきてからのお楽しみじゃよ」
ふっふっふ、と腕を組みながら笑うヨルゲンセン機関長。
これまでもソーキルは改修を受けているのだろうが……どうやら今回ばかりはこれまで以上の改修になるようだ。ベテランの機関長が残るのだから大掛かりなものになるのだろう。
イヴが合図すると映像が消えて部屋の明かりが元に戻る。作戦の詳細はフレイヤの客船で改めて説明を受けることとなり、解散となった。
「デッッッッッッカ」
ところ変わってアルカディアの空中艦発着場。一度ソーキルに戻って装備と荷物をまとめ、フライング・アルビオン号の客船ターミナルがある空中艦発着場の一角に移動した。
それはいい、それはいいのだ。
ソーキルに乗っていてあれだけ大きく感じたのである。停泊中の姿を見たらどう感じるのだろうと思ったらまあ予想の遥か斜め上を行く感覚が待っていた。
見上げ過ぎて首が痛くなる。それくらい見上げなければならないほど巨大な船体が、ででんとそこに鎮座していた。巨人とかそういう比喩表現がどれもこれも安っぽく思えてくるレベルの巨体。
軍艦であれば指揮や観測に必要な艦橋を除けば武装の邪魔にならないよう平たくしてあるため、数値以上に大きくみえることはあまりない。
だが目の前の船は客船だ。船体は白を基調とした流線形の美しいボディに、前世の記憶に残る氷山に衝突して沈んだ客船のラブストーリー映画や新型感染症のパンデミックの舞台になったクルーズ船を思い起こさせるようなオーシャンビューの客室がずらりと並んでいる。
こうして見るとやっぱり軍艦と客船って設計思想が根本から違うんだなと思わされる。無駄を省いた合理の塊が軍艦ならば、客船は無駄を楽しむために色々盛り込んだ海を征く宮殿のようである。
「おーいこっちだよ。早く上がって」
キャットウォークから手を振るフレイヤの姿が見えた。ターミナルから伸びるボーディングブリッジを渡って船の中に入るとそこには……。
「フライング・アルビオン号へようこそ」
「「「ようこそお越しくださいました」」」
船長姿のフレイヤ、そしてずらりと並んだタキシード姿とメイド姿の乗務員が出迎えてくれた。エントランスホールは大理石を使った柱に木目調の装飾、床には赤色の絨毯が敷かれてまさしく豪華客船といった雰囲気だ。前世で色々旅行したこともあったけど、こんなに豪華なのは初めてだ。
「すごいな……正直、こんなに豪華だとは思ってなかったよ」
「えーナニコレすっごい」
「なんか新婚旅行みたいだねラウル♪」
「仕事で行くんだぞロザリー」
「……」
「はーっはっはっは! いやぁ眩い、実に眩い! 瀟洒な調度品といい装飾といいこのゆったりした空間といい、快適な空の旅を提供するのに実に適したデザインだ! この船を建造した人は国民栄誉賞を受け取るべきだね、間違いない! このボクが推薦しておくよ! なんていったってこのボクの輝きすら霞んで見えるほど以下略」
素直な感想を漏らすクラルテとニコニコするロザリー、浮かれる妹に釘を刺すユリウス兄貴。そもそも豪華客船に乗った事がなかったのだろう、フルールは興味深そうに周囲を見渡しては紅い瞳を輝かせている。
そして相変わらず大音量でペラペラ喋るクロエ氏。何なんだろうねこの人のテンションは。
「ふふん、すごいでしょ。じゃ、船長自ら案内していくよ。ついてきて」
誇らしげに胸を張るフレイヤの誘導で、豪華客船フライング・アルビオン号の船内探検が始まった。
「ここがメインダイニング。朝昼晩にアフタヌーンティーもあるよ。シェフはホテルやレストランの料理人経験者ばかりだから味は保証する」
「おお」
「こことは別にアジア料理とイタリア料理レストランもあるよ。和食は元料理人の転生者から教わった本物だし、お米もこだわってるから安心して」
「Foooooooo!!」
海外のアレンジ和食じゃなくて本物が食べれるのか! もうここに住もうかな……すいませんここの永住権ってどこでもらえるんです?
「ここがパブ、あともう一ヵ所あるけど、どっちもお酒もタバコも好きなだけ頼んでいいからね」
『『『Oh Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!』』』
ヴォイテク、ソコロフ、チャンさんによるチームくまさんの雄叫びがすごい。ヨルゲンセン機関長来られなかったのホント残念だ……後で何かお土産でも買って帰ろう。売店はあるのだろうか?
「ここが劇場、毎日映画や劇やってるから見に来てね」
「すげぇ」
「ここがダンスホール、生演奏聴きながらダンスパーティー楽しんでね」
「俺踊れないんだけど」
「はーっはっはっは! 仔犬ちゃん、心配はいらないよ! このボクが手取り足取り全部教えてあげよう! まずは簡単なステップから!」
「こっちにジムと射撃場、安全講習はきっちり受けてから使って」
「よっしゃ!」
「あとは大浴場。ラウルくん用に謎の光入るようになってるから」
「……なんて?」
「キミたちが泊まる部屋は一等客室を用意したよ。1部屋4人までだけど部屋割りはキミたちに任せるから」
「ここは4人でラウルを共有するのはどうでしょうか」
「「「賛成」」」
「俺の意見は???」
「頑張れパパ」
「パパ!?」
「そして一番紹介したいところはここ」
乗務員用の通路を進んでエレベーターで上の階へ。煌びやかな装飾は一切無く、無骨な軍艦を思わせる灰色の壁に蛍光灯とむき出しの配管、そして水密扉の数々を抜けると、そこには何機もの飛行機がずらりと並んだ格納庫に繋がった。
「フライング・アルビオン号はただの客船じゃない。協商連合随一の空母でもあるんだ」
航空機運用のコンテナユニットを後付けし軽空母化したトキやソーキルの小さい格納庫と違い、フライング・アルビオン号の格納庫は本格的に航空機を運用するための設備が詰め込まれていた。エンジンを外すためのクレーンや飛行機をけん引する車に壁一面に機材が保管された巨大な棚、そして……。
「ここが飛行甲板。飛んでるときは起倒式の防風壁を立てて安全に作業できるようになってるよ」
飛行機を甲板に上げるためのエレベーターで上に上がると、だだっ広い飛行甲板が広がっていた。クレーンで船外に降下したあと自力で発着艦するソーキルと違い、カタパルトとアレスティングギアで発着艦するまともな方式だ。
さすが協商連合随一の空母、と自負するだけはある。
「それじゃ、短い間だけどアタシの船楽しんでね」
一通りの説明を終え、フレイヤは笑みを浮かべた。




