フレイヤ・ラリー
どうでもいい話
ヴォイテクは副業で漫画家をやっている。
「あっはは! そんな警戒しないで。ホルスターを留めるクリップが見えたから聞いただけだよ」
「……心臓に悪いな」
「ふふっ。揶揄い甲斐があるねキミ」
相席になった彼女とそんなやり取りをしている間に、彼女が注文していたフィッシュアンドチップスが届いた。
「これだよこれ、いっただっきまーす。うーん美味しい」
白身魚のフライ(ここでは鱈のようだ)とフライドポテトと聞けば確かに美味そうだし実際美味い(本場のは分からない)だが……名前で損してそうな感じがする。ってかコイツ今”いただきます”って言わなかったか?
まさか日本人の転生者か?
確かに協商連合には転生者が在籍してるってヴォイテクも言ってたし、グロックを知ってるって事はそういう事なんだろうけども……。
「キミ、見すぎ」
「……サーセン」
「そんなんじゃモテないよ~。あっ、でも今はハーレム作ってたね。巫女含めて3人……いや、4人だったかな?」
「!?」
「ラウル・エルマータくん。出身はスパーニャのエルマータ孤児院、所属ギルドはくまさんハウス。たった数日で冒険者ランクをDまで上げてアノマリーも転生者も倒す実力者。おまけに戦闘機乗りで何隻も空中艦を落としたエースパイロット。ほかに聞きたい?」
「なっ、なんでそんなに知って」
「キミのことはミカエルやヴォイテクから聞いてるよ、期待の大型新人だって。初めまして、アタシは【フレイヤ・ラリー】。キミと同じく協商連合の所属だよ」
そう言いながら手を差し出してくるフレイヤ氏。とりあえず敵ではない事が明らかになったので、握手に応じて一応「ラウル・エルマータです……よろしく」と自己紹介しておく。まあ、俺の個人情報全部知ってるみたいだし意味ないだろうけど。
というかちょっといい?
なんでミカエルもヴォイテクも俺の個人情報べらべら喋ってんの? あれか、田舎の暇を持て余した爺さん婆さんか?
すげーからな田舎の爺さん婆さんって。噂話が三度の飯よりも大好きで、暇な時は大体他人のどうでもいい噂話で盛り上がったりするんだ。そして尾びれがどんどん付いて行って、最終的には原型を留めない噂話になっていたりする。
ちなみに俺も学生の頃は『川端さん家の長男が上級生を病院送りにした』という噂話が、この暇を持て余したお婆さんたちの手にかかってまあ何という事でしょう。『川端さん家の長男は大怪獣』という噂になって地域に広まる事になりました。もう川端さん家の血縁者であるところしか合ってません。暇を持て余した年寄りの噂話なんて所詮こんなものです。
その時、視界の端に入店してくる人物の影をとらえたラウル君。かなり小柄で黒い服装の少女はきょろきょろと何かを探している様子である事が分かる。角と尻尾があるから竜人だろうか。本物かコスプレか、背中には翼らしきものもある(え、翼?)。
ぴたり、とこちらと目が合う彼女。俺ではなく向かいの席でフィッシュアンドチップスをもぐもぐするフレイヤの方を見るなり目を細め、小走りで駆け寄ってフレイヤの真後ろで跳躍する。
そして次の瞬間、おおよそ飲食店の中でするとは思えない行動に出た。
雰囲気を壊さないような、ゆったりとしたアンビエントな音楽が流れる店内。
PCとかを持ち込んで仕事したりとか、そういうデスクワークにうってつけな空間のど真ん中。
フレイヤの真後ろに回り込んだ彼女は思い切り跳躍するや、あろう事かどこからか取り出したハリセンで彼女の頭を引っ叩いたのである。
スパァァァァァァァンッ!!!
アンビエントな曲も落ち着いた木目調の床や壁といった雰囲気を全部ぶち壊す甲高い音。慈悲も容赦も手加減もない一撃が、フレイヤの頭を強打した。
「きゃんべら!?(※イギリスのジェット爆撃機))」
……何だ今の悲鳴。
我ながらすっげえ落ち着いた表情……というか真顔でそんなやり取りを眺めつつ、真顔のまま卓上ベルを鳴らして店員を召喚。困惑するウェイトレスがやってきて「ご注文は?」と聞いてきたのでホットコーヒーをとりあえず追加注文した。
何というか、くまさんハウスの面々も個性が強いというか変な人ばっかりだから慣れたなぁ……と我ながら思う。でもさすがにいきなり店内にやってきてハリセンで人の頭ぶっ叩くのはぶっ飛んでると思うの。
運ばれてきたコーヒーをズズズ、と啜りながら、しばらく2人のやり取りを眺めた。
「いつまで油売ってるおつもりですか? フレイヤさん」
「うわーん”イヴ”がいぢめる~」
「噓泣きは十分ですから、早く本部に行きますよ」
イヴ、と呼ばれた少女はハリセンを器用にたたんで鞘に納める。刀みたいにハリセン持ってる人初めて見たんだけど。
「申し遅れました。わたくしフレイヤの巫女をしております【イヴ・アズライグ】と申します。以後お見知りおきを。さあフレイヤ、とっとと行きますよ」
執事のように頭を下げてからフレイヤの首根っこを掴むとズルズルと引きずって店を出て行ってしまった。なんだか嵐のように過ぎ去ってしまい、しばらくぼーっとしながらコーヒーを啜ってしまったが、俺もボサッとしてたらハリセンを持ったユリウス兄貴にしばかれそうなので慌てて食事を済ませた。
なお、いつの間にかフレイヤかイヴが食事代を支払ってくれたらしく、なんだか悪いことしたなと思いつつ、一度帰路に就いた。
すん、すんすん。
すんすんすんすん。
すんすんすんすんすんすんすんすんすんすん。
「あのー……ロザリーさん?」
「すんすん」
「何……してるんです?」
「すんすんすん……すん」
艦の自室に戻るなり無表情で詰め寄ってきたロザリー。何も言わずに俺の身体中の匂いをすんすん嗅ぎ始めたかと思うと、唐突に始まるお姫様抱っこ。「え゛」と困惑するラウル君をそのままベッドにスローインするや、彼女は俺が逃げられないように両手を押さえ、足を絡めてがっちり拘束しながらのしかかってくる。
翡翠色の瞳からはハイライトが消えていた。誰だよヤンデレスイッチONにしたの。あ、俺か。
「ラウル?」
「ハイ」
「知ラナイ女ノ匂イガスル」
「気のせいであってほしかった」
「うふふ……浮気?」
「違いマッスル」
否定する間にも今度は人の身体に自分の身体を擦り付け始めるロザリー。頬を何度か舐めてから、彼女は敏感なケモミミのすぐ近くで囁いた。
「じゃあ……しっかりマーキングしておかないとね。ラウルは私のだって分かるように♪」
「あのロザリーさん、行っておくけど子供作るのはもっと収入が―――」
「うふふ、お金なら大丈夫よ。ミストルテインという名のATMがあるし、養育費ならいくらでもふんだくってくればいいの。お金の心配はもういらないわよね?」
しまったぁぁぁぁぁぁぁッ!
そうだ、すっかり忘れてた。協商連合にはミストルテインというATMがあるんだった。無駄に規模はデカく、それでいてクソ雑魚ナメクジだから盗みやすく、何故か金持ちという金づるレギオンことミストルテイン。
今までは「無計画に子供を作ったら君たちを路頭に迷わせてしまうから」ってそれっぽい事言って監禁→既成事実の即死コンボを回避していたが、ここに来てミストルテインというカモの存在が仇になるとは。謀ったなミストルテイン!(理不尽)
はぁはぁとアカン息遣いになっていくロザリー氏。逃げようと抵抗してみるけれど力が強すぎてダメだった。何なのロザリーさんの腕力。重機か何か?
「じゃあしよっか」
「待って、俺まだ童貞だから」
「ん、私も処女だから♪」
「待っておいちょっとバカバカバカ服脱がすな服を脱ぐなっ、ちょ、誰か! ヘルプ! せめてプリーズ謎の光!」
「それじゃあ頑張りましょ、パパ♪」
抗議しようと思っても駄目だった。彼女のぷるんぷるんの唇に口を塞がれてあああああああもう舌入ってきたんだけどナニコレもう終わりじゃん俺。
グッバイ童貞、と自分の運命を受け入れかけたその時だった―――ベッドの下からごろん、と転がり出てきたクラルテ氏(18)と目が合ったのは。
唐突な伏兵の登場に既成事実どころじゃなくなったロザリー。散々絡めていた舌を引っ張り出すなり、俺はロザリーと抱き合って一緒に叫ぶ。
「「い゛や゛ァァァァァァァァァ忍者ァァァァァァァァァ!!!」」
叫ぶ俺たち二人を他所に、ベッドに上がってくるクラルテ。困惑する俺の上にのしかかって抱きしめると、Jカップのおっぱいで人の頭を押し潰しながらロザリーの方を睨む。
「で、”私の”転生者に何をしてやがるんです?」
「何って、これからママになるところだったんだけど?」
「へっ?」
かぁぁぁぁっ、とクラルテの顔が赤くなっていった。
「ふ、ふふふふふしだらですっ! 不潔ですっ! フジュンイセイコーユーですっ!! マザーに言いつけますよ! なんなら記録映像提出しますけどいいんですか!?」
「ごめんそれはフツーにやめて!?」
自分の担当の転生者があーんな事やこーんな事をされてる映像を見せつけられるマザーの身にもなれクラルテ。
「な、何よ何よ! クラルテだってその無駄にでっけえ乳押し付けて! このドスケベシスター!」
「ど、ドスケ……っ! あ、あああああああなただって! ラウルさんにえっちな事しようとしてたじゃないですか! なんですかもしやあなたの前世サキュバスか何かだったりするんですか!?」
「はぁぁぁぁぁぁ!? 私はラウル一筋ですけど!? 一途な乙女ですけどぉ!? あんな不特定多数と肉体関係を持って性病ばら撒くような奴と一緒にしないでくれますぅ!?」
お前は一度サキュバスに謝れロザリー。
というか人の頭をおっぱいで押し潰しながら口喧嘩するな。せめて他所で……あっ、柔らかくて気持ちいいのでやっぱそのままでいいです。
ぎゃーぎゃーベッドの上で騒いでいると、唐突にごろんとベッドの下から転がり出てくるクロエ氏(18)。彼女と目が合うなり、俺らは抱き合いながらまた叫ぶ。
「「「い゛や゛ァァァァァァァァァ変態ィィィィィィィィィィィ!!!」」」
え、何? 俺のベッドの下どうなってんの?
そんなデカ女が2人も隠れるスペースあります? ってなりながらベッドの下を覗き込んでみる。さすがにフルールはいなかった。
良かったあの子は常識人枠だと思っている間にもベッドの上に上がってラウル君に胸を押し付けてくるクロエ氏(18)。
「はーっはっはっは! このボクを差し置いて何をしていたんだい子猫ちゃんたち!?」
「聞いてください! ロザリーってばラウルさんとその、こ、ここここここっ」
「ラウルをパパにするところだったのよ! 邪魔しないでよ2人とも!」
「……へ?」
かぁぁぁぁっ、とクロエの顔も赤くなっていった。
え、待ってこの展開まだ続くの?
「なっ、なななななななぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? こ、仔犬ちゃん! キミ男性だったのかい!?!?!?」
「いやそっちかいィィィィィィィィィ!!!」
「み、認めない! ボクは認めないよ、こんな可憐な顔をしておきながら股下に〇〇〇〇(※美少女が発していい単語ではないためマザーによる自主規制)をぶら下げているなんて!」
「そんな事言われましても」
「ああっ、誰か! ボクの頭を思い切り殴ってくれ! 殴ってこの記憶を消してくれたまえ! 可憐でワイルドな仔犬ちゃんのままでいてほし―――」
「じゃあ行くわよクロエ。セイッ」
「ほぎゃー!?」
ゴッ、と顔面にめり込むロザリーの拳。お前容赦ねえなオイ……。
きゅう、と鼻血を流し目をぐるぐるさせながら気絶するクロエ。ベッドの上でぶっ倒れた彼女を見下ろしながら、俺たち3人は顔を見合わせる。
「……オイ流血沙汰になったぞ」
「どうするんですかロザリーさん。満場一致であなたのせいですよコレ」
「さ、子作りしましょうかラウル♪」
「現実逃避!!!」
この10秒、後騒ぎを聞きつけて部屋にやってきたユリウス兄貴に俺らは怒られた。フルールには呆れられた。
Q.なぜ協商連合にはやべー女か面白い女しかいないのだろうか。




