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4.1gの覚悟


 ―――ラウルが危ない。


 彼女からもらったジャケットを羽織って、死体だらけの通路を走った。そりゃあ足は震えているしあんなひどい事をされた後だから身体もガタガタ、メンタルもガタガタだ。こうやって”走る”という脳からの命令に身体が応えてくれるだけ奇跡というもの。


 死体が持っていたライフルを奪い取り、銃弾が装填されているのを確認してから武器庫の錠前を吹き飛ばした。いちいち鍵を取り出すより、こうした方が開錠が早い。


 ライフルを投げ捨てて武器庫に足を踏み入れた。中にあったバールで木箱をこじ開け、中から私が愛用していたUPR-15を引っ張り出す。スコープは付けたまま、申し訳程度におが屑を敷いただけの木箱の中からそれを引っ張り出し、5.56㎜弾の強装弾が装填されたマガジンも取り出して装着。ボルトハンドルを引いて初弾を装填する。


 ガバメントも奪還して、それらの装備を身に着けてから武器庫を後にした。


 ―――自分は今、何をしようとしているのか。


 分かっている、そんな事は。


 私は今、アイツを―――私に楽しい思いをさせてくれた彼女を、ラウルという転生者を助けるために走っている。


 ラウルを助けるために、カシウスを殺そうとしている。


 巫女にとって、転生者への反逆は前代未聞。


 できない事はない―――けれども、強力なユニークスキルを持つ転生者に戦闘向きではないサポートスキルしか持たない巫女が勝てる道理は残念ながらない。だから絶対的な力の差故に、「巫女は転生者に逆らえない」。


 でも、今ならば?


 アイツがラウルにやられている今ならば?


 私の狙撃ならやれる。不意を突いて一発撃ち込んでやれば、それで……!


「……っ」


 その結果が何を生むのか、それはよく理解している。


 転生者を失えば、残った巫女は不要になる―――待っているのはマザーによる削除(デリート)。処刑でも殺処分でもない、不要なデータとして削除されるだけの無機質な最期。


 でも、それでいい。


 それが私の選択だから。


 あんなクソ野郎をのさばらせておくくらいなら、私もアイツと一緒に地獄に落ちる。


 ラウルはまだ、カシウスを殺していない。その気になればいつでも殺せるのに、わざと力の差を見せつけてアイツを圧倒している。


 アイツへの逆襲だったり、私やアレーサの人々に対する仕打ちの報復なのかもしれないけれど、もし彼女が転生者と巫女の関係に気付いているのだとしたら―――きっと、私に気を使ってああやっているのだ。


 そんな事はさせない。


 私が枷になっているというのならば。


 自分の始末は―――自分でつける。


 助けに来て、こんな温かいジャケットをかけてくれたラウルには申し訳ないけれど―――これが私の覚悟。


 私の「選択」。
















 ―――いつもそうだった。


 異世界転生とかいうネット小説みたいな展開の当事者になるよりも前。ひいひい言いながら勉強する学生だのエナドリ片手に命擦り減らしてクッソ高い税金のために安い賃金を稼いでいた社会人だった頃からずっとそうだ。


 『喧嘩』と呼べるのは、いつも最初だけだ。


 一発、二発―――けっこう良い一撃が相手に当たり始めた辺りから、いつも相手は及び腰になる。


 始まる前なんかは散々人を侮ったり、罵倒の言葉を投げかけてきたりとやりたい放題だった。どいつもこいつもそうだ。学校の先輩とかいう1つ2つ年上ってだけで威張り散らしてるゴミクズ共も、腐ったレーズンみたいな尻でボロボロの椅子を温めるだけで給料をもらう老害共も、どいつもこいつも例外なくそうだった。


 そしてそれは、異世界でも変わらないらしい。


 いや、コイツ……あれ、なんだっけ。名前忘れた。ほらあの、か、カシ……()()()()()()()みたいな感じの名前。


 まあいいか、どうせ殴る蹴る斬る撃つだけのサンドバッグなのだ。いちいちサンドバッグに名前を付けるようなセンチメンタルな趣味は俺には無い。


 ギャギャギャ、と鉄パイプをわざと床に擦りつける。石畳と金属が擦れる摩擦音。特に意味はない……と言いたいところだが、こうやって暴力を想起させる音を響かせる事で相手への心理的圧迫を狙うという―――ああ、もうどうでもいい。理屈なんかどうでもいい。


 左手でグロックをバカスカ撃った。スライドが激しく前後して、10㎜オート弾が()()()()()()()()の身体に着弾。けれども竜人の外殻は堅牢で、10㎜オート弾ごときでは貫通には至らない。


 着弾の衝撃で筋肉痛めてくれないかな、あわよくば苦しんでくれないかなと思いながらとにかく撃つ。ドカドカ撃つ。やがてスライドが後退したまま銃身が剥き出しになり弾切れを悟った。


 マガジンを入れ替えている余裕はない。銃ごとダンプポーチに突っ込んで両手で鉄パイプを握った。姿勢を低くして()()()()()()の右ストレートの下に潜り込むようにして躱し、左足を払って相手の体勢を崩す。


 パンチを打つ時―――特に相手を殺しにかかるような本気の一撃を打つ瞬間というのは、足に体重が懸かっているものだ。それをぽん、と横から刈ってやれば容易に相手は体勢を崩す。


 転生前、空手をやっていた頃から得意だった戦術だ。相手の攻撃にこちらの攻撃をかぶせて反撃する合わせ技(カウンター)。学生時代、全日本大会で表彰台の頂点に6回も立てたのはこれのおかげだと思っている。


 まあ、当時はこんな技を使ってくる選手はそうそういなかったからな。今はさすがに対策もされてるだろうが……。


 体勢を崩したカシなんとかの鳩尾(みぞおち)に、手加減ナシ情けナシ容赦ナシの刺突を放つ。ギザギザの鉄パイプの断面はアイツのスキルか何かのせいで突き刺さるまでは至らなかったが、それでも衝撃はきっちりと不可視の鉄槌となってアイツの体内を突き抜けたらしい。「うっ」と苦しそうに呼吸が詰まるのがはっきりと聞こえた。


 そのままくるりと回転、遠心力を乗せた鉄パイプでカシなんとかの頭を殴打。頭を揺らしている間にタックルで突き飛ばし、転倒したところでアイツの左腕を掴む。


 そのまま、あらん限りの力で捻った。


 ボキュ、と関節の外れる音。


「う゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「……叫んでねえでさっさと立てよ」


 とん、とん、と鉄パイプを肩に当てながら、自分でもゾッとするほど低い声を声帯から絞り出す。ボーイッシュな美少女みたいな声を自負しているラウル君なのだが、この時ばかりは……というか、このさっきから一方的にやられっぱなしの序列30位(笑)と戦い始めた時から随分とドスの利いた声だなとは思っていた。


 鉄パイプを脇に挟み、ダンプポーチの中のグロックを引っ張り出す。カービン化したそれのフラッシュマグに刺さってた予備の25発入りマガジン(※グロック用ではなくクリス・ヴェクターの10㎜オート弾仕様のマガジンだ)を抜いてグリップ下部に差してスライドを前進。初弾を薬室に送り込みながらカシなんとかがダウンから立ち上がる(自分の殻から出てくる)のを待つ。


 気を長くして待つ。首を長くして待つ。そろそろキリンさんになりそう。そういやキリンさんって意外と綺麗で澄んだ目をしてるんだよなと思いつつ上半身を後ろに逸らし、苦し紛れに放ったカシなんとかの裏拳を躱す。


「はぁっ、はぁっ」


「ん、立ったか」


「て、てめえ……ッ! なんなんだてめえはッ!」


「ただのラノベの主人公だが何か?」


「ほざけッ!」


 ドカン、と拳を床に叩きつけるカシなんとか。


 外殻で覆っている上にスキルで威力を増幅、それだけではない……何か空気がピリつくような感覚を覚えたので、おそらく魔力も乗せていたのだろう。魔力を用いたエンチャントなんて聞いた事が無いが。


 俺もできるかな、と思いながら踏ん張った。


 土煙を突き破って飛び出してくる影。素早く反応してグロックを放ち引き金を引く。


 ダブルタップで叩き込まれる10㎜オート弾。拳銃弾としては十分に凶悪だが、しかし本能的に悟った。


 ―――(デコイ)だ。


 ごう、と土煙を突き破って飛び出してきたのはカシなんとかではなく、先ほどアイツが床をぶん殴った際に隆起した岩盤。


 しまった、コイツはやられたなと他人事のように考えている間に、左側から生じる空気の流れの変化。巨大な何かが移動する際に空気を攪拌したのだ、と理解すると同時に身体は動いていて、グロックを投げ捨て鉄パイプを両手で盾にするように構える。


「目が良すぎるんだよォ!!」


 やっと反撃のチャンスがやってきた、と言わんばかりに楽しそうなカシなんとか氏(18)。確かにご指摘の通り、目の良さが命取りになった瞬間ではある。


 フェイントというのは、目が良かったり反応が早い相手ほど引っかかりやすいものなのだ。偶然なのか、それとも狙ったのか―――いやこの明らかに単細胞みたいな顔じゃあ狙ってやったわけがない。どうせ偶然、たまたまやった作戦が噛み合っただけだろう。そうじゃなきゃあんなスキルでゴリ押しするような戦い方はしない。


「死ねェ!!」


 振り下ろされる手刀。


 バギン、と金属の断裂する音。


 ピッ、と紅い飛沫が床に降りかかった。


 とんでもない威力の手刀だった―――威力だけは認めてやる。こりゃあ直撃したら死ぬなと確信した。背筋が冷たい(棒読み)。


 というわけでカシなんとかの手刀はあっさりと鉄パイプを両断。しかしガードの上からという事で軌道が逸れたのか、俺の眉間を浅く切り裂くのみで終わった。


 やっとの事で傷をつけてご満悦のカシなんとか氏(18)。


 しかしそこで満足してしまう辺り根っこは素人なんだな、と思いながら一歩前に出た。まさか今の一撃を受けて肉薄してくるとは思わなかったようで、愉悦の表情が驚愕に変わっていく。


 生憎、俺が生前嗜んでいたのは寸止めの組手や形で採点される空手ではない。相手をマジで殴りに行く方の、いわゆる”実戦空手”と呼ばれる方である。


 懐かしい、よく師範に言われたものだ。「頭を殴られたくらいでビビるな」と(※流派にもよるが顔面を殴るのは一般的に反則)。


 変身ヒーローに憧れていた小1の頃からそんな指導を受けて大人になったので、気が付いたら相手に顔面を殴られようが飛び蹴りを喰らおうが動じず前に出る癖がついていたし、残念な事にその癖はまだ抜けてないっぽい。


 前に出る勢いを乗せ、両手に持っている折れた鉄パイプを思い切り振りかざした。


 どちゅ、と柔らかい何かを刺し貫く感覚。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 目から血の涙を流し、カシなんとか氏が後退った。


 断面が竹槍みたく斜めに手刀で両断された2本の鉄パイプ―――鋭利なその断面が、浅くではあるがカシなんとか氏の両目にぶっ刺さって彼の視力を完全に奪っていたのだ。


 いくら弾丸をも弾く竜人の外殻だろうと、眼球や間接までは覆えない。


 とはいえ俺にはそんな小さな標的を、それも動き回る相手を狙い撃つ技術なんてないので白兵戦で狙わせていただいた。これなら精密狙撃の技能なんか不要である。


「あ゛っ、あ゛、ぁ゛っ、い゛だ゛っ、い゛ぃぃぃぃ」


「ほら、さっさと抜けよ」


 パンパン、と手を叩きながらゆっくりカシなんとか氏に歩み寄る。


 苦し紛れに放ってきた蹴りをひらりと躱し、とん、と肩を押してやった。これまでの態度が嘘だったかのように、カシなんとか氏はあっさりと転倒。怯えるように身体を震わせ、足をガクガクさせながら逃げの姿勢に転じる。


 しかし残念ながらその先は城壁と要塞に挟まれた袋小路。逃げる場所などどこにもない。


 スリングで下げていたLR-300を構え、銃口をカシウスへと向けた。


 目に刺さった鉄パイプを引き抜くカシウス。ぼたぼたと血が滴り落ち、しかし傷口がゆっくりと塞がり始める。


 ほう、これも再生するのか。


 だったら首を落としても再生するのかな、と少し気になった。眉間に5.56㎜弾を叩き込んでも再生するのか、一回試してみてもいいかもしれない。


「さっさと立てよ」


「あ゛っ、あ、あぁ」


「何なんだよさっきから。あーあーうーうーしか言えねえのかお前は、あぁ? 生まれたての仔鹿みたいにガクガクしやがってよぉ! 感じてんのか? テメエをイかせた覚えはねえんだぞこっちはよォ!」


 どうなんだコラ、と怒鳴りつけながら銃口を向けた。眼球の再生を終えたカシウスはすっかり怯え切っていて、けれども敵対心を完全に捨てたわけではないらしい。目を見ていれば分かる。コイツはまだ心を折られ切ってはいない。


 直後、カシウスが目を見開いた。


 ゆっくりと視線を落とす先―――胸板、ちょうど心臓のある場所に小さな弾痕が刻まれている。


 ターン……と遅れて聴こえてくる銃声。


「ふ、フルー……ル」


 血を吐きながら声を絞り出すカシウス。


 次の瞬間だった。


 もう1発の5.56㎜弾が彼の再生が終わったばかりの眼球をぶち抜くや、そのまま脳まで達して―――転生者の命を刈り取ったのは。





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― 新着の感想 ―
4.1グラム…5.56ミリ小銃実包の弾頭部の重さですか。あんな獣を生かしておくことはあらゆる意味で出来ない、ラウルの手を汚させたくもない、ならば自分が地獄に一緒につれていくと。これほどの覚悟を余儀なく…
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