戦狼
ヴォイテク「着るならメイド服とナース服、どっちがいい?」
クラルテ「シスター服もありますよ?」
ソコロフ「スク水もあるぞ!」
ラウル「は????????」
「最大戦速!」
ヴォイテク艦長の命令と共に、ソーキルに搭載されたフリスチェンコ式の対消滅機関が唸りを上げた。全長140mの大型駆逐艦、その巨体があっという間に650㎞/hまで増速。高射砲陣地の壊滅により、空の敵へのまともな有効打を失ったアキヤール要塞へ、ソーキルがトキの支援砲撃を受けながら吶喊していく。
そんなソーキルを守るように、4機のコルセアたちが周囲を舞う。ソーキルを狙って突撃してくる敵機を撃墜し、機銃掃射を射かけようとする対空機銃を潰して、ソーキルには指一本触れさせない。
トキの艦載機隊だった。
彼らの練度の高さと支援に脱帽しつつ、ガラス張りの艦橋の中からアキヤール要塞を睨んだ。
《警告。敵巡洋艦が離陸》
いったいどこにあんな隠し球を用意していたのか。
ラウルが乗り捨てたと思われるスカイレイダーの反対側にある隠しドック―――滑走路の一部に偽装したそれが解放されるなり、内部で整備途中だったと思われる空中巡洋艦が1隻、エンジンポッドを真下に向けた状態でヘリのように離陸し始めたのである。
空中艦の一部には、ああいった機能が搭載されている。エンジンポッドの向きを偏向する事で推進ベクトルの一部を割き船体をホバリングさせるのだ。ハリアーやF-35Bに代表されるようなホバリングが、空中艦でも可能となるのである。
無論、そのような機能はソーキルにも搭載されていた。
敵巡洋艦の主砲―――背負い式に配置された20.3㎝3連装砲が旋回、接近中のソーキルを睨む。
「艦長!」
「錨下ろせ!」
何を考えているのか―――昔のソコロフであれば、ヴォイテクの命令に思わずそう返した事だろう。
しかし場数を踏んだ今ならば分かる。この人が何を考えているのか。我らが艦長がどういう戦い方をする人なのか。
指示通り、操縦桿の近くにあるレバーのロックを解除して思い切り引き倒した。バキンッ、と艦首から金具のぶち折れるような金属音が響いたかと思うと、じゃらじゃらと音を立てながら凄まじい勢いで係留用の錨が下ろされ始める。
火花を散らしながら野太い鎖たちが地表へと伸びていった。空爆で無数の凹凸が穿たれたアキヤール要塞の敷地内。その窪みの1つに錨が引っかかる。
カッ、と敵艦の砲口が閃光を生じさせたのと、ギンッ、と錨を繋ぐ鎖が伸び切ったのは同時だった。
「総員衝撃に備え!!」
言われるまでもなく、ソコロフは―――そして格納庫で上陸準備を整えていたクラルテを始めとする陸戦隊の面々は、既に衝撃に備えていた。
いつだってそうだ。ヴォイテクの戦い方は豪快で、敵の弱点を的確に突く。戦術としては間違ってはいないが、一番悲鳴を上げるのは機関部のメンテナンスを務める機関長だ。こんな兵器にも機関にも負荷をかけまくる戦い方を多用されたらたまったものではない。
次の瞬間、ソーキルの艦首が右側へと大きく振れた。
敵艦の放った砲撃は見事に鼻っ面を掠め、1発たりとも当たらない。遥か彼方の黒海に虚しく水柱をぶち上げるだけだ。
敵艦の艦長は度肝を抜かれたに違いない。
最大戦速に達していた空中駆逐艦が、自分たちの砲撃をよりにもよってドリフトするかのように船体を横滑りさせて回避したのである。
「―――近接戦闘!!」
ガガガガガ、と艦首にある12.7㎜6連装機銃が火を噴いた。
水上艦でいうバルバス・バウに相当する部位―――ソーキルでは爆撃機のようなガラス張りの航法室となっているそこに、前方攻撃用のM2ブローニング重機関銃が6門も据え付けられている。
それに加え、船体両舷に搭載された12.7㎜連装機銃を搭載したボールタレット型の対空機銃も戦闘人形たちの制御によって起動するなり、目と鼻の先にまで迫った敵艦の船体に向かって12.7㎜弾を射かけ始めた。
見れば見るほどみすぼらしい艦だ、とヴォイテクは思う。
所詮は賊、艦を始めとする兵器の整備も満足にできていないのだろう。装甲表面はパッチ溶接の痕だらけでぼこぼこしており、塗装は剥げ、外付けのエンジンポッドもよく見るとその辺の使えそうなものをかき集めて無理矢理搭載しているらしく、エンジンのサイズどころか規格までバラバラなのだ。
あんなのでよく推力を維持できるものだ、と逆に感心してしまう。
さて、いくらそんな惨状の敵艦といえども、腐っても「巡洋艦」である。
空中艦は水上艦と比較すると、空に飛ばす艦である以上ペイロードには厳しい制限が課される。如何に重装甲・高火力の艦に仕上がっても、そもそも飛べなければ意味がないのだ(特に浮遊大陸の往来を想定する艦は重力圏を離脱できるだけの推力が必要になる)。
そういった設計上の制約もあり、水上艦と比較すると空中艦の装甲は薄い。「艦」というよりは「デカい爆撃機」といった感じだ。
全体的に撃たれ弱い兵器ではあるが、かといって12.7㎜弾で撃沈できるほどヤワな兵器ではない(よほどの小型艦艇か、エンジンポッドを狙い撃ちにしたというならば話は別だが)。
巡洋艦の装甲表面で火花が散る。パッチ溶接された部位は貫通を許しており、所々に風穴が穿たれた。しかし最も悲惨だったのはガラス張りの艦橋である。防弾ガラス製であり防御力が高められているとはいえ、12.7㎜弾による掃射は想定していなかったのだろう。あっさりと弾丸の貫通を許すや、内部でトマトスープの如き紅い飛沫が飛び散った。
やがてソーキルの艦首が、そして前部甲板に固定装備された2門の20.3㎝連装砲が―――無防備な敵艦の横っ腹を睨む。
「撃てぇッ!!」
号令と共に放たれた砲弾が、至近距離で敵艦の装甲をぶち抜いた。
貫通から2秒後、時限信管が無事に動作したらしい。貫通の際に乗じた破孔から血飛沫さながらに火の手が上がるや、敵艦は船体をぐらつかせて完全に制御を失った。右へ左へとふらつきながら墜落していく敵艦を尻目に、ソーキルは錨を切り離して急旋回。6基のエンジンポッドをホバリングモードに切り替えて、VTOL機さながらにアキヤール要塞の飛行場へふわりと舞い降りる。
ランディング・ギアは出していない―――船体の腹を、アスファルトの滑走路に接触させるか否かのギリギリの高度でのホバリングだ。操縦手たるソコロフの技量の高さが伺える。
「陸戦隊、あとは頼んだ!」
彼女たちならばやり遂げられる―――ヴォイテクはそう信じていた。
ヴォイテクお手製の耐熱黒手袋をはめ、クラルテは息を吐いた。
既にラウルは単独で要塞内部に突入済み―――彼女の実力はよく把握している。単純に強く、武器の扱いにも長け、それでいて精神的にも屈強だ。しかしそれよりも戦闘においてプラスに作用するであろうと断じる事ができるのは、ラウルが『ヒトの姿をした暴力の化身』と言えるほど”暴力”という概念に精通しているが故である。
相手の動きや視線、細かな仕草から次の動作を読んだり、あるいはその相手が暴行を受けているかどうかを見抜く観察力。そして周囲のあらゆるものを武器として用い、戦いを優位に進める柔軟性。
前世の世界で格闘技を嗜んでいた、という話は聞いているが、それだけでは説明がつかない。転生後のひたむきな努力という話を加味しても、だ。
それらの努力という後天的要素に、血や遺伝という先天的要素が絶望的なまでに噛み合ってしまった結果なのではないか―――クラルテには、そう思えてならない。
万一彼女が死ねば、クラルテも役目を終える。
一方的な一蓮托生の関係ではあるが、しかし彼女は信じている。
ラウルはそんなヤワな転生者ではない、と。
《陸戦隊、出撃せよ!》
「―――参りますッ」
ハッチ解放ボタンを押し、低空でホバリングしていたソーキルの艦内から躍り出た。
ロザリーやクロエ、ユリウスたちと周囲を警戒しつつ要塞へと向かうクラルテ。
その道中には、荒々しいまでの破壊の痕跡があった。
眉間を撃ち抜かれて倒れている兵士たち。全身に手榴弾の破片が食い込み、トドメにブーツで顎を踏み砕かれてトドメを刺された敵の戦闘員の死体。
どれもラウルが仕留めた相手だ。
「これ……全部仔犬ちゃんがやったっていうのかい」
クロエがFA-MASを構えながら声を震わせる。
まるで嵐が駆け抜けていったようだ、とクラルテは思う。ヒトの姿をした嵐が、武器という破壊のエネルギーを衝動のままに叩きつけていった結果がこれだ―――ラウルが”暴力の化身”という比喩表現は、あながち間違いではない。
ロザリーは得意気に「これが私の旦那様の実力よ」なんて言っているが、クラルテには禍々しい”何か”の痕跡が感じられる。
ラウル・エルマータという少女の内側―――その血に潜む”何か”。
イライナ語で話す声が聴こえ、揺らめく炎の向こう側から人影が現れた。ワリャーグの戦闘員たちだ。頭上から好きなだけタコ殴りにしてくるコルセアたちを何とかしようというのだろう、旧式の水冷式機関銃を3人がかりで運搬しては、近くの土嚢袋のところで三脚を展開し据え付けようとしている。
そんな彼らに、クラルテは容赦なく引き金を引いた。
今の彼女が携えているのはいつものM60―――では、ない。
第二次世界大戦中、その破壊力と恐るべき発射速度から”ヒトラーの電動鋸”の異名を欲しいがままにしたドイツ製汎用機関銃の傑作、MG42―――その直系の子孫たる汎用機関銃、【MG3】。
MG42の設計をそのままに、使用する弾薬の規格を7.62×51㎜NATO弾に改めた改良型である。今となっては後続の機関銃も発表され旧式扱いされているが、数多の連合軍兵士やソ連軍兵士を引き裂き恐怖を刻んだ威力は据え置きだ。
腰だめに構えたそれを、景気よくぶちまけた。
ドルルルル、と銃声とすら形容しがたい轟音が響き、7.62×51㎜NATO弾の弾雨が戦闘員たちを容易く引き裂いた。
フルサイズのライフル弾は恐ろしい威力だ。適切なサイズの銃身やガス圧を確保できれば、その威力は「撃ち抜く」ではなく「砕く」次元に達する。
改造前で毎分およそ1300発―――クラルテの手によるカスタマイズで毎分1500発にまで高められた発射速度のそれは、立ち塞がる敵兵の群れを薙ぎ倒し、転生者を確実に死に至らしめるためのものだ。そんなものが無防備な兵士たちに向けられるのだからたまったものではない。
今の掃射が呼び水になったらしい。頭上のコルセアを相手に虚しく対空戦闘を続けていた戦闘員たちが、クラルテたちの存在に気付いた。
城壁の上で機関銃や小銃で応戦していた敵兵がクラルテたちを狙うが、機関銃が火を噴く頃にはユリウスの放ったRPG-7が城壁を直撃し、崩落する城壁と運命を共にしていた。
「コンタクト!」
バルルルル、と弾幕を張りながら叫ぶ。
交戦距離を考慮しMARS-H(ラウルから使い方を教わっていたようだ)を装備したロザリーの正確なセミオート射撃が敵兵の頭を直撃。7.62×51㎜NATO弾の殺意マシマシ威力マシマシ生存率辛めな一撃が、敵兵の上顎から上を容赦なく叩き割る。
パパン、パパン、とクロエの指切り射撃に隙を埋めてもらいつつ、クラルテはバイポッドを展開し傍らの土嚢袋にMG3を据え付けた。ホロサイトとブースターを覗き込みながら引き金を引き、短間隔の指切り射撃で敵の戦闘員を血祭りにあげていく。
ドタタタタ、と機銃掃射をかけてくる敵の複葉機。土嚢袋の影に頭を引っ込めてやり過ごすや、クラルテは通過したばかりの敵機に向かい機銃掃射を見舞った。毎分1500発の弾幕は伊達ではなく、エンジンを撃ち抜かれた敵機は容易に火を噴き錐揉み回転へと転じていった。
「ラウルさんの背中は我々が守ります! 一匹たりとも通してはなりません!」
「「「了解!!」」」
叶う事ならばラウルに合流して援護してやりたいが、それも叶うまい。
今のクラルテたちがやるべき事は、要塞の入り口に陣取って敵の歩兵たちを足止めする事だ。
ラウルの背中は自分たちが守る―――決死の覚悟が、クラルテたちを奮い立たせていた。
多分、大多数の人間がおくびにも出さない事だと思うが―――物事の解決に一番手っ取り早いのは、やはり暴力だとつくづく思う。
例えば学校のいじめだ。力さえあれば、イジメてくる馬鹿を半殺しにする勢いで……というか後遺症が残るレベルでボコボコにすればいい。特に主犯格というかリーダー格を見せしめにそのレベルまでボコボコにすれば、それ以降イジメようだとかちょっかいをかけようという馬鹿な考えは生まれなくなる。
まあ、そんな事は文明人のやる事ではないし、現代社会がそれを許さないから―――それが理性として、枷として働いて暴力を封じている。実に見事な構造だと思う。
でもこういう殺し合いの時くらいは、お利口さんのふりをするのはやめよう。
鉄パイプで敵兵の頭を叩き割りながら、俺はそう思った。
今では信じられない事だ。初めて魔物を撃ったあの日、罪悪感や殺し合いのプレッシャーから思わず嘔吐したり泣き出してしまったものだが……今となっては遥か過去の事に思える。
倒れてもまだ動いている戦闘員の頭に鉄パイプの断面を突き立ててトドメを刺し、ブーツで頭を踏みつけて無理矢理引っこ抜いた。付着した脳の破片や血を振るって相手の目を潰し、肉薄して鉄パイプで殴打。相手の喉仏を砕き潰す。
ヒュッ、と息の詰まる音を発しながら倒れていく敵兵を一瞥すらせず、銃剣付きの小銃を向けてくる次の敵を睨んだ。帰り血まみれの俺を見て発砲してくるが、視線と指、筋肉の動きで発砲のタイミングが丸わかりだ。
フェイントをかけながら相手が撃つよりも先に身体を逸らして弾丸を回避。おお、漫画のキャラみたいな事って頑張ればできるんだなと自分で驚きながら鉄パイプを投げつけて相手の喉を刺し貫く。
『Не зарозуміло, покидьку!(調子に乗るなよクソ野郎!)』
油断したな、と思った。
背後から迫ってきた熊の獣人の兵士に羽交い絞めにされてしまう。そのまま腕力を頼りにこっちの腕を折りに来やがった。
みしみしと腕の骨が悲鳴を上げるが、しかし幸運にも肘から先は自由だ。
親指を立てながら腕を振り上げ、指先を相手の眼孔へと押し入れた。ぐちゅ、とゼラチン質のナニカが潰れる手応えと敵兵の悲痛なまでの絶叫。拘束から解放されるなり相手をタックルで押し倒し、両手で両目を押さえながら何かを呻いている敵兵の喉元をカランビットナイフで引き裂いて絶命させる。
……そういや何人殺した?
数えてねえや……今まで食べたパンの枚数なんていちいち数えちゃあいない。それと同じだ。
先ほど投げた鉄パイプを死体から引っこ抜いた。
濃密な血の臭いの中でも、フルールの匂いは確かにする。
こっちだ。こっちの方だ。
『Зловмисник―――(侵入者―――)』
踊り場で遭遇した敵兵をLR-300で撃ち殺す。
『Чудовисько!(ば、化け物ぉっ!)』
狂乱状態で銃撃してくる奴の攻撃を躱し、足払いで転倒させてから鉄パイプの殴打で頭を潰す。
そうやって目の前にいる相手を殺して、殺して、殺して、通ってきた道を死体でいっぱいにして、辿り着いた小部屋。
扉には鍵がかかっていたので、鉄パイプを振り下ろしてドアノブを粉砕。そのまま蹴破って室内へと突入した。
フルールの匂い。
そして女の尊厳が踏み躙られた匂い。
生臭い悪臭と、うつろな目のフルール。
強引に脱がされ、ビリビリに破けたシスター服。
床に倒れたままの彼女。
ここで何が起こったのか―――察するには十分すぎた。
「フルール」
彼女が受けたのであろう仕打ちに心を激しくかき乱される。
こんな事が許されるのか。
巫女を、自分の相方を、ここまで弄んでいいのか。
彼女をそっと抱き上げ、もう一度名前を呼んだ―――フルールの赤い瞳が、ゆっくりとこちらを見るなり光を取り戻す。
「ラウ……ル……?」
自分の服が汚れるのも厭わず、彼女を抱きしめた。
彼女が壊れないよう、優しく―――けれどもその温もりを伝えるに十分な力で、確かに抱きしめた。
「ラウル……私、私……」
「大丈夫、言わなくていい」
身に纏っていたジャケットを彼女にかぶせ―――背後から振り下ろされた拳を、鉄パイプを振り上げノールックで受け止める。
ゴギン、と鉄パイプのひしゃげる音。けれどもそれ以上に、今の完全な奇襲を見切られた事に相手は動揺しているようだった。
「なん―――」
ゆっくりと立ち上がり、後ろを振り向く。
―――カシウス。
まるで人間という生命のシステムが何かのエラーを吐いた結果生まれたような、醜悪極まるクソ野郎の顔が―――狼に脅える奴の顔が、すぐそこにあった。
「―――俺が、全部終わらせる」




