アキヤール空襲
ラウル「そういえばアルカディアってインターネット環境整ってるんだよな。どれどれ……お、動画サイトあるじゃん。へぇー、動画配信とかもやってるんだ……あっ、ASMR作品のサンプルもある。聴いてみるか」
ASMRミカエル君『ふふっ、ビクビクしてるよ? ミカにお耳ふーってされただけでこんなに感じてるのぉ? ざぁぁぁぁこ♪ ざぁこ、ざぁこ♪ お耳よわよわ♪ じゃあこの美味しそうなお耳……ミカが美味しく食べちゃうにゃん♪ あーん♪』
顔面蒼白ラウル君「」
ナレーター「いずれ己に降りかかるであろう尊厳破壊の未来を感じ取ったラウル君であった」
「なァ……アレーサに行った連中が全滅したってマジなのかよ?」
「らしいぜ」
銘柄すら分からない安物の煙草にマッチで火を付けながら、ワリャーグの対空砲手は悪態をついた。後方には天地戦争序盤で獣人側が使用した37㎜高射砲の長砲身が鎮座しているが、しかしかなり古いものを強引に引っ張り出してきたのだろう。砲身表面は荒れ果てており、中には亀裂を溶接して強引に塞いだものなのか、パッチ当て溶接をした痕跡も確認できる。
手動での旋回も困難を極め、歯車の山が欠けていて正常な動作も期待できないレベルだ。おおよそ兵器としては成り立たない領域に片足を突っ込んでいるが、こんな不良品同然のものにも頼らなければならないほど今のワリャーグの懐事情は厳しい。
が、それも今の内だけだ。
新たに彼らのボスとなった転生者―――カシウスは違う。
前のボスを力ずくで叩き出し、ワリャーグを統べる者となったカシウス。その力は圧倒的で、既に彼と同じくユニークスキルを持つ転生者を何人も始末している。
この男について行けば、自分たちも甘い汁が啜れるのではないか―――そう期待する戦闘員は多い。
それに、彼についている”巫女”のフルール―――なかなかの女ではないか、と砲手は煙を吹かしながらにたりと笑う。
カシウスがアレーサから戻ったすぐ後、泣きわめく彼女を部屋の中に連れて行ってから彼女の声が悲痛なものへと変わり、しかしすぐに大人しくなったのを多くの仲間たちが聞いている。
やはり反抗的な女は暴力で屈服させるに限る。拳を振るってもいいし、女としての尊厳を踏み躙ってもいい。そうやって自分は道具なのだ、と心の奥底まで教え込んでやるのだ。あの調子ならばフルールも3日とせずに壊れるだろう……そうなれば彼らのような下っ端にも回して貰えるかもしれない。
おこぼれには群がっておいた方が良い。いずれにせよカシウスについて行けば甘い汁が啜れるのだから。
「なあ、今夜辺りあの女さ……俺らで食っちまわねえか?」
「ボスに殺されんぞ」
「なーに、バレねえって。こないだあれだけボスに可愛がられたんだ。今頃可愛いお人形さんになって―――」
その言葉を遮ったのは、グォォォォ、と響く怪物のような唸り声。
いったい何が、と煙草を吸う手を止めて周囲を見渡す。
音が聴こえてくるのはアキヤール要塞の後方―――切り立った崖の方からだ。アキヤール要塞は黒海を一望できる岩肌の上に建てられており、後方には岩山があって容易に攻め込む事は出来ず、かといって真正面は複数の要塞砲と高射砲が指向可能なキルゾーンだ。いくら空中艦であろうとも容易に接近できる場所ではない。後方からの奇襲も然りだ。
そんな彼らの認識を、あっさりと覆す一団が現れたのは、それからすぐの事だった。
「おい、あれ」
「―――馬鹿な」
未明の空―――段々と明るくなりつつある空を背景に躍る、紺色の怪鳥たち。
最初は鳥だと思った。
しかしすぐに、嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
いったい世界のどこに、頭にプロペラを備え腹にバスタブをぶら下げた鳥がいるというのか。
「て、敵しゅ―――」
その言葉が喉から迸った頃には、怪鳥たちの先頭を飛ぶ怪物―――A-1 スカイレイダーが腹にぶら下げていたC4爆弾入りのバスタブを切り離していた。
起こした操縦桿を一気に倒すと、眼下にはアキヤール要塞の威容が広がっていた。
かつてアルミヤを守るべくノヴォシア帝国が建造した要塞の1つ。祖国を護るための楯が、今となっては属の巣窟となっているとは何とも無様極まりない。もはや過去の威容も栄光も戻らぬのならば生ける屍も同じ。とっとと介錯して後進のために席を空けてやるべきだろう。
やはり賊は賊だな、と思う。
爆弾の照準器の向こうに映った高角砲の砲手と目が合う―――信じられない、といった感じの顔でフリーズして、奇襲への対応がものの見事に遅れている。訓練された軍人であればこうはならないだろう。こういう細かな場所で軍人と素人には大きな差が出るものだ。
操縦桿を倒したまま落下感に堪え続ける。修学旅行の時、遊園地で乗ったジェットコースターの超ヤバい版―――そんな感覚の中でも銀色の瞳をカッと見開いて、高射砲陣地の1つにバスタブを投下した。
ガゴン、と胴体下部のパイロンから外れたそれが自由落下。バスタブの内側にこれでもかというほどぎっしり詰め込まれた大量のC4爆弾が、史実では投下の叶わなかったバスタブ爆弾として高射砲へ真っ逆さまに落ちていく。
ぶわっ、と上昇に転じた機体の腹が下から押し上げられたのがはっきりと分かった。
それほどまでの爆発なのだ。C4爆弾3ダース半分の爆発は。
ちょっとした太陽みたいな輝きに照らされ上昇に転じるスカイレイダー。後続の燕隊所属のコルセアたちも一斉にロケット弾を発射して、他の高射砲陣地をメタクソに爆撃し始める。
アキヤール要塞の一角、空の守りを担う高射砲陣地があっという間に炎に包まれた。
上昇しつつ宙返り。ガラス製のキャノピーをコクピットから見上げ、次の標的に狙いを定める。
まだ残っている高射砲を目視で確認するなり、ソイツに向かって逆落としの急降下。今度は翼下のトイレ爆弾を2発、高射砲に向かって投下した。
実戦でアメリカ軍がやったアホみたいなジョークを再現するためにアレーサで買い求めてきたトイレの便器。便座の蓋の内側にはちゃんと『Kilroy was here!!(キルロイ参上!!)』の落書きもある(フルールの件でムシャクシャしていたので俺がやりました)。
便器の中に貼り付けられた尊厳破壊C4爆弾が一斉に起爆。迎撃準備に入っていた45㎜高射砲の砲身がぶち折れ、土嚢袋が積み上げられた高射砲陣地に無様な屍を晒す。
ワリャーグの装備品はどれもこれもが寄せ集めだった。
先ほどから俺や燕隊のコルセアに叩き潰されている高射砲だけを取ってもそうだ。どの高射砲も規格どころか製造国がバラバラで、見間違いでなければ今しがたコルセアが爆弾で吹き飛ばしたものなどは天地戦争勃発以前に退役していたような骨董品だ(100年以上前の兵器だぞ!?)。
一周回って歴史的価値があるのでは、と思わせる事で破壊を躊躇させる作戦……などではないのだろう。本当に、そんな骨董品に頼らなければならないほど海賊共の懐事情は厳しいらしい。
これは訓練ではない、とでも警告放送をしているのだろうか。イライナ語で何やら喚いているスピーカーの上を通過して、空中艦の離陸にも使う滑走路の方へと向かう。
案の定、迎撃のために航空機や空中艦が離陸するため、滑走路でタキシングに入っているところだった。しかしやはりというかなんというか、正規軍ではなく賊だからなのだろう、滑走路の離陸の段階で混乱が生じている模様だった。
我先に離陸しようと航空機や空中艦が滑走路に殺到して、ちょっとした渋滞になっているのだ。あれには管制官も頭を抱えるだろう―――あ、今1機衝突して炎上した。
無様な姿に、むしろ逆に腹が立つ。
こんな連中がアレーサの人々を……と。
湧き上がる感情を押し殺し、とりあえず渋滞のど真ん中にキッチンシンク爆弾を投下してやった。流し台の下についているスペースの中には大量のC4とヴォイテクお手製のナパーム燃料がある。空中艦はともかく、機体は木製で主翼は布張り。俺は逆張り。やかましいわ。
とにかくまあ、よく燃えるって事だ。
中古で買ってきたキッチンシンクが爆ぜ、炎を撒き散らした。これまで食器を洗った水だったりスープの残りだったりを呑み込んで流してきたであろうキッチンシンク。1つの家庭の歴史が染み込んだ逸品が、その生涯の最期に海賊を道連れに壮絶な最期を遂げていく。
仲間のパイロットや炎上する複葉機をお構いなしに踏みつけて、離陸しようとする空中駆逐艦。外付けのエンジンポッドが唸り、生じた火柱を艦首で突き破って強引に離陸しようとするが、そうは問屋が卸さない。
スカイレイダーの機首を翻し照準を敵艦のエンジンポッドに合わせた。主翼に備え付けられた20㎜機関砲を1秒ほど叩き込んで上空へと抜け、離陸のために加速していく敵艦を今度は右舷から狙う。
同じくエンジンポッドへ機関砲を撃ち込む。敵艦の艦橋右舷に据え付けられたボールタレット型の対空機銃が火を噴き、ガンッ、とボンネットに飛び石を喰らったような音が機内に響く。
あー喰らったな、とは思ったが異常はない。さすがアメリカ製、その辺の被弾しただけですぐ落ちる攻撃機とは堅牢さが違う。
敵艦の頭上を抜けたところで急上昇、ある程度高度を上げたところで宙返り。敵艦の銃座が仰角一杯に銃身を持ち上げて当たりもしない対空射撃を継続するが、それをあざ笑うように主翼の爆弾を投下してやった。
おまけにガラス張りの艦橋に向けて機関砲を2秒ほど掃射、操縦桿を倒して上昇。離脱に転じる。
機関砲が脆い艦橋を打ち据えた。20㎜の殺意の塊が艦長や乗員たちの肉体を瞬く間に合い挽き肉に変え、ガラス張りの艦橋があっという間にぶち割れて紅い飛沫に彩られる。司令塔を失いよろめく敵艦の背中に、ダメ押しと言わんばかりに4発の爆弾が立て続けに命中した。
命からがら加速して、やっとランディング・ギアが滑走路から離れた……というところでこれである。上から押さえつけられるような衝撃に空中艦が再び滑走路に腹を押し付けると、そのまま滑走路の外れにあるフェンスをぶち破り岩肌をゴロゴロと転がり落ちて、黒海へと没していった。
7.7㎜とかいう豆鉄砲の分際で執拗にスカイレイダーを狙ってくる不躾な機銃陣地に残った爆弾を全部投下し、小銃で散発的に対空射撃をしてくる敵兵を20㎜機関砲で薙ぎ払う。歴史的建造物といった感じの佇まいのアキヤール要塞、その石畳の一角が潰れたトマトを塗りたくったような色合いに変わっていく。
「ストレイドよりソーキル、高射砲陣地は無力化。繰り返す、高射砲陣地は無力化」
《了解、突入する。ストレイドは陸戦に移行せよ》
「了解した」
まったく、人使いが荒い。
まあいい……カシウスだかカルシウムだかなんだか知らねえが、あの社会不適合者がそのまま異世界に来てしまったような奴の顔面を一発ぶん殴ってやなければ気が済まない。
殺したらフルールが消えるというのであれば、まあ100分の99殺しならセーフなのだろう。
匙加減ってか? 俺の苦手なやり方だな。
などと考えながら滑走路へのアプローチに入った。ランディング・ギアを展開しつつ減速。滑走路上にはワリャーグの戦闘員たちがいてこっちに向かい銃撃してくるが、構いはしない。そのまま突っ込む。
お構いなしに着陸を強行するスカイレイダーにビビり散らかし背を向けて逃げる敵兵たち。そんな彼らに容赦なく突っ込んだ。プロペラが人体を引き裂いて紅い飛沫と人間だったものが飛び散る。
キャノピーを開け、戦闘用キットを片手にそのまま機外に出た。キットを開けて中からLR-300を引っ張り出しパイプ状のストックを展開、マガジンを挿入してチャージングハンドルを引き初弾を装填する。
予備のマガジンと手榴弾、サイドアームを全て装備して、あいさつ代わりに歩兵の一団を射撃。5.56㎜弾を眉間で抱え込む羽目になった敵兵が倒れ、数名の戦闘員たちが俺の存在に気付きボルトアクション式の小銃で反撃してくる。
撃破した敵の複葉機の残骸へと滑り込み、手榴弾を取り出した。安全ピンを引き抜いて3つ数え、ノールックで投擲。ちょうど敵の頭上で起爆するタイミングで投げ放ったそれはちょっとしたエアバースト・グレネードと化し、爆音の後には敵兵の悲鳴が聴こえてきた。
遮蔽物の影から飛び出し、銃口を敵兵に向ける。
トドメを刺してやるかと思ったが、こんな連中のために弾薬を無駄にする必要もない。
破片に全身を刺し貫かれ血まみれになっていた敵兵の顎をブーツで踏み砕いて絶命させ、突っ走りつつLR-300の銃口にサプレッサーを装着。要塞内部へ続く鉄製の扉を蹴破って内部に突入する。
中ではライフルに弾薬を装填していたワリャーグの戦闘員たちが出撃準備中だった。
『Ворожа атака!!(敵襲!!)』
慌てて叫んだ敵兵の眉間を撃ち抜き、もう1人に銃口を向けたところでストックで頭を思い切りぶん殴られた。
懐かしい感覚だ―――頭の中がふらふらする感覚を覚えつつ、一瞬真面目に自分が今ここで何をしているのか、脳の認識が全てリセットされるような錯覚に苛まれる。
いつ以来だ、鈍器で頭殴られるの。あれか、高校の時か。野球部の上級生にカツアゲされそうになった挙句バットで頭殴られたからブチギレて3年全員病院送りにし母校の野球部は無念の県大会棄権になったあの時か。可哀想にねえ人生最後の大会が台無しになって。
いや、社会人になってからもあったな。池袋でチンピラに絡まれて返り討ちにしたっけ……まあいい。
とにかくこういった経験のおかげで、俺は人生で大切な教訓を得た。
ふっ飛ばされた壁際にあった何かの配管―――おそらく水管だろう。それに背中を思い切りぶつける俺。敵兵はそんな俺に馬乗りになって首を絞めようとしてきたので、先ほど背中を叩きつけられひん曲がってしまった鉄パイプを力いっぱいむしり取った。
赤いバルブと割れた圧力計付きのそれを振り回し、敵兵の側頭部を殴打。よろめいた隙に逆にマウントを取って、ギザギザになっている鋭いパイプの断面を喉元に力任せに突き立てる。
ぐじゅ、と肉を引き裂く手応え。大量の返り血を浴びながらも鉄パイプを捻って引き抜き、更に血を浴びながらLR-300を拾い上げる。
どこだ、カシウス。
狼が殺しに来たぞ……血に飢えた狼が。




