迷い人
どうでもいい話
協商連合のヴァシリーは投げナイフの名手。
狭苦しいコクピットの中に、陸戦に移行した際に使用する武装の入ったパッケージを積み込んだ。
中身はカービン化したグロック40と、AR-15の派生型ライフルの一つ、『LR-300』。丸みを帯びたハンドガードがついたAR-15に側面に折り畳み可能なパイプ状のストックを取り付けたような、何とも言い難い奇妙な姿をしている。
コイツはARライフルの中でも珍しい、”折り畳み式ストックに対応したモデル”として知られている。本来、AR系列のライフルはDI方式を採用しており、そのためバッファーチューブがストック側まで達しているという構造上ストックを折り畳む事ができない。
しかしこのLR-300はバッファーチューブをハンドガード上部に内蔵する事でストックを折り畳み、AR-15譲りの命中精度の高さを維持したままストックを折り畳む事ができるという唯一無二の特徴を持っている。
さすがにMARS-LやMARS-Hは嵩張るし、SMGでは威力不足、PDWはそもそも訓練してないので……というわけでコイツに白羽の矢が立った。幸いAR系列の小銃と操作性は全く同じなので、短時間の射撃訓練と分解結合の繰り返しで実戦で使えるレベルにまで仕上げる事ができたのはありがたい。
こういう事があるから軍隊では銃の操作方法は似通った方式である事が望ましいとされているのだ。
……まあ、それはさておき。
スカイレイダーのコクピットで計器類のチェックをしている俺の頭の中で、クラルテが突きつけた残酷な現実が何度もリフレインする。
―――巫女は、転生者を失うと”削除”される。
転生者にあてがわれる巫女は、メダリオンを介してマザーとの情報のやり取りを行う補佐役兼監視役である。ならば、観察対象である転生者の喪失はすなわち観測者たる巫女の役割の喪失を意味する。
役目がないならば存在している理由もない―――だからなのだろう、削除という残酷極まりない処置は。
削除、というあまりにも非人間的な響きに、言いようのない恐ろしさを覚えた。
せめてもっとこう、他に言い方があるだろう。「処刑」とか「処分」とか、もっとある筈だ。彼女ら巫女を最期のその瞬間まで、人間として扱ってやるに相応しい言葉が。
しかしマザーが、彼女ら巫女が『電脳の母』と呼ぶ上位存在が下す処分は、どこまでも淡々としていた。
まるでプログラム上の余分なコンピュータ言語を、あるいは誤ってタイピングで撃ち込んでしまった文字を”消す”かのような『作業』―――削除という言葉には、そんなニュアンスが含まれているように思えてならない。
PC上の文字だとかスマホの画面の中だとか、間違って打ち込んだ文字や数値を消すのに使ったり、不要になったデータファイルを抹消するのであればまだ分かる。淡々とした作業の一環でしかなく、そこに良心の呵責など生まれる余地もない。
しかしそれが人命にかかわる事であるならば、どうか。
今までの人生、様々な記憶を蓄積しこの世界に”生”の証を刻みながら今日まで生きてきた人間の命を、ただただ無造作に”消す”―――その非人間的な響きが、俺にはどうしても底知れぬ恐ろしさとして感じ取れた。
そして今回の作戦の結果次第では―――フルールがそうなる可能性がある。
つまるところ、転生者と巫女はかなり一方的な一蓮托生の関係にあるのだ。
俺も、クラルテも―――例外ではない。
―――カシウスを殺せば、フルールが消える。
誰か、どうすればいいか教えてほしい。
この残酷な現実を、どう突き崩せばいいのか。
カシウスを殺さねばフルールは未来永劫苦しみ続ける。
しかしカシウスを殺せばフルールが消える。
目の前にある計器類に、思い切り頭を叩きつけたい気分だった。そうすれば、衝動のままにそうすればきっとこの膠着状態から、感情の袋小路から抜け出せるかもしれないと―――徒労に、痛みのままに終わると分かっていてもなお、そうせずにはいられないという衝動。
なけなしの理性でそれを何とか抑え込み、淡々と計器類のチェックを続けた。
ヒトは感情で動いてしまう生き物だ―――それは前世でも、この世界でも痛いほど痛感した事だ。世界のどこか、戦火の去った焼け跡で苦しむ子供たちよりも、同じ孤児院で腹を空かせている弟妹同然の子供たちの方を優先的に救ってきたのだから、少なくとも『ヒトは感情で動く』という事実は自分で実証済みであろう。
しかし、何もかも感情の赴くままにやっていては人生は成り立たない。時には感情を押し殺し、機械部品の如く冷淡に、粛々とタスクをこなしていかなければならない時もある。
―――最悪の場合は、腹を括ろう。
1人の少女の存在と引き換えに、アレーサの人々を救うという決断を下す覚悟を。
「……」
『……私、帰りたくない』
『こんな……っ、私にこんなっ、こんな思いをさせてっ……! もう戻れない……戻りたくない……っ!』
理性で抑え込もうとすればするほど、フルールの悲痛な叫びが蘇る。
あれは紛れもなく、彼女の心の底からのSOS。
殺せるのか、俺に。
あんなにも苦しい思いをしてきた彼女に、消えろと言えるのか。
それとも彼女を生かすために、カシウスを生け捕りにするのか。
生け捕りにして、その後はどうする?
あんなユニークスキルを持っている相手だ―――生半可な監獄ならば自力で抜け出すだろうし、生かしておくにもコストが掛かる。一瞬でも監視を怠ればたちまち自分たちの命に関わりかねない劇物が如き罪人を、受け入れてくれる監獄なんて俺には見当もつかないし、そんな事で協商連合に迷惑をかけるわけにもいくまい。
飛行服をチェックし、酸素マスクを装着。キャノピーを閉じて計器類の最終チェックをすると、クレーンアームが鳴動して格納庫の床が解放され始めた。
眼下に広がるのは、黒海の海面。
スカイレイダーがゆっくりと格納庫から降下。船外へと露出したのを確認してスイッチを弾いて主翼を展開―――無数の爆弾と一緒に、トイレにキッチンシンク、それからC4爆弾を満載したバスタブが搭載されている。
《艦長よりラウル、TACネーム”ストレイド”、応答しろ》
「迷い人だァ?」
エンジンをスタートさせながら無線機に向かって突っかかるように問うと、ヴォイテクの笑い混じりの声が返ってくる。
《ああそうだ、お前は迷い人だ。行動には芯が通っちゃいるが、最終的な目的地がまだあやふやだ……お前の答えを見つけるその日まで、お前は迷い人だ》
「……ヤー、ストレイド了解」
《発艦後、航空隊は転進して内陸部より侵入。アキヤール要塞の後背より電撃的に奇襲を行え。先導はお前だ……頼んだぞラウル》
「了解」
フルールの事は、聞かなかった。
あくまでも作戦目標はアキヤール要塞に展開するワリャーグの全戦力の撃滅―――任務の達成条件の中に、フルールの救出は含まれていない。
ヴォイテクの言葉―――「最終的な目的地があやふやだ」という指摘は、今まさにこの状態を差しているように思えてならない。アイツは俺の内心を見透かしていたとでもいうのか。
後続の軽空母『トキ』から、次々にF4Uコルセアたちが出撃し始める。機首のカウルのところには燕のマーキングがあった。部隊のエンブレムなのだろう。
《ラウルさん、間もなく機体を投下します》
「了解、こっちは推力確保済み―――いつでもいける」
《―――どうか、ご武運を》
何かを言い淀んだ様子で、クラルテがリリースレバーを倒した。
ガシュン、とクレーンアームの拘束が外れて、A-1 スカイレイダーが黒海上空へと投げ出される。しかしすぐに機体を安定させてコルセア隊の前に機体を躍らせると、トキ航空隊の隊長機らしき機体が隣にやってきて翼をバンクさせた。
それに応えるようにこちらも主翼をバンクさせ『我に続け』とハンドサインを送る。
機体を左旋回させつつ高度を落とす。それに倣うように、トキから発進した航空隊―――『燕隊』も左旋回しつつ降下。海面を腹で滑らんばかりの勢いの低空飛行で内陸部を迂回してのコースを取り始める。
まずは第一段階だ。フルールの事はそれが終わってから考えよう。
俺たちがしくじれば、そもそも何も始まらないのだから。
同時刻
この世界のどこか
薄暗い通路を進みながら、ミカエルはキャンディを口へと放り込んだ。
望みもしないユニークスキルを与えられたおかげで、まだこの世界で30年と少しの人生しか経験していないというのに―――体感では明らかに1000年、いや10000年には匹敵するであろう人生経験をしたような、濃密な時をいつも過ごしている。
彼女の人生の1分、1秒には我々が思う以上の事象が、常軌を逸した密度で詰め込まれているのだ。
だから頭が、そして心が疲れる。
疲れた身体が糖分を欲するのも当然の事と言えた。
キャンディを舐めながら首を傾げ、飛んできた弾丸を回避。眠そうにあくびをしながらも首から下は正確に動いており、正確に構えたBRN-180の銃口から躍り出た5.56㎜弾の一撃が小癪にもミカエルを狙った敵兵の眉間を正確に撃ち抜く。
ただただ前に歩きながら、弾丸を躱して反撃していくミカエル。しまいには背後からの狙撃すらも回避し、ノールックで放った2回の射撃で敵兵を無力化。まるで目を覚ました後のルーティーンの如く淡々と敵を処理していく。
固く閉ざされた扉も、彼女の前では何の意味もなさない。
ぴた、と左手で扉に触れた次の瞬間には、特殊合金と幾重にも重ねられた認証システム、電子ロックで防御された重厚な扉は単なる灰へと姿を変えていた。
物質感の分子結合を寸断する事でどんな堅牢な防壁であろうと瞬く間に灰のような粉末へと変えてしまう―――瞬時にそれができるのが、ミカエルが最強の錬金術師たる所以。
防衛部隊の攻撃を堂々と真っ向から受けながら全て回避し、立ち塞がる脅威の全てを返り討ちにして、散歩のように歩きながらついに目的の部屋へとやってきたミカエル。
薄暗い円形の広間の中―――その中で一際存在感を放つ存在を見上げ、しかし顔色一つ変えない。
広間の中心部に鎮座するのは、蒼い輝きを放つ巨大な”柱”。表面には無数の”1”と”0”の羅列が並び、柱を守るように蒼く輝くリングが幾重にも展開している。
柱の周囲にはさながら墓石の如く、プレート状のサブフレームが並んでいた。それらが並列稼働して、膨大な量のデータを処理し学習するメインフレームを補助しているのだとミカエルは理解した。
その証拠に、この部屋の中は随分と冷房が効いている。これだけの電力を費やして冷やさねば、この部屋はたちまち灼熱地獄と化すであろう。そうなれば如何に高性能なサブフレームやメインフレームであろうとも、本来のスペックは発揮できない。
これだけのコストを湯水のように消費して、いったい何を”学習”しているのやら。
床を這う無数のケーブル、その合間から顔を出す蒼い花―――蒼い彼岸花のホログラムに視線を落とすと、中央に鎮座する巨大なメインフレームの根元に蒼い光が生じた。それはやがて長身の女性の姿を形作っていくと、最終的に蒼くウェーブのかかった髪と紅い瞳、そして白いドレスにウシャンカが特徴的な、けれどもどこか冷淡な印象を抱かせる女性の姿へと変わっていく。
トン、と右足でタップを踏んだ。
床の一部が瞬時に変形し、せり上がり、ミカエルを座らせるための椅子へと姿を変える。
ミカエルは即席の椅子に腰を下ろすと、彼女の分の椅子も用意して、BRN-180からマガジンを取り外しコッキングレバーを引いた。薬室の中からも5.56㎜弾を完全排除して武装を解除、彼女に「攻撃の意思はない」という事を態度で示す。
後ろからガシャガシャと足音が聞こえてきた。先ほどミカエルに薙ぎ倒されるばかりだった有象無象たちだ。黒い防弾フレームに身を包んだ戦闘人形の兵士たち―――その内部にはどこかの自分の戦闘データが使われているそうだが、果たして自分はこんなにも弱かっただろうか?
彼らはミカエルに銃を突きつけこそするが、しかしマザーの制止で動かなくなった。
そんな事を気にも留めず、ミカエルはいつも通りの冷めた調子で鷹揚に手を振る。
「―――やあ。久しぶりだね、”マザー”」
ミカエルの目の前までやってきた女性のホログラム―――すべての転生者の、そして巫女たちの頂点に君臨する統括者、『マザー』は顔色一つ変えず、ミカエルの「座りなよ」という言葉の通りに椅子に腰を下ろす。
『―――随分と乱暴な来訪ですね、ミカエル』
「キミの召使いが相変わらず融通が利かなくてね」
そればかりは許してほしい、と言葉を続けながら、ミカエルは懐から煙草を取り出した。それはかつての―――いや、どこかの自分の親友が好んで吸っていたもの。南米リューバ産の銘柄だった。
手持ちのナイフでカットして、自作のトレンチライターで火を着ける。目の前で堂々と行われる喫煙にマザーは咎めもせず、ただただ黙って冷たく見下ろした。
『用件は分かっています。あなたの事です、フルールの一件でしょう?』
「さすが全知全能のマザー様、話が早い」
ふう、と煙を吐き出して、ミカエルは単刀直入に話を切り出した。
「カシウスとかいうクソ野郎とフルールの契約関係―――アンタの権限で、これを解消してほしい」
巫女の削除
転生者を失った巫女に下される処分。マザーの権限で巫女の存在そのものを削除して、物理的に存在を抹消する。発動すると巫女の持つメダリオンが紅く発光して削除の執行を生成AIの音声で宣言、巫女の身体は段々とフェードアウトを始め、声にもノイズがかかって正確に聴き取れなくなっていく。そして最終的には存在そのものが消失してしまう。
巫女とは転生者の補佐役であると同時に、マザーが巫女の目を通して転生者の行動を学習するための記録役であり、マザーとしてのリソースはむしろ転生者よりも常時通信を行う巫女の方に割かれている状態である。そのため観察対象たる転生者が消滅すると巫女の存在は不要となり、無用なメモリの削除を行うために巫女もまた削除する必要が生じてくるのだ。
誰だって、破損したファイルをいつまでもメモリの奥底に残しておく事はあるまい。マザーにとって巫女とはその程度の存在である。




