反撃の狼煙
錬金術
魔力を用いて物質を書き換える術の事。生まれつきの適正が左右する魔術とは異なり錬金術にはそもそも「適性」という概念が存在せず、その気になれば誰でも習得できる。しかし習得には難解な法則や式を理解した上で極めてデリケートな魔力制御技術を要求されるため習得は極めて困難を極めるという狭き門である。
その習得難度は「1000人に1人」とまで言われており、その稀少な錬金術師たちも忌むべき天地戦争で多くの命が失われる結果となった。観測歴38000年現在で存命中の著名な錬金術師はミカエル・パヴリチェンコただ1人のみであるとされている。
ミカエルが天地戦争に従軍しなかったのはイライナ側が彼女の喪失を畏れたためともされているが、実際は「大義なき戦争への参戦を本人が拒否した」ためであると言われている。
ぐいぐい、とズボンの裾を引っ張られている感覚。
なんだよ、と視線を下に向けてみるとそこには奇妙な生物がいた。茶髪交じりの銀髪に銀色の瞳、そして狼のケモミミが生えた男の娘―――そう、俺である。
二頭身にデフォルメされた、まるでラノベとか漫画のおまけコーナーに描かれてそうな塩梅のデザインの”二頭身ラウル君”。俺本人はどっちかというとオラオラ系というか、まあガンガン行くタイプの性格だと自負しているのだが、二頭身ラウル君はというとなんかだいぶ控えめだった。
困惑しながらもフリスビーを手に、「遊んでほしいな」といわんばかりの目つきでちらちらこっちを見てくる二頭身ラウル君。そっと頭を撫ででやりながらフリスビーを受け取って放り投げると、二頭身ラウル君は目をキラキラ輝かせながら全力疾走を始めた。
『わんわんわんわーん!!!』
犬かお前は。
狼だろお前は、とツッコみながらも見守っていた次の瞬間だった。
さっきぶん投げたフリスビーがどういうわけかこの真っ白な世界を一周してきたようで、すこーん、とラウル君の後頭部を綺麗に直撃。『おぶちっ』と変な声を発してよろめいたラウル君に追い打ちをかけるように、今度はフリスビーを追いかけてきた二頭身ラウル君の全力タックルが背中に。
『わんわんわんわーん!!!』
『わおんッ!?』
『わぅ?』
お、おおぅ……やりやがったなこの野郎……。
後頭部を鈍器でぶん殴られたように、意識が再び闇の底へと沈んでいった。
鼻腔に溢れるバニラの香り。
リラックスを促すようなその香りに酔いしれながら、そっと瞼を開けた。
見覚えのない天井に見覚えのない壁、見覚えのない床。けれども窓から差し込む光と、その向こうに覗く風景には確かに見覚えがあった。
黒海―――イライナ最南端、アレーサの町から一望できる内海の威容。という事はここはアレーサで、俺は確か……。
意識を失う直前の記憶がここにきてフラッシュバックする。
フルール。
そしてその転生者、カシウス。
「そうだ、フルー……いっ」
頭の内側から金槌で殴りつけられているような痛みに思わず呻いた。
そうだ……俺、負けたんだ。
フルールを守ってやる事ができなかった。結局フルールはまた、アイツのところに……。
無力感に苛まれること数分。ガチャ、と扉が開く音がしたかと思うと、すらりとした獣人の女性が部屋の中に入ってきた。綺麗な黒髪と真っ白な前髪。眉毛も睫毛も真っ白で、瞳は満月のような銀色だ。
ハクビシンの獣人なのだろう。年齢はおそらく20代後半……いや、30代前半だろうか。精神的に成熟し大人としての包容力に満ちたような、そんな女性だった。
『О, це добре. Ти не спиш?(あら、良かった。目が覚めたのね?)』
「こ、こんにちは……え、ええと……」
聞き慣れないイライナ語。巻き舌発音を多用する特徴的なアクセント。文法も、単語も発音も何もかもが母語たるスパーニャ語と異なる異国の言語。彼女の言っている事が何も理解できずに困惑していると、彼女の後に続いてミカエルがニコニコしながらやってきた。
『Мамо, вона не розуміє мови Ілаїни(母さん、彼女はイライナ語が分からないんだ)』
『Ой, невже вони були іноземцями?(あらあら、外国の人だったの?)』
『Так, він мій друг(そう、俺の友達だよ)』
何やらイライナ語で女性とやり取りをするミカエル。
部屋にやってきた女性の顔つきはミカエルにそっくりで、血縁者である事が分かる。お姉さんなのだろうか。
「やあ、目が覚めたようで何よりだよラウル」
こっちを向くなり、流暢なスパーニャ語で語り掛けてくるミカエル。コイツ何気に多言語話者なんだなと驚きながらも、ネイティブと遜色ない発音のスパーニャ語に俺も応える。
「ここは……?」
「俺の実家。転生者にぶん殴られて昏倒してたお前をクラリスが運んできてくれた。あとで彼女に感謝しておくように」
「……待て、そういえばカシウスは!?」
「アイツは今、ヴォイテクが追跡している」
ヴォイテクのやつ……見てたなら助けてくれてもいいだろうに。
そう思いながら頭を押さえる俺に、ミカエルは懐から取り出したキャンディを差し出してきた。「ん、甘いぞ」と言いながら差し出してきたそれを受け取り、包み紙の中から取り出した黄色いキャンディを口の中へと放り込む。
パイン味だった。
「お前が昏倒している間大変だった。ワリャーグの連中まで襲撃してきてな」
「ワリャーグ?」
「アレ、ほら、アルミヤ半島。あそこを根城にしている海賊連中さ。2年くらい前に滅ぼしたんだが」
「―――4年前ですよご主人様」
「「」」
俺の寝てるベッドの下から顔を出して訂正するのはクラリス氏だった。アンタいつの間にそこに居たんだと思いながら目を丸くしていると、クラリスはベッドの下から這い出てくるなり何事もなかったかのようにミカエルの隣で澄ました顔をする。
なんだこのメイド。
「……まあその、アレだ。とりあえず攻め込んできた連中は全滅させたが、もう仕掛けて来ないとも限らない。連中の残党が活動を再開したならば今度こそケリをつける必要がある」
「そう……だよな」
ミカエルの言う事はもっともだ。
町を脅かす海賊がいるというならば、その災いの芽は早々に摘み取らなければならない。それを怠れば脅威にさらされる事になるのは何の罪もない住民たちなのだから。
けれども俺の関心はそこではなく、虐げられ続けた巫女の少女―――フルールにだけ向けられていた。
何とかして彼女を助けてやりたい。カシウスとかいうDV野郎の手から解放してやりたい。
今こうしている間にも彼女はカシウスからの暴力にさらされ、怯え、心を擦り減らしているかもしれないのだ。そう思うとゆっくりベッドの上で療養しているわけにはいかない、と焦燥感にも似た激情に駆られそうになる。
ミカエルもそれを見透かしているのだろう。無理にベッドから起き上がろうとする俺を見るなり「まあ落ち着け」と肉球の付いた手で制してくる。
「お前をボコった転生者とワリャーグ……襲撃のタイミングがあまりにも重なり過ぎている」
「……繋がりがある、と?」
「そういう事だ。今すぐに動きたい事情があるようだが、少し落ち着け。焦って攻め込んでも袋叩きにされるだけだ」
「……」
それもそうだ。
今の俺に出来る事は、ひとまず冷静になる事である。
ふう、と息を吐いて身体の力を抜いていると、さっきのハクビシン獣人の女性―――ミカエルのお姉さんらしき人が木製のトレイに深皿とスプーンを持ってやってきた。
『Ти не голодний? Якщо ти травмований, тобі потрібно багато їсти, щоб отримати якісь поживні речовини. Вибач, це просто залишки від вчорашньої вечері, але, будь ласка, з'їж це, якщо хочеш(お腹空いてない?怪我してるならたくさん食べて栄養つけないと。昨日の夕飯の残りで申し訳ないけど、もしよかったら食べて)』
皿の中に入っているのはスパイスの香りを放つスープだった。アレーサ名物の”ウハー”だろう。
「あ、ありがとうございます」
今はとにかく、冷静に……療養を最優先に。
スプーンっでスープを掬って口へと運んだ。
店で食べたウハーよりも、こっちの方が遥かに美味かった。
「色々悪かったな、ラウル」
「ん、いいよ」
アレーサに停泊中の武装貨物船”ソーキル”艦橋―――昔の爆撃機みたいなガラス張りの艦橋の中で、艦長席に座りながら謝罪するヴォイテク。本当は俺が昏倒した段階で割って入ろうとしたそうだが、ワリャーグからの襲撃でアレーサが炎上した上に転生者が撤退に転じたらしいので、そのアジトを調査するために尾行していたのだそうだ。
んで俺の身柄はミカエルに連絡し、そこからクラリスがミカエルの命令を受けて実家に匿って……という流れらしい。なるほど今になって話がやっと繋がってきた。
「それで、結果は」
「薄々勘付いていた通り、お前を倒した転生者―――カシウスとかいう野郎はワリャーグと繋がっていた」
ポケットから取り出したスマホを操作して何かを送信するヴォイテク。少しして俺たちのスマホが振動を発したので見てみると、ヴォイテクから添付ファイル付きのメッセージを受信していた。
タップして添付ファイルを展開してみる。ヴォイテクが撮影した写真や動画がまとめられたものだ。写っているのはアルミヤ半島最南端の街、『アルムトポリ』郊外にある廃城のようだった。
古来より、アルミヤ半島は不凍港としてイライナの、そして帝政ノヴォシア時代はノヴォシア海軍を支えてきた歴史のある”海軍の街”だ。当然その重要性はノヴォシアやイライナの敵国も熟知しており、歴史を見てみればこの要衝を巡る戦いは数えきれないほど発生している事が分かる。
そういう歴史的経緯もあって、帝政ノヴォシアの時代にはアルムトポリを侵略から守るための要塞がいくつも建造されたのだそうだ。おそらくこの廃城もそのうちの1つなのだろう。
「これは?」
「アルムトポリ郊外にある廃城、”アキヤール要塞”。連中はそこを根城にしている」
画面をスワイプすると、明らかにガラの悪い男たちとカシウスが話をしている様子が写っていた。これでカシウスとそのワリャーグとかいう海賊連中がグルである事が明らかになったと言っていい。
「でも、何で? こんな海賊と組んだって転生者にメリットなんかあるわけないのに」
「おそらく、自分なりのギルドかレギオンを旗揚げしたつもりなんだろう」
ロザリーの発した問いに答えたのはクロエだった。新興勢力にして世界中で活動する6つの大規模レギオンの一角に位置する協商連合の一員として、そうした新興レギオンの動きには敏感なのだろう。
あるいは、新興勢力を気取る単なる武装勢力の動向にも。
「―――先ほど、キリウ大公”ノンナ1世”から直々に協商連合を指名しての依頼があった。この海賊連中をぶちのめし黒海に再び平和を取り戻してほしい、との事だ。我らが代表はこの依頼の受諾を決定、これよりソーキルとトキは臨時の艦隊を編成してアルミヤへと向かい、この勢力を撃滅する事となった」
という事は、カシウスと再戦する機会もあるという事か。
よっしゃ、と拳を打ち付けて笑みを浮かべる。あのクソッタレの顔面にキツいの一発ぶちかますチャンスがあるならば、生かさない手はない。
次こそは必ず。
画面をスワイプし動画を再生する。流れ始めたのはブリーフィング用に編集された映像だった。
「偵察の結果、アキヤール要塞には複数の高射砲陣地が構築されている事が判明した。戦時中に製造された旧式、軍からの払い下げやスクラップからの再生品……口径も規格も疎らな寄せ集めだが、空中艦には脅威になる。よってこれの排除が必須となる」
動画が進んだ。ソーキルとトキから航空隊が出撃する様子のCGが再生され始める。
「第一段階として航空隊による攻撃を行う。アキヤール要塞に低空で接近、高射砲を排除。その後ソーキルとトキが要塞に突入し艦砲射撃を行いつつ陸戦隊を降下させ要塞を制圧するという手順になる。航空隊の先導はラウル、お前の仕事だ。航空攻撃完了後、トキの艦載機隊は上空に待機し近接航空支援を継続。ラウルは飛行場に機体を強行着陸させ地上戦へと移行。転生者をぶちのめし帰還しろ。何か質問は?」
「……随分と俺の仕事がヘビーだな?」
肩をすくめながら言うと、ヴォイテクは苦笑いした。
「まあ、こればかりは仕方ない。転生者には転生者をぶつけるのが一番手っ取り早いんだ」
転生者には転生者をぶつける、ねえ。
まあいいさ。分かりやすくてこっちの方が良い。
物事はシンプルな方が良いもんだ。
前々から、機体に搭載できる武装の数をもうちょい増やせないかと思っていた。
飛行機に乗るなら機動性に優れた機体が良い、と前までは思っていた。それはそうなんだが、最近のラウル君が経験した戦闘を振り返ってみるとドッグファイトよりも対艦攻撃の方が回数が多く、機動性よりもペイロードにキャパシティを割り振った方が良いのではないかという結論に至った。
というわけで、今回の作戦から機体が変わる。
コルセアに代わって採用したのは、同じくアメリカ海軍の攻撃機『A-1 スカイレイダー』。レシプロ機の最後期に位置する機体であり、最大の特徴はB-17に匹敵するレベルのペイロードを誇るという点だ。このため爆弾やロケット弾を積み放題という恐るべき火力を発揮できる機体となっている。
朝鮮戦争やベトナム戦争にも投入され、その暴力的なまでの火力を遺憾なく発揮した空の死神。それこそがこのスカイレイダーである。
操縦は既にクラルテのサポートスキル『教練空間』で習得済み。とはいえ現実世界で飛ばすのはこれが初めてになるが……。
格納庫でクレーンに吊るされ、翼を折り畳んだ状態で待機するスカイレイダー。周囲には爆弾と一緒に、爆薬と信管を満載した流し台にトイレの便器、バスタブも用意されている。スカイレイダーは何でも運べるのだ。
「ラウルさん」
やはりここに居たんですね、と言いながら格納庫を訪れたのはクラルテだった。作戦開始が近いから―――という理由だけではないのだろう。彼女が何やら深刻そうな顔をしているのは。
「彼女―――カシウスの巫女、フルールさんの事です」
「彼女がどうかしたのか」
「……お伝えしておこうと思います。仮に転生者を失った巫女が、どのような末路を辿るのかを」
眉をひそめ、彼女の顔を見た。
転生者を倒せば巫女は自由の身になるものだと思っていたから、彼女の口から予想外の言葉が出てきた事に嫌な予感しか感じなかった。
このタイミングまで言い出せなかったのは、まさか俺の覚悟が鈍るかもしれないと危惧しての事か―――息を吐き、意を決したようにクラルテは真実を告げる。
今まで知り得なかった、衝撃の事実を。
「転生者を失い遺された巫女は―――マザーの手により【削除】されてしまうのです」
ミカエル「ちなみにあの人俺のお母さんね」
ラウル「お母……若くね!?!?」
ミカエル「ん、今年で50歳」
レギーナ「あらあらうふふ♪」
ラウル(全然50歳に見えないんだけど……)




