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ワリャーグ

どうでもいい話


 ミカエルが錬金術を医療に転用し始めてから、イライナの平均寿命はそれぞれ男性65→95歳、女性70→100歳に伸びたとされる。錬金術とは『物質を書き換える』術であり、それによって癌細胞を正常な細胞に置き換える事で投薬治療や手術を一切行わずに完治させる事が可能になったためである。


 これによりミカエルは故郷アレーサで『奇跡の仔』と呼ばれ、天地戦争中から負傷兵の治療などで活躍した。軍上層部は彼女を兵士として徴兵する事も検討したが、キリウ大公からの猛反発に加え本人がノヴォシア共産党トップに”直談判”した後に白紙化されている。


 なお、ミカエル本人は「俺はあくまでも錬金術師であって医療のプロではないので、施術後は病院に行って医師の診察を受けてください」と病院に紹介状を書いている。これは錬金術の乱用による国内の医療ノウハウの低下を憂慮した事と、医師の仕事を奪わないための配慮であるとされる。



「それにしても久しぶりねぇ、去年の12月ぶりかしら?」


 嬉しそうに声を弾ませながら、ミカエルの母―――『レギーナ・パヴリチェンコ』は台所で鍋の蓋を開けた。弱火で煮込んでいたウハーを小皿で味見してから首を傾げ、少しだけ塩を足す。


 母の手料理ならば何でも大好物、と公言して憚らないミカエルだが、その中でも特にウハーとチキンキリウ(※鶏肉の中にバターソースを入れて揚げたチキンカツ)は大好物だ。レギーナもそれをよく知っているから、彼女が家に帰ってくる度にその2品は絶対に作るようにしている。


 何気なく、レギーナは棚の上にある写真立てに視線を向けた。


 子供の頃のミカエルを抱き抱えた若い頃のレギーナと一緒に、ハクビシンの獣人の男性が軍服姿で写っている。


 ミカエルの父、『アレクセイ・パヴリチェンコ』は天地戦争で帰らぬ人となった。従軍した兵士が皆口をそろえて「地獄」と評するメルキア沖空戦で壮絶な最期を遂げた……軍関係者からは、そう聞いている。


 息子は段々、亡き夫に似てきた。


 元々ミカエルは母親に似ている方だ。実際顔つきはレギーナに似ていて女性的であり、女性に間違われるのは日常茶飯事である。しかしややツリ目っぽい目つきは父に似ているとレギーナはいつも思っている。


「そういや、サリーは元気かい?」


「ええ。今日ミカが帰ってくるって電話で教えたんだけど、仕事が忙しいらしくてね」


「ヴィリウだよね」


「そうそう」


 ミカエルには、『サリエル・パヴリチェンコ』という歳の離れた妹がいる。今年で23歳になる彼女は既に結婚していて、今はイライナ西方の都市ヴィリウで冒険者をしている。


 ”奇跡の仔”ミカエルの妹、という肩書は彼女に大きなプレッシャーを与えているだろうが、しかし彼女はレギーナ譲りの強い心を持っている。


 父アレクセイが死地メルキアへと出撃していく前にレギーナが身籠った第二子という事もあって、サリエルは特に大切に育てられた。ミカエルもよくサリエルの遊び相手になったし、勉強を教えたり魔術や錬金術を教えた事もあった。


「それにしても、レギーナさんがお元気そうで安心しましたわ」


「うふふ。こう見えてもまだまだ現役なのよクラリス?」


 現在、レギーナはアレーサの冒険者管理局で職員の仕事をしている。冒険者が魔物を討伐したらその確認のために現地に赴いたり、魔物の出現状況の確認のためにパトロールや観測所での見張りを行ったり、有事の際には順軍事組織の兵員として動員されたりと大忙しなのだ。


 そんな彼女の前職はメイド―――キリウに居を構える名門貴族『リガロフ家』のメイドの1人として働いていた経歴を持つ。


 ―――やはり運命なのだろうな、とミカエルは目を細めた。


 ()()()()()()()()()はまだまともだから良いものの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 クラリスとの出会いも、また違っていただろう。


 頭の中にある色んな記憶を思い起こし、今の自分はそれなりに幸せな方なのだなと思い息を吐く。


 庶子として生まれ、あるいはもっとひどい生まれ方をして苦しんだ自分たちには申し訳ないが……と考えを巡らせたところで、ポケットの中のスマホが振動を発した。


 取り出して画面をタップすると、表示されたのはAKを抱えたヒグマのデフォルメされたアイコン。ヴォイテクのものだ(このアイコンは本人曰く「自画像」らしい)。


「もしもし……うん、うん、分かった。無理はしないように」


 手短に通話を済ませる。


 彼の声音で、今の状況は理解できた。少なくとも雑談や世間話、思い出話に花を咲かせて悠長に長電話できる状況ではないのだろう。声に混じって聞こえてきた風の音や草の揺れる音からも、彼が今大声で話せない理由が窺い知れる。


 ドン、と爆音が響いた。


 驚くレギーナとは対照的に、ミカエルは眉一つ動かさない。


 爆音、断末魔、悲鳴……その程度ではもう、ミカエルの心は揺らがない。むしろ「またか」という辟易したような心境ですらあった。


「クラリス」


「はい、直ちに」


 小さく頷いて家を出ていくクラリス。突然の爆発と、それにすら動じない我が子の様子に困惑するレギーナにミカエルは言う。


「母さん、悪いけど”友達”の手当てをお願いしてもいい?」


「え、ええ……ミカ、いったい何が起こってるの?」


「大丈夫、すぐ終わる。この家は安全だから避難もしなくていい……ご飯作って待ってて。すぐ終わらせて来るから」


 ね、と笑みを浮かべてミカエルも立ち上がり、実家を後にした。


 黒海を一望できる、アレーサの小高い丘の上から町を見下ろす。


 港にはいつの間にか3隻の駆逐艦と2隻の空中艦がいて、市街地に向けて砲撃をしているところだった。いずれの艦のマストにも海賊旗が掲げられていて、正規軍やどこかのギルドの所属ではない事が分かる。


 ”ワリャーグ”―――アルミヤ半島を根城にしていた海賊たちである。


 4年前、ミカエルが単独で滅ぼしたばかりだったのだが……どうやらその残党がまだ残っていたようだ。ミカエル憎しの感情を糧にしてあんなオンボロの払い下げられた旧式艦をかき集め、アレーサを襲撃してきたのは復讐のためか。


 愛車のベスパGTSスーパー150に跨り、エンジンをかけて市街地へと向かうミカエル。避難していく人々とすれ違いながら港に近付いていくにつれて、人々の悲鳴は鳴りを潜め銃声と怒号が大きくなってくるのが分かった。


 雑貨店の前にベスパを乗り捨てて、丸腰のまま現場へと歩いていく。


 とん、と爪先で軽くタップを踏んだ。


 周囲の石畳が盛り上がり、何の変哲もない石畳の物質としての性質が急速に書き換えられて―――やがて石畳からBRN-180が”生えてくる”。


 それを拾い上げて動作を確認。ロアレシーバーにはちゃんとM4A1のものが組み込まれているのを確認するなり、無造作に構えて引き金を引いた。


 港の防波堤の付近、憲兵隊と戦闘中だったワリャーグの戦闘員の眉間に5.56㎜弾がめり込んでそのまま仰向けに倒れていく。


 唐突な第三者の介入に、憲兵隊もワリャーグたちも一様に動きを止めた。


「―――俺たちの故郷(ふるさと)を侵させはしない」


 とん、と爪先で軽くタップを踏む。


 急激な変化が生じたのはその直後だった。ワリャーグの戦闘員たちが立っている地面が一瞬で隆起したかと思いきや、巨大な牙―――いや、罪人を刺し貫く槍の如く急激に伸びて、戦闘員たちだけを正確に串刺しにして、そのまま吊し上げてしまったのだ。


 それも串刺しにされている部位は心臓や喉元、脳天……いずれも急所だ。


 せめて苦しむことなく逝けるように、というミカエルなりの優しさなのだろう。


 戦闘中だった憲兵隊の隊員たちは、自分たちを躱して敵だけを正確に刺し貫いた錬金術の威力と精密さに驚きを隠せなかった。錬金術とは物質を操る術であり、習得に時間がかかる上にそれを使いこなすのも困難を極める。熟練の錬金術師ですら、単一の相手に対して攻撃するのが精一杯というのが常識だ。


 しかしミカエルはどうか―――憲兵隊と戦闘中で、中にはサーベルを手に切り結んでいた戦闘員だけを正確に、憲兵隊員を一切傷付けることなく敵だけを刺し貫くという精密極まりない術の制御。明らかにそれは常軌を逸している。


 まるで100年―――いや、1000年以上も修練を続け極めに極めたかのような神業だった。


「み、ミカエルさん」


 やっと我に返った憲兵隊の1人が、ゆっくりと歩いてくるミカエルを敬礼で出迎える。


「指揮官は?」


「はっ、あちらに」


「……海賊連中は俺一人で何とかするから、憲兵隊は住民の避難誘導と消火活動を優先して」


「しかしミカエルさん一人では……」


「大丈夫」


 にっ、と快活な笑みを浮かべて、ミカエルはタップを踏んだ。


 市街地への砲撃を続ける3隻の駆逐艦たち―――突然、湾内では絶対にありえない渦が発生したかと思うと、周囲の海水がさながら意思を持つかのように蠢き始め、ワリャーグの駆逐艦たちをまとめて海底へと引きずり込んでいったのである。


 乗員が脱出する暇すらない。


 まるで最初からそこに敵艦などいなかったとしか言いようがないほどの静寂さを取り戻したアレーサの海。


 あまりにも突然すぎる水上艦艇の消失に困惑するワリャーグたちの空中艦。その片割れの船体から火の手が上がったのは、それからすぐの事だった。


 オリオン座を背に夜空を舞う黒い翼たち。投下された爆弾やロケット弾が船体を激震させ、12.7㎜機銃の掃射が粗末な補修の施された装甲を穴だらけにしていく。


 F4Uコルセアたちの編隊だった。


 いずれも協商連合所属の航空隊である事が分かる。


「俺が―――俺たちが、海賊なんぞに後れを取るとでも?」


 これ以上ないほど説得力のある言葉だった。


















「前方、敵艦隊を発見。空中駆逐艦2隻です」


「既に市街地には被害が出ている模様」


 見張り員からの報告に、協商連合所属の空中艦『トキ』の艦長を務める『ムン・ビョンホ』艦長は怒りを覚えていた。


 天地戦争中、竜人たちは民間人に対しても容赦をしなかった。建前上は「軍事施設への攻撃」という事になっていたが、その砲門が居住地へと向けられ、何の罪もない女子供が犠牲になったのを見たのは一度や二度ではない。


 そんな地獄が100年も続いたあの忌々しい戦争―――やっと終わったと思ったのに、またそれと同じ光景を目にする事になるとは。


 アームレストをあらん限りの力で握り締めながら、ムン艦長は命じる。


「―――航空隊、全機発進。奴らを許すな、地獄の業火で焼き尽くせ!!」


 彼が指揮を執る空中艦『トキ』は、ソーキルと共に気流結節点を越えてアルカディアに到着した後に大規模改修を受けていた。


 元々、『トキ』は必要最低限の自衛用武装を搭載し、そのキャパシティの多くを物資の輸送能力に割り振った”武装貨物船”だ。対消滅機関を搭載しているが、ソーキルのように激しく飛び回りながら戦うための艦ではない。


 そのペイロードの余裕に着目され、トキの船体両側には巨大なコンテナ状のユニットが接続されていた。ちょうど艦首寄りに配置された背の低いガラス張りの艦橋の脇から艦尾に達するほどの長大なユニットの中には、ユニット1基につき6機のコルセアとその整備用設備、予備の弾薬や燃料が収納された格納庫が収まっている。


 発艦・着艦用のクレーンアームも含めた”空母化ユニット”を両舷に装着したトキは、今や予備機を含めた15機のコルセアを運用可能な”空中軽空母”として生まれ変わっていた。


 コンテナユニットの後方下部のハッチが開き、中からクレーンアームで吊るされたコルセアがペイロード一杯の武装を搭載した状態で降下してくる。外に出るなり折り畳まれていた特徴的な逆ガル翼を展開してエンジンを始動、十分な推力を得たタイミングでクレーンアームから切り離され自力発進していく。


 左右両舷から一度に2機ずつ発艦していくコルセアたち。やがて艦中央下部にあるハッチも解放され、そこからもコルセアがクレーンアームで吊るされた状態で降下し出撃していった。


 瞬く間に予備機を含めた全機を発艦させたトキ。艦橋の前方に搭載された15.5㎝連装砲が仰角を上げ、敵艦を睨む。


「主砲、砲戦用意。目標右翼の敵艦、距離3500!」


「照準ヨシ!」


「砲撃開始。砲弾が尽きるまで、怒りを込めて撃ち尽くせ!!」


 15.5㎝砲が吼えた。


 長砲身に換装されたそれから2発の徹甲榴弾が解き放たれる。装薬の燃焼ガスを一身に受けて飛び出した砲弾は、距離が近かった事もあって正確にワリャーグの飛行駆逐艦を直撃。船体に凄まじい衝撃を生じさせた。


 被弾した飛行駆逐艦の船体がぐらりと傾ぐ。


 そこに襲い掛かったのはペイロード一杯に爆弾やロケット弾を搭載したコルセアたちだった。


 本物の海賊(コルセア)を見せてやると言わんばかりに殺到した彼らの攻撃は一切の容赦がなかった。爆弾を叩き込み、至近距離からロケット弾を全弾発射して、艦橋にも12.7㎜機銃の掃射を射かけて離脱していく。


 理不尽な暴力をそっくりそのまま返されたワリャーグの駆逐艦は、火達磨になりながら居住地の遥か向こう、誰もいない平原の方へと墜落していく。


 残る1隻は離脱に転じたが、しかし航空隊の攻撃の手は緩まない。


 爆弾やロケット弾がないなら機銃で落とせばいいじゃない、といわんばかりに執拗な機銃掃射を浴びせかける。空中艦はペイロード管理がシビアであり、装甲は最も優先的に削がれやすい要素だ。その設計思想もあって水上艦ほど打たれ強くはないのである。


 それも船体両舷に搭載されたエンジンポッドばかりを執拗に狙われ、ワリャーグの空中艦は瞬く間に推力を削がれてしまう。


 もはや逃げる事も反転攻勢に転じる事も出来なくなった空中艦。もがくように空を飛ぶその船体に、トキの放った15.5㎝砲の砲弾が突き刺さり轟沈へと至らしめたのは、それからすぐの事だった。






空中艦トキ(空母化ユニット装備)


全長

・160m

全幅

・120m(コンテナユニット含む)

全高

・48m

重量

・18000t

ペイロード

・45000t


主機

・フリスチェンコ式対消滅機関×2(直列接続)

・混焼式大型多気筒レシプロエンジン×12


武装

・60口径15.5㎝連装砲×1

・艦首対艦ロケット発射管×6

・艦尾対艦ロケット発射管×2

・その他対空火器多数


備考

・F4Uコルセア、あるいはそれに準じた艦載機を15機まで搭載可能



 コーリアの武装貨物船『トキ』を協商連合本部にて大規模改修した姿。浮遊大陸カッパドキアでの作戦後、空中空母の不足を痛感した協商連合は空母の新規購入や建造を決定しつつ、それらの戦力化までの繋ぎとして既存艦艇の空母への改修を決定。その第1号として白羽の矢が立ったのがトキである。


 船体そのものの改修は最小限とし、船体両舷に空母機能を持つコンテナユニットをドッキングするという簡素極まりない改修ではあるが、これにより船体側に3機、コンテナユニット内にそれぞれ6機のコルセアを格納する事が可能となり、軽空母とも言える艦艇へと生まれ変わった。艦載機の発艦、着艦は艦底部のクレーンアームで行うため、カタパルト等の設備は持たない。


 自衛用の武装として15.5㎝連装砲や対艦ロケットを持つが、これらの武装は艦載機の発着艦エリアと離れた艦首側に搭載されており、艦載機の運用に支障をきたさない事から航空戦力との併用が可能となっている。

 今後、協商連合はトキをテストヘッドとして各種データを集めながら設計案をまとめていく方針であるとされており、後続艦にはトキの設計が色濃く反映される可能性は高い。


 なお、『トキ』という名称はコーリア語(韓国語)で『ウサギ』を意味する。これは本来の名称ではなく、第二次改修時に艦橋の両サイドに追加された大型スタビライザーがウサギの耳に見えるためそう呼ばれ始めたのだという。


 トキ自体は老朽艦であり、天地戦争中盤から輸送任務に従事。ノヴォシアへの物資輸送中に遭遇した天空軍の駆逐艦からその足の速さで幾度も逃げ切っており、戦時中から脱兎の如き速度は重宝されていたようだ。



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― 新着の感想 ―
ミカエル君、こっちの世界でも錬金術を医療に用いていたんですね。前作ではそれで奥さんたちの寿命を100歳前後まで伸ばしてましたし、そりゃ平均寿命も上がりますわ… こちらのレギーナさんは至極真っ当な家庭…
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