シスター・フルール
どうでもいい話
ミカエルとヴォイテクはおやつのプリンの取り合いで1回真面目に戦った事がある。序列1位と2位の本気の激突は、ミカエルが彼を協商連合に勧誘した時に続いて2回目である。
え、待って? なんでコイツ生きてるの???
買って来いと言われていた日用品の会計を済ませ、足早に店を出ながら私は困惑していた。
いや、確かにマザーのデータベースを参照する限り転生者『ラウル・エルマータ』の名前は消えていない。そしてその巫女―――シスター・クラルテの名前も。
いったいどんな手品を使ったというのか。
あの時を思い出しながら、確かに弾丸は命中した事を確認する。それも頭に、だ。
確かに私が使った弾薬は5.56㎜弾。対人戦における十分な威力はあるがあくまでも中間弾薬、アサルトライフル用に装薬を減らした高速弾であって、狙撃用の専用弾薬と比較すると射程も威力も大きく劣る(少しでも威力を水増しするために強装弾にしていたけど)。
けれどもそれを頭に喰らって生きてるって何?
おかしい、絶対におかしい。
ヘルメットを被っていたけれど、アイツが被っていたのはFASTヘルメット。拳銃弾に対する防御力はあるが5.56㎜弾を防げるだけの防御力はないはず……私が誤認したか、何かしらの追加装備(恐らくSLAAP?)を装備していたか、あるいはFASTヘルメットの姿をした別のナニカだったのか。
でもライフル弾を防いだとはいっても首に何かしらの負荷がかかっている筈だし、着弾の衝撃も頭に残る筈だからそう簡単に歩き回れるはずが……。
……消すか?
ホルスターの中に収まってるコルトM1911のグリップに手を近づけながら、来た道を振り返った。今すぐ戻ればアイツの背中くらいは見えるだろうし、すっかり油断しているところで背中から2、3発くらい叩き込んでやればさすがに死ぬはずだ。獣人だから竜人みたいな硬化能力も持っていない。
……いや、やめよう。
ホルスターから手を離し、肩をすくめた。
アイツの……ウチのクソご主人からの命令であれば仕方なく、渋々銃を向ける事はあるだろうけど、私が今受けているのは日用品を買って帰る事。こんな時まであのDV野郎に律儀に尽くす必要性など微塵も感じない。
それに第一、アイツは相当なやり手とされている。
序列圏外のくせに99位の奴を真っ向から戦って撃破しているし、マザーも真面目に彼女の序列入りを検討するレベルだという。経歴を見る限りでもウチの暴力馬鹿とは違い、ユニークスキルに頼り切りというわけでもないらしい。
いわゆる叩き上げだ……ああいうタイプはスキルに頼らなくとも強い。
はっきり言って、私1人で勝てる見込みはないだろう。
考え事に夢中で、誰かがいた事に気付かなかった。
どん、と思わずぶつかってしまい、「ああ、申し訳ない」と謝罪するが時すでに遅し。ぶつかった大柄な相手はこっちを振り向くと、威圧的な視線を向けてきた。
私服の上に革性の防具姿。腰には小型の楯と棘の生えた鉄球―――いわゆる”モーニングスター”がある。
ああ、冒険者か。この手の職業の連中は荒くれ者が多い。特に現状のような、少額の手数料だけで誰でも冒険者を名乗れるような制度の欠陥を抱えた状態では。金さえ払えばどんな社会不適合者でも冒険者という職を手にできるのだから随分と弱者にやさしい世界である。
「申し訳ないじゃねえんだよなァお嬢ちゃん」
「おいおいコレ骨イッたんじゃねえのォ!?」
「慰謝料払ってくれないとこれは許せないねぇ?」
はぁ……面倒な。
どうしようか、殺してしまうか。逃げたらどこまでも追ってくるだろうし、私も一応CQCの訓練は受けているが他の巫女ほど得意ではない。第一、この手の社会不適合者は穏便な手段で済ませるよりは間引いてしまった方が世のためだと思うのだが。
呆れながら腰のホルスターのガバメントに手を伸ばしたその時だった。
『―――わんわんわんわんワォォォォォォォォォォォォォン!!!』
「ちくわぶっ」
「―――ぇ」
私に下衆な笑みを浮かべながら手を伸ばしてきた男の顔面に、ドロップキックがこれ以上ないほど綺麗にめり込んでいた。
ん、ギャグマンガかな? と思わず真面目に思ってしまうほど綺麗にクリーンヒットしたドロップキック。喰らった冒険者は前歯をぶち折られながらゴロゴロと転がっていき、路地の片隅にあるゴミ箱の中へとホールインワン。
え、ナニコレ。
すたんっ、と綺麗に着地をキメたのは他でもない、ラウル・エルマータその人だった。マルチカム迷彩のコンバットシャツとコンバットパンツの上にオリーブドラブの空軍ジャケットを羽織ったスタイル(コイツ私服持ってないのか?)で私と冒険者たちの間に割って入るなり、狼の尻尾を楽しそうに振り始める。
狼というよりは犬みたいだコイツ。
「な、なんだお前ッ!」
「外野は引っ込んでろボケッ!!」
いきなり仲間を蹴り飛ばされて怒り狂った片割れが殴りかかってくるが、しかしラウルは動じない。両腕をまるでヘビのように相手の腕に絡みつかせるや、そのままヒグマみたいな体格の冒険者を背負い込むようにして見事な一本背負い。石畳でキッチリと舗装された地面に、冒険者の背中がハンマーさながらに叩きつけられる。
「カハッ……!?」
『¡No entiendo lo que dice Ilaina!(僕イライナ語分からないよー!)』
たぶん母語なのだろう、それはそれはもう綺麗なスパーニャ語で言語の壁の存在を悲痛にアピールしつつ投げ飛ばした冒険者の顎に拳を叩き込んで昏倒させるラウル。
キッチリトドメ刺していくの容赦ないなコイツ。
残る1人がラウルを相当の脅威と捉えたらしい―――腰に下げていたクロスボウを取り出して構え始めた。
おいおい正気か? こんな居住区の片隅で飛び道具を使うなんて。それもこんなガキみたいな喧嘩を発端として武器を使うなんて恥ずかしくないんか?
どうすんのコレ、と思いながらラウルの方を見ると、彼女は躊躇う事なく走り出した。
「ぶっ殺してやる!」
『¡No puedo entender lo que dices!(なんて言ってるか分からないよー!)』
勢いのままに突っ走りながらスライディング。鞭のように右足を薙ぎ払って相手の脚を刈り転倒させ、そもそも発射すら許さない。
そして仰向けに倒れた相手に馬乗りになると、ものすごく楽しそうに笑いながら―――まるでその、暴力行為を心の底から愛しているかのような顔でひたすら相手の顔面を殴り始めた。ガッ、ガッ、と拳が叩きつけられる音が路地裏に響き渡る。
殴打を続けること2分くらい。飽きたのか、ラウルはゆっくりと立ち上がって相手に唾を吐きかけた。
うわぁ……アレ骨逝ってるんじゃないの?
『...No saques un arma(”ハジキ”なんか出すな)』
「あ、ああ……」
気付いてた?
ふぅ、と充実したような表情から一転、シリアスな表情になるなり流暢な(そりゃ母語だからか)スパーニャ語で語り掛けてくるラウル。いったい何時から見ていたのかは分からないが、私がこの3人組をガバメントで黙らせようとしていた事には勘付いていたらしい。
……それを考えれば、私もあのクロスボウ出した奴と思考回路は同じか。己の未熟さを恥じながら両手を掲げ、何もしないよという事をジェスチャーで伝える。
「その……ありがとう」
「ん? ああ、気にすんな。女が1人で歩いてりゃあこうもなるさ」
スパーニャ語で礼を述べた直後だった……ぐぅ、と空腹に耐えかねた腹の音が鳴って思わず顔を赤くした。
そう言えば、何も食べてない。
それもそうだ。冒険者としての収入は殆どカシウスに持っていかれるし、最悪報酬の分配すらない時だってある。何度あの男の後ろから撃ってやろうかと思った事か。
でもそれは出来ない―――巫女は転生者に逆らえない。
そういう風に作られているから。
だから最近口にしたものと言えばカビの生えたパンに傷んだ野菜……腹を壊さずに食事を終えた事など、殆どない。
おまけに財布の中もほとんど無い。さっき買った日用品で中身は使い果たした。
正直、カシウスに内緒で1人で仕事をするか、最悪の場合身体を売る事も考えた。
「ついてこいよ」
「え」
「俺もこの辺詳しくないけど、聞いた話じゃあ魚料理が絶品らしい」
なっ、と屈託のない笑みを浮かべるラウル。
気が付けば私の足は勝手に歩いていて……彼女の後について行っていた。
分からない、よく分からない。
彼女は私の担当の転生者じゃない。むしろ、殺すべき敵である筈。
けれども何故なのだろう、どうしてなのだろう。
こんなにも、自分の担当の転生者なんかよりもよっぽど―――安らぎを覚えてしまうのは。
濃厚な魚の旨味が身体の奥底へと突き抜けていくのを感じながら、ラウル君は満足していた。
良いねシーフード。港町に来たって感じがして非常に良い。しかもこの店ではその日のうちに水揚げされた魚しか使わない拘りようらしい。結局、料理はどれだけ拘っても構わないのだ。「料理は愛情」とはよく言ったものだが、それはつまり食べる人に向けた無数の配慮と拘りを表す言葉でもあるのだと再認識させられる。
さて、イライナの最南端にある港町”アレーサ”では『ウハー』と呼ばれる魚のスープが名物とされている。魚の切り身で出汁をとってレモンやライム、スパイスを加えて野菜と一緒に煮込むのだ。
濃厚な旨みと爽やかさが同居する深皿1杯分の幸福、それがウハーである。
「いやー、助かったわ。俺イライナ語喋れなくて」
「そう……うん、良かったな」
フルール、と名乗った彼女はどこか不機嫌そうだった。最初の頃はちょっと誘い方が強引で振り回しちゃったかな、と自分の配慮の至らなさを恥じたけれど、よくよく観察していたら何となくわかってきた……この子、ストレートな感情表現がちょっと苦手らしい。
褐色の肌にややクリーム色っぽい色合いの銀髪が映えるシスター服姿の少女、フルール。瞳の色は紅く、ケモミミは黒いヴェールで覆われているので分からないけれど、シスター服から時折ひょっこり出てくる尻尾のやや黒ずんだ毛並みと形状からおそらく”キンイロジャッカル”の獣人である事が分かる。
「熱いうちに食べた方が良いよ、コレ冷めたら美味しくなくなる奴だ」
「……いただきます」
スプーンを手に取り、恐る恐るウハーを掬い取って口へと運ぶフルール。
口にすると、不機嫌そうな表情は一瞬で吹き飛んだ。
「……美味しい」
「だよな?」
メニュー表を手に、彼女に見せた。
「俺イライナ語読めないけど、他に食べたいものあったら遠慮せずにどんどん注文して」
「え……でも私そんなお金持ってない」
「いいよいいよ、俺が払うから」
そう言いながら店員さんを呼び、料理の写真付きのメニュー表を見せて焼き魚っぽい奴とパイを注文。それからフルールが気になっていた串焼きみたいなのも注文しておく。
彼女の方をチラリと見るが、まあまだ警戒しているようだ。
そりゃあそうだよな、とも思う。
胸に下げているメダリオンを見れば分かる―――クラルテが所持しているメダリオンと全く同じデザインの、太陽を象ったデザインのものだ。転生者専属の巫女たちが”マザー”から贈られる代物である。
それはつまり、フルールもまた誰か他の転生者の専属巫女である、という事である。
街中で初めて出会った知らない奴が、暴漢から助けたとはいえいきなり食事に誘ってきたともなれば警戒もするだろう。もしかしたら彼女は俺の正体が転生者である事にも気付いているのかもしれない。巫女はマザーのデータベースを参照する事で転生者のスキルやプロフィールを自由に閲覧できるからだ。
それはそうだが、俺としても彼女を無視できない理由がある。
ウハーが気に入ったようで、お腹が空いていた事もあってどんどん食べる彼女を見守りながら思った。
―――さっき、シスター服の翻った下から覗いた褐色の腕には幾重にも痣のようなものが浮かんでいた。
それだけじゃあない。歩き方や仕草、そして相手の視線と合わせないようにするような目線の動きを見れば、彼女がどういう待遇を受けているのかが手に取るように分かる。
目立たないように、相手に目を付けられないように―――陽の光の当たらない場所で細々と過ごしているようなそれは、日常的に暴力を受けている人の仕草でしかないからだ。
そしてさっき見えた痣で確信した。彼女は日常的に暴行を受けているのだ、と。
仕事で受けたものか、それとも担当の転生者から受けているものか。
そしてもう一つ、確信した事がある。
さっきの暴漢たちに向けていた彼女の殺気と、あの時俺に向けられた殺気―――クラルテを庇う直前に感じたそれが見事に一致しているのだ。さながら急所を的確にナイフで刺しに来るような殺気は、紛れもなく彼女のものである。
おかげで頸椎を痛くしたわけだが……まあ、こんな境遇の相手に「よくもやりやがったなコノヤロウ!」と復讐に走るほど俺は器の小さい男じゃあない。
いいんじゃねえか? ちょっとくらいは。
辛い毎日を忘れる事くらい。
ロザリー「……浮気よねアレ」
クラルテ「うふふふふふふふ」
クロエ「おやおや仔犬ちゃん……?」
ヴォイテク「何か艦内の湿度上がってない?」
ソコロフ「アレ俺加湿器置いたっけ」




