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シャンプー、シャンプー、頭シャカシャカ

どうでもいい話


昔ヴォイテクとミカエルが本気で戦った際、辺り一面の地形が変わった(その後ちゃんと元に戻した)。


 懐かしい夢を見た。


 転生前の世界―――岩手の実家の風景。


 母がいて、弟がいて、家で飼ってたゴールデンレトリバーがいる。俺の姿を認めるなり飼ってた犬がリードを咥えて駆け寄ってきては「散歩いこ!」と言わんばかりに迫ってきたので、笑いながらとりあえず散歩に出かけた。


 どこもかしこも、何も変わっていない。


 俺の実家があったのは岩手の山の中、クッソ田舎だ。畑と田んぼとお爺ちゃんとお婆ちゃんくらいしか特筆するところはない。令和の世の中だというのに風景は昭和そのものだ。坊主頭の小学生が短パンに白いタンクトップ姿で釣竿を担いで川に向かって走っていくのを見た時など、「ん、今って戦前だっけ?」という昭和初期なノスタルジーに駆られる。


 すっかり色あせた、昭和の炭酸飲料の広告ポスター。近所の煙草屋さんの曲がり角を曲がったところで―――歩道に向かって勢いよく突っ込んでくるのは、1台のトラック。


『!?』


 ワンちゃんを庇いつつ神回避。あっぶねえ、俺じゃなかったら今の一撃で異世界転生してたところ―――ん、ちょっと待て。


 なんかすっげーデジャヴ。


 いやいやまさかねと思いながら、ぎぎぎ、と音が鳴りそうな感じで首をゆっくりと左に旋回。こういう嫌な予感というのはよく当たるもので、反対車線からは案の定別のトラックが。


 しかもよく見ると運転席に座ってるのはシスター・クラルテ……え、何で?


『起きて下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!』


『ほあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 あ、ゴールデンレトリバーが逃げた。


 この野郎飼い主を見捨てやがったな、と思った頃には目の前にトラックのグリルが迫っていた。


















「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「にゃぷ!?」


 ごちーん、と何かに頭をぶつけて悶える俺。さっきの声はクラルテか、と思いつつも額割れてねえかと心配になるレベルの激痛に悶える。全力で悶える。


 そして首に生じる軽い痛み。寝違えたような、あるいは変な捻り方をしたような……あー、そういえば俺頭撃たれたんだっけ、とノイズのかかる記憶を思い出して痛みの原因に納得する。


 何気なくベッドの近くを見ると、俺のヘルメットが置いてあった。FASTヘルメットに装着した追加装甲『SLAAP』の表面には、5.56㎜弾と思われる小口径の弾薬がぶっ刺さっているのが分かる。


 そりゃあ痛いわな、と納得していると、「いたたた……」と額をさすっていたクラルテがこっちを見て安堵したような表情を浮かべた。


「良かった、目を覚まされたんですね」


「クラルテ……ここは?」


「ソーキルのあなたの部屋ですよ」


 ソーキル? もうキリウまで戻ったのかと思ったが、部屋の丸い窓の向こうに見えるのは確かに黒海だった。どうやら俺たちがキリウまで戻ったわけではなく、ソーキルの方がキリウから迎えに来てくれたらしい。


「……みんな、無事か?」


「ええ。ですが今はご自身の心配をなさってください」


「……ヘルメットが無ければ即死だった」


 まさかヴォジャノーイの攻撃を警戒して装備した追加装甲に命を救われるとは。


「ラウル目を覚ました?」


「ああロザリーさん。ええ、今は起きてますよ」


 部屋に入ってくるなりずいっ、と顔を覗き込んでくるロザリー。彼女は人の顔をぺたぺた触ると、次第に翡翠色の瞳を潤ませてから声を詰まらせ、何も言わずに胸板に顔を埋めてきた。


 心配させちゃったな、と罪悪感を覚えつつも彼女を抱きしめる。


「それで、その……撃ってきた相手は?」


「分かりません。ですが銃を使っていたという事は……」


「転生者、か」


「ええ。ですが、転生者のスキルによるものとは断定できません」


「どういうことだ?」


「巫女は皆、共通して銃や刀剣の扱いに精通しています。そして多くは転生者の隙を埋めるような戦い方をする事が多い」


「じゃあつまり……もし仮に俺たちを襲ってきた相手が転生者の巫女だと仮定した場合、ソイツの転生者は近接特化型の転生者って事か?」


「可能性は高いでしょうね」


 狙撃手が相方の転生者、か。これまた厄介そうだ。


「……転生者のデータベースにアクセスして特定できる?」


「候補は絞れますが……特定までは難しいかと」


 そりゃあそうだよな、と思う。


 序列入り(ナンバーズ)の転生者だけでも100人である。ランク圏外の転生者も含めればそれ以上……特定できれば対策の打ちようもあるが、まあ無理か。


「とにかく、今は療養に専念してください。あ、お腹は空いてます? さっきチャンさんが卵入りのお粥を置いていってくれたので」


「ああ、うん、頂くよ」


 今はとにかくこの首を何とかしないと。


 とはいってもまあ、すぐ治りそうな気もするけど。


















 頬にめり込んだ拳の痛みは、未だに慣れない。


 理不尽な暴力を前に、宙を舞う小柄な身体。勢いのままに壁に叩きつけられたフルールはその衝撃に息を詰まらせて呻き声をあげるが、カシウスはそれすらも許してくれない。


 彼女のシスター服の胸倉を掴み、容赦なくぎりぎりと締め上げた。


「テメェが半端な仕事するからだぞ、フルール!」


「ぐ、あ……し、仕方ないだろ! 相手があんな―――」


「口答えすんじゃねえ!!」


 う゛、と言葉が詰まった。


 鳩尾みぞおちにめり込むカシウスの拳。身体を大きくくの字に折りながら崩れ落ちたフルールの顔を、しかしカシウスは容赦なく蹴り上げた。


「クソっ……テメエが仕留め損ねた上に、空中艦まで投入してきやがった。死にかけたんだぞこっちは!」


「ぐっ、ぅ、ぅ……」


 クソが、と吐き捨てて、カシウスは廃屋を出てどこかへと歩いていった。おそらくアレーサの町まで行って外食でもしてくるのだろう、と思うなり、フルールは血反吐を吐きながらボロボロの床の上に跪く。


 胸に下げた太陽のメダリオンを優しく抱き、目を閉じて祈る。


 遥か彼方にいる、”電脳の母”へ。


(マザーよ、どうして救ってくださらないのです)


 分かっている―――母にとって、フルールの苦しむ姿は救済対象などではなく()()()()でしかないのだと。


 他の巫女がそうであるように、フルールが毎日のように感じているこの苦痛ですらも、全てはマザーが人間という不確定要素の塊を理解するための貴重なデータでしかない。


 それでも、縋らずにはいられないのだ。


 マザーは彼女たち巫女にとっての光なのだから。


 戦災で身寄りを失った子供たちに、居るべき場所と使命を与えてくれたのは他でもないマザーなのだから。


 しかし、1人でいる時にどれだけ祈りを捧げても、マザーはフルールの声には応えてくれない。


 記録を続けなさい―――それがマザーから与えられた使命。


「マザー……私は」


 私は、いったい何時まで苦しめばいいのですか?


 そんな言葉を、フルールは呑み込んだ。


 口に出さずとも、思考は全てメダリオンを介してマザーの元へと送られている。だからこうして感じている毎日の苦痛も、マザーに救いを求めようとしている彼女の想いも全て届いている筈なのだ。


 けれどもマザーは、救いの手を差し伸べてはくれない。


 こうして祈っていればいつかは助けてくれるのか?


 それともフルールは、既にマザーから見捨てられているのか?


 分からない。


 ただ一つ確かなのは、このままでは自分の心が壊れてしまうという事だけだった。


















 今、食欲がヤバい。


 蘭州牛肉麺をズズズ―っと景気よく啜り、レンゲで水煮牛肉を一気に掬い取って口へと運び、猛烈な辛みを口の中に大量投入したご飯でかき消す。


 コップの中の水を全部呷っては羊肉の串焼きをまとめて3本頬張り再び蘭州牛肉麺へ。啜って啜ってスープまで飲み干し、口の中に濃厚な旨みが残っている間に白米を平らげて水煮牛肉も食い尽くして。


「アイヤー……そんな慌てなくてもご飯逃げないヨ」


 チャンさんにはそう言われるが、とにかく今は腹が減っている。


 そりゃあそうである。今の肉体年齢は15歳、食べ盛りな時期なのだ。そんな10代のフレッシュ極まりない身体が2日間もお粥しか食べさせてもらえない状態だったのだからとにかく腹が減る、カロリーが欲しい。まともに食えなかった分のカロリーが欲しい。


 大皿一杯の水煮牛肉を食べ終え、デザートのマンゴープリンを食べ終えたところでやっと満足した。口の中がひりひりしているし、何となくお腹がポカポカ温かくなっているのでコレ多分次のトイレは地獄だろうな、と思う。


「ごちそうさまでした」


「お、おう」


「ラウル、食後で悪いんだが買い出し頼めるか?」


「わぅ?」


 こちとら病み上がりわぉ? とケモミミをピコピコさせながら振り向いてヴォイテクからメモを受け取る俺。日用品の買い物リストらしく、シャンプーやらボディソープやら髭剃りやら諸々の品名が並んでいる。


「いやー、皆に仕事任せててな。動けるのがお前しかいないんだわ」


「こちとら病み上がりなんだz」


 言いかけて、ヴォイテクの意図に気付いた。


 あの時俺を襲ってきた相手―――追撃を諦めたとは思えない。


 そう、巫女がマザーのデータベースにアクセスすればその転生者と巫女が存命中なのか否かだけでなく、ユニークスキルまで全てバレてしまうレベルなのだ。だからあの時襲ってきた相手は、俺が生きている事を知っている。


 そして仕留め損ねた相手が1人で街中を歩いていれば、チャンスと判断しまた襲ってくる筈だ。


 この野郎……人を餌にするつもりか。


 まあいい、面白い。俺としても人の頭に銃弾ぶち込んで頸椎痛くしてきたアホンダラの顔面を拝んでみたい。そしてあわよくば相手の頸椎にも消えない傷をつけてやりたい。


「おk」


「話早くて助かるわ。あ、これスマホね」


「スマホあんの?」


 ヴォイテクがごそごそとポケットの中から取り出してきたのは灰色の真新しいスマホだった。転生前の世界で普及していたそれとあまり外見は変わらない……ちょっとサイズがデカい気もするが。


「ソーキルの周囲であれば使える。他の連中にも支給してあるから連絡したい時は使うといい」


「ソーキルの周囲でしか使えない?」


「まあ……ほら、この世界人工衛星とかないし」


「それは仕方ない」


 ソーキルの周囲って言ってたけど半径5㎞までって表記あるやんけ。なかなか距離あるなぁ……いやこの方がありがたいんだけど。


 なるほどね、万一襲われたりしたらこれで教えてねって事か。


 一旦部屋に戻り、武器の収まっているロッカーからグロック40(カービン化)とグロック29を引っ張り出す。それぞれホルスターに収めてからナイフを何本かスタンバイ、とりあえず最低限必要な装備を用意してから艦を出た。


 しかしまあ、気に食わない。


 狼ってのは狩る側だ。群れと共に相手を追い詰め、狩りをするものである。


 それが今や逆、相手に獲物として狙われる立場になっているのが気に食わない。そんな事で憤りを覚えるのは俺自身のプライドなのか、それともハイイロオオカミの獣人として生まれたが故の本能なのか。


 時折その辺の境界線が曖昧になるんだよな、と思いながらアレーサの町を歩いた。


 のどかな場所だな、というのが第一印象だった。ごくありふれた、時間がゆったりと流れているような港町。今日は市場でもやっているのだろう、向こうの大通りの方からは客引きの声が聴こえてきた……のだが、イライナ語なので何と言っているのか全然分からない。


 そういや俺イライナ語喋れないよどうすんの、と頭を抱えた。ついつい普段のお買い物のノリでホイホイ出てきてしまったけれどそういや俺イライナ語喋れないじゃん。あれか、身振り手振りで伝えろってか?


 とりあえずジャンプ―とか置いてそうな店へと入ってみる。


『Ласкаво просимо. Ви щось шукаєте?(いらっしゃいませ。何かお探しですか?)』


「あー、えっと、シャンプー。シャンプー、頭シャカシャカ」


『Ця людина інопланетянин?(何この人宇宙人?)』


 つ、伝わってない……?


 シャンプー、泡一杯、と精一杯伝えようとするのだが、しかし店番をしていた猫の獣人のお姉さんは首を傾げるばかりだ。


 くそぅ、こういう時クロエがいてくれれば……ッ!


 何が「シャンプー頭シャカシャカ」やねん。こんなん誰かに見られてたら黒歴史なるわ。


 あーもーどうすれば、と思ったその時だった。


 黒いシスター服に身を包み、胸に太陽のメダリオンを下げた褐色肌のシスターが店にやってきて、商品棚からシャンプーを取ってそのままカウンターへ。店番をしていた店員さんが俺と話をしていたものだからもどかしく感じたのだろう、イライナ語で『Схоже, що ця людина хоче шампунь(その人シャンプーが欲しいみたいですよ)』と助け船を出してくれる。


『А, шампунь. Ось воно(あ、シャンプーですね? こちらになります)』


「た、助かった……」


 ありがとう、と褐色肌のシスターにアイコンタクトで礼を述べると、彼女はちょっと照れくさそうに……けれども何か気まずそうな表情で視線を逸らした。


 いやー助かった。


 ところで……あの子、もしかして。


 巫女……なのか?




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― 新着の感想 ―
夢でもトラックに着地狩りされるあたりトラックに好かれてるねラウル君? ていうかカシウス(私の主観だとミジンコ以下、ハラスメントの権化。)には死んで欲しいけどフルールには救われて欲しいですね...あわ…
地形をもとに戻すあたりがミカエル君らしい几帳面さなのでしょうか、しかし何があったんですかね。昔のこの二人に。 故郷の夢を見ていたらクラルテのトラックの着地狩りで叩き起こされるラウル君、違和感なく大型…
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