狙撃手
どうでもいい話
訓練兵時代、クラルテは教官のクラリスと腕相撲で勝負し、決着がつくより先に机の方を破壊してしまった事がある。
何が起きたのか、私の頭が理解を拒んでいるようにも思えました。
一瞬の出来事だったのです。いきなりラウルさんに突き飛ばされ、彼女の真意を理解するよりも先に一発の弾丸が、彼女の頭を直撃したのは。
これまで何度も目にしてきた光景でした―――撃たれた人間というのは、アニメや映画のように「撃たれた」という事が分かるような大げさな倒れ方はしません。まるでいきなり貧血に襲われたかのように、何の前触れもなくふらりと倒れるものなのです。
ラウルさんも同じでした。まるで糸が切れてしまった操り人形のように、あるいはバッテリーを使い果たしたロボットのように、力が抜けたかのように崩れ落ちていったのですから。
「ぁ―――」
声にならない声。
担当の転生者の死という事実を受け入れるよりも先に、厳しい訓練を受けてきた身体は先に動いていました。
ラウルさんの頭の揺れ方から弾丸の飛んできた方向を大まかに計算、左手をポーチに伸ばしてスモークグレネードを取り出し、安全ピンを引き抜いてそれを投擲。少々風が強いので遮蔽効果は限定的でしょうが、丸裸よりはマシなはずです。
ラウルさんの身体を引き摺って近くの倒木の影へ。ユリウスさんはというとルサールカの死体を盾にしながらAPC-10のフルオート射撃をひとしきり放って相手の出方を窺っているようでした。
「ラウル……!?」
倒木の影にスライディングで滑り込んでくるなり、ロザリーさんがラウルさんの肩を掴んで身体を揺さぶろうとしました。それを手で制すると「何するのよ!?」と言わんばかりの勢いで睨みつけられましたが、そんな事は関係ありません。
担当の転生者が撃たれたというのに、あまりにも冷静である事に自分でも驚いていました。これもマザーの調律のおかげなのかもしれません。ですが、そんな自分もまた恐ろしいなと心のどこかで思いました。ロザリーさんの反応のほうがよっぽど人間らしい―――私のそれは、感情よりも合理を優先した冷たいものだったのですから。
幸い、出血は確認できませんでした。
弾丸はラウルさんのヘルメットに装着した追加装甲―――”SLAAP”にめり込んでいました。理論上は7.62×39㎜弾も防いでくれるその装甲のおかげで、ヘッドショットはされども貫通はしていなかったのです。大丈夫、この人は生きている。
「気持ちは分かりますがあまり首を刺激しないでください」
「何でよ!」
「被弾の衝撃で頸椎に損傷があるかもしれません。身体を揺さぶれば余計に痛めてしまうかも」
「っ!」
ハッとしたような顔をするロザリーさん。状況を理解したようで、すぐに先ほどのような怒りの感情は鳴りを潜めていきました。
両手をかざし、そっと静かに魔力を放出。手のひらの先に黄金に輝く輪が三重に展開され、幾何学模様がラウルさんの首にも浮かび上がります。
やはりそうです、被弾の衝撃で頸椎を痛めているようでした。
無理もありません―――頭を撃たれたのです。弾丸が貫通していなくても、その衝撃がいったいどこに牙を剥いているか分からない。人体とは頑丈に思えて、しかし予想以上にデリケートなのです。
これならヒールを使うまでもないと判断し、ファーストエイドで頸椎の痛みを取り除きます。
う、と呻き声を発し、ラウルさんが目を開けました。
「ラウル!」
「……み、みんな無事、だな」
自分の事が気になるでしょうに……一番最初に出てきた言葉が仲間を気遣うものである事に、私はちょっと驚きました。
この人、攻撃的に思えて本当は優しい人なんだなって。
だからこそ死なせてはならないと強く思いました。
転生者として。
1人の人間として。
起き上がり銃を手にしようとするラウルさんに「ダメです、じっとしてください」と告げ、意識を取り戻した彼女の介抱をロザリーさんにお願いしました。
敵はおそらくスナイパーです。スラグ弾を装填したショットガンなどでは到底立ち向かえる相手ではありません。
M60E6を手に、倒木の影から勢いよく飛び出しました。パチン、と枯れ枝をへし折るような甲高い音が足元で弾けます。
―――狙われている。
それはそうでしょう、そうなのでしょう。負傷者を瞬時に治療し戦列復帰を可能とする治療魔術師は相手からすれば真っ先に排除するべき存在。先ほどの魔力反応も察知されているかもしれません(こればかりは魔力感知能力の鈍い相手である事を祈るほかありませんが、私を狙ってきた辺りそれは違うでしょう)。
タタタタッ、とAPC-10を撃ち続けているユリウスさんに「撤退します」とハンドサインを送ります。死体処理も肉の確保も不十分な状態での離脱は不本意ですが、命あっての物種です。私たちの命よりも、またいつか討伐のチャンスがある魔物の肉の方が価値が重いだなんて事はヴォイテクさんも思わないでしょう。
敵がいるであろう方向に、M60をひとしきり撃ちました。大きく仰角を付けての制圧射撃。当たってくれるならば一番ですが、そうでなくとも周囲への被弾に脅えて狙撃の継続を断念、士気を挫く事を企図した射撃。弾数の多い機関銃であればより効果が高いそれを継続して行い、ユリウスさんの後退を支援します。
タラララッ、とクロエさんもFA-MASで制圧射撃に加勢してくれました。大量の弾丸が敵の狙撃手のいるであろう方向へと降り注ぎ、それっきり狙撃手からの狙撃は止まります。
断念して撤退した……わけではないようです。
おそらく狙撃地点を移動しているのでしょう。良いアングルについたらまた撃ってくる。時間的猶予はありません。
一刻も早く撤退しなければ。
「……当たった」
UPR-15のボルトハンドルを引き、次弾を装填しながら”フルール”は小声で告げた。
5.56㎜弾による狙撃とはいえ、頭に当たったのだ。今回の標的となった転生者―――ラウル・エルマータはもう終わりであろう。
ヘルメットを着用していたが、防御力よりも機能性と重視し最低限の防護しか持たないFASTヘルメットだった。あれに5.56㎜弾を受け止める機能はない。それこそ追加装甲で防御力をプラスしていない限りは、だ。
「よくやった」
後ろで腕を組みながら見ていた竜人の転生者―――『カシウス・アルギウス』は満足げに頷いた。
これでいい、これでいいのだ。
「んで、フルール。俺の今の序列に変化は?」
「……変化なし」
抑揚のない声でさらりと言うフルールについては何も感じない。理不尽な扱いに対するせめてもの抵抗なのだろうが、所詮は巫女である。転生者とは関係な上下関係にあるのだ。
それよりも気に障ったのが、確実に殺したはずなのに序列に変動がない事である。
転生者の序列―――100位圏内のみが名乗ることを許される”ナンバーズ”としての序列に変動がない。これはどういうことか。
序列は自身の戦闘能力やこれまでの実績などを考慮し総合的な判断の下に変動する仕組みとなっている。例えば魔物討伐数や依頼の達成回数なども評価の対象となるが、最も大きく変動するのは”転生者の討伐数”である。
手っ取り早く上に上り詰めるならば、転生者を殺すのが一番なのだ。
だからカシウスは転生者を狙っていた。あるいは腕利きの冒険者や魔術師など、”力”を持つ者を優先的に、だ。
巫女による討伐も転生者の手柄としてカウントされる関係上、狙撃手として高い適性を持つフルールは好都合だった。特に今回のような、高い感知能力を持つ獣人の転生者が相手ならば。
しかし序列に変動がない―――仕留め損ねたのか、と思った次の瞬間だった。
パチチンッ、と周囲で枝が折れるような音が弾ける。制圧射撃だ。敵の転生者の仲間が、こちらの射撃位置を大まかに特定して反撃してきたのである。
到底当たるものではないが、しかし当てずっぽうだと分かっていても心臓には悪い。もしかしたら居場所が割れているのではないか、という疑惑すらある。
「おいフルール!」
何をやってる、と悪態をつきながら、カシウスはフルールの肩を掴んでギリギリと力を込めた。すらりとした彼女の肩の骨が軋み、小さな褐色の手が抗うようにカシウスの剛腕を掴むが些細な抵抗にすらなりはしない。
「てめえ、ちゃんと仕留めたのか!」
「し、仕留めたっ! 頭に当たったんだ、間違いないっ!」
「チッ」
手を離し「使えねえな、てめえは!」と罵るカシウス。骨を握り潰されかけた痛みに耐えながらも、フルールは再びUPR-15のスコープを覗き込んで発砲。制圧射撃をかけてくる相手のシスター……クラルテを狙い狙撃する。
カシウスには仕留めたと報告したフルールだったが、しかし標的の転生者―――ラウルの他の仲間たちが射撃を継続しているのを見て、仕留め損なった事を悟った。
基本的に、ああいった兵器を召喚するユニークスキルを持つ転生者の場合、転生者が死亡するとそのスキルで召喚された兵器類は全て消滅するものだ。銃器類を”マザー”から支給される巫女は例外だが、それ以外の仲間が射撃を継続しているという事は恐らくそうなのだろう。
マザーの提供するデータベースにアクセスしてみても、ラウルはまだ生きている事になっている。
ヘルメットに何か追加装甲を装備していたのか、それとも当たり所が良かったのか。
グォォォン、と重々しいエンジン音。空から投げかけられる巨大な影に天空を仰いだフルールは、その赤い瞳に映った巨体を見て息を呑む。
空中艦だ―――”3199”というハルナンバーが記載された、ナイフのように切り立った舳先。前部甲板にはその船体に見合わぬ巨大な方針が2門、前方に固定する形で装備されている。
直後、連装砲が火を噴いた。
「砲撃開始だ。初手から効力射、とにかく撃ち続けろ!」
急降下するソーキルの艦橋の中、ヴォイテクは伝声管に向かって命じるなりすぐにダイブブレーキを展開して艦を減速させた。バクンッ、と装甲がエリマキトカゲの如く展開、急降下するソーキルを空気抵抗で一気に減速へと転じさせる。
主砲が火を噴いた。
20.3㎝連装砲が矢継ぎ早に火を噴く。
標的がどこにいるか、ヴォイテクにも、そして砲塔に詰めているソコロフにも分からない。しかし図らずもクラルテの制圧射撃が―――彼女のM60に装備された特注の200発ベルト、その中に5発に1発の割合で含まれていた曳光弾が敵の狙撃手の大まかな位置を教えてくれたのだ。
さすがにルサールカを含んだヴォジャノーイの肉を50体分も持ち帰るのは難しいだろう、とソーキルでアレーサまで迎えに来たヴォイテクたち。しかしいざ現場に向かってみればろくでもない事態に巻き込まれており、相変わらずラウルはトラブルを呼び寄せる体質なのだと思う一方で、彼女の身を案じてもいた。
5発、6発、7発。
協商連合による改修で速射砲と見紛うほどの装填速度を手に入れたソーキルの主砲。しかしいつまでも砲撃を継続するわけにはいかず、艦を上昇に転じさせる。
「爆弾投下!」
《ウェポンベイには2発しかありません》
「枯れ木も山の賑わい! なんでも落とせぇッ!!」
ゴトッ、と固定具が外れた。
ソーキルの腹にあるウェポンベイから、非常時に備え積み込んでいた2発の爆弾が緊急投下。軽くなった艦が上昇に転じるなり、その腹の遥か下で2つの爆発が連鎖する。
艦をホバリングモードに切り替えさせながら、ヴォイテクは思った。
相手がいくら凄腕の狙撃手だろうと、空中艦を相手にするほどのバカではあるまい―――序列2位の転生者として言わせてもらえば、いくらユニークスキルを持つ転生者だったとしても、空中艦1隻の火力には到底及ばないものだ。
今の砲撃で死んでいれば良し。そうでなくとも、ソーキルの威容を前に撤退してくれればいいのだが。
狙撃手がいるであろう方角とラウルたちのいる場所の間に割って入るようにソーキルを着陸させるなり、艦長席の脇に用意していたAKMを拾い上げた。ハンドガード下にはポーランド製40㎜グレネードランチャー『wz.1974 パラド』がマウントされている。
そのまま環境を後にし、格納庫へと向かった。ハッチを解放して周囲を警戒しながら外に出るなり、ラウルを背負って走ってきたロザリーを艦内へと迎え入れる。
「ラウル!」
「大丈夫、ヘルメットのおかげで無事よ」
「……」
今まで彼女があんなにもぐったりした様子を見せた事があっただろうか。
安堵しつつ、艦の外に出てとある一点を見つめた。
切り立った岩山の上―――そこに、スナイパーライフルを構える小柄な獣人の少女がいる。
―――俺とやるか?
声に出さずとも、その気迫は相手にも伝わったらしい。
あからさまに怯えるような気配を最後に、狙撃手の姿は岩山の上から消え去った。
UPR-15
AR-15の改造キットの1つ。AR-15のアッパーレシーバーを交換する事で高精度のボルトアクションライフルにする事が可能。またボルトがバッファーチューブの中を前後するためスコープを覗いたままの素早いコッキングが可能とメリットが多い。
5.56㎜弾(.223レミントン弾にも対応)の他、.300BLK弾や6.5㎜グレンデル弾などの口径にも対応。AR-15の操作性と高精度を両立した銃と言える。
今回フルールが使用していたのは5.56㎜仕様。比較的短距離での狙撃を想定していた事が分かる。
wz.1974 パラド
ポーランド製の40㎜グレネードランチャー。ポーランド仕様のAKクローンである『wz.88 タンタル』の他、ソ連本国仕様のAKMにもそのまま装着する事が可能。またAKに装着したアドオンでの使用の他、単品での使用も想定した『パラド-D』と呼ばれるモデルも存在する。




