泥濘の女王、ルサールカ
転生後ラウル君についてのみんなの証言
・ものすごくストイックで努力を欠かさない子だった(マチルダ先生)
・おやつとかごはんを分けてくれた(孤児院の子供たち)
・顔面が変形するくらい殴られた(村のいじめっ子)
・生ASMRで性癖を破壊された(エミリオ)
・ボコボコにされた挙句前歯を折られた(酒場で殴られた冒険者1)
・アイツすっげえ強いんだけと何?(酒場で殴られた冒険者2)
・実はラウルさん、お風呂上がりの3分間だけふわもこになる瞬間があるんです(クラルテ)
・ラウルきゅんハァハァラウルきゅんハァハァ(ロザリー)
・妹の処女を奪ったその時がお前の最期だ(ユリウス)
・仔犬ちゃん可愛いよ仔犬ちゃんハァハァ(クロエ)
・俺の方が可愛いし(ミカエル)
・ご主人様ハァハァ(クラリス)
ごう、と泥の塊が突き抜けていく。
あんなのを叩きつけられたら「痛い」では済まないだろうな、と思う。イライナの泥は水分を含んでいてとにかく重く、そして粘度が高いのだ。それをあんな直系2mくらいの塊で、投石器みたいな勢いで投げつけられたら人体なんぞ簡単に潰されてしまう。
そうじゃなくても身動きが取れなくなり、さしたる抵抗も出来ずにヴォジャノーイたちの餌食に……何とも笑えない最期とは言えないだろうか。
ズドドン、とMARS-Hを連続で発砲。7.62×51㎜NATO弾の猛烈な反動に肩を殴りつけられつつも、しかし目を見開いて標的をしっかりと狙う。
身長5mほどのサイズのルサールカ。カエルの巨人とも言うべき姿のその巨体に、3発ほど7.62㎜弾がめり込んだ。
『ヴォロロロロロロ!!』
傷つく女王を目にし、怒り狂ったかのように周囲のヴォジャノーイたちが吼える。
”近衛兵”とでも言ったところか。女王を守護する衛兵たちが、半数を残してこっちに向かい突っ込んでくる。
そんなヴォジャノーイたちの横合いから躍り出る黄金の影。
クロエだった。
巨大な針みたいな大型レイピアとマンゴーシュ(※左手に持つガード用のダガー)の二刀流を煌めかせながら一気に肉薄する彼女。先頭を進むヴォジャノーイがクロエの存在に気付いた事には、剣身が鞭の如くしなる勢いで振り払われた鋭い一撃がその首を刎ねていた。
後続のヴォジャノーイの噛み付きを躱し、逆に前に出る勢いで鋭い刺突を放つ。まとめて2体を串刺しにするなり、横合いから飛んできた引っ掻き攻撃をマンゴーシュの護拳で殴りつけるようにして受け流すクロエ。無防備になった人型カエルのどてっ腹に強烈な連続突きを叩き込んで蜂の巣にした彼女は、そろそろ引くべきと判断したようで離脱に移った。
彼女の翻す赤いマントを追うヴォジャノーイたち。しかしその一団を、後方のクラルテが放つM60の弾幕が呑み込んだ。
7.62㎜弾の理不尽な破壊力を叩きつけられ、手足を吹き飛ばされていくヴォジャノーイたち。
ヴォジャノーイには、他の魔物のような堅牢な外殻や強靭な骨格は存在しない。体表を覆っているのはぬめりのある表皮であり、そのぬるりとした体液もあくまで保湿のためのものだから防御力に関しては寄与しないのだ。物理攻撃を受け流せるだけの粘度も量もない。
だから連中はそれほど打たれ強いわけではないのだ。あくまでも脅威と見做されているのはその繁殖力と、イライナの泥濘という機動力を削がれるような環境でも関係なく自由に動き回れるという特徴ゆえである。
だからいざ真っ向からの殴り合いとなれば、よほど火力がない場合を除いては基本的に人類側が有利となる。
ドドン、とDP-12が吼えた。
2発のスラグ弾が立て続けに放たれ、ヴォジャノーイ成体の胸板から上が吹き飛んだ。散弾のような加害範囲はないが、至近距離に限っては恐ろしいストッピングパワーを誇る12ゲージのスラグ弾。ヒグマすら仕留めかねない一撃を喰らうなど考えたくもない事だ。
ジャキッ、とフォアグリップ付きのフォアエンドをコッキングして次弾を放つロザリー。ポンプアクション式であるが故に攻撃が途切れがちなロザリーの隙をカバーするように連続で射撃し、彼女への接近を許さない。
その時だった。
ボシュ、と何かが噴射するような音。
やりやがったな、と思った直後、頭上を何かが突き抜けていった。サジタリウスの矢の如く放たれたそれは泥沼から上半身を出した状態で戦いの成り行きを見守っていたルサールカの肩口を直撃。右腕を肩の付け根からごっそりと捥ぎ取り、泥濘の女王の悲痛な叫びを響かせる。
『ヴォア゛ァァァァァァァァ!!』
振り向かなくとも解る―――ユリウスだ。
タンデムHEAT弾を砲身後部から装填。後方を確認し仲間がいない事、そしてバックブラストの噴射を妨げる物体がない事を確認してから、彼は二度目の矢を放った。
ボンッ、と爆風が泥を舞い上げる。砲身後部から生じたバックブラストが柔らかい地表を深々と抉る。反動を相殺、あるいは軽減するためのものだ。多くのロケットランチャーや対戦車兵器にはそれがあるからこそ、戦車を撃破しうるだけの威力を持った弾頭を歩兵が携行できるサイズの発射機から発射する事ができるというわけだ。
ヴォジャノーイたちがユリウスに注意を向けるよりも早く放たれた第二の矢。次は狙い違わずルサールカの胸板を直撃した。ぬるりとした粘液に覆われた斑模様の表皮がメタルジェットに無慈悲にもぶち抜かれ、爆風が肉を焼いていく。
苦し紛れにバタバタと両腕を振り回すルサールカ。泥の散弾が周囲に飛び散り、直撃を受けた樹木が重みと運動エネルギーの勢いに耐えかねて倒壊する。
苦しみから逃れようと暴れるルサールカだが、しかしそんな事で激痛が消える筈もない。むしろ激しい動きは痛みを倍増させるばかりで、滅茶苦茶に投げ放たれる泥の散弾は俺たちを仕留めるどころか周囲の同胞を押し潰さん勢いで牙を剥いていた。
「うおうおうおうお!!」
「一旦距離を取れ!!」
言われなくても、と首を傾けて飛んできた泥の弾丸を回避。牙を剥き出しにして迫ってきたヴォジャノーイを足場にして大きくジャンプした直後、踏み台にしたヴォジャノーイが降ってきた泥の塊に押し潰されて絶命してしまう。
ガガガガガ、とクラルテの弾幕が空へと伸びていく。
ルサールカの放つ泥の砲弾たち。俺たちへと牙を剥く可能性のあるそれを空中で撃ち抜き、可能な限り砕いているのだ。さながらイージス艦に搭載されたCIWSのような勢いで迎撃するクラルテ。しかしそれも長くは続かず、特注の200発入り弾薬箱に収まっていたベルトを使い果たしたM60E6が沈黙してしまう。
当然、再装填している時間はない。そして真っ赤になった銃身を交換している時間も、だ。
彼女の代わりにはなり得ないが、今度は俺が迎撃を試みた。降ってくる泥の砲弾の中から仲間たちのいる方向に飛んでいくものを瞬時に選び出し、フルオートの指切り射撃で撃ち抜いていく。
MARS-Hが沈黙―――装填不良ではない、弾切れだ。
再装填ではなく武器を持ち替えた。カービン化したグロック40を構えるなり、迎撃を継続。仲間への攻撃を許さない。
その間に銃身の交換を終え、再装填も終わらせたクラルテ。M60の頼もしい銃声が再び響き渡り、泥の塊を迎撃していく。
再装填を終えたユリウスが、RPG-29を構えた。
次は決めろよ、という祈りが彼に通じたのかどうかは分からない。
ドフ、とランチャーが吼えた。
3発目のタンデムHEAT弾。真っ直ぐに伸びていったその一撃は、先ほどの攻撃が穿ったルサールカの胸板をまたしても捉えた。偶然なのか、狙ったのか―――ユリウスくらいのレベルになれば「狙った」と言っても驚かないレベルになるのだから、彼の技量は凄まじい。
一度吹き飛ばされた胸元に第二の破壊の刃を突き立てられたルサールカ。苦しそうな呻き声が一瞬、一際甲高いものに変わったのがはっきりと分かった。
きっとそれが、断末魔であったのだろう。
ぐらり、と巨体が揺らぐ。
水掻きの付いた両手で胸元の傷を押さえ、なおも暴れる素振りを見せたルサールカ。しかしすぐに力尽きたようで、そのままうつぶせに倒れて動かなくなった。
「やった……!?」
「兄さんナイス!」
「……」
念のため1、2発ほどルサールカの頭にグロックの10㎜オート弾を撃ち込んでみる。弾丸は表皮を貫通、肉にしっかりとめり込んでは粘液交じりの血を垂れ流す。
被弾しても痛みを感じている気配がない―――微動だにしない様子を見て、恐る恐る近寄った。
ぬるりとした身体に静かに触れて、脈がない事を確認。
「……みんな、お疲れ様」
笑みを浮かべて宣言すると、仲間たちの歓声が上がった。
「へー、これが珍味の」
斧に短い柄を取り付けたようなブッチャーナイフ(※家畜の身体を解体するための解体用ナイフ)でヴォジャノーイの脚をぶつ切りにしたロザリーは、断面から覗く淡いピンク色のそれをまじまじと見つめながらそんな感想を漏らした。
そう、あの寿司屋で堪能した炙り寿司の肉がこれである。
鶏肉のように淡白でありながら、一瞬だけ強烈に凝縮した鴨のような旨みが喉の奥へと突き抜けていく……その瞬間が忘れられなくて、もう一口、更に一口と食を進めてしまう恐ろしい食材だ。
実際に口にしてみてわかったが、なるほど世界中の食通が唸るわけである。本場の肉を味わいにわざわざイライナまで美食家や貴族が足を運ぶのだ。冷凍したものとはいえそれを遠隔地まで運んで売り捌けば一体どれだけの値になる事か。
美食家によっては言い値で買うらしいので、下手をすればヴォジャノーイ1、2体分の肉でバスタブ一杯の札束が手に入るのではないか。そんな期待を抱きながら、俺も持ってきたトマホークでスパッと脚を切断し肉を回収していく。
いったいどれだけ倒したのか、はっきり言ってカウントしている余裕がなかった。ルサールカが出てきたから仕方がないとはいえ、まあカウントしていないのは拙い。とりあえず規定数は50体なので、まあ単純計算で脚が100本集まらなければ50体討伐未達って判断していいだろう。
「仔犬ちゃん、悪いが斧を貸してくれるかい?」
「ほい」
「ありがとう!」
トマホークをクロエに貸すと、彼女はテキパキと脚の切断を始めた。
キザな性格の彼女の事だから、どうせ『ボク汚れるのは嫌いなんだ。君たちでやってくれたまえ! はーっはっはっは!(※偏見)』とか言い出すんだろうな、と思っていたのだが、意外とそういうのは気にせずキッチリやる女らしい。
まあ、そうだよな。あのミカエルが信頼を置くばかりか自分の仔の剣術指南役に抜擢するくらいだもんな。当たり前のことは当たり前にきっちりやれて、更に応用まで卒なくこなすからこそ次のステップに進めるのだ。そしてクロエは今、遥か先のステップに進んでいる。
さてさてトマホークを持っていかれてしまったのでやる事がなくなってしまったぞ、と視線を巡らせると、向こうにある泥沼の方でクラルテとユリウスがルサールカの死体にワイヤーを結び付けているところだった。
下半身を泥沼に埋没させたまま、上半身だけ泥の上にうつぶせになる形で倒れているルサールカ。脚から肉を採取するためには、まずあの死体を引っ張り出さなければならない。
しかし身長がおよそ5mである……重さがいったいどれくらいなのか、想像しただけでコレ人力で何とかなるわけねーだろと言いたくなる。
「え、コレ大丈夫?」
「なんとかなりそうですよ」
ふんす、と得意気に言うクラルテ。まあその、なんだ……素手で人ん家の金庫ぶち抜く徹甲パンチをお持ちのやべえ女だからいけるか。大丈夫か、うん。重機の擬人化みたいな存在だもんなクラルテって(?)。
ダメもとでユリウス、クラルテの2人と一緒にワイヤーを思い切り引っ張った。
ずずず、と音を立てて引っ張られてくるルサールカの死体。嘘だろオイ、嘘だと言ってよバーニィ。なんであんなデカブツを人力で動かせるんだよおかしいだろ。主にクラルテの筋肉が。主にクラルテの筋力が!
「ふんす!」
「すっげえ」
「……お前んとこの巫女なに?」
「ん、クラルテ」
「そうじゃなくて」
「自慢の巫女です」
「ラウルさんだけの巫女です。あげませんよウフフフ」
「お、おう……」
とりあえず、解体作業に入ろうか。
そういやトマホーク今クロエに貸してるんだよな。仕方ないか、とカランビットナイフを取り出して皮を剥ぐ作業でもしよう、と思ったその時だった。
背骨の中にいきなり冷水を流し込まれたような感覚。
理屈では説明できない―――なぜ、今こんな感覚を感じているのか。どういうメカニズムでこの気配を悟るに至ったのか。
だが、身体が―――ラウル・エルマータという個人を構成する全ての細胞が叫んでいる。
『このままここにいては危ない』と。
気が付けば、身体が反射的に動いていた。どん、とクラルテを思い切り突き飛ばす。
「きゃっ!? ラウルさん、いったい―――」
何を、と彼女が言葉を紡いだのとほぼ同時。
―――どこかから飛来した一発の弾丸が、俺の頭を真正面からぶち抜いていた。




