泥濘の主、ヴォジャノーイ
転生前ラウル君についてのみんなの証言
・体育の授業だけで学級崩壊させたのアイツが最初で最後(担任の先生)
・強い子に育ってほしいと思い空手を習わせたら強くなり過ぎた(母親)
・神様はきっとトラック1台では殺せないと思ったから2台で着地狩りしたんだと思う(同級生)
・熊と激突したかと思った(着地狩りしたトラック運転手)
・熊みたいな友達だった(同級生2)
・↑友達みたいな熊かもしれない(同級生3)
・とりあえず親御さんはとんでもねえバケモンを世に放ったなって思った(上司1)
・ボコられて気が付いたら北海道で海鮮食わされてた(上司2)
・飼い主はきっと熊の仲間なんだろうなって思ってた(実家の猫)
ヴォジャノーイ。
イライナ……特にアレーサを始めとする南部、ガリエプル川の流域に多く生息している魔物の一種で固有種であるとされている。
カエルのような姿をした魔物で水辺を好み、泥の中に卵を産んで繁殖する。
幼体は鋭い牙と大きな口を持つオタマジャクシのような姿をしており、性格は獰猛。泥の中を自由自在に泳ぎ回り、動物や人間を泥の中に引きずり込んでピラニアの如く瞬時に食い尽くしてしまう。
成体に成長すると泥の中を泳ぐ能力はそのままに、二足歩行で歩けるようになるので行動範囲がさらに広がり危険度はさらに上昇。食欲も増大するため、生息地の近隣の村では家畜がヴォジャノーイの被害に遭うケースも少なくないのだとか。
こうして特徴を列挙すると恐ろしい魔物に思えるが、しかし脅威という概念が霞んで見えてしまうほど多くの人々を虜にする要素がこの魔物には存在する。
―――美味いのだ。
成体が持つ二足歩行のための脚。その筋肉が可食部なのだが、これがとにかく美味いのだ。鶏肉のように淡白な食感でありながら鴨のような濃厚な旨みが一瞬で喉の奥へと突き抜けていく。その一瞬をもう一度、もう一度……と何度も繰り返すうちに病みつきになってしまう美食家が続出しており、中にはヴォジャノーイの肉を食べるためだけにわざわざイライナを訪れる美食家も存在するのだとか。
そして長い年月を生きた雌の個体”ルサールカ”ともなるとその旨みが更に凝縮されていて、口にした事のある美食家曰く「あの味を覚えてしまったらもうヴォジャノーイでも物足りない」との事だ。そして永遠に満足できぬ”飢え”にも似た感覚に苦しむ事になるため、一部界隈では『口にしてはならない禁断の味』とも言われているのだとか。
まあ、誇張もされているのだろう。この世界にはインターネットがまだ存在しない(アルカディアでは普及している)ので、情報の伝達も口述か記述のみ。誤った情報に対する自浄作用も十分ではないのだから真相は自分で見て判断するのが一番である。
さて、いわゆる”泥の匂い”が濃くなってきた。
アレーサ東部に位置する湿地帯。地面は5日前に降ったという雨の水分を未だに溜め込んでいて、踏み締めるとブーツが湿った音と共に沈み込んだ。一歩を踏み出そうとすると泥の塊がブーツにべっとりとへばりついて、持ち上げる足がダンベルみたいに重くなる。
生まれ育った日本やスパーニャの土とは異質に思えた。
子供の頃、きっと誰もが泥遊びを経験した事があると思う。泥団子を作ったりしただろうし、やんちゃな子は泥を投げつけたりして遊んだ事だろう。
しかしイライナの泥は、日本の土や泥とは根本的に異なる。
とにかく重く、そして粘つくのだ。さながら餅のようで簡単には落ちず、それでいてずっしりと重い。
なんだこりゃ、と異国の大地に苦戦していると、さすがに辛くなってきたのか口を半開きにしながら行軍していたクラルテが言った。
「い、イライナの土は”スノーワーム”という魔物によって作り変えられているらしいですよ」
「スノーワーム?」
「ええ」
固有種なのだろうか。ヴォジャノーイと同じく、スパーニャでは少なくとも聞いた事がない。
浮遊大陸にはいたのかな、と思ってロザリーの方を振り向いてみると、彼女は首を横に振っていた。ロザリーも初めて耳にする魔物のようだ。
「冬季の間だけ活動する肉食性の魔物で、牛をあっという間に平らげてしまうそうですよ」
「ピラニアみたいだな」
「ええ。それで排泄はせず、糞を一生体内に溜め込むんだそうです。春になって雪が解けると同時に寿命を迎え、その死骸が泥濘と混ぜ合わせられる事で良質な肥料になるんだとか」
「じゃあイライナの全土が肥沃な大地なのは……」
「はい、このスノーワームのおかげなのだそうですよ」
魔物によって作り変えられた土壌。
それが農業に適した大地となり、今のイライナの産業基盤を支えているというのは興味深い話だ。確かに栄養たっぷりで、こんなにも水分をしっかりと溜め込んでくれる土壌は農作物にとってまさしく天国なのだろう。
しかし同時に、この重い泥濘は多くの人の命も奪っている。
豪雪地帯として知られるイライナは、冬もそうだが春も危険だとされている。特に雪が解け始める4月~5月は「泥濘期」とも呼ばれ、雪解け水のせいでほぼ全土の不整地がこのような状態になり車両のスタックが続出。いたるところで発生する底なし沼は多くの人々を溺死させてきた。
おまけにヴォジャノーイの幼体が孵化して活動を開始するシーズンと重なっているので……後は言わなくても分かるだろう。
天地戦争中、イライナを侵略した天空軍は初めて経験する本物の雪と泥濘に悩まされたという記録が残っている。重砲の運用は難しく、部隊の機動力も大きく削がれる事から、侵略した竜人側も奪還を試みた獣人側も共に苦戦したであろう事は想像に難くない。
先人たちを苦しめられた泥濘を、今まさに俺たちは経験している。
イライナは雪と豊穣の国、というイメージがあったが、そこに新たに”泥濘の国”というイメージが加わりそうだ。
「……」
左の拳を突き上げ、”止まれ”と仲間たちにハンドサイン。地面に片膝をついて呼吸を整え、狼のケモミミをぴんと立てて耳を澄ます。
水の音……近くには沼があるらしいからそれの音なのだろうが、こんな頻繁に水音がするものか。
―――連中、気付いてやがる。
「仔犬ちゃん」
いつにもなく真面目なトーンで、クロエが言った。
「……幼体は、討伐数にカウントされないよね」
「ああ、ノーカウントだ」
「それは残念」
そこから先は一瞬の出来事だった。
FA-MASのフォアグリップからクロエが急に左手を離したかと思いきや、次の瞬間には腰の左側にあった鞘の中から大型のレイピアを一瞬にして引き抜いていたのである。
彼女のレイピアは従来のものと比較すると大型だ。一般的なサイズのレイピアと騎兵槍の中間、と言うべきか。もはや”剣”というよりは巨大な”針”にも思えるそれを居合の達人の如く一瞬で引き抜くなり、電光石火の如くノールックで左に突き出すクロエ。
血飛沫が飛び散り―――白銀の剣身が、さながら団子の如く巨大なオタマジャクシ型の魔物を串刺しにしていた。
人間の頭ほどもあるサイズのオタマジャクシのような魔物。ぱっくりと開いた頭の中からは不揃いな、けれども鋭い牙が幾重にも並んでいるさまが見て取れる。
間違いない、ヴォジャノーイの幼体だった。
レイピアを振って地面にヴォジャノーイの幼体を投げ落とすクロエ。剣身の返り血を振り払って落とすと、鞘に納めて素早くFA-MASを構える。
血の臭い―――同胞の流したその匂いに刺激されたようだった。
泥濘のいたるところから、一斉に巨大なオタマジャクシたち―――ヴォジャノーイの幼体がジャンプしてきたのである。
「下がれ!」
仲間たちに一旦後退を指示しつつ、MARS-Hの引き金を引いた。
堅牢な外殻や強靭な骨格を持っているわけでもない相手に、さすがに7.62×51㎜NATO弾はオーバーキルが過ぎた。ドパンッ、と爆竹を仕掛けられたトマトみたいに弾け飛び、泥濘の上にピンク色の臓物が撒き散らされる。
食らい付こうと飛びかかってきた幼体の噛み付き攻撃を銃で受け止め、ストックの接合部をガジガジと噛むソイツにグロック29を至近距離でぶっ放した。10㎜オート弾に脳天をぶち抜かれ、力尽きた幼体が地面に落ちる。
ドガガガガ、と後退したクラルテが弾幕を張った。M60E6の熾烈極まりない弾幕に絡め取られた幼体が1体、また1体と粉微塵になり、敵の数が減っていく。
これなら、と思った次の瞬間だった。
左足を置いていたすぐそこの地面が盛り上がり―――鋭い牙の生えたヴォジャノーイの幼体が、泥を巻き上げながら飛び出してきたのである。
地中を泳いでいれば、”臭い”での索敵など出来ようはずもない。今まで地上で、自分と同じように大地を足で踏み締めている相手との戦いに慣れていたが故に生じた油断。
その代償は、自らの命。
やべえ、と思った頃には全てが遅すぎた。
ぐしゃあっ、と瀟洒なブーツが幼体を踏み締める。
クロエの足だ、と理解した頃には、すぐ近くに彼女の顔があった。
「大丈夫かい、仔犬ちゃん?」
「あ、ああ……ありがとう」
「ふふっ、気を付けたまえよ。キミに何かあったらボクは悲しい」
やだ……キュンとしちゃう。
「ラウル」
ロザリーの短い警告ですぐに認識を改めた。
幼体が退いていくのが分かる……肉食動物特有の殺気が波のように引いていき、奥の方から物々しい”怒り”にも似た気配が膨れてくるのがはっきりと感じられた。
そりゃあそうだ……誰だって、大事な大事な可愛い我が子を殺されれば怒り狂いもする。
ちょっと下がろうか、とクロエに目配せして一歩、二歩。
次の瞬間、先ほどまで俺らが立っていた地面が盛り上がって―――そこから泥にまみれた、緑色のカエルみたいな化け物が飛び出してきた。
パパン、とFA-MASが吼え、5.56㎜弾を一瞬で叩き込む。
脳天に7.62㎜弾を一発叩き込んでやると、巨大なカエルはすぐに動かなくなった。
ヴォジャノーイ……その成体である。
「来るよ仔猫ちゃんたち!」
「幼体を蹴散らされて随分と怒り狂っているようですねぇ……」
「来た来た来たモンペの群れじゃあ! 保護者説明会だオラぁ!!」
泥の中から次々に飛び出してくるヴォジャノーイの成体。
眉間に7.62㎜弾を叩き込んで移動、仲間と密集し過ぎないよう適度に散開しつつ射撃を加えていく。
クラルテの弾幕が数体をまとめて薙ぎ倒し、ロザリーの放つDP-12のスラグ弾が成体のどてっ腹にでっかい風穴を穿った。大口径による質量、そして運動エネルギーを全て消費し切る設計のそれは大型の猛獣を確実に仕留めるためのもので、強靭な骨格も筋肉も、そして物理攻撃に耐えうる質量も持っているわけではないヴォジャノーイを一撃で屠っていく。
ズドンズドン、と射撃しコッキング。そのループを何度か繰り返し、弾切れを待たずにリロードに入るロザリー。銃口を真下に向け、グリップ後方のエジェクション・ポートからスラグ弾を並列に配置されたチューブマガジンの中へと装填していく。
妹に生じた隙をカバーするようにユリウスが割って入った。攻撃の途切れたロザリーをAPC-10の10㎜オート弾で援護、押し寄せるヴォジャノーイを正確に撃ち抜いて撃破していく。
そこで割って入ったのがクラルテだった。M60の弾幕で2人に殺到するヴォジャノーイの一団を押し留め、泥濘に連中の死体を量産していく。
こちらは任せて、というアイコンタクト。それに頷くなり俺とクロエの2人で前線を押し上げる。
ズドン、ズドン、とフルサイズライフル弾の強烈な反動を感じながら次々にヘッドショットで仕留めていく。が、突然ライフルが沈黙。銃を右に傾け薬室の中を確認、弾丸が装填されていない事で弾切れを悟った。
マガジンの交換よりもサイドアームに切り替えた方が早いと判断するなり、MARS-Hの保持をスリングに任せてグロック40を引き抜きブレースを展開。射撃を開始する。
7.62×51㎜弾の良いところはその威力の高さと射程である。魔物相手でも十分な殺傷力を発揮してくれるが、如何せんマガジンの弾数が少ないのがネックだ。じゃあ30発入りのマガジンを携行すればいいだろうと言えばそうでもなく、その分装備重量が増加してしまうので、機動力を損なう覚悟でたっぷり持つかマガジンの携行数を減らしてバランスを取らなければならない。
そういう継続力の面では、30発入りのSTANAGマガジンが恋しくなってくる。あと10発多く入るという事は理論上、10体の敵を更に倒せるという事なのだから。
カービン化したグロック40でヴォジャノーイを撃ち殺す。
振り下ろされた鋭い爪を躱し、柔らかくぬるぬるした粘液に覆われた腹にマズルガードを押し付けて発砲。ガンガンガン、と3発も叩き込まれて崩れ落ちるヴォジャノーイ。
クロエはどうなった、と視線を巡らせると彼女はもう銃による応戦を切り上げ、レイピアとガード用のダガー『マンゴーシュ』の二刀流で応戦しているところだった。ヴォジャノーイの繰り出す引っ搔き攻撃を左手のマンゴーシュで受け流し、無防備となった喉仏に大型レイピアを突き立てて1体、引き抜く勢いを乗せた振り払い、そこからの鋭い三連続突きで2体目を仕留めている。
―――速い。
なるほど、ミカエルが信頼を寄せるのも頷ける。
剣術も銃の扱いも、どれをとってもハイレベルでまとまった猛者だ。戦う距離も武器も選ばないオールラウンダーである。
俺も負けてられない、と飛びかかってきたヴォジャノーイの脳天をトマホークでカチ割った。
バキバキ、と倒木のへし折れる音。
振り向くまでもない―――急激に膨らんだ殺気の正体は、容易に想像がつく。
「―――おう、ボスママの登場か」
他のヴォジャノーイたちと比較すると明らかに巨大な―――目測で5m弱はあろうかという巨体。赤く充血した眼に、涎を垂らす口の中には鋭く不規則な牙が幾重にも並ぶ。
水掻きの付いた手の先からは下手なダガーよりも鋭い爪が伸び、泥にまみれてもなおギラリと輝いていた。
ヴォジャノーイたちの女王【ルサールカ】。
群れの中心、繁殖の要。
”泥濘の主”のご登場だ。
ルサールカ
ヴォジャノーイたちの雌の個体が長い年月を生き、群れの女王として成熟した個体の総称。平均的な大きさは3~5mほどとされているが、ごく稀にそれ以上のサイズの個体も目撃されておりどこまで大きくなるのかは不明。
より巨大な口と鋭い爪を武器としており、また水掻きのある両手を用いて相手に泥を浴びせかけ動きを封じるなどテクニカルな攻撃をしてくるのも特徴。巨体故に機動力は落ち、泥を泳ぐ速度も鈍重であるが、巨体を生かした攻撃力とリーチには十分な注意が必要。
また、女王であるルサールカの周辺には戦士として成熟した雄の個体が近衛兵のように控えている事が多く、ルサールカへの容易な接近は決して許してくれない。遠距離から攻撃するか、近衛兵の排除が攻略の鍵となる。
なお、ルサールカの肉もまた珍味として有名であり、その旨みはヴォジャノーイ以上とされている。とある美食家は「これを食べたせいでヴォジャノーイの肉では満足できなくなってしまった」と語っており、(誇張されているだろうが)口にしてはいけない禁断の食材とも言われている。




