久しぶりの平穏
どうでもいい話
クロエさんはGカップ(普段は小さめの下着なのでそれほど大きくは見えない)
『Вибачте, що змусили вас чекати. Ось лосось з вершковим сиром(お待たせしました。サーモンとクリームチーズです)』
真面目に語学学習もうちょい頑張ればよかった、とイライナの寿司屋に入って後悔していると寿司が運ばれてきた。お恥ずかしい話だが、冒険者になってロザリーと再会するために語学学習は竜人語だけやってたのでイライナ語はノーガードだったのだ。なのでメニューに書いてある文字も読めなければウェイトレスの人が話す言葉も分からない。
イライナに来る事が分かってから少しは勉強したつもりなのだが全く分からん。期末テストの一夜漬けを試みた時を思い出すレベルのクッソ頼りにならない記憶力である。
さて、寿司の方だが……何というか、日本の伝統的な寿司とはやっぱり違う。日本の寿司の主役はやはり握り寿司なのだが、イライナでは握り寿司よりも巻き寿司がメジャーっぽい。それも海苔を使ってシャリと具材を巻いているのではなく、サーモンでシャリを直接巻くという随分と独創的……というか、日本(倭国)ではあまり見かけないスタイルだ。
薄く広くスライスしたサーモンでシャリを巻き、真ん中にはクリームチーズが添えられている。
自分の知っている寿司とは大きくかけ離れたその姿に衝撃を受けたが、まあイライナスタイルにローカライズされたものだと思えば納得は出来る。
第一、せっかく海外の地でその場所の文化に合うよう定着したものなのだから、外野がとやかく言うのは野暮というものだろう。
では早速、とサーモンの巻き寿司に醤油をつけて口へと運んでみる。
日本の醤油とは製法が違うのか、イライナの醤油はちょっと甘いような気がした。味も薄めでマイルドな感じ、と言うべきだろうか。ラウル君の中の人は元岩手県民なのでしょっぱい醤油に慣れてるのよね。
そういえば九州の方の醤油は甘いって聞いた事あるけれど、向こうの醤油もこんな感じの甘さなのだろうか。
さて、醤油の味についてはこの辺にしておいて肝心の寿司の味についてレビューしてみるけれど……割とイケる。
見た目と食材(特にクリームチーズ)で別物としか思えないけれど、ちゃんとネタは新鮮だしシャリもしっかりと柔らかくてべたつきがなく、あと意外とクリームチーズが合う。とはいえシャリとクリームチーズの比率が大体同じくらいなので、全体的にねっとりとした食感になっているのは否めないが。
イライナの人はこういうのが好きなのかな、と思いつつ2個目。醤油の味がそれなりに薄いので、日本の寿司のようにネタにちょっとつけるというよりはどっぷりつける感じになる。
「んー! 私生魚って初めて食べたけど美味しいわね!」
「ロザリー、口にクリームチーズついてる」
「ん、ありがとラウル♪」
「倭国のお寿司もこんな感じなんでしょうか?」
クラルテが寿司を食べながらそう言ったので、まあ訂正せずにはいられなかった。
「倭国のとはだいぶ違う。この寿司はイライナ仕様にローカライズされたもので、本場のは握り寿司が主流なんだ」
「握り……ですか」
「そう、こんな感じの」
メニュー表の隅の方にひっそりと記載されている握り寿司。写真を指差すと、クラルテは「あー……」と納得してくれたようだった。
「あと醤油がもっとしょっぱくて、こんなどっぷりつける感じじゃない。あとクリームチーズは使わないんだ」
「詳しいのねラウル?」
「中の人がね、こっちの世界でいう倭国出身だからね」
ふーん、と納得しつつ寿司をパクつくロザリー。俺が転生者である、という事は既に仲間たちに公表済みだから今更隠す必要はない。というか隠していたらクラルテの巫女発言はどうなんだという事になるよね。
それに変に素性を隠しておくのも仲間内での不信を招きかねないので、開示できる情報は積極的に開示するべきだとラウル君思うの。脳内の二頭身ラウル君ズもがうがう言いながら満場一致でOK出してるしいいだろこれで。
「おや、ミカエル様の仰っていたヴォジャノーイってコレかな?」
ナプキンで口元を拭き取りながらメニュー表を見ていたクロエが、メニュー表の写真を指差しながら教えてくれた。
ヴォジャノーイってカエルの魔物だって言ってたな……炙り寿司なのはさすがに生食は拙いって事なんだろう。
写真には一般的な握ったシャリの上にカットされた肉が乗っている寿司が写っていた。肉とシャリ、そしてちょこんと上に乗ってるこれは……ワサビだろうか。白黒だから分かんねえわ。
「せっかくだから頼んでみようか、仔猫ちゃんたち?」
「ではお願いしても?」
「はーっはっはっは、任せたまえよ!」
手を挙げてウェイトレスを呼び止めるなり、クロエはそれはそれはもう流暢なイライナ語で注文を始めた。
『Вибачте, я хотів би зробити додаткове замовлення(すいません、追加の注文をお願いします)』
『Я зрозумів. Будь ласка, зробіть замовлення(かしこまりました。ご注文をどうぞ)』
『П'ять порцій цих обсмажених суші від Водяного, будь ласка. І я хотів би долити собі напою(このヴォジャノーイの炙り寿司を5人前お願いします。それとドリンクのおかわりを)』
『Зрозуміло. Хочеш трохи васабі?(かしこまりました。ワサビはいかがいたしましょうか?)』
「あー……仔猫ちゃんたち、ワサビはどうする?」
「俺はありで」
「私もありで」
「俺も」
「あ、ごめんクロエ。私はナシ」
『Я б хотів один без васабі, а всі інші з васабі, будь ласка(1つだけワサビ抜きで、他は全部ワサビ有りでお願いします)』
『Зрозуміло. Я зараз принесу, будь ласка, зачекайте хвилинку(かしこまりました。ただいまお持ち致しますので少々お待ちくださいませ)』
「……すげえなクロエ、ペラペラじゃん」
去っていくウェイトレスを投げキッスで見送っていたクロエに賞賛の言葉を送ると、彼女は当然だとでも言いたげな表情で前髪をかきあげて笑みを浮かべた。
「これもミカエル様の教育の賜物だよ」
「ミカエルって、あのちんちくりんの?」
ロザリーがとんでもなく無礼な事をさらりと言うなり、ぶえっくしょい、ってどこかからロリボでくしゃみする声が聴こえてきたんだけど気のせいだよな? あの人そこまで地獄耳じゃないよな?
「ち、ちんちくりん……?」
「というかクロエって随分育ちが良さそうだけど……あなたって貴族出身だったりするの?」
貴族、という言葉を聞いた瞬間だった。
それまで穏やかな表情を見せていたクロエの表情に、一瞬だけ”陰”のようなものが生じたのは。
あ、コレ踏み込んじゃダメなやつだと本能的に察するなり、トントン、とロザリーの脇腹を軽く肘で突いて首を横に振る。俺の意思はしっかりと彼女に伝わったようで、それ以上は深く突っ込むのをやめてくれた。
ありがとう、と言わんばかりにアイコンタクトしてくるクロエ。どういたしまして、とウインクを返したところでヴォジャノーイの炙り寿司が運ばれてきた。
肉寿司みたいな感じなのだろうか。
見た感じはなんだろ……シャリの上にローストビーフが乗ってるような感じだ。表面を炙って中身はレア、みたいな具合である。
「いただきまーす」
まずは一口。
……なるほど、美食家が唸るわけだ。
鶏肉のようにさっぱりした食感かと思いきや、一拍遅れてガツンと突き上げてくる鴨肉みたいな濃厚な旨み。しかし脂っこさは微塵もなく、濃厚な旨みが突き抜けた後はスッと退いていくような儚さがある。
あの旨味をもう一度、とついつい食を進めてしまう”魔力”のようなものが、この食材には確かにあった。
「うっま」
「美味しすぎませんかコレ!?!?!?」
はい、クラルテさんの絶叫いただきました。多分今ので105㏈くらい。
すいません連れが、と他のお客さんに頭を下げつつ、ヴォジャノーイの炙り寿司をパクついた。
イライナの国花は向日葵らしい。
国家の名を冠したイライナハーブかなぁ、と思っていただけにちょっと意外だった。あれはあくまでも伝統的な食材とか薬剤であるのに対し、向日葵は国花という位置付けなのだろうか。
そういう事もあって、イライナの首都キリウにある雑貨店には向日葵を象ったグッズがいくつも並んでいた。ヘアピンに髪飾り、リボン、それから陶芸品。街中にあるパン屋のショーウィンドウにはハチミツを練り込んだ生地に向日葵を模した焼き目をつけて焼いた『ひまわりパン』まで。
「平和な場所ですねぇ」
「そうだねぇ」
アルカディアが”空の楽園”ならば、イライナは”地上の楽園”といったところだろうか。
とはいえ天地戦争の爪痕がそっくりそのまま消えたかといえばそうでもない。あくまでも行政の中心となるキリウが優先的に復興が進んでいるだけで、街の外に出れば戦争の爪痕が未だに生々しく残っているのだそうだ。
「えへへ、お洋服いっぱい買っちゃったぁ♪」
「うんうん、このボクがコーディネートしてあげたんだからハズレはないよ。必ず想い人のハートを射抜けるはずさ!」
「ありがとねクロエ!」
「どういたしまして!」
随分派手な服が多かったよな、と思いつつユリウスの方に視線を向けると、彼はすぐ目を逸らした。兄貴としては妹が幸せならばもう何でもいいのかもしれない。
パン屋で買ってきたハチミツ入りのパンを食べているとハトが寄ってきたので、パンを小さく千切って放ってやった。
さあ啄め啄め、と思っていると、しかしなかなかハトが俺のところに寄って来ない。警戒しているかのように輪を描いてぐるりと回り込むと、みんなクラルテの方に行ってしまう。
あれぇー?
「ふふっ。やっぱり狼さんは怖いんですよ、ハトさんも」
「俺ってそんなに怖い?」
「やっぱり本能とかあるんじゃないですか?」
そもそも狼はハトを食わねえよ。
えーショック、なんかショック。
パン美味しいよ、と小声で告げてもハトは寄って来ない。じゃあもういいやとパンを口に押し込もうとすると寂しそうに寄ってくるハトたち。じゃあ食べるのかよと小さく千切って放ってやるとどいつもこいつもクラルテの方へ……何だコイツら焼き鳥にして食ってやろうか。
なんだよもう、と呆れていると、茂みの中からハクビシンが飛び出してきた。
つぶらな瞳と愛嬌のある顔立ちのソイツは俺が千切ってハトにあげようとしていたパンを平らげると、俺の膝の上によじ登ってきてごろんと真っ白なお腹を見せてきた。
あれ、ハクビシンの天敵って狼じゃなかったっけかと思っていると、唐突にそのハクビシンが喋り出す。
『やあやあ、聴こえてるかなラウル?』
「」
ハ ク ビ シ ン が 喋 っ た 。
怪異か何かかと思ったが、冷静に考えればフツーに使い魔かコイツ。
おそらくミカエルの使い魔なんだろうな、と思っているとその予想は当たっていたようで、ハクビシンは自分の主人がミカエルである事を前提に話を進め始めた。
『ヴォイテクがキミたちに仕事を頼みたいってさ。キリウの冒険者管理局に”指定依頼”を出しているから、早いうちに受注してほしいって』
「おー、休暇返上か?」
『まあ、そんなヤバい仕事じゃないよ。下手すりゃあ大儲けできる案件なんだ』
「そいつは楽しみだ」
それだけ伝えると、ハクビシンから明らかに背後で操っているであろう人物の気配が消えた。
さっきまで人の膝の上でお腹をモフらせ飼い猫状態だったハクビシンはどこへやら。俺の口に生えてる鋭い牙と狼のケモミミを見て本能的に恐怖心を刺激されたのだろう、ハクビシンは目を見開くなり身体を震わせ始めた。
「ぴえー!!!」
「!?」
甲高い叫び声と共に飛び上がり、俺の手からハチミツ入りのパンをちゃっかり盗んで逃げていくハクビシン氏。長い尻尾を揺らしながら茂みの中へと飛び込んでいくのを見届けるなり、仲間たちと顔を見合わせた。
お仕事、か。
まあいい、羽は十分に伸ばせた。
大儲けできる案件だというし、報酬に期待してもいいだろう。
「んじゃ、一旦船に戻りますか」
「ええ、そうですね」
このまま直行するわけにはいかないしな……ロザリーがどっさり買い込んだ洋服の山が割とマジで凄いし。
ヴォジャノーイ
イライナ及びノヴォシア西部の一部地域に生息する魔物。固有種。水辺を好んで繁殖する事で知られており、幼体はオタマジャクシのような姿をしている。幼体の頃から肉食で、泥の中を泳ぎ回っては周囲を通りかかった動物や人間を餌として成長。やがてカエルに近い二足歩行の成体へと成長していく。
”泥濘の主”とも言われており、泥の中では高い機動力を持つ。その他にも爪や牙を用いた攻撃や、身体から分泌する粘液を混ぜた泥を投げつけて攻撃してくる。この泥はイライナの土壌の性質もあって非常に粘度が高く、被弾してしまうとあっという間に動けなくなってしまうため戦闘の際は絶対に回避する事。
なお、雌の個体は長い年月を経て成長する事で『ルサールカ』と呼ばれる巨大な個体へと進化、女王蜂の如く群れの中枢として繁殖を統括する事が知られている。
凶暴さで知られる一方で珍味としても有名であり、成体の脚の肉は世界中の美食家がその味を求めてイライナを訪れるほどのもの。味は鶏肉のようにさっぱりとしている一方で鴨のような旨みが一瞬で突き抜けていくらしく、病みつきになる人が続出している。通常の個体でも十分に美味だが、ルサールカの肉はその中でも特に美味とされており、貴族の屋敷を購入できるほどの金額で取引される事もしばしば。
調理の際は香辛料をまぶして串焼きにしたり、つくねにしてスープの具材にしたりと様々。最近では倭国の寿司と合わせて肉寿司にして食べる事も多いらしい。
なお、あくまでも珍味として有名なのは”成体”の方であり、幼体は強力な粘液がなかなか取れず、可食部も少なく、内臓は泥だらけで、肝心な肉は臭みが絶対に抜けず単純に不味いので絶対に調理して食べようとは思わない事。さもなくばゲロイン確定である。
どこぞの某モニカ氏はダメ元で食べて口から虹を吐いている。




